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紅旭の虹  作者: 宗篤
最終章 天帰の章
415/417

別れの杯

「さあ、みんな席に座ってくれ」

 有斗はようやく部屋に入ってきた将軍たちに今度は着席を促した。

「あ、でも中央のその焦げ付いた机の前は開けておいてくれないかな? まぁ座りたいとは思わないだろうけどさ」

 有斗は皆が思い思いの席に座る間に、その本来は王の威厳ある机であった、その大きな焦げ付いた机の上に順番に(さかずき)を置いていく。

 杯を置く場所は決まっていた。有斗は王都から追われた後、南部から戻ってきたばかりの時のことを思い出す。

 ここにアエティウスがいた。その横にアリアボネ、そしてアリスディアはここだ。

「それからアエネアスは・・・」

 有斗が顔を上げると、アエネアスは指定しようとした場所にすでに立っていた。アエネアスも思い出したのだろう、王都を落としたときのあの日のことを。

「そう、アエネアスは確かそこにいたね。椅子をアリアボネの為に持ってきて座らせたんだった。アエネアスも覚えていたんだね」

 有斗がそう言うと、アエネアスは楽しかった過去を想う懐かしさと、喪った者を想う悲しさと、代わりに得たものの大きさを誇る喜びをないまぜにして笑う。

「忘れないさ・・・・・・忘れるもんか」

 そう、アエネアスにとってもそれは大切な記憶、決して忘れることなどありはしない。


 有斗は次にグラウケネに命じて、酒司と膳司に用意させていたものを持ってこさせた。

 最後だし王命を下して、特別豪華な料理を注文したが、珍しくどこからも文句を言って来なかった。

 各人の机に女官が料理を据えている間に、有斗はひとりひとりに杯を渡していった。

「そんな陛下自ら・・・もったいない」

 有斗は自分の手に残った最後の一つの杯を酒で満たした。

「セルノア」

 振り返ると、手に持った杯を額の中のセルノアに向けて高く掲げた。

「君が僕を立派な王だと信じた。そこから全てがはじまったんだ。時には君のことが重荷に感じたこともある・・・でも君がいたから、君の想いをかなえようとしたから、僕はここまで王をやってこれたんだ。今の僕は君の中のあった天与の人の姿に少しは近づけたかな? 僕は君から全てを奪ってしまったけど・・・これで少しは返せたことになるのかな?」

 有斗はそういうと絵に向けて高く掲げた杯を傾けて、床に酒を注いだ。


 有斗が皆に向かい直ると、ラヴィーニアは罰が悪そうに視線を逸らした。

 有斗はそんなラヴィーニアに微笑んで近づき、彼女の前に置かれた杯の中に酒を注ぐ。

「ラヴィーニア」

「・・・は、はい!?」

 ラヴィーニアは声をかけられたのが自分だということにいつになく驚く。次が自分の番だとは思っていなかったようだ。

「ラヴィーニア。セルノアのことは君が気に病むことではないんだよ。前に君も言っただろ? あれは僕の失政のせいだ。君が起こさなかったとしても、いずれ誰かが違う形で起こしていた事さ」

 有斗は酒で満たした杯を取り上げ、ラヴィーニアに向けて差し出した。

「それよりもラヴィーニア、僕は君に感謝する。君は僕をずっと支えてくれた。過程において少し僕の考えと違ったこともあったけど、結果は僕の望みどおりの形にいつもしてくれた。君が内政と政略に払った功績は誰よりも大きい。ほんとうに感謝してる」

「陛下・・・」

 ラヴィーニアは平伏するように顔を伏せ、震える手で有斗から杯を押し頂いた。


「次はアリスディアだね」

 有斗はそう言って、中央のテーブルの右端、アエネアスの横に置かれた杯に酒を注ぐ。

「最後はあんなふうになってしまったけれども・・・ここに来た最初から最後までずっと僕の傍にいて、僕を守り、支え続けてくれたのは、この世界で君だけだ。今でもそう僕は信じているよ。王という孤独で過酷な仕事を勤め上げられたのは、君が傍にいて支えてくれていたからだ」

 言葉と共に酒を満たし終わると、有斗はその直ぐ横の椅子に座っているアエネアスに目線を向ける。

「アエネアス」

「・・・ん」

 恥ずかしいのかアエネアスの返事はいつもよりも控えめだった。

「君はいつも側にいて守ってくれた。君からアエティウスを奪った僕なのに、側にいてずっと支えてくれた。僕の周りには計謀に長けた官吏がいて、軍事に長けた将軍たちもいた。だけど彼らは常人をはるかに越えた才の持ち主であるがゆえに、常人の考えを思いもしない。だけどアエネアスは違う。アエネアスは貴族の生まれにもかかわらずアメイジアの多くの民たちと同じ視線を持つ人だ。アエネアスが彼らに代わって僕に一般的な人々の見方で事の正誤を教え、正してくれていたんだ。本当にありがとう」

 有斗の言葉にアエネアスは微笑み返すと、杯をあおる。


 アエネアスが飲み終わるのを待って、有斗はアエネアスの、先程のアリスディアの杯とは逆方向の隣にある杯に酒を満たし始める。

「アエティウス」

 有斗はアエティウスのその懐かしい、端整な顔立ちを杯の水面に思い描きながら記憶と会話する。

「君は何もない僕を助けてくれた。軍隊を催し、金を供出し、そして最後は命さえも差し出した。君に対して僕はどう感謝したらいいのか、どう償えば許されるのか今でもわからないよ」


 次いで有斗は、さらにその横の杯に酒を注いだ。

「アリアボネ」

 病弱なアリアボネは酒はそんなに飲まないかもしれないなと思いながらも、他に感謝を示す方法も思いつかないから仕方がないなと苦笑して、有斗は空の杯に酒を注いだ。

「君は僕に大計を教えてくれた。平和をもたらすということの本質がなんであるかということも。病身をおしてまで従軍し、西京攻略に尽力してくれた。今、君がここにいたら何というだろうか? 僕はうまく最後まで王を演じることができたかい・・・?」


 人と言うのはどのような好人物や高潔な人物であっても、序列や上下と言うものからは逃れられない。ここに集った人々も有斗は感謝の度合いを示して順に声をかけていると思っていたくらいだ。

 だとしたら、ここまではまずは妥当な順番であると参加者たちには思われた。だから次に声がかかった人物の名前を聞いて、言われた当人をも含めて、皆が大層驚いた。

 もっとも有斗にしてみれば、ただ単に自分がアメイジアで出会った順番に声をかけていたに過ぎなかったのであるのだ。

「マシニッサ」

 皆が奇異の視線を集める中、驚きで返事を返さないマシニッサを無視して有斗は話を進めた。

「君を味方にするのはいろんな人に反対されたよ。かならず君は裏切る、殺されないうちに殺してしまえってね」

「・・・私みたいな誠意の塊のような人物を捕まえてそんなことを言うとは実に酷い話ですな」

 ようやく我に返ったマシニッサがしかめつらしい顔でそう答えると場に一斉に笑いが広がった。

「でも君は噂と違い、僕を最後まで助けてくれた。王都攻略、関西遠征、カヒ遠征、越侵攻、そして最後の教団との戦い。気がつけば主要な戦いにはいつも君が参戦していた。なによりもイスティエアでカヒの大軍の崩壊のきっかけを作ったのは君が撤退したことだった。勝利を得れたのはひとえに君のおかげだ」

 マシニッサは利に(さと)い。有斗に味方するか敵対するかを決めたのは利で考えただけの結果に過ぎないのかもしれない。

 だけれども・・・例外が一つだけあると有斗は思った。そのことだけは有斗はマシニッサに感謝しなければならないだろう。

「勝敗の分からない時だけじゃない。カヒに負けた時も僕をかくまって救ってくれた。諸侯の中でアエティウスに次ぐ功績だよ」

 マシニッサはそうは思わなかったから、そうしなかったのだろうが、有斗はあの時、マシニッサはカトレウスに有斗を突き出したほうが多くを得れたのではないかと思うのだ。

 有斗の思いつかない何が、マシニッサの判断を左右したのか有斗は少し知りたくもあった。ひょっとしたら・・・マシニッサも心の奥底で少しは戦国を終わらせることを望んでいたのかもしれないなどと、己の願望込みで思ってしまう。

 だがそんな有斗の内心など知らずに、

「そこまで手放しに褒められると気恥ずかしいものですな」

 何故かマシニッサは大人の女性にからかわれた青少年のように真っ赤になって照れていた。


「プロイティデス」

 有斗はその地味な、だけれども堅実な中年の将軍に会釈する。

「君が僕に仕え続けたのは、アエティウスが命じたことを亡くなった後も忠実に守ったからにすぎない」

「まさか! そんな不敬なことはいたしませぬ! このプロイティデス、陛下に信服しております」

「いいんだ。それは本当のことだから。それに君がアエティウスが遣り残したことを引き継ごうと、当主が代わってゴタゴタするダルタロス家中を引き締め、(まと)め上げてくれたおかげで、アエティウスの死という一大変事の影響を最小限に抑えることが出来たんだ。もしあの時、南部きっての大豪族ダルタロス家が朝廷から離反でもしていたら、カトレウスとの厳しい戦いの成り行きはどう転んでいたか分からない。本当に感謝しているよ」

 プロイティデスは有斗が酒を注いだその杯を押し頂いて拝領する。


 次に有斗が声をかけたのは付き合いの長い、そして親しい間柄の将軍である。

「ベルビオ」

 有斗に声をかけられ、ベルビオはその巨体の背を真っ直ぐに伸ばした。背を伸ばすと椅子に座っていてもベルビオの体は大きく圧迫的だった。

「君とは南部以来の長い付き合いになるね。アエネアスと同じく僕の身辺警護に始まり、最後は王師の将軍の一角として天下平定に貢献してくれた。君にとって大切な主君であったアエティウスを喪う原因を作った僕なのに、僕を支え続けてくれた」

「陛下、俺にとっては陛下も若と同じく俺の大事な主君ですよ。陛下ほどの人にお仕えできたのは俺の誇りです」

 いつになく真面目なベルビオの口から、そんな言葉が聞けたことに有斗はとても嬉しかった。

「それよりも大きかったのは、君が単なる部下ではなかったことだよ。ベルビオとはいくつもの戦場を共に闊歩した。まさに喜怒哀楽を共にした仲だ。王になった僕には正確な数すら把握出来ないほどの臣下を持つようになったけど、心を通い合わせることができる存在はそう多くなかった。だからそんな中にベルビオのような存在がいてくれることは本当に有難かった。慰めになった。君のように表裏無く仕えてくれる部下を持てたことは王としての最大の幸せだよ」

「へへへ。陛下みたいな凄ぇ人にそのこまで褒められると、なんだか照れくさいや」

 ベルビオは下戸のように顔を赤くし、後頭部をバリバリとかいた。


「エレクトライ」

 有斗から声をかけられて、その長身痩躯の南部諸侯は背筋を伸ばした。

「君は南部の諸侯の一人として僕の北伐に参加して以来、一度も裏切ることなく助力し続けてくれた。さらには王師の将軍としても騎兵隊を率い、数々の戦場で幾多の戦功を挙げてくれた。本当に感謝している」

 エレクトライは彼の尊敬し、そして敬愛する君主から直々に盃を賜り、恐縮して深く深く叩頭する。


「リュケネ」

 そんなエレクトライとは対照的にリュケネは一対一で王に応対する、しかも王からお褒めの言葉を頂くというのに、有斗に敬意を表するものの、いつもと変わらぬ落ち着き払った態度であった。

 だがそれでこそがリュケネであると、有斗はむしろその態度を好ましく思う。どんなときにも動じない、頼りになる将軍がリュケネであるのだから。

「君は他の将軍のような派手な活躍や豪快な勝利とは縁遠かったかもしれないが、だが全軍が押されて戦局が退勢を見せる危機的な状況の中でも、王師が幾度も逆転勝利を得た、あるいは敗北の被害を最小限に抑ええたのは、君が我慢強く戦線を維持して支えてくれたからだ。地味ではあるが堅実で着実な君がいたからこそ、他の将軍たちも派手な活躍が出来たんだよ」

リュケネは先程と同じく控えめな、それでいて礼に適ったお辞儀をして謝意を示した。


「エテオクロス」

「はい」

 エテオクロスは有斗に対して杯を捧げ持って頭を低くし、今までの誰よりも礼に適った応対を行う。

 有斗という王とは臣下として近からず遠からずの距離を保ち、臣下としての則を保つ。それがエテオクロスという臣だった。

「君は軍事の素人で、どこをどうすれば兵を動かすことができるかさえ分からなかった僕に代わって実際に軍を動かす役割を果たしてくれた。素人である僕の気紛れな思い付きに似た考えを現実に即して実行するのは大変だったと思う。それに当初の僕の政権基盤は弱いものだった。きっと朝廷の各派閥から、いやそれだけでなく関西やカヒなどの勢力から様々な調略の手が王師に対して伸びていたと思う。王師の中でも様々な動きがあったことだろう。だけどそれを感じさせること無く、王師を一枚岩に保っていてくれた。それこそが君の第一の功績だよ」


「ヒュベル」

 次は王師一の伊達男、ヒュベルの番である。

「君は兵を率いても優れた将軍だったけれども、何よりも一人の戦士として衆に優れ、一騎当千の人物だった。一人の超人は味方に勇気を、敵に恐怖を与える。不利な局面を君の超人離れした活躍で立て直したことだってある。戦術や戦略でどうにもならない状況でも、まだなんとかなるかもしれないと思える手段が残されているというのは将軍にとって実に心強いことなんだ。君がいてくれたことが兵を指揮するにあたって常に僕に心理的余裕を与えてくれたんだ」

「恐悦至極です、陛下」


「ザラルセン」

 有斗は机から大きく足をはみ出させたザラルセンの足に蹴躓(けつまづ)かないように避けながら、ザラルセンの席へと近づいた。

 いくら七尺を超える長身の持ち主とはいえ、ベルビオですら巨体を縮めて机の中に足を放り込んでいる、この王臨席の公式な宴席の場で、机の横から大きく足をはみ出させるザラルセンの礼儀知らずは彼が王師の中で異色の存在であることをありありと示していた。

「ザラルセン、君と君の騎兵隊には、その卓越した機動力でいくつもの戦いで戦闘を決定付ける動きをしてもらった」

「お。さすが陛下だ。俺たちのなかなか目に見えない活躍をちゃんと見ている」

「しかも僕には君には感謝しなければならないことが他にもある」

「ほぉ。俺様は自分でも気が付かないうちに役に立っていたというわけか。さすがは俺だな」

 ザラルセンは有斗の言葉に自慢げに顎を手で撫で満足そうな表情を浮かべた。

「君は流賊の出だ。流賊とは他者の気持ちなど顧みずに、欲しいと感じれば奪い、邪魔だと感じれば殺す。まさにこの残酷な戦国の世を代表する存在、申し子といっても過言じゃない」

「・・・・・・酷い言われようだな。言っておくが俺たちはそういった手合いから自分たちを自衛するために武装したんだ。あくどいことはそれほどしちゃいないぞ」

 少しはしていたし、その自覚もあったんだ、と有斗は苦笑するも、その感情を表に出すことは無かった。

「機嫌を悪くしないでくれよ。僕は君たちが流賊の中ではそういったことを嫌う珍しい存在であることを知っているよ。だけど流賊というものは世間一般からそう見られているということも分かって欲しい」

「そりゃあ、まぁ、そうですがね」

「だけど、そんな流賊でさえ、王師の一員となる機会を与えられさえすれば、天下平定の為に働くという正しいことを行うことが出来る。そのことが乱世の為に心ならずも悪に手を染めてしまった多くの心の弱い民たちにとってどれだけ励みになり、どれだけ救いになったことか。人間は罪を一度背負っても、正しいことを行うことができる。これを示すことは僕や朝廷に対する貢献というよりは、アメイジアという社会全体に対する大きな貢献だよ」

 そう、人間と言うものは元来弱いものであることを考えれば、そういった許しを社会が与える度量を持つことは重要なことのはずである。

 特にこのような戦国の世を終わらせようとする時代においては。


「アクトール」

 有斗は次いで王師一の勇将の名を口にした。

「あの朝廷の威令が及ばなかった河北という化外の地で、諸侯としてよくぞ諦めずに統治を続けていてくれた。君のような諸侯がいてくれたから、百年という長い時間を経ても、この戦国という恐ろしい時代にアメイジアは辛うじて食い尽くされなかったのだと思う。『勇者』アクトールの名前の通り、いかなる強敵にも臆することなく立ち向かうことができる心胆は、いかなる時でも全軍を大いに鼓舞することになった。恐怖や臆病に捉われた兵が実力を発揮できないことを考えると、君が全軍に対して示した勇気は一万もの兵に匹敵するといっても過言じゃない」

 アクトールは有斗の褒詞に言葉も無く深く謝すことで、自身の感動を表した。


「ガニメデ」

 有斗は用意された宴席の場で誰も座っていない唯一の空席に近づくと、机上に置かれた空の杯になみなみと酒を注いだ。

「君は僕の目が注がれていなかった裏舞台の戦場であっても常に全力を尽くし、その卓越した手腕を持って敗北を繕い、勝利を手元に引き寄せてくれた。君の活躍によって勝利を得た戦、敗北を免れた戦は数え切れないほどだ。しかもその戦略眼は局地的な勝利だけを見るのではなく、戦場全体、いや戦争全体を常に見通していた。その結果として君は僕の死を回避するために、自分が死ぬという選択を選んだ。僕が死ねば戦は負け、平和は再び失われ、大勢の民が再び塗炭の苦しみに喘ぐ事を知っていたからだ。君の功績は僕や朝廷だけでなく、きっとアメイジアの全ての民から称えられることだろう」


「ステロベ」

 有斗はその質実剛健を絵に描いたような、この中の誰よりも将軍らしい外見をした元関西の双璧と呼ばれた将軍に近寄った。

「僕の長い天下平定の中で、一番勝利するかどうか分からなかった戦いは関西遠征だった。周囲を敵に囲まれたまま、動員できる少ない兵力で、限られた時間の中で行うという不確実な要素を多く抱えたままの遠征は、成功する絵が極めて見えない綱渡り同然の際どい勝負だった。その厳しい条件の中で西京鷹徳府に辿り着けて、王城前での一大決戦に勝てたのは君が僕に味方してくれたからだ。君が味方してくれたことで関西の諸侯も僕の旗下に馳せ参じてくれたんだ。それだけでなく、君が味方してくれたことで、大きな抵抗を受けることなく、その後の関西と関東の統合作業を進めることができた。バルカが起こした反乱(白鷹の乱のこと)でもその反乱規模を小さくすることに繋がったんだ。もしあの反乱がもう少し大規模なものであったならば、僕の命は失われていたかもしれない。だったら君は僕の命の恩人とさえ言える」

「陛下、私は陛下の理想に共鳴しただけのこと。陛下の志の大きさに比べて、自身の矮小さと愚かさを知り、恥じたのです。その偉大なる陛下の手助けが出来ただけで、私は幸せでございます」

ステロベはそう言うと杯の酒をあおり、飲み干した。


 最後に残ったのは橙色の髪をした華麗な麗人、有斗が後事を託す人物だけである。

「セルウィリア」

「はい、陛下」

「僕たちの出会いは最悪だった。征服者の王と被征服者の女王という正反対の立場での出会いだった」

「・・・・・・はい」

「しかも君は女王として君臨していて、アメイジアの民が戦国の世に苦難に喘いでいるのを知りながら、アメイジアの為に何一つしようとしなかった。ただ日々を過ごしていただけだった。王たる資格はなかった」

「・・・おっしゃるとおりです。まさに陛下のおっしゃるとおりでした・・・わたくしは最低の女王でした」

 セルウィリアは申し訳がなさそうに少し俯いた。

「だがその後、君は自らその過ちに気付き、僕の手助けをしてくれるようになった。努力して王にふさわしい資質を身に着けた。アメイジアの為にとわが身を省みずにバルカの槍の前に立ちふさがった。今、この世界で君以上に王に相応しい存在は存在しない。僕は君に感謝している。君がいるから何の心配も無く安心して、僕は元の世界に帰れるんだ」

 感激に目を潤ませるセルウィリアに微笑むと、有斗は皆に聞こえるように声を張り上げた。

「ここにいる皆に僕は感謝する。僕が戦国の世を終わらせることが出来て、天与の人だなどといった大層な名前で呼ばれ敬われるのは、君たちがいてくれたからこそだ。天与の人と言う言葉は僕なんかよりもここに集った皆にこそ相応しい言葉なんだ。どう言えば、この心中の感謝が伝わるのか・・・感謝の言葉が見つからないくらいだよ」

 有斗はそう言うと杯を捧げ持ったまま、拱手する要領で皆に深く頭を下げ感謝を示した。

 ここにいる多くの者は有斗が異世界人であることを知っているし、権威をそれほど重要視しない気安い王であることを知っている。だがそれでも有斗はやはり王であり、なんといっても戦国の世を終わらせた偉大な傑人なのである。

 それ程の人物に頭を下げてまで感謝を示されることに無感動ではいられなかった。

 マシニッサでさえも恐縮し、慌てて杯を有斗に捧げて頭を下げた。

 有斗は皆が自分に杯を捧げ持ったのを見て緩やかに笑みを作る。

「さあ、顔を上げて。今日の主役は僕じゃない、君たちだ。それでは皆で乾杯しようじゃないか! 別れの杯を酌み交わそう!」


 有斗がこの場で名前を呼んだ人物は全部で都合十八人。

 その中で”知天”のアリアボネ、”鬼謀”のラヴィーニア、”南部の至宝”アエティウスを三傑と言う。

 そしてセルウィリア、アエネアス、アリスディア、セルノアの四人の女性を指して四姫と言う。

 残る将軍たち、”不敗”のガニメデ、”不動”のマシニッサ、”正義の宰相”リュケネ、”不死身”のベルビオ、”陥陣営”エテオクロス、”万夫不当”ヒュベル、”鉄壁”のステロベ、”虎騎”プロイティデス、”疾風”エレクトライ、”勇者”アクトール、”神弓”のザラルセンで十一神将と言う。


 彼らは三傑四姫十一神将と呼ばれ、巷間に伝わり、長く語り継がれることとなった。

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