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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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河北征伐(Ⅶ)

「アリアボネいる?」

 中書省に入ってきたのはラヴィーニアだった。

 中書内がざわめく。それもそうだろう、下官にとってはついこのあいだまでの彼らの上司だ。

 そして今となっては王が一番嫌い憎んでいる人物である。だから地方の県令に飛ばされたはず・・・何故ここへ?

 そんな微妙な雰囲気にラヴィーニアはニヤリと笑う。悪びれる様子もない。

「ほい。頼まれたやつ。河北の民の一部を近畿に移した場合と、向こうで自立させた場合の計画書。ただあたしは地方にいてここの資料に触れられないし、河北の現状を正しく把握していたわけじゃないから、細かいところは君自身が手直ししたほうがいいと思う。」

「いい暇つぶしにはなったでしょう?」

「・・・そりゃあ僻地(へきち)の県令なんか暇で暇でしょうがなかったけどさぁ」

 王の寵臣と嫌臣。その二人の成り行きを興味深げに(うかが)い見ていた中書の下官だが、ラヴィーニアがなめつけるようにぐるりと見回すと一斉に目を伏せる。

「ふん」

 どいつもこいつもあたしに(こび)を売って出世しようとしてたくせに失脚した途端これかよ。不快そうに鼻をならした。

「で、あのマヌケから私を中央に戻す約束は取り付けたかい?」

「陛下とおっしゃいなさい。陛下が留守中だから王都に呼んだのです。陛下がおられたら呼び出したり出来ませんよ」

「なんだ、それじゃただ働きか」

 ラヴィーニアは不満そうだった。

「田舎もいいわよ。いろいろ考えることもあるでしょうし。しばらく驥足(きそく)を展ばしたらどう?」

「かつての君のように田舎に閉じこもってろってか? そんなの御免だね。あたしは自身の能力(ちから)に絶対の自信がある」

「これは河北と関東が同じ王の下で(まと)まる大事な第一歩よ。それはあなたの望みにも繋がることだと思うけれども?」

「あたしはあたしの能力を正当に評価してくれるやつの下でしか働く気はないね」

 その言葉にアリアボネは溜め息をする。

「私たちは同じだと思ってた」

「同じだって?」

 ラヴィーニアの口調はハンと吐き捨てるようだった。

「違うね。君は榜眼(ぼうがん)様で、あたしは探花さ。今も昔も、ね」

「いいえ、私たちは同じ。同じように無くしたものを悔やんで、乱世の終結を願っている。違って?」

「・・・・・・」

「君はいいよ」

「じゃあ変わる?労咳(けっかく)はつらいわよ」

「労咳がなにさ」

 甘えたことをぬかすな、とラヴィーニアは鼻白(はなじろ)む。

「君は王にも好かれてるし、宮中のみなにも実力が認められて、さらにはその美貌さ。お姫様みたいにチヤホヤされてる」

「それはただ単に陛下の歓心を買いたいだけ。私を使って陛下に近づこうとしているだけ。誰も労咳の行く末が知れてる女なんて本気で相手してるわけじゃない」

「自分の考えを実行に移し、実力を発揮できる場所を与えられてるじゃないか」

「それは否定しないけど・・・でもそれは、あなた自身に問題があってよ。壁を作って容易に他人に心を開こうとしない、その心。それじゃあ誰もあなたを信じて、あなたの為に場所を用意しようとは思わないわよ。いくら才があってもね」

「・・・フン」

 ラヴィーニアは一瞬横を向いて心中のもやもやしたものを吐き出すように息を吐いた。

「君はいいじゃないか。青春ってやつがあったじゃないか。南洋の名花と(うた)われたキラキラする時期があったじゃないか。・・・あたしにはそれを持つことすら許されなかった・・・」

「それは・・・」

「君の策にたいしてあたしのは謀」

 ラヴィーニアは口の端に皮肉を浮かべる。

「それは二人の歩んできた人生の違いさね。しょせん相容(あいい)れぬ二人なのさ」


 翌朝、僕が起きて天幕を出ると、そこにはいつものようにベルビオが立っていて、僕のことを今や遅しと待ち構えていた。

「ベルビオ、傷口は大丈夫?」

「もうだいぶ塞がって来ましたぜ。さすがにまだ()みるので食えやしませんが、なぁに二、三日中には」

 ベルビオはそう言って不敵な笑みを浮かべた。

「しっかしよく生きてたよね。真正面から矢を受けたんだよね?」

「真正面から矢が来やがって、気付くのが遅れましたからね。顔を(そむ)ける時間もなかったんです。仕方がないから口を開けて歯で(やじり)を挟んで止めてやりましたよ! おかげで口ん中は傷だらけですがね」

 と、命の危機を豪快に笑い飛ばす。

 ・・・物理的に不可能な気がするんだけどな。まぁ何にせよ、助かってくれてよかった。

「よくそんなことできたねぇ。さすがベルビオだ」

「歯が少し欠けちまいましたけど、なぁに死ぬことに比べりゃ屁でもねぇ」

 それを聞いたときのザラルセンの悔しそうな顔ったらなかった。

 こいつは不死身なのかとか、歯で止めるなんてありえないとか、俺の矢は歯で止められる程度のものなのかとか、ぶつぶつ呟いていた。自慢の弓がその程度で止められたという事実に、自信を喪失したようだった。

「そっか。でもまだあまり動かないほうがいいよ。今日の朝練は僕一人でなんとかするよ」

「こんなことはたいしたこたぁありませんぜ。さぁやりましょう!」

 というが今もまだ出血が止まらないらしく、口を開けたさいに見える口中の傷口に当てている布は真っ赤に染まっていた。

 見ているこっちが痛くなるくらいだ。

 だが僕と剣を打ち合わせ始めるといつものベルビオと寸分変わらぬ強さ。まったく怪我を感じさせなかった。

 本当に不死身だなぁ・・・


 河北中原に(たむろ)するという巨賊を次の目標にした。

 王師下軍と左軍に合流を命じ、じりじりと慎重に歩を進める。その間も王師に投降したいという申し出が相次いだ。ザラルセンを倒したことよりも、ザラルセンが降伏を許されたという事態が河北の民に僕に対して良い印象を与えたようだ。

 左軍も西方の賊をあらかた鎮圧していた。

「我らをお呼びになるとは、よほどの強敵なのですか?」

 西方から呼び戻されたエテオクロスが僕に訊ねた。

「十万くらいらしい。それほど統率は取れていないと言うけれども、数が脅威だ。念には念を入れたい」

「なぁに俺様がいるからにはちゃちゃっと片付けられるだろうさ!」

 リュケネやエテオクロスら王師の将軍は見慣れぬ男が作戦会議に出ているのに眉を(ひそ)めた。

 まぁアクトールのほうは良かった。身なりも言葉遣いも申し分なかった。地元の諸侯ででもあろうと思った程度だった。

 問題は無闇に馬鹿でかいこの男のほうだった。言葉遣いも荒く、何よりその胡散臭(うさんくさ)い身なりだ。奇妙な鎧にド派手な服。どこからどう見ても山賊の蛮兵としか見えなかった。

 とはいえ、王が何の違和感もなくその男に接している以上、文句をつけるわけにもいかない。


 西進する王師に対して賊は堅固な地形や砦に篭って抵抗しようとした。

 王師は賊と十度戦い、その全てに勝利した。賊は戦うたびに降伏するものが増え、ついに消滅した。

 その噂を聞くと、遠方から多くの賊がやってきて次々と降伏する。残った者たちは山伝いに越や河東に逃げだした。

 これで河北のあらかたの地ならしは終った。

 とはいえまだまだ辺境部では賊の影がちらちら見える。だからと言って、それに備えて王師を河北に貼り付けておくのは、近畿を危険に(さら)すことにもなるし、効率的でもない。

「どうしたらいいと思う?」

 僕はアエティウスに相談した。

「帰るべきです。長期間畿内を開けておくと危険です。関西(かんせい)や河東から攻めてくるやもしれませんし、なにやら企む廷臣がでないとも限りません」

「でも・・・僕らがいなくなった後、河北は安定するかな?」

「安定はしないでしょうね。昨日まで賊だった連中を大挙農民にしたのですから」

「ザラルセンや諸候だけでは抑えきれない?」

「と思いますよ。それにそのザラルセンや諸侯ですらどれほど信頼して良いものやら。ですから王師一軍はここに残していくべきですね。誰か一人に河北の軍事と警察の権を与えて監督させるべきです」

 統治の能力があり、それほど信頼できる者はと言えば・・・

「アエティウスやってもらえるかな?」

「私は遠慮しますよ。そんなめんどくさいことはやらない主義です」

 自分のやりたくないことを他人に押し付けるのか、それは酷いと僕は笑った。でも断られてほっとする自分もいる。アエティウスなら河北の行政も朝飯前だと思うから適任だろうけれども、僕の大事な相談相手でもあるから、正直手元から離したくないという思いもあった。

「私のオススメはリュケネ殿です。あの方は慎重ですし、上司、同僚から部下まで公平に扱う術に長けております。占領地の統治には厳格でありながら公平でもある、そんな政治がなによりです。リュケネ殿なら上手くやっていけるでしょう」

 そのアエティウスの献策を僕は採用することにした。

 下軍を河北に残し、引き上げる。

「リュケネ、ザラルセンや諸侯の手綱をしっかりと握って河北を安定させて欲しい。治安もすぐには良くなるとは思えない。特に辺境部は王師が去ったと知ればきっと賊が戻ってくると思う」

 残していくリュケネに念を押す。

「わかっております」

 リュケネは大きく頭を下げて、了承したことを示した。

 ザラルセンの六千の兵と地元諸候七千、それにリュケネの下軍一万があれば、何か不測の事態が起こっても、王師が河を渡って河北に来るまで充分持ちこたえてくれるはずだ。

 僕らは再び河を渡ると、王都へと帰路についた。

 よかった。思ったより犠牲者を出さずに河北を平定することができた。僕はその結果に深く安堵した。

 僕はアメイジアの人から見るとまだまだ良い王様とは思われていないと思うけど、最低点くらいは貰える王様になってきたんじゃないかな、とちょっとだけ自惚(うぬぼ)れてみたりした。

後記


三連休やっほううぅぅいいい!

て言うか最近区切りのいいところで終らせようとすると2000字を毎回越えてしまうという泥沼に入り込んでいた宗篤です!

やっとストックあるところに辿り着いて一息入れることが出来ました!

だが今週の為にさらにストックしたいので今日はたぶん夜の更新はありません!申し訳ない!

先週木金の睡眠4時間切ってんだよ・・・ユルシテ(´・ω・`)

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