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紅旭の虹  作者: 宗篤
第三章 驚天の章
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讒言(ざんげん)

 有斗は荒れ果てた、かつて執務室であった部屋の中で立ちつくしていた。

 ここでセルノアに告白したんだ。

 その時を今、思い出そうとして瞳を閉じる。

 (まぶた)のなかでは、在りし日の美しい執務室が(よみがえ)る。ここには棚、そこは壷が飾られて、いつも花が生けられていた。その端には尚侍(ないしのかみ)典侍(ないしのすけ)が執務を行う小机があり、その横には剣と甲冑が飾られ、綺麗な絵が額縁に収まっていた。そしてセルノアがそこにいた。あの時は顔を真っ赤に染めてそこに立っていたんだ。


 しかし再び目を開けるとそこは廃墟。飾られていたものは何も無い。セルノアと一緒に全て消えてしまった。

「陛下、ここはしばらくは使えませんね。別の部屋を陛下の仮の居室にしましょうか」

 アリスディアが入って来ると、そう提案した。

「アリスディア」

「はい」

「ここはこのままにしていてくれないか」

「・・・どうしてですか?」

 有斗が言わんとするところの意味が分からず、アリスディアは首を傾げた。

「僕の愚かさを忘れない為に、ここはこのままにして欲しいんだ」

 その言葉にアリスディアは思う。

 王は私たちが考えているよりも遥かに心に傷を負っていらっしゃるのかもしれない。

 最近はセルノアのこともあまりおっしゃらないけれども、やはり引きずっておられるのかしら。

「・・・わかりました。陛下がそうおっしゃるのなら」

「ありがとう」

 アリスディアの言葉に有斗は笑顔で答える。

「では移動しましょう、陛下。承香殿(しょうこうでん)に部屋を用意しました。大極殿に行くにも変わらない時間でいけますし、陛下にも相応しい立派な部屋にしたてました」

 そう提案してみたが有斗は首を振った。

「部屋はこの奥にある部屋でいいよ」

「え、でも・・・あそこは王の部屋としては少し狭いですよ」

 寝所はその奥の部屋に設置したとしても・・・その部屋は王の執務室にするには明らかに狭い。王の威厳と言うものが損なわれるやもしれない。

「・・・いいんだ。この部屋の近くにいたいんだ」

 だが有斗の横顔に浮かぶ決意は固く、アリスディアにはそれを諦めさせるいい言葉が思いつかなかった。

「・・・はい」

「それと悪いんだけど、アリスディア」

「なんでしょう?」

「セルノアを探して欲しいんだ。どうなったのか知りたい」

「・・・・・・」

 陛下はまだ諦めてはおられない。だが、ここまで来て何も情報がないということは・・・正直、希望は持たないほうが・・・

「アリスディア?」

「あ・・・はい。わかりました」

 だけど陛下のお気持ちの整理がつかないとなれば、調査することにやぶさかでもない。それが例え良くない知らせだったとしても、今のままよりは少しはいいだろう。

 ・・・陛下には前に進んでいただかねばならないのだから。


 有斗は緊張していた。

 王城の接取も終って、群臣と再び合間見える日だから。

「いいですか、陛下。今日は大事な日です」

「わかってる」

「陛下の(いきどお)りは存じておりますが、ここは心を強く保ってください」

「わかってるよ」

「くれぐれも怒色を表さず、にこやかになさってくださいね」

「怒るなってこと? うん、わかってるってば」

 それは駄々をこねる幼稚園児に言い聞かすような口調だった。アリアボネは僕の母親かなにかか?

 でも、これはきっとアレなんだろうなぁ。僕がそれだけアリアボネに信頼されてないんだろうなぁ、と有斗は少し悲しくなった。

 まぁ、新法派にホイホイと担がれて利用された挙句、宮廷を二分する愚を犯して、内乱を起こされたのは事実だからしかたないけどさ。


 確かに有斗はお飾りの王だった。ひな祭りの人形と同じで、ただ存在するためだけに呼ばれた王。

 とはいえ、彼らは最初から有斗の統治能力に期待などしてなかったのだ。

 でも象徴として王位を埋めることで、派閥の均衡をとり、権力争いを少なくする役割を果たせばいいだけだった。

 それを新法派に利用されられるだけでなく、不可思議な政策を次々と打ち出したら、たとえ彼らが反乱を起こさなくても、いずれ民は反乱を起こしただろう。有斗の首は胴体と離れていただろう。

 わかってる。彼らが反乱を起こしたのは有斗のせいであることを。

 有斗が何もわからず、混乱を醸成(じょうせい)したからなのだ。将軍たちも、有斗では国が傾くと思って()む終えず反乱を起こしたに違いない。この国を良くしたいというまっすぐな思いから行動したに違いない。

 そう・・・わかってるんだ。

 新法派の皆やセルノアのことだって、有斗のせいであることを。

 だから、だいじょうぶ。だいじょうぶなはずだ。

 有斗は自分に強く言い聞かせた。


 大極殿はいまだ戦火で被災したままであったが、急遽天井の穴を塞ぎ、壁は幕に綺麗に覆われ朝廷としての体裁を整えていた。

 今日は言わば有斗の即位式をやり直すようなもの。

 群臣がずらりと並んでいた。

 皆、緊張した面持ちだ。だが一人として有斗と目をあわせようとはしない。

 それはそうだろう、宮中に残ったということは反乱に加担したということに等しい。

 現にかつて有斗に近侍していた新法派の姿は、その中にはひとりとしていなかった。聞いたところでは、プリクソスをはじめ主だったものたちは、家にいるところを下軍が襲って皆殺しにしたかららしい。

 それだけではなく新法派に組みしていた者さえも一人としていない。

 ・・・きっと反乱時に殺されたか、処刑されでもしたのだろう。


「万歳、万歳、陛下万々歳」

 群臣は殊勝にも、有斗に向けて跪拝する。

「よい。皆の者、顔をあげよ」

 平伏する皆に顔を上げるよう(うなが)す。

「皆と再び会えることができて嬉しく思う」

 有斗は内心の敵意を表さぬように、ゆっくりと慎重に、言葉を選びつつ会話する。

「しかし陛下がお戻りになられて本当によかった」

「我々も陛下の安否を心配しておりましたぞ」

 しらじらしい会話が続くが、ここで怒ってはいけない。リラックスリラックス。

「そうか皆に心配をかけさせたのは実に心苦しいことだ」

 有斗は考え考え、ゆっくりと諸臣を安心させるような言葉を探り探り(つむ)ぐ。

「だが安心して欲しい。奸臣(かんしん)は退治された。もう諸卿らは怯えることなどない」

 有斗の言葉を諸臣は注意深く耳をそばだてる。有斗は罰するつもりはないと言って王宮に入ったものの、やはり一旦権力を掌握してしまえば、気が変わるのではないかという不安が諸臣にはあったのだ。

「中には心ならずも奸臣たちの手伝いをしなければならなかった者もいよう。私は諸卿らが剣を突きつけられ嫌々手伝わされたことを知っている。だから今日までのことは不問に処す。皆も以前と変わらず忠勤に励んでほしい」

 戦死した四人の他に累を及ばすことがないことを言外に匂わす。その有斗の言葉に群臣たちにほっとした空気が流れた。


「さすがは陛下だ。広い度量、我々も感じ入ってございます」

「少しでも異を唱えた臣は皆殺されました。手伝うふりをしつつ、反乱側に気付かれぬよう面従腹背しておりました」

「臣はきゃつらに味方するふりをして、内情を探っておりました」


 またも白々しい明らかな嘘が並べ立てられた。

 自己弁護と責任の押し付け。亡くなった者に全てを押し付ける言葉ばかり。正直好きじゃない。

 だけど有斗は復讐のみを考えてここに戻ってきたわけじゃない。

 だから作り笑顔ででも笑わなきゃいけない。そう思った。

「今日は顔を見たかっただけだ。明日からは定例の朝会を開く。空いた官職を埋め、野から賢人を招き官吏も補充しなければならない。反乱のせいで成すべきことは山積みだ。みな心して復興の為に尽くすように」

 有斗は一斉に拝伏する群臣に作り笑顔で命じた。

「朝議は以上だ、下がれ」


「陛下」

 一人の臣が自室に戻ろうとする有斗に小走りで近づいてきた。

「さすがは陛下です。あの乱を首謀したラヴィーニアさえ許すとはお心が広い」

 有斗に近寄って、そう述べたのは亜相(あそう)の一人、アドメトスだ。左府、内府、さらには亜相の内の二人が死んだ今、三公に一番近いといって過言ではない。有斗に媚を売っておきたいというわけだろう。実にわかりやすい男だ。

 しかしラヴィーニアって誰だ? 反乱を起こしたのはネストール、クレイオス、エヴァーポス、ブラシオスの四人。首謀したのは力関係から言っても左府のクレイオスか、近衛兵である羽林を握っていたネストールあたりのはずだ。

 有斗は不思議に思い、アドメトスに振り向いた。

「・・・」

「ひょっとして陛下はご存知であられなかったので?」

「うん」

「これは・・・余計な差し出口を・・・お許しください」

 深々とお辞儀する。

「いや、興味ある話だ。ぜひ続きを聞かせて欲しい」

 餌に喰いついた、とアドメトスは伏せた顔でにやりと笑う。

 いずれ詳しい報告書があがれば王にもわかることだが、その前に耳に入れることによって、王への忠心を表し、同時に王の歓心を買う。そうすれば三公の椅子などたやすく転がり込んでくるだろう。情報はこう使うものだ。無能なやつらにはそれがわからぬだろうが、な。

「あの四人をはじめ積極的に加担した者どもは、あの時点では不満を延べる程度で、とても反乱など起こす気はなかったのです。そもそもクレイオスとエヴァーポスは政敵で仲が悪く、共に立ち上がることなど誰も考えなかった。その四人をはじめ朝臣の主だった者の間を、このままでは新法派の天下になるなどと説いてまわり一つに(まと)め上げた者がいるらしいのです」

 伝聞らしく述べることで自分を棚に上げて、アドメトスはさりげなく今いる朝臣の中にも裏切り者がいると有斗に吹き込んだ。

 実際はアドメトスもその輪に積極的に加わっていたのだ。文官だから表立ってはいなかったが。

「それがラヴィーニア・・・?」

「その通りです」


「いや、よく知らせてくれた。感謝する」

 有斗は心の底から再び怒りがこみ上げてくるのを感じた。

 南部でアエティウスが言った一言を思い出した。

『反乱が起きたのに、王都ではその後の混乱が見られない。もしこれが一部の不届き者による一時の激情に駆られての行動だったら、普通はポスト争いや論功行賞で多少なりとも揉めるはずなのですが・・・つまり反乱後の体制作りも含めてよほど綿密に計算されたとしか思えない』

 ・・・そうか。それがラヴィーニアとか言う悪女なのか。

 足音をいつもより高く響かせ、有斗は執務室へと戻った。

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