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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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河北征伐(Ⅳ)

「私はアクトールと申します。代々この辺り一体を治める領主でございます」

 先頭に立って指揮していた、その勇敢な騎士は顔を上げると、そう名を告げた。

「僕たちはこの河北に平和を確立しようと大河を越えてやってきたんだ。賊が蔓延(はびこ)って民を襲っては略奪を働き、その結果何もかも無くした民がやむを得ず賊になっては他の民を襲うという悪循環で、河北は荒廃したとは聞いていたけれども、畿内には河北の情報がまったく入ってこない。賊の規模はどの程度の大きさか? 民はどのくらいいて、諸侯はどうしているのか? 今現在河北はどうなっているのか知りたいんだ」

 僕のその質問に、アクトールは(うやうや)しく一礼し返答する。

「三十諸侯を数えた河北ですが、未だ残っている諸侯は十に満ちません。我らは采地の一部が山に抱かれ天険に守られていた為、残った少しばかりの住人とそこにて細々と暮らしておりました。他の諸侯も同様で、賊から守れるような地にいた諸侯の他は賊に飲み込まれ滅びました」

 わずか十・・・か。河北は僕の想像を超えて荒れ果てているんだな・・・

「今は戦国乱世だ。諸候同士の戦争や多少の揉め事が起きるのはわかる。でも畿内も南部も河東もここまで酷くはない。いったいどうして河北はこんな無法地帯になってしまったの?」

「関東と関西に分かれて戦争を始めた頃、河北の地に救世救民を旗印に掲げる太平道という宗教が広まりました。大衆の信心を掌握し拡大していった太平道は、やがて世の混乱と共に次第に過激化し、王朝の打倒、貴族制の廃止と万民平等という理想郷の実現を唱えて過激さを増し、ついに挙兵しました」

 南部のソラリア教の過激版みたいなやつだな。

「朝廷や諸侯はそれに対応しなかったの?」

「関東は関西との戦いに忙しくそれどころではありませんでした。しかたがなく河北の諸侯が寄り集まり、長い戦いの後に太平道を打ち破って勝利し、首謀者を殺しましたが・・・」

 ・・・だとしたらそれで終わりじゃないのか?

「が?」

「太平道は指導者を失った結果分裂しました。集まって蜂起した民も同じように四分五分に分裂し、各地を荒らしまわり、かえって手がつけられない存在になりました。そんな中で諸侯も一人討たれ二人討たれ、やがて勢いの増した賊に飲み込まれるように時代の中に埋没していったのです」

「太平道が挙兵してそれだけの支持を集めたってことは朝廷の政治に不満があったってことなんだろうね。その時、関東がなんらかの手を打っておけば、河北はここまで悪化しなかったのかも」

「・・・ええ、おそらくは」

 僕はその言葉に溜め息をついた。先人の後始末で今現在王である僕が苦労する。

 乱世を収めてみせるなどと、かっこいいことを言ってみたものの、やってることは誰かの尻拭いばかりだ。

「元は太平道と言う宗教が引き金になったことはわかったけど、今でも賊同士で繋がりはあるのかな?」

 繋がりがあるなら降伏させるにしろ殲滅(せんめつ)するにしろ話は簡単だ。ひとつに集めてしまえばいい。

「もう五十年も昔の話ですからね。指導者も替わっておりますし、賊同士の小競り合いなども日常茶飯事です。おそらく繋がりは少ないのではないでしょうか」

 そうするとやはり三軍をもって河北全土をローラー作戦で行くしかない。

 各地に残る諸侯を糾合し、王師の力で賊の集団を一つずつ磨り潰していくしかないか。・・・時間掛かりそうだなぁ・・・

「そうだ」

 僕はアエティウスに昨日偵騎が打ち込まれた矢を持ってきてもらうと、それをアクトールに見せる。

「この矢は君が放ったものかな? 昨日王師の斥候が撃たれたらしいんだけど」

「この矢は・・・」

 じっとその矢を見ていたアクトール

「・・・・・・ザラルセン・・・!」

「ザラルセン?」

 人の名前っぽい名詞だな。知り合いか?

「賊は大きくなっては分裂し、有能な指導者を出すと小集団を吸収して大きくなる。それの繰り返しです。現在、河北には勢力の盛んな賊が四つあります。ひとつはここから南下した大河の辺りに拠を構える30万とも号す賊」

 これはおそらく畿内に侵攻して、僕が破った連中のことだな・・・これは畿内に住居を与えたから解決済みだ。

「ふたつめは河東との境の高山をねぐらとする賊、数は少ないものの獲物を探しに、山を降りて河東にまで足を伸ばす、あのカヒ家ですら手を焼いているやっかいな賊です。みっつめは河北のちょうど中心部を勢力圏にする賊、数は十万を超えるとかいう噂です。最後のよっつめ、これは数は二万ほどですが、一番勢いがいい。三年前首領となったザラルセンという男ですが、強いだけでなく、仁義に厚く部下の信望も得ています。また貧しいものからは決して奪わないなど、厳しい統制を強いていても部下に反乱を起こさせない器量もあります。流人たちも彼を(した)って集まってくるとか。急速に勢力を増している危険な存在です」

「そのザラルセンがこの矢の持ち主だと?」

「ザラルセンは腕が常人よりも長く、五人張りの弓を使うことで有名です。河北でこんな長大な矢を射ることができる者が二人も三人もいるとは考えられません。おそらくザラルセンかと」

 五人張りとは大の大人が五人がかりでようやく弓に弦をかけることが出来る強弓のことである。普通の男では矢を放つどころか、弦を満足に引くこともできない。

「だけれどもこれは昨日僕の出した斥候に突き刺さった矢だよ」

 偵騎の話ではこの街道を進んだ先とのことだ。半日で行って帰ってこれる距離だ。そう告げると、

「妙ですね・・・」

 と、アクトールも不思議がった。

「彼は河北でも北限の草原地帯を根城にしているはず。・・・こんな河北でも南の地方に来ているというのは変ですね」

「賊って移動しているんじゃないの?」

「今の河北はどこに行っても賊がいます。だけれどもそれぞれの勢力圏は暗黙の了解で決まっているのです。他人の勢力圏にむやみに入ったら戦が起こります。ザラルセンは河北高原で馬を飼い狩猟生活をしております。そこで十分暮らしていける。賊というよりは賊に対抗するために武装した集団と言うほうが近い。わざわざここまで南下する必要があるとは思えないのですが・・・」

 少し考えていたアクトールだったが、

「ケイカ」

 と、一人の郎党を呼び出した。

「ここに」

「北国道を北へ進め。真偽を探るのだ。近くまで敵が来ているかも知れぬ。慎重にな」

「はい」

 その男は一礼すると馬を走らせ北に向かった。

「一人で大丈夫? 敵がいることはおそらく確定しているのだから一人じゃないほうが安全では?」

「いいえ。ケイカの逃げ隠れする術は我がバイオス家でも並ぶもののいない(つわもの)。どんなに賊が(あふ)れている地であっても確実に物見(ものみ)が務まる男です。しばしお待ちいただければきっとよき知らせを持ってきてくれることでしょう」

「・・・わかった」

「それでは陛下、それまでの間、どうぞ我が城へおいでください。(つたな)いながらも歓迎の宴を開きますので是非に。陛下が来られたと聞いたら領民たちもきっと喜ぶことでしょう」

「じゃあ・・・お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 アエティウスの目に拒否の色が浮かんでないことを慎重に確認してから、僕はアクトールにそう言った。


 アクトールの先導で城に向かう。

 そういえばアクトールたちと戦っていた連中は誰なんだろう。

「さっきの黒い布をつけていた賊は?」

「黒布賊ですね。たまにああやって我が領内に侵入しては荒らすので、戦って追い出すのです」

「さっきので賊は全部?」

「全部ですね。河北では小規模なほうです」

「追い出したら二度と来ない?」

「しばらくしたらまた来ます。いつまでたっても懲りない連中で困っていますよ」

 アクトールは苦笑して見せた。

 やはり根本的な解決をしないと河北は元に戻らないのだろうな。降伏したものを民に戻し野を耕作させ、諸侯の管理下に戻す。いつまで経っても逆らうものは・・・殺すしかない。

 流賊にならないと生きていけなかった彼らを可哀想だとは思うけれども、もっと可哀想なのはまっとうな生活をしているのに、突然襲ってきた賊に何もかも奪われる民のほうである。

 普通の生活が送れない河北の現状を普通に戻すことこそ、今の僕が最優先するべきことだ。

「あそこです」

 アクトールが指差しすその先に城が見えてきた。

 そこは両側を険しい山で囲まれた谷で、斜面にへばりつくように家々が立ち並んでいた。谷の出入り口の門には尖塔が二つ並んで周囲を警戒している。谷は三、四百メートルは続いており、向こう側も塔と塀で守られていた。山の南面に沿って段々畑が幾重にも並んでいた。黄金色に染まった田は収穫がまだなのか稲は重そうに穂を垂れている。

 会う住人会う住人、アクトールを見ては頭を下げる。そしてちら、と僕に視線を向ける。

 見慣れぬ僕等が大人数で訪れたことに不安な眼差しをしていた。無理もない、一万もの武装した兵など見たこともないに違いない。


 アクトールは城と言ったが、それはいかにも地方の豪族の館と言った(たたず)まいだった。

 さすがに大人数で押しかけても座る場所がないだろうから、十名ほどの限られた人数で訪問する。

 まぁベルビオとアエティウスがいれば、アクトールが謀反気を起こして、暗殺者を潜ませたとしても大丈夫だろうし。

 しばらく部屋でくつろいでいると、女の人たちが膳を持って一斉に入ってきた。せいいっぱい着飾っているんだろうけど宮中の美々しい衣装を見慣れた僕には質素に見える。

 今の河北は貧しいのに僕が来たからって奮発したんだろうな、と申し訳ない気持ちになる。

 そして僕は当然のようにアクトールを追い出すように上座に座らされる。居心地が実に悪い。この上座ってやつ、なんか(さら)し者にされてるようでいつまでたっても苦手だ。

「陛下の威光を持って河北が安定を取り戻しますように!」

 アクトールの挨拶で乾杯をする。宴会が始まった。

 しきたりどおり酒を一気飲みする・・・これも不味い・・・どこでもこれなのか・・・

 もし日本に一時帰国が許されるなら、僕は酒の作り方をマスターして戻ってくることに決めた。きっと大富豪になれる予感がする。

「ところで陛下はどなたの(すえ)なのでしょう? 最後の王が立たれて数十年。河北にいると朝廷の情報が入ってきません。迂闊(うかつ)なことですが、陛下が即位されたことも存じませんでした」

「陛下はサキノーフ様の(すえ)ではありません。召喚の儀で天が授けてくれたお方です」

 アエティウスが僕に代わって説明した。

「・・・これはまた失礼を・・・!」

 アクトールは慌てて(ひざまず)く。

「天授の人とは知らず。重ねてお詫び申し上げます」

 またこれか。召喚の儀とやらで呼び出されただけで、僕に過剰な期待をされるのは本当に困るんだけどなぁ。

 僕は心の中で何度も溜め息をつきつつ、饗宴の膳を平らげた。おかげで飯の味がしない。

 ベルビオなんかは何倍もおかわりして食べ過ぎたのか、ふくらんだ腹を抱えて柱にもたれて、早くも高いびきをかいている。

 とそこにアクトールが先ほど偵察に行かせたケイカと共に戻ってきた。

「陛下、ご報告いたします」

 アクトールがケイカに目配せし促すと、ケイカと名乗る兵は報告を始める。

「五里先に二万ほどの兵を発見しました。指導者らしき男は見たこともない強弓を背負っていました。おそらくザラルセンに間違いないかと」

「そうか」

「陛下はどうするおつもりで・・・?」

 アクトールが僕に聞くその言葉は、どこかザラルセンと戦うことに否定的な雰囲気を持っていた。

「聞けば聞くほどザラルセンというのは河北の大物のようだね。ならばむしろ好都合だ」

「好都合?」

「河北に秩序を戻すには、賊を一掃するしかない。ザラルセンと言う男が河北でそれほど勇名を響かせているというなら、彼を撃破(うちやぶ)れば、そのことは河北中に知れ渡るに違いない。もしかしたら河北の他の賊を戦わずに降伏させることができるやも」

 僕は希望的観測を述べた。しかしその可能性は結構あるのではないかとも思う。

「それにそのザラルセンという男もいずれ戦わなければならない相手、だとすると躊躇(ちゅうちょ)する必要はない」

 それに、これで当面の目標が決まった。まずはザラルセンから片付けよう。

「そこで厚かましいお願いがあるんだけど、いいかな?」

「私にできることなら何なりと」

「河北の他の諸侯に僕が来たことを知らせてほしい。できれば土地勘のある河北の諸侯と一緒に戦いたい」

 王師は強いけれども不慣れな土地では奇襲を受けたりするかもしれない。ここは慎重に慎重を期すためにも河北の諸侯を味方につけたいところだ。

「そんなことでよろしければ、いくらでも手伝わせていただきます」

 アクトールは手を大きく組み跪礼することで、僕に協力の意があることを伝えた。


アクトールが部屋から退室すると、アエティウスが近づいてきて耳打ちする。

「西の地に派遣した王師左軍と合流してから戦われては?」

「やっぱり厳しい戦になる?」

「負けるとは思いませんが、苦戦するかもしれません」

「負けないのならば王師中軍だけで戦いたい」

「・・・その理由は?」

 王師中軍は僕に敗れて失った兵を、ダルタロスの兵で穴埋めした形になっている。つまりこんな作戦ではダルタロスの兵が死ぬ確立が上がるのだ。ダルタロスの長としてきちんとした理由がなければ、兵をそんな危険には晒すわけにはいかない。

「ザラルセンら二万を王師中軍左軍二万で破っても河北の人は驚かないだろ? むしろ王師はそんなものかと見くびられてしまうよ。ザラルセンに一万の兵で少しでも華やかに勝つ。それでこそザラルセンを破ったことが河北の者に響き渡るというもんじゃないかな?」

 確かにそうだ。ダルタロスの兵を危険に晒すことになるが、有斗の言にも一理あることは認めざるをえない。

「わかりました。ではそういたしましょう」

 アエティウスはとりあえず一当たりしてからでも遅くないか、と思い直す。

それに中軍が万が一敗れても、王師にはまだ無傷の左軍と下軍がいるのだ。再起は可能だろう。

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