人事
真の本丸、朝会に出ることができる公卿にこそ、有斗の息のかかった人々を半数は入れたいところであった。
けれども新法派は全滅してしまっているし、今現在残っているもともとの朝臣は有斗には正直信頼できる要素が皆無だったし、一体どうするものか悩みの種だった。
かといって、ほとんどが無位無官である南部の貴族たちを、いきなり公卿に抜擢するのは朝臣たちを刺激し過ぎるだろうとアリアボネらの反対を受けた。
しかたがないので、代々当主が従五位上を拝命するダルタロス家の現当主アエティウスと、かつて従四位下右中丞まで勤め上げていた散位(位階があって官職についていない人のこと)アリアボネを共に、宰相に付け朝臣の仲間入りをさせることで決着を図った。
アリアボネはもともと朝臣であったし、もし病さえなければ大臣に昇ることを確実視されていた人材、心情的にはいわゆる彼等の同類であったから反発も少なかったが、南部豪族であるアエティウスに対する反発は凄まじいものがあった。
朝廷の旧臣たちにも配慮はした。皆、官位を一階、もしくは官職を一段上げることで不満をなだめもしたのだ。
しかし南部に朝廷に対する根強い不信があるのと同様に、朝廷にも南部に対する不信は存在するらしい。毎日毎日、有斗に考え直すよう要求してきた。まるで以前の新法の時みたいにだ。
そんなある日、有斗はとうとう我慢ができなくなって
「僕が南部まで死ぬ思いで放浪していた頃、君たちは一体どこで何をして僕を助けようとしたんだ!?」
と、彼らを怒鳴りつけてやったら、翌日からぱったりと抗議が来なくなった。
ちょっとやりすぎたかなとも思ったけど、
「もっと早く、あれくらい言ってやってよかったのだ。そんなのだから、いつまでたっても舐められるんだ。きつく撥ね付ける気力がお前には足らないからな」
と、めずらしくアエネアスが有斗の行動に賛同を示した。でもこの世で一番、王を舐めているのはアエネアスじゃないかな、と有斗は思った。
それから論功行賞と人事にかかった。
最後まで敵対したフォキス伯とマグニフィサ伯から領土を召し上げ、南部の王領も一部加えて、働きに応じて南部諸侯に加増し、礼金を分配する。おかげで国庫は空に近くなってしまった。
官位も与える。これによってエレクトライやカルキディア伯やロドピア公といった政治に長けている者たちを中心に将来的には政治の中枢に入ってもらう下ごしらえをした。
南部諸侯にもいろいろ派閥があって、思惑もあるようだが、少なくとも今いる朝臣よりも信頼できる。
軍の改革も同時に行った。リュケネに相談相手になってもらって、朝臣と結びつきの強い者たちを王軍から外した。
そして中軍の主将はアエティウス、左軍の主将はエテオクロス、右軍の主将はグルッサ、後軍の主将はリュケネとし、王がいなかったため、半ば朝廷の支配下にあった軍隊を完全に有斗の支配下に置く。
羽林も半分以上ダルタロスの兵に差し替えた。これは再び反乱を起こされぬための処置である。ダルタロスの兵ならば朝臣に丸め込まれることもない。
羽林の次官のひとつである羽林中郎将にアエネアスが任じられた。羽林大将軍、羽林将軍といった上官がアエネアスの上には存在するのだが、それは書類上のものだけで、形式的な存在となり、王宮内の有斗の護衛はアエネアスが全権限を持つ。
『アエネアスが私以外の誰かの命令を大人しく聞くとは思えない』とはアエティウスの言である。
有斗もその意見にはまったく反論はなかったので了承した。有斗の命令ですら馬耳東風なのだ。他の者の命令など聞くはずが無い。
ちなみにトゥエンク公ことマシニッサの処遇は結構な議論を呼んだ。
特にマシニッサから来た、戦勝祝いの手紙に擬態した恩賞要求には南部諸侯を、特にアエネアスを憤慨させた。
兵を出さずに様子見をしたのに、ちゃっかり分け前を要求したからだ。
確かにマシニッサが朝廷に味方しなかったことで、有斗たちは後ろを気にせず戦えた。
しかし考えようによっては、いや、おそらく十中八九はマシニッサは有斗たちと朝廷を両天秤にかけていたのだ。現状維持でも感謝するレベルだ。それがこともあろうに褒賞を求めるとは厚かましいのにもほどがあるというのだ。
さすがに加増はしなかったが、所領の現状維持を認めて官位を贈るという当たり障りのない対処をした。いちおう敵対する行動も足を引っ張るようなこともしなかったわけだし。
それに所領を削れと皆は簡単に言うけれども、下手に刺激して機嫌を損ねた場合、暗殺の対象は有斗がなるのである。そこのところをきちんと考えてもらいたいものだ。
ちなみにこの時代のことを記した南武余話という書物によってマシニッサらしい面白い話が後世に伝わっている。
王からの勅使を恭しく迎え、勅書を神妙に押し頂いたマシニッサだが、中身が官位の贈呈だと知ると興味をなくし、手習いもせずに落書きに夢中になっていた三才の娘に裏返して渡したという。
娘の落書き帳がわりにちょうどいいとでも思ったらしい。
マシニッサにとって王とか朝廷とか官位とかはその程度の認識であった。