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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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謝意

 新しい部屋には肖像画が飾られていた。第五代宣帝、第六代平帝、第七代昭帝。間違い探しに使えそうなくらい顔や雰囲気がそっくりだ。三枚描かなくても、一枚描いてそれをコピーしたら、手っ取り早いし安上がりでいいんじゃないかなどど不謹慎なことを考える。

 まぁコピー機がこの世界にはないんだが。

 さすが親子といったところであろう。

 そういえばアエネアスとアエティウスって美人と美男子だけど、あんまり似てないな・・・と、ふと思った。髪の毛の色もまったく違うし。


「ねぇ、アエネアスとアエティウスって兄妹だけど似てないよね? どっちかが父似で、もう一方が母似とかなの?」

 その日、有斗はなにげなく、気にかかっていたことをアエティウスに聞いてみた。

「そうですね。私とアエネアスは従兄妹(いとこ)ですからね。あまり似てないかもしれません」

 アエティウスは瞳にちらっと不思議な色を浮かべてから、有斗に笑いかけそう言った。

「え? そうだったの? じゃあアエネアスはなんでアエティウスのことを兄様と呼ぶの?」

 二人の仲の良さもあって、すっかり兄妹だとばかりに思っていた。

「兄妹のように二人で暮らしてきたからですかね? 私もアエネアスも幼い頃に両親を亡くしていますので」

「ごめん・・ひょっとして悪いこと聞いちゃった?」

「気にしないでください。両親がいないことなど、私もアエネアスも気にしてない。それに幼くして親が両方いないくらい、この世界では珍しいことでもないですし」

「ということはアエティウスは小さいときから当主だったの? 大変じゃなかった?」

「幼いうちはアエネアスの父親が当主代行をしてくれていたりしましたから、それほどでも」

 一旦区切ると、少しの間をおいて

「ま、それなりに苦労は色々しましたけどね」と、話した。

 なるほど・・・そういった縁もあって兄妹のような関係になったんだな。

 そうか・・・度を越したブラコンだなぁと思っていた、アエネアスがアエティウスに接する時のあの過剰な態度って、好きな人に対する態度だとすればいろいろ納得もいく。

「しかし、いきなりどうしました陛下? ひょっとしてアエネアスがお気に召しましたか? 妻にでも迎えますか?」

 どうしてそうなるのかなぁ・・・夕方近くのアメ横で、処分したい魚介類を激安価格で押し付けようとする店のおじさんたちと同じ雰囲気を感じるんだが。

「遠慮させてもらうよ。王命を出してでも断固として拒否する」

 それは酷いと、アエティウスは笑った。

「陛下には気に入らぬようですけど、少しばかり乱暴的なだけで、あれでもなかなかいいところはたくさんあるのですよ」

 一緒に過ごしてきたアエティウスがそうまで言うなら、そうなのかも知れないけど、いいところなんかどこかあるかなぁ・・・?

 有斗は過去の記憶を脳の奥深くから引っ張り出してきたが、アエネアスが常に理不尽な暴力を自分に(ふる)っているところしか記憶にはなかった。

 いいところねぇ・・・あるのかなぁ・・・


 キィン


 金属音が鳴り響く。アエネアスの手に握られていた剣は高く舞い上がると、二回三回と回転して刃を下にして落ち、地面に斜めに刺さった。

「やった・・・! できた!」

 毎日練習してきてよかったなぁ・・・ついにアエネアスの手から剣を弾き飛ばす技を習得したぞ! これで朝早く起きる生活からも解放されるッ!

「何を感心している。やっと一個モノになったに過ぎないんだぞ。まだまだ覚えねば実戦では役に立たん。とにかく、お前には私が駆けつけてくるまでの間、生き延びるくらいにはなってもらわないとな」

「え? これで終わりじゃないの?」

 正直アエネアスは苦手だ。少しの間であっても一緒にいたくない。アエティウスさえ側にいれば若干はましなんだけど。

「敵が今の一撃をかわしたらどうするつもりだ? 敵の得物が槍や()(げき)などの長物だったらどうする? とにかく一に訓練、二に訓練だ」

「でも僕なんかがやっても、これ以上上手くなるのかなぁ・・・」

 アエネアスやアエティウスのように剣を使えるようになるとはあまり思えないんだが。

「お前の腕前はお世辞にも才能があるとは言えない。でもまぁ一流の剣客の剣は防げなくとも、雑兵や農民程度からは身を守れるくらいにはなると思うぞ」

「そっか」

 なんかやる気が湧いて出てきた・・・!

 でもそうすると・・・

「こっちに来たときに直ぐに剣を習えばよかったな。・・・そうすればあの時セルノアを守れたのに・・・」

 そう、あの時、僕に立ち向かう勇気と守れる力がありさえすれば、セルノアを助けることが出来たのかもしれない。

 ずん、と気持ちがいつになく落ち込むのを感じる。最近はそうでもなかったが、セルノアのことを考えると、今でもたまにこういう気持ちに(おちい)る。

「・・・? あの時っていつだ? セルノアって誰のことだ?」

「それは・・・」

 口ごもった。あまり人に話したくないし、それがアエネアスなら尚更だし、そもそも聞いても後味の悪い想いだけが残るだけだろうし。

 それを何か面白い話を隠しているとでも思ったのか、興味津々な顔をして有斗を肘でつつく。

「なんだよぉ? 教えろよ? 私とボケナスの間に隠し事はなしだろ?」

 ・・・どんな仲だ。奴隷とご主人様かなにかか。

 昨日までの有斗なら決してアエネアスなどには話はしなかっただろう。でもその時の有斗は、アエティウスからアエネアスが幼い頃両親を亡くしたという話を聞いていたので、少しばかり身近にでも感じていたのだろう。悲しい過去を持っているなら、他人に対しても優しくなれるだろうとでも思っていたのかもしれない。

 要は少しばかり同情が欲しかったのかもしれない。今、冷静に考えると、事情を知っているアリスディアとでも話すべきことだった。まったく関係のないアエネアスに話すべきことではなかった。

 有斗はうっかりアエネアスにセルノアのことを話してしまった。

 いつにない真面目な顔でアエネアスはその話を聞いていた。

「・・・」

 話が終る頃にはアエネアスは顔を伏せて(うつむ)いていた。

 ・・・やはりアエネアスだって女の子だ。他人とはいえ一人の少女が酷な運命を襲った話などするべきではなかった、と今更ながら悔やむ。

「・・・で、今になって、赤の他人である私にそんな話をベッラベラとお気軽にしゃべったのはどういう目論見だ?」

 アエネアスの声は低かった。ひょっとして怒ってる?

「・・・どうって」

 自分から聞き出そうとしたくせに、なんたる理不尽。

「ああ、あれか? そんな理不尽な目にあうなんて、なんて可哀想な人なの、と思われたかったのか? 心に傷を負っても、まだ王を続けてるなんて凄いね、と私に褒めてもらいたいとでも思ったか!?」

「そんなつもりはないよ」

 そういった有斗だが、本音を言うと王としての生活に疲れていた。

 誰でもよかったから、てっとりばやく少しばかり慰めて欲しかったのだ。それをアエネアスは見透かして怒っているのだ。

「ふざけるなよ! 可哀想なのはそのセルノアって(ひと)のほうだ!! お前じゃない! しかも犠牲になった後まで、のうのうと生き残ったお前に、最期に彼女を襲った恥辱まで赤の他人に話される、そのセルノアって(ひと)の尊厳を考えたことがあるのか!? そんな簡単に他人に秘密をベラベラと話せるなんて、本当にお前はその人を好きだったのか!?」

 アエネアスは立ち上がると、有斗を見下ろしたまま責め立てるように怒鳴った。

「なんで助けてやらなかったんだよ!? お前は王なんだぞ!? 臣下が王の盾となるのは義務だから、彼女がそう言うことは当たり前だ! でもそれは建前だってことわからなかったのか!? か弱い女一人逃げ切れるわけないじゃないか! お前はどんなことがあろうと、その娘の手を掴んで一緒に逃げなければならなかったんだ! 少なくともその場に戻らなければならなかったんだ!」

 アエネアスは何故か泣いていた。

 有斗の不甲斐無さの為だろうか、それとも会ったこともないセルノアの為にだろうか・・・

「この・・・人間の屑がっ・・・!!!」

 アエネアスは右手を握り締め、有斗いままでにない強い力で殴った。何回かアエネアスには殴られているが、これほどの痛みは感じたことがない。つまり今までは彼女なりに手加減していたのだ。本気で殴っていたわけじゃなかったのだ。

「・・・わかってるよ。僕が最低だってことは痛いほどわかってるよ! でも今更、僕にどうしろっていうんだ!? 何をやったってセルノアはかえってこないんだよ! どれだけ悔やんでもあの時に戻ることはできないんだ!!」

 有斗は思わずアエネアスに叫ぶように言葉を返した。実際それは魂から搾り出した、心からの叫びであった。

 もしあの時に戻ることが出来れば・・・! 走り去るセルノアのその手を掴むことさえできれば・・・!


 でもそれはかなわない夢なのだ。

「・・・」

「僕に今更どうしろっていうんだよ・・・」

 すっかり消沈した有斗にアエネアスはもう責めるような言葉は言わなかった。

「・・・明日から稽古は倍にする」

「なんでそうなるんだよ・・・」

 有斗はへたりこんだまま情けない声を出した。

「剣を覚えろ。今度、守りたいやつができたら必ず守ってやるんだぞ。どんなことがあっても絶対逃げるんじゃないぞ。いいなわかったな」

 その言葉は・・・アエネアスなりの励ましなのかもしれない。

 アエネアスは立ち止まると有斗に少し目を向けたが、直ぐに罰が悪そうに視線を逸らし(うつむ)くと言った。

「ゴメン・・・殴って悪かった。お前だって本当は辛いんだってことが、すぐには思い浮かばなかった・・・ほんとにゴメン」

 その意外な言葉に有斗は(あわ)ててアエネアスを仰ぎ見た。アエネアスはもう有斗のことなど一顧だにせずに後ろを向けて歩き去っていた。


 その日、有斗は出会って初めてアエネアスから謝られた。

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