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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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河北征伐(Ⅱ)

 翌朝、澄み切った空、快晴だった。

 昨日、王師に(もろ)くも敗れ去った賊だったが、再び集結し王師と一戦交える気配を見せる。

 どんな組織にも強硬派はいる。それに引きずられる者も多いということだろう。

 また、今更自由を手放すのは馬鹿らしいと、朝廷の枠組みに入ることを拒否する者だっているだろう。

 だがその自由は他者を踏みつけにすることによって得た自由だ。踏みつけられる立場の民衆を守るのは王の務め。それを許したままにしておくことは有斗には許されない。

 集結し、再び20万を越す有機体となった河北の流賊は、昨日の反省を生かしてか、いきなり全軍で突撃して来た。こちらも矢を放って応戦するが、倒れても倒れても雲霞(うんか)の如く敵兵は後ろから沸いて出て、たちまち王師に取り付いた。

 王師も必死の反撃を試みる。だが数が多く、なかなか反撃の糸口を見出せない。

 やがて囲まれ全ての部隊が交戦に入る。もはや王からの命令を将に伝えることも、将の命令を旅長に伝えることも、旅長の命令を百人隊長に、百人隊長の命令を兵士に伝えることもできなくなる。ただ目の前の敵を倒すのみ。

 その凄まじい攻撃に王師は隊伍を保つことすらできなくなった。

 まずい。陣が崩れると王師は数で圧倒する敵に押しつぶされる。

 僕は一瞬冷やりとする。


 だがそこから再び王師は盛り返した。

 王師が崩壊しなかったのはヒュベルやベルビオといった猛将が耐えに耐えて踏み留まったからだ。

 ヒュベルが十文字槍を振るうたび、瞬く間に敵兵は倒れ死骸が積みあがった。ベルビオも両手に戟を抱え、左右交互に振るい、敵を蹴散らす。あまりの出来事に前へ前へ、と進んでいた賊の足が止まる。しかも王師はヒュベル、ベルビオのレベルに達しなくても、猛将ぞろいである。あちこちで同じ光景が見られた。

 押される一方だった王師の前に、彼らの働きで空間と時間が突如として現出する。

 その隙を逃さず、王師は隊伍を組みなおし、槍を揃えて敵を押し返した。

 流賊は所詮一般人、軍人ではない。攻勢に出ている間は強いが、一旦頽勢(たいせい)に入ると(もろ)い。

 そうなると結局、昨日と同じだ。踏みとどまるもの、逃げるもの、包囲されてなすすべなく呆然とするもの、集団の統一的な意思は失われ、もはや王師に抗しきれない。あっという間に戦は終った。

 この戦で得られた捕虜は15万を超えた。

 有斗は昨日と同じように賊と語らい、彼らを翻意させようと粘り強く説得を続ける。


 やれやれ、やる気のあることは結構なことだが・・・

 アエティウスはその姿を見て目を細める。

 捕虜は元は民だといっても、所詮は賊。河北に叩き返すか、なんなら河水にでも叩き込んで、全員殺してしまったほうが後腐れもなかろうに、とアエティウスなどは思う。

 たしかに往時の人口より格段に減った今の畿内には開墾できる土地は余っている。だが彼らに土地を与えたところで、そこで朝廷の関わりは終わりと言うことにはならない。収穫できるまでの間、食っていけるだけのものを与える必要がある。それも下手をすると二年も三年もの長さの(あいだ)だ。それを朝廷の財政が支えられるかと言えば、大いに疑問符がつく。

 アエティウスは有斗にそう主張したが受け入れてもらえなかった。

 大真面目に『王は民を救う義務がある』などと反対された。

 義務はあるかもしれないが、それは『可能な限り』という形容詞がつくもののはずだ。少なくともアエティウスが考える政治とはそういうものだ。王の考えていることは原理主義的、理想主義、直情で幼い、ともアエティウスは思う。

 だが見方によっては(まこと)がある、と言い換えることも出来るだろう。

 綺麗ごとを口にするのは容易い、だがそれを実現するのは困難だ。大概の政治家は綺麗ごとを口にし、裏で手を回し、なあなあで済ますものだ。だがあえてその困難な道を選ぶ有斗を見て、アメイジアの人々は有斗のことをどう思うだろうか。

 そう考えると冷え切ったアエティウスの胸にも熱いものが込みあがってくるのを感じることが出来るのだ。

 南部に来たときは善良なだけの少年だと思っていたが、なかなかどうして骨がある。


 その日、有斗の言葉を聞いて降伏したものは十二万を超えた。


 だがここからが長い戦いになった。

 流賊は王師に抗するのを諦め、いくつかの集団に別れ王師から逃げるように畿内北部を徘徊した。

 だが逃げる先々で略奪を行う彼らを、そのまま放っておくわけにはいかない。王師三軍はそれぞれ別行動を取り彼らを追った。幾たびも敵を破り、何割かは降伏し、残りを再び野に放つ。その繰り返しだった。彼らは王師に何度も何度も敗れ続け、やがて先細り立ち枯れを起こし、河北からやってきた三十万の流賊は消え去った。

 残余の民は二十四万となった。六万は死んだか、小規模な流民となってあてどなく彷徨(さまよ)っているか、河北にでも帰ったのだろう。


 僕は三軍を再び集め、焼け落ちたアンプラキア城に入り陣を張った。

 そこにようやく王都のアリアボネから返書が届いた。

 30万の民は義倉を使って受け入れ可能。また今年は南部と関西は稀に見る豊作。米価は値下がり傾向にあり、陛下が考えておられることは、国庫を空にする覚悟があれば可能。陛下のご判断に従います、と書かれてあった。

 僕と共に書簡を見ていたアエティウスは不思議そうに

「陛下はアリアボネへの書簡に何を書かれていたのですか?」

 と、訊ねた。

「河北を平らげらた時、今の朝廷で河北の民を支えきれるか否か、を訊ねたんだ」

「・・・!」

「三軍を持って河北へ渡り、河北の賊を討ち、河北に王朝の威光が届くようにしたい」

「・・・本当にやるおつもりで?」

 アエティウスは絶句した。

 二十四万の民を養うのだって今の朝廷では大変だ。

 だが河北にいる生活基盤を持たない流賊や難民は三十万どころではない。その何倍もいるに違いない。流賊や難民以外の定住して生活基盤を維持している者がゼロではないだろうが、とても河北の税収だけでそれらを支えられるものではないだろう。

 とするとその負担は畿内と南部に降りかかってくることになる。権力基盤の弱い有斗では支えきれない事だって考えられる。

「まだ時期尚早では?」

 アエティウスは言外に反対であることを臭わせた。

「僕は河北の問題をこの際はっきりと肩をつけておきたいと、言ったじゃないか」

 河北から来た者たちを平定したところで、それは応急処置に過ぎない。河北を今のままにしておけば、遅かれ早かれ再び、このような事態が起こる事だろう。その度に兵を出して同じことをするのは大層な手間と出費ではないか。

 河北の賊を討ち、流民を元の生活に戻し、河北に王朝の支配を確立する。

 畿内の北辺の民の為にも、河北の民の為にも、そうすべきだ。

 僕はこの際河北の問題を完全に決着をつけるつもりだった。


 僕は三軍の主将を集め、今後のことについて打ち合わせをした。

 河北にこのまま攻め入ると聞いて皆困ったように顔を見合わせる。

「兵の輸送や兵糧の輸送はどうするのです? 二十四万の流民だって降伏したばかりです。武器は放棄させたとはいえ、軍を傍に置いておかないと危険なのでは?」

 アエティウスはまだ反対なようだった。

「幸い流賊が渡って来るのに使った船が川岸には残っている。それを使い河北に入る。輸送と流民のことは王師右軍に担当してもらう」

 僕はもう決めたとばかりに、皆に宣言する。

 河北の後始末はきっと難事であることはわかっている。だけれども、僕が戦国の世を終らせるのだとしたら、早いにしろ遅いにしろ結局はやらなければいけないことなのだ。ならば一刻も早く河北にいる民を救ってやりたい。


 アエティウスが会議を終えて自分の天幕に戻ると、一人の兵士が待ち構えていた。

「アエティウス様。アリアボネ殿より書状を預かってまいりました」

 昼間、王にアリアボネの書簡を渡した王都から来た兵だ。

「ご苦労」

 兵士にねぎらいの言葉をかけるとアエティウスは受け取ったばかりの書状を開く。

 そこにはアエティウス殿はきっと河北に攻め入ることに反対であろうけども、との但し書きがまずあり、アエティウスを苦笑させた。

 ひとつ、河東のカトレウスは出兵準備に入っているものの、目標は今年も北のオーギューガとのこと、南部も畿内にも侵攻する様子が見られないこと。

 ふたつ、関西は除目(じもく)で揉めており鼓関(こかん)の太守がまだ決まっておらず、とても直ぐに関東に手を出すことは考え辛いこと。

 みっつ、今年は豊作で米価が安く、今なら容易く大量の兵糧を確保できること。

 以上のことから王の河北への出兵をアリアボネは支持すると書かれていた。

 河北を制するためにはカヒと関西がこちらに目を向けていない間隙を突くしかなく、今がその好機と言えない事もない。

 それに河北に攻め入るにしても口実があったほうが他からの反発が少ない。向こうからこちらに攻めて来たのだ。今ならば出兵してもどこからも文句の出る筋合いはない。

 そう言われればそうなのだが、まだ朝廷と言う足場固めもしていないこの時機を何も攻め込まなくても、とアエティウスなどは思う。

 とはいえ、理屈としては正しいし、王に逆らってまで反対するわけではない。


「それにしても・・・こんな手紙まで用意するとは・・・」

 アリアボネも心配性と言うものだ。私があの少年と無闇に対立するとでも思ったのか? それとも有斗と私の中にひびが入らぬよう、取り(つくろ)っているのだろうか。

 ふん、とアエティウスは鼻を鳴らして小さく笑う。

 アリアボネは王のお守りをしている間に、すっかり母親気分にでもなっているのかもしれない。

 だとしたら過保護もいいところだ。もうあの少年は立派に王をやっていけてるさ。

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