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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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僕と淑女と練習と

 王都に戻ればいつもの僕の日常が再会される。

 朝起きて剣の鍛錬、アエネアスの罵声(ばせい)、御飯、朝会、上奏、アリアボネから回ってくる山積みの書類に判を押す、おやつ、アリスディアとおしゃべり、そしてまたアエネアスの罵声、御飯、一人で寂しく就寝。それが僕の日常。


 そんなアリスディアとの会話から、それは始まった。

「そういえば・・・明後日の舞踏会の準備をしなければなりませんね」

「ぶとうかい・・・?」

「はい、毎年11月に行われる宮中の年中行事のひとつです」

「年中行事って何?」

「これは失礼を・・・! そういえば陛下が来られてからいろいろありましたから、年中行事をまだ一回もしておりませんでしたね。年中行事とは宮中で毎年特定の時期に行われる行事のことです」

「ふうん・・」

 興味なさげに相槌(あいづち)をうつ。どうせ僕に関係なくやるんだろ。いいなぁみんな楽しそうで。

「もちろん主賓(しゅひん)は陛下ですので陛下にも参加していただきます」

 せっかく陛下が王城におられることですし、と笑いかける。

「え!?」

「陛下に合う服を新調しなければなりません。ささ、採寸いたしましょう!」

 僕はわけがわからぬままアリスディアに体中のサイズを採寸された。


 翌日にはその服は完成していた。後宮の縫司(ぬいのつかさ)たちが完徹して作ってくれたのだと言う。

 それを着て僕は一言、

「派手じゃないかな、これ?」と、言った。

 王になってから他人に気を使う話し方にも慣れたのか、だいぶオブラートにつつんで言ったけど、正直なところコレはものすごい派手だ。

「派手と言うか・・・馬鹿が王様の格好を真似しようとして、いろんなものを合わせた結果、大失敗したってかんじだな! 似合ってない」

 と、アエネアスは僕を見てげらげらと、椅子から転げ落ちんばかりに笑い転げる。

「そんなことはありません。お似合いですよ、陛下」

 と言うアリスディアだったが。声を出さないまでも口元は明らかに笑っていた。

 服のことはまぁいい。どうせ何着たって似合わない僕だ。我慢する。それに他に重大な問題があるのだ。

「あとさ、舞踏会って踊る奴だよね。僕踊ったことなんかあまりないんだけど?」

 中学のとき林間学習でフォークダンスを踊ったっけ。

 ん・・・まてよ? 何か脳の片隅に引っかかるものが・・・

 たしか焚き火の前で女の子と手を繋ごうとして・・・それから・・・

 あっ! これ以上は思い出さないほうがいい! そういう臭いがプンプンする! 僕は慌てて全ての林間学校の記憶を思い出さないように脳の奥深くにしまいこむことにした。


「ではわたくしと踊って練習いたしましょうか? 陛下にはわたくしなんかが相手だとご不満もありましょうが」

 アリスディアが謙虚にそう言ったのであわてて首を振る。不満なんてない! あるわけがない!

「さ、お手を」

 と、言うので差し出された小さな手に、そっと僕の手を重ねる。

 小さくて柔らかい・・・僕が手を掴んでもアリスディアはにこやかに微笑むだけ、僕に対して一切拒否反応を示さない。林間学校のときのあの女子ときたら・・・!

 いや、いかんいかん。全て忘却の彼方に沈めることにしたんだった。思い出してはいけない。

「もう少し近づいてください」

 踊るには距離が近いのか、アリスディアは僕の手をそっと引き寄せる。

「う・・・うん」

 一歩アリスディアのほうに近づく。今日もアリスディアの髪の毛からはいい匂いがする。

「おい、それ以上アリスに近づいたら半殺しにするぞ」

 幸せに浸っているその僕に、冷や水を浴びせるような物騒な声が後方から警告する。

 しぶしぶもう一度距離を取る。

「もう少し近づいていただかないと・・・」

 と、今度はアリスディアから僕に近づく。あ、それ以上近づくと・・・

「くっつくなと言ったのが聞こえなかったのか!?」

 後ろからイライラした声が飛んでくる。ホラ、理不尽大王アエネアス様が怒り出したじゃないか。

「しょうがないだろ。踊りの練習するんだから」と振り返ってアエネアスに言った。

「あ・・・!」

 手を繋いだまま振り返ったので、アリスディアの手を引っ張る形になってしまった。アリスディアのバランスが崩れて、僕に覆いかぶさるように倒れこむ。アリスディアの全体重が僕に不意にのしかかる。

 軽いとはいえ人一人分の体重がかかったのだ。僕のヒョロ腕では支えきれず二人とも大きな音と共に倒れこむ。

「申し訳ありません! 陛下! 大丈夫ですか!?」

 僕を下敷きにする形になったアリスディアは慌てて僕の胸から顔を離す。

「アリスディアこそ怪我はない?」

「はい。陛下のおかげで。陛下こそお怪我は・・・?」

「大丈夫さ。アリスディアに怪我が無くてよかった」

 と心配してみせる紳士的な僕だったが、その時僕を捕らえていたのはまったく別の感情だった。

 くっ・・・ハーレム系ラノベなら確実に僕の手はアリスディアの胸を触っていたはずだッ・・・! もしくは顔の上に弾力感のある胸の例のアレが乗っかってるって展開だったはずッ!? きっと挿絵なんかも間違いなく挟まれる、いや場合によっては巻頭のカラーに載っちゃうような重要イベントだろ、こういうのは!?

 何故だ!? 何故、僕の手はアリスディアの胸をキャッチするように掴まなかったのだッ!? 合法的にセクハラが出来る絶好のチャンスだったのに!!

 でも・・・

 でもこれはこれで悪くないな・・・体全体でアリスディアの柔らかな肢体を感じることが出来るこの状況はなかなか体験できるもんじゃない!

 と再び幸せに浸っていると、

「アリスから離れろ! このド変態めが!!」

 との罵声と共に、僕の顔にアエネアスの指が鉄の爪(アイアンクロー)ばりにめり込んだ。

「痛い! 痛いってば!」

 離れようにも上にアリスディアが乗ってる以上、僕から主体的に離れることなど出来ないではないか! 本当にこの理不尽さには我慢が出来ない! 必ずやいつかアエネアス禁止法なる法律を作ってやる! 王都から必ず追い出してやる!

 僕はアエネアスにアリスディアから無理矢理ひっぺがされた。

 僕の顔にはアエネアスの指のあとがくっきりとついていた。まだ痛い。

「しかたがない。今回は特別だ。私がお前の練習相手になってやろう」

「ええ!? 僕はアリスディアがいいよ!」

 アエネアスが教師だと、剣術の稽古みたいにスパルタ式に訓練すること確定じゃないか!

「お前は良くてもアリスの貞操が危険だから駄目に決まってるだろう!」

 僕はさかりのついた猫かなんかか? 踊りの練習中にいきなり襲い掛かったりするもんか。

「だいたいアエネアス踊れるの?」

 疑わしそうな目で僕はアエネアスを見た。

「ふん、私はダルタロスの女としてどこに出しても恥ずかしくない教育を受けている。舞踏会などお手の物だ」

「・・・・・・」

 ・・・そんな余計なものを覚えさせる前に、上のものに対する態度とか、敬意とか、言葉遣いとか、もっと覚えさせるべきことは沢山あっただろうに・・・と、アエティウスを恨む。

 やがてアリスディアが服を持ってきて、隣の部屋で着替え始める。

「言っておくが、私に欲情して押し倒そうとしても無駄だ。私は体捌(たいさば)きができるからな」

「アエネアスなんて頼まれても押し倒したくもないけど・・・」

 ぽつりと呟く。

「なんかいったか!」

 向こうの部屋から大声で叫び返してきた。

 恐るべき地獄耳。いいから早く着替えて来い。


 準備が終ったのかアエネアスは奥の部屋から出てきた。

「・・・」

 僕は意外な姿に口をぽかんと開けた。

 肩や胸もあらわに黒を基調としたドレスを身にまとってる。それが赤い髪に映えるんだ。

 その髪も普段と違ってアップにしてるから印象がまるで違う。

 寄せてあげてるのだろうけど、強調された大きな胸に、目のやり場に困る。

 現れたのはドレスを着た美しい淑女。どこからどう見ても完璧な貴族の淑女。

 アエネアスだとは信じれない。

「・・・なんだよ」

「いや・・・アエネアスってやっぱり貴族のお姫様なんだなぁって」

 ドレスが様になってる。お仕着せ感満載の僕とは全然違う。

「なによ、ひっかかる言い方だなぁ」

「いや・・・ほめてるんだよ?」

「そうかな?」

 ドレスの端をちょんと持って可愛らしく首をかしげた。

 可愛い。こんな可愛いアエネアスを見たのは初めてだ。

「似合ってるか?」

「う、うん似合ってる。とても」

 僕は視線を合わせないように目をそらした。なんでドキドキしてんだろう、これはアエネアスなのに。

「見違えた。すごい綺麗だ」

「・・・そ、そうか。ありがと」

 僕の言葉が意外だったのか、目を伏せ視線を逸らし、赤くなって恥ずかしげにうつむいた。ああ、いつもこんなふうに可愛らしいアエネアスだったら最高なのに。剣の練習も何時間でもできる気がする。

そんなことを考えた。

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