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紅旭の虹  作者: 宗篤
最終章 天帰の章
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焼け落ちた部屋

 こうしてセルノアに有斗が最後の別れの挨拶を告げるための旅は終わった。

 そして有斗が旅の目的を終え、宮城(きゅうじょう)に帰る頃には、有斗から退位の報と王都への召還を同時に告げる勅使を迎えた人々が既に勢揃いしていた。

 有斗がこの世界を去るにあたって、特別に別れを告げておくために召還した彼らとは王師の将軍たちである。もっともリュケネとエテオクロスは国政のほうに専念することもあって退役しており、今は王師の現役の将軍ではないけれども。

 ともかくも長年の功績が報いられて、新しく伯となった彼らは、領地の経営に携わるべく多くが新領地へと帰っていて王都に不在だったのだ。

 彼らを呼び出したのは別れを告げるためだけではない。感謝を告げるために、有斗の天下平定に尽力した彼らの長年に渡る労苦を(ねぎら)う宴席を設けようと思ってのことである。

 もちろん彼らだけでなく、有斗を内で支えてくれたセルウィリアやアエネアスなどの近侍の者も忘れていない。彼女たちの席も設けられた。

 だが官吏の中から呼ばれたのはラヴィーニアだけであった。

 このことが有斗が内治を軽んじているとか、武断の王であったとか、後に一部の史家から非難の対象になるのだから、まったく王とはつくづく大変な商売である。

 有斗が外征に専念できたのも、公卿から末端の下官まで朝廷の官吏たちが日々仕事をし、有斗を後方で支えてくれていたからだということは有斗だって重々承知しているが、やはり彼らとは王と臣下という関係が強く、共に戦場を馳駆(ちく)した王師の将軍や毎日顔を合わせていたセルウィリアやアエネアスと違って距離感があったのだ。

 ちなみに恐れ多いことと有斗の招待をひとり断って、グラウケネは料理の用意や宴会の差配などの裏方に徹した。


 反対に有斗が呼んだ人物のリストに入って無かったのに自発的に王都に来ただけでなく、王が功労者を歓待するという噂を聞きつけて、ずうずうしくも自ら参加を申し出たあつかましい男もいた。

 そんな厚顔無恥な男はアメイジアだってそうそういるものではない。その男とはもちろん、マシニッサである。

「マシニッサが宴席に参加したいって申し出たって?」

「はい。陛下がご帰還なさると聞いて今生の暇乞いにと王都に挨拶に参上したとのことらしいのですが、陛下が功臣と別れの会を催すとどこからか聞きつけ、ならばカヒ戦の最大の功臣である自分も参加しなければならないだろうと言って、何時何処に行けばいいのか教えて欲しいと申しまして・・・」

 自分で思い立ったら相手の迷惑など顧みずに行動するのがマシニッサである。

 諸侯は王の臣下であるが、朝廷の下に必ずしも位置するものではない。だから諸侯が王都に来たら、朝廷としてはそれなりの待遇でもてなさねばならない。よって来るにあたって、前もって許可を申請するのが通例である。警護の人数の確保、諸侯の泊まる場所の確保、用件に対して対応する官吏のスケジュールの調整などが必要だからだ。

 だがマシニッサはそんなことおかまいなしで、気ままに共の者を連れてぶらっと訪れたのだ。

 有斗の退位の話を聞いた他の諸侯が、是非とも最後のご挨拶にと上京許可を願う使者をまず送るという、ちゃんとした通常の手続きを踏んでいるのにもかかわらずにだ。

 有斗とて彼らに会いたいとは思うが、一度に王都に一斉に諸侯に押しかけられても対応しきれないから、仕方が無く断りを入れているというのにである。

「僕の頭の中ではマシニッサは頭数には入っていなかったんだけどな・・・」

 有斗が扱いに困ったように呟くと、アエネアスが素早く同調して、有斗のそのマシニッサに対する否定的な気持ちを増幅しようとけしかけた。

「本当にあつかましい奴だな。かまわない。王都からたたき出してやれ。私が許す」

 と、いったい何の権限があってかは知らないが、王に向かってそう許可を与えた。

 アエネアスは相変わらずのマシニッサ嫌いのようである。だが有斗はまだ王であることを放棄したわけではないので、アエネアスのように感情だけですぐさま判断するというわけには行かない。

「マシニッサはアメイジア屈指の大諸侯だよ。ここでけんもほろろに要求をはねつけて朝廷に対する恨みを残したら、後に残るセルウィリアが大変だろ。それに考えてみると天下一統に対してマシニッサにも功績が無かったわけじゃない。いいさ、マシニッサの席も用意してやろう」

 有斗はグラウケネに指示を出し、料理と席をひとつ新たに追加することにした。

 一方で同席することになるアエネアスは不機嫌さを隠そうともせずに、むくれた顔をしていた。


 確かにマシニッサが有斗のことを考えて行動したことはないかもしれないが、マシニッサの行動が結果として有斗の役に立ったことが無いとは言い切れない。

 むしろ数々の局面で大いに役に立った。

 それに人とは功利的なものである。大なり小なり己の心中にマシニッサのようなものを住まわせているものだ。だから自身の為だけを考えて行動したことだからと言って、その人が成し遂げたことを正当に評価しないというのでは、以降、その社会で真っ当に働くことが馬鹿げたことであるという風潮にも繋がりかねない危険性を(はら)んでいる。

 ならばマシニッサの人間性はともかくも、成し遂げたことに対してだけは正当に評価してやろうと思ったのだ。

 それに有斗はあれほど嫌いだったマシニッサのことが実は少しだけ好きになっていた。

 確かにマシニッサの有斗に対する忠誠は偽者で、あくまでも乱世を生き延びるための方便であるかもしれないが、人は他人の心の中までは見えやしない。ならば嘘も最後まで突き通せば立派なひとつの真実である。

 出会ってから今日までマシニッサの行動は、一貫して有斗にとって有益な結果をもたらしてくれたではないか。心の底から忠誠を誓って働いてくれたのと何ら変わりが無いではないか。

 アエネアスに言わせると人のいい有斗がマシニッサの狡賢(こうかつ)さに騙されているということになるのだが、有斗自身はそうは思わなかった。

 ともかくもこの宴席で席が設けられた人物こそが、中興の元勲として後の世に語り継がれることとなった。

 世に言うアリト王の三傑四姫十一神将と呼ばれる存在である。


 そのような想定外の出来事はあったものの、翌日には有斗は当初の予定通りに別れの宴を催した。

 特別に全ての仕事を早めに切り上げて、宴席に備えさせた。たまにはこんな日があっても罰は当たらないだろう。

 本来ならば公の宴席などは紫宸殿で行われるのが通例だが、参加人数が限られることと有斗には少しばかり考えがあったので特例として後宮で行われることとなった。

 時間が迫るに従って各将軍の到来が告げられ、女官に先導され次々と後宮へと案内されてくる。

「一度見てみたかったんですよ。王の部屋というのはどんな豪華な部屋なのかをね」

 有斗の執務室の扉の外で調子の良い愛嬌ある男の声が響いた。特徴的な軽薄な声だった。

 まるでおのぼりさんよろしく、物珍しそうに周囲を見回して観察する、その田舎者はマシニッサである。

 諸侯は官吏と違い、ウェスタのような特殊な手段を使わなければ、王の執務室や内宮などの内向きのエリアには基本、来る事がない。王に謁見するのも、官吏と折衝を行うのも朝堂院などの公の場所ということになる。見るもの全てが珍しいのであろう。

「伝統ある東京龍緑府の王の部屋。しかも戦国の世を打ち鎮めた天与の人の部屋ともなれば、やはりさぞかし立派な部屋なのでしょうな」

「ええ・・・まぁ・・・」

 そんな大きな声では王の執務室の中まで丸聞こえであることを知っている女官は、マシニッサの話に合わせるように立派であると嘘をつけば王に恥をかかせることになるし、かといって頭ごなしにマシニッサの話を否定するのもマシニッサの面子を潰すことになると困った立場におかれた。

 だから両者に配慮して、否定するわけにも肯定するわけにもいかずに曖昧な言葉で語尾を濁した。

 廊下からもれ聞こえるその会話を聞いて失望しなければいいけれども、と有斗はなんだか人事のように心配した。

 部屋に通されたマシニッサは部屋をぐるりと一望すると押し黙った。

「・・・意外と質素ですな」

 さすがのマシニッサもそのあまりもの質素さに褒めるべき言葉が見つからないのか、そう言うのがやっとだった。

 既に時間に几帳面な王師の将軍たちは勢揃いしていた。王がマシニッサを宴席に加えた経緯を知らない彼らは、明らかにこの中で異質の存在であるマシニッサを奇異の目で見る。

「遅い! 何をしていた!!」

 アエネアスはぎろりと鋭い目線でマシニッサを見た。

 天下人である有斗ですら一目置く、アメイジア屈指の大諸侯を捕まえて、いまどきこんな口の聴き方をする人間はそうはいない。

 機嫌を大いに損ねてもおかしくないところだが、マシニッサはその発言の主を認めると、逆にニコニコと嬉しげに笑みを浮かべて近づいた。

「やぁ、これは(うるわ)しのアエネアス殿ではないですか。今日もまたお美しい」

「どさくさに紛れて触ろうとするなッ!! 気持ち悪い!!」

 差し出したマシニッサの手をアエネアスが払うというお馴染みのコントが繰り広げられる。

 そんな遣り取りを横目で見ながら、「ここは少しばかり狭いようですが、どこか別なところで行われるのですか?」とエテオクロスが遠慮がちに発言する。

 狭いどころじゃない。有斗、王師の九人の将軍にアエネアス、セルウィリア、ラヴィーニア、マシニッサ、そして五人いる女官の合計十九人でも既に息苦しい状況だ。

「ここはちょっと狭いからね。もちろんここじゃなく、別のところで宴席の準備は進められているよ」

 そう言って有斗が奥のカーテンをめくりあげると隠された扉が出現する。有斗にとっては普段は目に入らないようにカーテンで隠した扉である。

「なんだ、そこに部屋があったのですか。道理で王の部屋にしてはここは質素すぎると思いましたよ」

 今いる部屋は控え室であって、真の王の執務室はその向こう側にあるとでも、どうやらマシニッサは勘違いしたようだ。

 一方、王師の将軍として幾度かこの部屋に入ったことのあるヒュベルも驚きを隠せない表情をしていた。

「・・・王の部屋の更に奥には後宮の女官も入れない秘密の部屋があるという噂は聞いたことがありましたが、本当に存在していたとは・・・驚きです」

 王師一番の伊達男であるヒュベルは、有斗からしてみればたいへん羨ましいことに、とにかくもてる。有斗が後宮で見かけるヒュベルの姿は、常に女官と話している姿だ。しかも毎回違う女官と楽しそうに話し込んでいる。女官もまんざらでもなさそうな顔をしている。有斗からしてみれば半分とは言わないが、その十分の一でもモテ成分を分けて欲しいくらいだった。

 ともかく、ヒュベルはその広い交友範囲に含まれる女官の一人からでも噂を聞いていたのであろう。

 それだけでなく、普段、この部屋で共に仕事をしているセルウィリアからも驚きの声が上がった。

「そんなところに部屋があったのですの?」

 この部屋には有斗もめったに入ることはない。それに有斗がそこに入る目的は一人物思いに(ふけ)ることであるから、セルウィリアも知らなかったのである。

 この部屋に入ったことが無い者で、存在を知っているのは四師の乱以前から勤めている女官か、有斗の執務を補助する僅かな女官、あるいは執務室周りの清掃を担当する女官くらいのものである。

「みんなこっちへ」

 女官の手を煩わせるのも悪いと思って、有斗自ら扉を開き、皆を招きいれた。


 開いた先の広がる情景は、そこがどうなっているか見たことのあるアエネアス以外には、想像もしない情景だったのだろう。

 しばらく誰も声一つ立てなかった。

 そこは有斗がかつて執務を取った部屋、歴代の王の執務室である。かつては絢爛豪華さを誇っていた王城一番の部屋だった。

 だが四師の乱の兵火にあい、今そこに広がるのは栄華の後、唯の廃墟である。

 屋根は燃え落ち、壁は崩れ、残された壁も燃えこげた後があちこちに今でも残っている。一通り清掃した後、しかも五年も経っているのではあるが、やはりどことなく焦げ臭く感じるような状態の部屋だった。

 その廃墟の中に不釣合いな物があった。

 並べられたぴかぴかの机と椅子。机に綺麗に敷布がかけられているところを見ると饗宴用の座席であることが見て取れる。

 だがもう一つ不釣合いで、将軍たちの目を集めるものがあった。

 それは壁にかけられていた美しい女の絵。盛装した後宮の女官、青い髪をした少女の絵。

 有斗がいつぞやルツィアナをモデルにして内匠寮(ないしょうりょう)の画工司に描かせたセルノアの絵だった。

 セルウィリアとアエネアスとラヴィーニア以外にはそれが誰であるかは分からなかったけれども。

「・・・・・・」

 ラヴィーニアはその青い髪の少女が描かれた絵を見ると、ほんの一瞬だけ悲しそうな表情をした。

「ここは・・・?」

「古い王の執務室。僕が来たときの王の部屋さ」

「何故・・・ここはこんなになっているのですか?」

 セルウィリアはこの王宮内に過ぎ去ったはずの戦国の世に取り残されたかのような情景が存在することにいたく混乱していた。

 確かに未だ巷には戦国の世の爪痕があちらこちらに残されている。焼けた農村、荒廃した田畑、幾度もの戦火で崩れた城砦、道端に転がる白骨死体、そして知人や家族を亡くした人々の心の中。

 だがそれらは戦火が治まったことで少しずつ消え去りつつある。何よりも官が率先して諸々の政策を行い、それらを民の前から払拭して平和の到来を告げている最中だ。

 なのに王の足下、まさに目の前に、まだこのような戦を思い起こさせるような部屋がポツリと取り残されていることが理解できなかったのだ。

 しかもそれはよりによって王の執務室だという。いくら王が倹約に努めていると言っても、必要なものを修理しないことは倹約とは言わないのである。

「僕の愚行を忘れないために・・・二度と間違いを犯さないように(いまし)めるためにこの姿を残しておいたんだ」

 有斗はそう言って笑ったが、セルウィリアが見る有斗の顔はどことなく悲しげだった。

「でも、それももう今日で終わりだね。セルウィリアはここを壊して新しく作り変えるといいよ。今の僕の部屋は本来は王の執務室の前室として設計されているから王の部屋としては狭い。こここそが歴代の王が使っていた本来の王の間だからね」

 有斗は振り返ると、部屋の惨状に驚いて入り口で足を止めたままの将軍たちに入室を促した。

「机と椅子は皆に座ってもらおうと用意したんだ。別れにはちょっと殺風景だとは思うし、勲功ある君たちをもてなすのに失礼かもしれないとか色々考えたんだけど、こここそが僕が君たちに別れを告げるのに相応しい場所だと思って、さ」

「このような場所が何故、陛下に相応しい・・・と? 陛下ほどのお方を送り出す宴、このような寂しい場所で僅かな身内だけでなく、もっと大々的に百官総出の、華麗に後世に永遠に語り継がれる程の宴こそが相応しいとわたくしなどは思いますのに・・・」

「ここは僕が政治を始めて執った場所であり、そしてその結果、間違いを犯して反乱を起こされたという(しるし)そのものでもある。天与の人、戦国の世を終結させた偉大な王、そういった偽りの仮面を剥いだ僕の真の姿がこれであることを、君たちには知っておいて欲しいと思ったのさ。その程度の男でも努力すれば乱世を集結させることが出来たんだ。だから僕がいなくなっても、君たちのような有能な人材が残って力を合わせれば、再び針を戦国の世に戻さないですむということはそう難しいことではないということを、忘れずにいて欲しいと思ってここにしたんだ」

 今回の宴には集まった者たちにただ感謝を述べるためだけでなく、アメイジアの今後を頼むという意味合いもあったのだ。

「不満もあるだろうが、王の我侭だと思って許して欲しい」

後記


三傑四姫十一神将。

実に語呂が悪いですね。

本来は三姫四傑十二神将でした。最終的に有斗から離れる形になったアリスディアは人数外でしたし、更には話が長くなったので削った四傑の一人クレイオと十二神将最後の一人アムビアラがいるはずでした。

クレイオのするはずだった活躍は全てラヴィーニアが持っていき、代わりにラヴィーニアのヒロインイベントが削られ、その不足する女分を埋めるためにアムビアラは性転換してウェスタになったという落ちがこっそりあったりします。

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