河北征伐(Ⅰ)
王都から左軍を先頭にし、中軍、下軍と順に出立した。
名将『陥陣営』エテオクロスと猛将ヒュベルを擁する左軍を先鋒にし、最精鋭の中軍はアエティウスらダルタロスの将士がいることもあって、僕を守る本軍の役目を果たす。そしていざという時、殿軍を勤める後備にはリュケネ率いる下軍がなる。
リュケネがいるから、逃げるとなっても安心だ、と励ますつもりで言ったのだが、言われた当の本人は複雑な表情をしていた。無理もない。苦労するだけの殿などやりたくないのかもしれない。しかしいざと言うときリュケネがいるという信頼感は軍の進退に幅を持たすことが出来る要素だ。僕としても大いに心強い。
そして王都にアリアボネを一人で置いておくのも心配だから、と嫌な顔をするアエネアスを無理矢理説得して、王都に残すことに成功した。
本人は最後までアエティウスについて行きたそうな顔をしていたけど。
やったぞ! 右を見ても左を見てもアエネアスはどこにもいない! 僕は自由だ! 自由って素晴らしい!!
気分良く四頭立ての馬車に乗っていると、
「ごきげんですね、陛下」
と、馬上のアエティウスが僕に話しかけてきた。
「そりゃそうさ! だってアエネアスに怒鳴られる心配がないんだもの!」
と、大きく伸びをしてくつろいで見せた。
「陛下はどうもアエネアスが苦手のようですね」
アエティウスが苦笑すると、ベルビオがこれは驚いたと僕に目を向けた。
「そうですかい? お嬢と陛下の関係は、若とお嬢の関係の次くらいに上手く行っている様に見えますけど?」
・・・ベルビオ。お前の目は節穴か!? 長年の戦闘で脳がパンチドランカーにでもなっているんじゃないのか? それとも戦闘のこと以外には頭脳を回してでもいないというのか? あれのどこが上手く行ってるように見えるというのだ。
「だってお嬢、陛下の前では不満や怒りや笑いを作ることなく表してますぜ。付き合い浅いのに、あそこまで素を出してお嬢が接してる人なんて、ダルタロスでもそうはいませんよ」
・・・そういうものなのか? 一瞬本気で信じそうになる僕だったが、良く考えると矛盾点があることに気がついた。
「・・・いや、その理屈はおかしいぞ」
「何がです?」
「だってアエネアスはアエティウスの前ではあんな態度を取ってない。素の自分を晒しているのが仲のいいことの証だとすると、一番親しいアエティウスにも同じ態度を取らなきゃおかしいじゃないか!」
「それは・・・」
ベルビオはアエティウスと顔を合わせて押し黙る。
「だろ? やっぱり僕とアエネアスは上手く行ってない!」
高らかに僕は宣言した。
だからその時、ベルビオとアエティウスの間にわずかな目配せがあったことに、僕はまったく気付かなかった。
河北の賊は、まず新たな土地に侵入すると、しばらくの間付近の集落に押し入り略奪をする。逆らう者は容赦なく殺し、食料を奪い田畑を荒らす。そして物が無くなると次の土地へ向けて動き出し、また同じことを繰り返すのだ。
そうなるとそこに住んでいた者も何もかも無くしてしまい流人となるしかない。何割かは自分たちを襲った賊に入る者も出る始末だ。結果として、河北の賊は人数を増やすこととなり、肥大する一方だった。
だが、そうなると河北はだんだんと耕作する農民が減っていく。流賊の人数も増える一方で、ついにどこに行っても彼らの必要とするほどの食料の得られぬ土地となってしまった。それが彼らが河を渡ってきた理由なのである。
だが彼らはこの後どうするのか、どういった未来を手に入れたいのか、そういった展望はない。王朝を倒し、新たな権力を打ち立てたいわけでもなければ、誰かを援けて覇権を争うといったこともない。
ただ自らが生きるために他者から奪い取る。その理不尽な暴力があるだけである。
アメイジアを全て荒らしまわることで生き延びてどうなるというのだ。耕作し食料を作る民が最後にいなくなったら彼らはどうするのか? そうなれば彼らを待つ運命は枯れ果てるしかない。
そのころには他のアメイジアの民も滅び去っているだろう。アメイジアの歴史がそんなことで終ってしまうのである。王朝としてはこのままには捨て置けない。
それに河北に手を出すのは時期尚早だとしても、少なくとも畿内の治安を守る義務は有斗たちにはある。だから彼らを討つしかない、とアエティウスは言った。
アエティウスから賊の説明を聞くと、僕は少し悲しくなった。
「元は普通の民がほとんどなんだ・・・悲しいな。きっと賊に身を落としたくなかった人だっていただろうに・・・なんとか元の生活に戻してあげることはできないの?」
「できますよ」
アエティウスは僕の疑問にいとも容易く答えを示した。
「そうなの!? じゃあそうしようよ! きっと生きていくために仕方なく流賊になっている人が多いはずだよ! 普通の暮らしに戻れると聞いたらきっと喜ぶと思う!」
そうと決まれば話は早い。彼らに降伏を勧めることにしよう。そう頭の中で考えた瞬間だった。
「彼等に住居を与え、農地を与え、来年の収穫期まで飢えることのない十分な食を我々が与えることができれば、の話です」
アエティウスの言葉は流民の救済を簡単に考えていた僕に冷や水を浴びせるものだった。
「そっか・・・農地は荒れた土地を開墾してもらうとしても、住居や食は保証しないといけないのか・・・」
家が何軒必要になるだろう? 食べ物はどれくらい必要になるのか? それに掛かる経費はどのくらいに?
とすると・・・宮廷に予備費はないのだろうか? それに南部から順に、もう今年の収穫に入っていると聞く。それを彼らに回すことはできないのだろうか?
何かをするには国家にそれだけの余裕がないとできない。その程度のことは僕にもだんだん分かってきた。
「必要なものをどこから捻出するかですね」
「できそうかな?」
「さあ・・・出来るかもしれないし、出来ないかもしれない」
「どっち?」
僕がアエティウスのその曖昧な言葉から真意を捉えることが出来ず、訊ねた。
「そう言われても困る。私にも分からないということですよ」
「宰相として朝議に出てても分からないものなの?」
「陛下も朝会に出ているじゃありませんか。わかりますか?」
そう言われるとそうだ。朝会に出ているだけでは、いま国にどれほどの余裕があるかとか、まったく分かるってことではないな。
「あ・・そうか・・・とすると節部尚書に聞くしかないか・・・」
節部尚書は節部省の長官である。節部省は国家の出納を掌る省庁であった。現在だと大蔵省にあたる。
「どうでしょうかね・・・朝廷の予算なら節部尚書に聞けば分かりますが、各地の義倉は戸部尚書の管轄、駐屯地の兵糧は武部尚書の管轄・・・全部理解しているものなどきっと誰一人いませんよ」
「・・・やっかいだなぁ・・・」
今、僕は遠征に出ている。これが王都なら各省の長官に下問するだけで済むのだが、今はそうもいかない。・・・弱ったな。
「陛下、ご安心を。何のためにアリアボネを王都に残してきたと思っているのですか?」
「そうか・・・彼女なら!」
そう喜んだ僕だったが、彼女だって人間、本当は出来ることと出来ないことがあるに違いない。
だが僕がアリアボネに向ける信頼には、どこか彼女のことを頭を使うことに関しては万能であると思いこんでいるところがあった。
「ええ、可能かどうかも含めてきっといい策を考えてくれるはずです」
僕は直ぐに王都のアリアボネに書簡を送ると、僕らは北国街道を北へ北へと足を進める。
やがて流民に二、三の諸侯が共同して立ち向かったものの、数の暴力に圧倒され敗北したとの報告が届いた。被害は広がるばかり、凶報だ。
だけれども、そのおかげで賊の現在位置を知ることが出来た。
賊はアンプラキア城を拠点に付近の村々を荒らしまわっているらしい。
「これ以上被害が広がらない間にケリをつけたいですね」
そうアエティウスは言った。当然僕も同意見だ。周りに住んでいる民の為にも一日も早く解決しなくちゃいけない。
王都を出て五日後、僕らは遂に畿内の北辺に到着する。敵はまだ見えないが、今日明日にも接触することになるだろう。困ったことにまだアリアボネから返事がない。彼らが降伏したとして生活が成り立つように僕ができるとは限らない。
とはいえ彼らは長い戦国の世の犠牲者でもある。なるべくなら救ってやりたい。
それに戦わずに済むのなら、それに越したこともないだろう。
それで、僕は降伏を勧める使者を送った。だが流賊からは色よい返事はない。関東の朝廷は長い間、河北の我々を放置してきた、そのような朝廷は信用できないと言うのである。
それに王が連れてきた軍が三師に過ぎなかったことも彼らを強気にした。彼らは30万人と言う大軍なのである。
いくら精鋭の王師とは言え、三万対三十万では蟷螂の斧に過ぎないと彼らが思ったとしてもしかたがないだろう。
彼らは僕が送り出した使者に罵声を浴びせると矢を持って追い払った。殺されなかっただけマシだった。使者を殺さなかった彼らに、少しは理性は残っていると信じたいところだ。
ここに戦は避けられぬものとなった。
街道を更に北上する。やがて前方の野面が黒くなった。僕は驚きで目を見開いた。僕の目に映ったのは数え切れないほどの人、人、人だった。
日本で一、二の集客力を持つイベントのコミケに行ったことがあるだろうか? 僕はある。初めて行ったとき、僕は人の多さに圧倒された。その一番混雑するコミケの三日目より多い人が目の前にいるのだ。だがコミケって外にいる人、西館にいる人、東館にいる人、企業ブースやコスプレブースにいる人と別れている。その全員を集めても30万には届かない。
それを考えると僕が目の前の人の群れに圧倒されても仕方のないことだ。
僕はつばを飲み込むと、目の前の群集をただ呆然と見ていた。
目を凝らすと、それは・・・軍ではなかった。目の前にいるのは大量の人。流民の群れ。
だが只の流民ではない、男たちの手には武器が握られていた。中には女子供の手にも武器が握られていることもある。
だけれども隊伍を組むとか、戦列を形成するとかいった動きは見られなかった。本営、左翼、右翼と別れてすらいない。無秩序な人間の集合体がそこにあった。
策も何も無い。正対した僕らに只、数の勢いで対抗しようとしているだけだった。
彼らは僕ら王師が接近すると、呼応するようにゆっくりと動き出した。
「陛下!」
動き出した敵軍を見てアエティウスは僕に警告の声をかけた。だが僕は
「これが・・・賊だって・・・?」と、放心状態だった。
彼らの顔には絶望がある。全員が死んだ目をした、痩せこけて、血色の悪い顔をした哀れな集団。
どこからどう見ても食い詰め行き場をなくした流民の集まりにしか見えなかった。
「陛下。ご命令を! 彼らは我々が差し出した手を払いのけました。これ以上被害や犠牲者を少しでも無くしたいとお思いなら、小さな同情など感じる前に彼らを戦いで破ることです!」
そうはいうものの今にも倒れそうな、こんな人々相手に剣を向けるっていうのも・・・気が引ける。
「でも・・・」
「彼らは既に選択しました。我々の提案を拒否したのです。もし彼らと和睦したいのだとしても、一度彼らを敗北させて、言う事を飲ませるしかないのです」
「でも・・・しかし・・・」
まだ僕には迷いがあった。
「このままでは我々は全滅しますぞ! はやく号令を!」
しかたがない。敵は大軍だ。数の差をひっくり返すには、初っ端にこっぴどく叩いて、敵兵に恐怖を植え付けるのが一番だという。防御に回っては危険だ。アリアボネからそう告げられていた。
僕はやっと決意した。この目の前の人々に大いに同情があるが、だからと言って彼らの要求を全て呑むなんて出来ないし、これ以上は大事な民から略奪されるのも防がなければならないのだ。
「・・・わかった。当初の予定通り攻める」
僕は一度大きく手を振り上げると、ゆっくりと前に向かって振り下ろした。
そもそも30万の軍とはいえ、戦える兵はおおよそ5万、それも訓練も何も受けてない飢えた農民がほとんど。
中には元兵士や野盗上がりの者もいるが、数は少ない。ただ数の暴力で荒らしまわるだけだったのだ。
彼らは隊伍を組むこともなく、ただただ思い思いに武器を持って前へ走っているに過ぎない。
とはいえ数が数だ。勢いに乗られてしまい防戦一方になると予期せぬ敗北を喫することにもなりかねない。
エテオクロスが馬上で鞭をふるうと、騎馬兵を中心とした部隊を先頭にし、左軍が動き出した。
ヒュベルをはじめ左軍でも指折りの猛者どもが一斉に馬を走らせた。
前衛を務める王師左軍が躍動する。
馬は臆病で、障害物があると立ち止まる癖がある。軍馬として鍛えてようやく障害物を飛び越すとか避けて曲がるとかできるようになる程度である。走ってる最中に足に巻き込むことはあっても、漫画のように己の意志で蹄を使って、人間を踏みつけるなどできない心優しい生き物である。
とはいえ400キロを遥かに超える大型物体が時速40キロで走ってくるのだ。
訓練を受けた老練な槍兵ならば前に立ちはだかることも出来るだろう。だが普通の人間にそれを望むのは酷だ。現代で言うならビッグスクーターが前から群れを成してやってくるようなものなのだから。
王師左軍の騎馬突撃の矢面になった前方の流賊は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。とはいえ前に立ち塞がろうとする勇気のあるものが皆無と言うわけではない。アンプラキア城ででも手に入れたのだろうか、軍馬に乗った男がヒュベルの前に立ち塞がる。戟を馬上で振り回す姿はなかなか様になっていた。豪族崩れか盗賊崩れだろうか。もしかしたら傭兵くずれかもしれない。
ほう。俺の前に立ちはだかる勇気ある馬鹿がここにもいたか。
青野原での一騎打ち三連戦と言い、今回といい、俺の前に立ちはだかる輩が一向に減らないのは、どういうことだろう。
俺は王師でも一、二を争う格闘技術を持っていると自負していたが、どうやら他人の目にはそう映っていないということか。
鼻白んだヒュベルだが、気を取り直して馬を走らせ、敵と擦れ違いざまに十文字槍を一閃する。
十文字槍は兜と胴鎧の間の首のわずかな隙間を過たず潜り抜けた。血しぶきが空中に噴水のように噴出し、ヒュベルの前に立ち塞がった愚かな男の首が空中に飛んだ。
鮮やかな手並みは見たものを一瞬凍りつかせた。その隙を逃さずヒュベルたちは一気呵成に敵に切り込む。
ヒュベルの通った後はあっという間に死体の山ができた。ヒュベルと一合すらまともに打ち合えるものもいない。
その姿を目の当たりにした敵は一応に恐慌をきたして、武器を捨てて逃げさる。
ヒュベルの前方はモーゼの前の海の如く二つに割れた。
それを見た有斗は驚嘆する。
三国志の関羽とか張飛とか呂布とかってこんな感じだったんだろうな。
まさに一騎当千、万夫不当ってやつだ。
王師左軍は無人の野を行くが如く疾走する。
少しは兵法の知識があるのか、やり過ごして横から襲い掛かろうとするものもいるが、そんな間に合わせの攻撃では王師左軍の堅陣を破ることは出来ない。
軍を分けて放射状に敵軍を分断すると、たちまち流賊は潰乱し、踏みとどまるもの、逃げるもの、包囲されてなすすべなく呆然とするもの、各自がてんでばらばらの行動を取り出す。
集団の統一的な意思はあっという間に失われ、誰にも収拾がつけられなくなっていた。
有斗が後軍の下軍を投入したときには、戦は既に終っていた。
逃げ去る者は追撃せずに捕虜の確保を命じた。今回の目的は彼らの目を覚ますことで、殲滅することではない。
「抵抗するものは殺してもいいが、降伏するものを殺すことは許さない。命令を守らぬ者はたとえ将軍であろうと軍法に乗っ取って処罰する」
僕は念には念を入れて将兵に告げた。彼等とてアメイジアに生きる民である。であるなら彼らを救ってやりたい。王なんだからきっと僕には彼らを救う義務があると思う。
抵抗して殺された者、逃げ去ったものも多かったが、その場で投降した者も多い。人数は10万は超えていたかもしれない。前代未聞の捕虜の数だった。
地面に座り込んでいる捕虜らが兵士たちに向ける眼差しには不安の色が隠せない。
僕は旅長に命じてこの流賊の中にある各集団ごとの長を連れてこさせた。盗賊団の団長、傭兵隊の隊長、村の長、集団の長となっている主だった者は余さずに集める。
集めると僕は彼らの説得にとりかかる。
「いつまでこんな生活を続けるつもりなんだ? このままではいずれ飢え死にするか戦で命を落とすかの二択だ。将来に何か明るい予感があるわけじゃないだろ?」
僕は懇々と道理を説き聞かせた。
「朝廷がいままで我々に何をしてくれたというのだ。我々とて好き好んでこんな生活を続けているわけじゃない。ただこうやって行くしか生き残る術がないから、やむを得ずこうしているだけだ」
だが彼らは僕の言葉を拒否した。河北の民が朝廷に抱いている不信は根強いものがあるのかもしれない。部外者の僕にはよくわからないが。
「そうだそうだ」
「荒れ果てた河北に朝廷は何かしてくれたとでも言うのか? そんな朝廷をどうやって信じろと言うのだ?」
そうか河北を荒れ果てるままにしてきたというのは事実だ。僕も何もしてこなかった。その長い時間が彼らに朝廷不信を抱かせたのだろう。
「確かに河北に今までの朝廷は何もしなかったかもしれない。だがこれからは違う。官が諸君らの食と住を保障する」
ざわっと場に小さなさざなみが広がる。その言葉に心を動かした者もいるようだった。
「信じられない! そんな甘い話があるものか!」
「それにさっきから我々と話しているお前は誰なんだ? 王都から大臣なり公卿なりもっと位の高い役人を呼んで来い!」
初対面の人から王と扱われないことはもう慣れたといえども、これだけいい服を着てるのに、高級官僚にすら見えないとは・・・僕は心の中で苦笑する。
「口をつつしめ。陛下であられる」
アエティウスがそう言うと、
「王・・・!」
と絶句した。驚きが彼らの目の中で広がり、一斉に皆、僕に叩頭した。
「もし僕の言うことに納得したのならここに残ってくれ。先ほど言ったとおり、食と住は保障する。君たちがその後の生活が成り立つように、来年の春には田畑を分け与えることも約束する」
「・・・・・・」
「もちろん僕がまだ信頼できないと思うものもいるだろう。そういった者たちにはここを立ち去ることを許可しよう。僕の言葉を信頼し、武器を置くことを選択した者だけ残ってくれ。ただここから出て行く者には警告しておくよ。河北に戻るにしろ流賊に戻るにしろ、やがて君たちは僕に降伏するか、戦で死ぬしかないということをね。なぜなら王である僕が他人のものを代償なく奪う集団など許さないからだ」
その言葉にざっと六万の人間が僕に降伏した。出て行ったのは四万弱だった。
「逃がしてよかったので?」
アエティウスはみすみす逃がすことに不満たらたらだった。リュケネの時とは違う。流賊に恩義やらを求めても無駄だというわけだ。
「うん。彼らは流賊の仲間のところに戻るとこう言うだろうね。王は食事と住居と田畑を支給すると言っている、と。それを聞いたら、彼らの中から脱落者がでるかもしれないし、敵の戦意も鈍るはずだよ。今回のことで分かったように敵は軍隊の体を成していない。彼らの数は多いが王師の敵ではないだろう。何回戦っても被害はそれほど出ないはずだ」
「でしょうが・・・」
それでもゼロではないとアエティウスは言いたいらしかった。
「僕は河北の問題をこの際はっきりと肩をつけておきたい。どこかと戦争している最中に、今度のように畿内に侵攻してくると面倒だ。それに賊が跋扈する河北に安定を取り戻して、畿内北辺の民と河北の民が普通の暮らしを送れるようにしてあげたい」
「そういうことならば」
アエティウスもようやく納得してくれた。
「気長に彼らが戦に飽きるまでこれを続けるよ。彼らの最後の一人が、僕を信じて武器を置くか、王師に殺されるまで何度でも」
だがちょっと不安だ。
三万の王師の他に、六万の人間の食事と住居と田畑を与えることを考える・・・か。さすがのアリアボネでも倒れそうな難題だな・・・大丈夫かな・・・?
僕は先ほどのセリフを口から出す前に、アリアボネに聞いてみるべきだったと今更ながら反省した。