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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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闖入者(まねかざる客)

 朝廷は王師の他にも軍隊と呼べるものを持っている。

 例えば鹿沢城の駐留兵。他にも国境に近いところには、城だったり塔だったり小さな城砦があり、そこに駐留する兵がいる。

 王領も郡単位で兵を所持してる。と言ってもこれは地域の治安を守ったり、犯罪者を追捕したりする警察のようなことが主任務だ。

 王都より北へ28里、アンブラキア城と呼ばれる小規模な城砦がある。

 目的は大河の北、河北の監視だ。大河の氾濫や浸水の観測、堤防の修復も彼等の仕事である。河北は盗賊が徒党を組み農村を襲い食料を奪う。奪われた農民も住処を捨て放浪するが、やがて行き詰まり盗賊まがいのことをすることになる。それが繰り返された結果、秩序と治安が失われた地となってしまった。

 諸侯もいることはいるのだが、自領の農民を囲い統治するのが精一杯。荒れる河北を尻目に猫の額ほどの小さな土地にしがみつくか、自ら盗賊団の首領となり他者の土地を荒らし、暴れまわっているものもいる。

 河北とは大河で隔てられていることをいいことに、朝廷は既にこの修羅の地を見捨てて50年は経っていた。

 たまに大河を渡って少数の難民が来るくらいだ。この辺りの大河は流れが早く川幅も広い、逃げ出そうと試みる荒民は多いが、それに成功する荒民はごく少数だった。


 であるから、アンブラキア城勤めはいわゆる『閑職』であるとみなされていて、王師で出世争いに敗れた者、どうしようもない問題児などが送り込まれる王師のゴミ捨て場と呼ばれる職場であった。

 見張りなども真面目にするはずもない。

 その日も北西の尖塔には10名ばかりの兵士が詰めていたのだが、皆こちらでいうトランプに似た札を使って、賭けゲームに熱中していたので、その異変に気付くのが遅れた。

 負けの混んだ一人が、溜め息をついて、ふと何気なく覗き窓の外に目をやった。

 いつも見慣れている風景にどこか違和感を感じた。目を凝らし、その違和感の正体がなんであるか掴もうとする。もし、それが一つだけであったなら、彼はその違和感の正体を瞬時につかめたであろう。

 だが何度見ても違和感の正体がつかめなかった。不思議なことだ。首をひねりひねり彼はもう一度窓の外を観察する。

 やがてその違和感の正体がやっとわかった。大河のふちがわずかに黒かったのだ。しかし何故、大河のふちが黒いのかは思い当たらなかった。

 再び首をひねる。

 その時になって、賭けをしていた他の者たちも彼が窓の外をじっと眺め続けていることに不審を抱いた。

「なにを外ばかり気にしているんだ。どうせ何も起きやしないんだ。続きをやろうぜ」

「いや・・・どうもなにかが、いつもと違う気がするんだ」

「何を馬鹿な・・・」

 と、一人が凍りついたような顔をして窓の外を指差した。

「た・・・大変だあああぁぁぁぁ!!!」

「何があったというんだ?」

「どれどれ?」

 一斉に(のぞ)き窓に固まり、大河を遠望した。

 そして一斉に凍りついた。何故彼が『大変だ』と言った理由が分かったのだ。

 大河の端、すなわち河北の端を黒く染めていたのはこちらに近づいてくる大小さまざまな船の影だったのだ。その数は百や二百といった数ではなかった。一面を染める影から考えるとざっと五百はありそうだった。

 すなわち難民か流賊か諸候かは知らぬが、千か万単位の人間が河北から近畿へと侵入を企てているということだ。

 彼等にもそれが何であるかはわからなかったが、ただ大変なことが起きようとしている、それだけは理解できた。


 六日後、王都に早馬が到着した。

 アンブラキア城に隣接する郡司からの早馬だった。

 抗戦むなしくアンブラキア城は三日前に敵の手に落ちたという。賊の数は優に30万を超え、五百いた守備兵は海嘯(かいしょう)に飲み込まれるように散っていった。

 なお敵の一部はアンブラキア城に残ったものの、周辺の村々を略奪しつつ移動している模様、至急救援を請う・・・か。

 書面は緊迫する様子を生々しく伝えていた。


 僕はその知らせを聞くとアリアボネとアエティウスを急ぎ執務室に召喚した。30万の軍と聞き少しパニクっていたのだ。

「南部の兵を帰したのは早計だったかも」

 僕が落ち着きなくそう言うとアリアボネが笑って大丈夫ですと言った。

「陛下。30万の軍と言いますが、それは大半は兵でないのです。河北で食い詰めたものが生きるために家族ごと賊に身を落とした者が寄り集まっただけのこと。女や子供などの家族を含めての数でしょう。戦力となる数は5万に満たないと思われます。ご安心を」

「そうなの?」

 現金な僕はそう言われただけで、すっかり落ち着きを取り戻す。

「はい」

「でも五万もいるというのなら・・・王師だけでは心もとないか。南部からもう一度兵を集めたほうがいいのかな?」

「その必要もございません。なぜなら彼らはほとんどが元は農民。一部は山賊など武器の扱いに慣れたものもおりましょうが、戦術や戦法に詳しいものなど皆無。王師一軍でお釣りが来ますよ」

「そっか」

 アリアボネにそう言われると安心感があるな。

「だけれども敵を甘く見ては怪我のもと、それになるべく早くことを決しないと、誰かがこの隙をつくやもしれません、ここは王師三軍で素早くかたをつけましょう」

 アリアボネは敵がたいしたことはないと告げると同時に、三軍を持ってあたると言うことで敵を舐めてもいないということも僕に示したのだ。彼女の配慮には敬服するばかりだ。

 アリアボネの提案に僕も同意する。

「わかった」

「この賊の狙いが何かは分からないので、慎重にことにあたってください」

 河北で食い詰めた賊の一つが食に困って河を渡っただけというのならまだいいのだけれど、とアリアボネは思う。

 賊といえども元は同じアメイジアの民である。彼らがその生き方を恥じているのなら、略奪など止めさせて、できれば真っ当な道に戻してやりたい。そのチャンスを与えてやりたい。

 もしこれが河東の豪族や関西の朝廷の陰謀でなければの話だけれども。その場合は少しばかり厄介なことになるだろう。きっと王都を留守にした間に何らかのアクションを起こし、この朝廷を揺さぶるはず。

 だとすると、とアリアボネは思った。王と私とが同時に王都を離れるのは危険か。

「左軍、中軍、下軍を引き連れて行ってください。右軍は王都にて四方に(にら)みを利かせて貰いましょう」

 右軍は前の朝廷の影響が強い将軍が多い。戦場で万が一・・・ということも考えられる。連れて行かないほうがいい。

「ではアエティウス殿、陛下をよろしくお願いいたします」

 アリアボネがアエティウスに拱手(えしゃく)する。

 アエティウスに僕を頼むってことは・・・

「あれ? アリアボネは来ないの?」

 僕の疑問にアリアボネは薄い胸を張った。

「私が行く必要性はあまり感じられません。それになるべく早く王朝を正式な軌道に乗せたいですしね。陛下が帰ってくるころまでにはなんとかいたします。まかせてください」

 そっか、まぁアエティウスがいれば戦闘に不安はないし大丈夫だろ。

「兵糧のほうはアリアボネに頼むよ」

「まかせておいてください。かならず欠くことなく輜重の手配をいたします」


 一通り打ち合わせをして、アリアボネとアエティウスが出て行くと、僕の向かいに立っていたアエネアスが僕に声をかけた。

「おい」

「ん?」

 僕は机の上に落としていた視線を上げて、アエネアスに目を向ける。

「アリアボネは労咳(ろうがい)なんだぞ。ちょっとは気を使えよ」

「え?」

「え? じゃないよ。病気なんだから軍に同行しての長旅は身体に負担がかかるだろ? そこを気にかけといてやれよ。王なんだから」

「う・・・うん」

 そっか・・・労咳(ろうがい)なんだったっけ。確かに軍と一緒の長旅は病人には辛いだろうな。健康な僕だって結構(こた)えるし。それで病気が悪化したら大変だ。今やアリアボネはこの王朝の支柱だもんな。王である僕が気にかけないといけないことだ。

 素直にそれは反省する。

 だが一つだけ言いたいことはあるぞ。僕が王だってことを少しはアエネアスだって気にかけろ!

 ・・・アエネアスが怖いから、一言も言えない自分が悲しい・・・

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