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紅旭の虹  作者: 宗篤
最終章 天帰の章
405/417

魂の分離

 話の腰を折る話ばかりをする女官たちや大きく不満を顔に表した有斗を無視してラヴィーニアは話を続けようとする。

「これは召還の儀について書いてある古文書です」

 自分がアメイジアに呼び出された儀式のことが書いてあるとなれば話は別だ。有斗は興味をそそられ再びその古びた書簡を(のぞ)き込んだ。

 もっとも文字は当然のごとくミミズののたくったような解読不能の文字、頼りの絵も原始的な立体感の無い絵であったから、有斗には理解しようにも理解するとっかかりすらも見当たらない。ヴォイニッチ写本並みの解読不能さである。

「あら、こちらとこちら・・・少しばかり差異が見られますね」

 セルウィリアが順に指先で指し示した先にある絵らしきものは確かに似ている。

 もっとも描いてる人が違うのか絵のタッチも違えば、先程述べたように立体的な絵では無い平面的なものであり、記号と大差ない程度のものであるから、本当に違うかどうかはわかったものではなかった。同じものを違う角度から描いただけであるとか、そもそもそれ自体が絵ではなく複雑な記号という可能性もある。

 その二つの絵の差異が本当に違いを表しているのかどうか、じっと目を凝らしていた有斗だったが、それよりももっと根本的な問題がそこにあることに気付く。

「この二つが召還の儀に関するもので、この二つが違ったとして、それが僕に何の関係があるんだ?」

「大いにあります。この手前のものが我々が陛下をお呼びした際に参考にしたもので、この───」

 ラヴィーニアはまずやけに古びたぼろぼろの虫食いだらけの書簡を指差してから、次いでどちらかというと新しめで保管状況も良好な書簡を指し示す。

「もう一つのほうが関西の宮廷の神祇官に代々伝わっていた古文書です。この二つに差異があったということは、すなわち、どちらかが儀式次第を間違って書いているということになります」

「でしたら、より古いこちら───」

 といってセルウィリアはより古びた、すなわち有斗を呼び出すのに参考にしたとラヴィーニアが言った方を指差す。

「の方が正しいのではないのでしょうか。魔術はサキノーフ様によって禁忌なものとして異端として封じられ、寂れていき、今や民間でもほぼ見られなくなった蛮習です。ですからこの新しいほう、つまり我が関西の神祇官が所持していたものですが、この方が誤りが多くあるに違いがありません。それに関西と関東に別れる前、王都は東京龍緑府におかれておりました。文章の質も量も関東の方が優れていると思われます」

 そういえば西京鷹徳府(さいけいけいとくふ)は王都としての歴史も浅く、王都として使われていた期間も長くないと聞いたことがある。古都である東京龍緑府のほうが文章など資料類は豊富なはずだ。

「確かにどちらの方が古くから伝わる書類かといえば、我々が参考にしたこちらのほうが古いものかもしれません。しかし関東は幾度かの兵火で貴重な公文書が失われております。それが関東が王を失ってから、召還の儀を行うことが直ぐにはできなかった理由でもあります。われわれは召還の儀を行うに当たって、八方手を尽くして資料を集めました。これも実はクジョウ家(四師の乱の首謀者の一人、左府クレイオスの家)に代々伝わっていたものを拝借したものです。公文書ではありません」

「クジョウ家は御名の示す通り、古くサキノーフ様に仕えた名家です。そこに伝わっていたとなれば公文書に準ずると考えてもよろしいのではなくて?」

「確かに偽書の類ではないでしょう。ですが私的に伝わっていたものなのでその正確さには疑問が残るということです。だれが書いたのかも分からない。下手をすると魔術にまるっきり知識の無い人物が書いた的外れなものの可能性だってあるということです。関西のものは公文書ですから一見、新しく見えても、書くにあたって下敷きとした文書なり公文書があったと考えられるはずです。ですから、あたしの考えでは関西のものの方が正しい可能性が高い」

「儀式に関しては神祇官の管轄だよね。それに関しての彼らの意見はどうなのかな?」

 ラヴィーニアは神が有斗に与えたもうた逸材と呼んで差し支えない俊英ではあるが、全てのことに対してオールマイティであるわけではない。

 所詮、魔術や儀式に関しては素人であろう。ここはプロであるものの意見を聞きたかった。

「あたしは式次第に間違いは無かったかと思って、幾度か神祇官たちと話し合いを持とうとしましたが、彼らは聴く耳を持ちません。陛下が現に来ていらっしゃる以上、術式は成功したのだ。であるからには間違いなどあろうはずがないってね。自らが関わって行ったこと。失敗だと認めて責任問題になることを恐れているのでしょう。いやはや彼らの官僚的な考えにはほとほと呆れかえります」

 だがラヴィーニアは己の意見が正しいとばかりに言ってはばからなかった。だがその言葉には見過ごせない情報が含まれている。

「内容でなく古文書の古さで真贋を判定しようとしているってことは、神祇官にもことの真偽は理解できないって言うことかな?」

「つまりはそういうことです。今や神祇官は宮中での儀式などを行う部署に過ぎませんからね。魔術の専門職ではなく、単なる一官吏です。少しでも魔術の研鑽(けんさん)を積もうとするものですらいないありさまですよ。まったく、嘆かわしい」

 と、嘆くラヴィーニアだったが、むしろ有斗はそんな状況で何故、召喚の儀などという何百年もしたことがなかった魔術を行おうと思いたったのか問い詰めてやりたかった。

 そしてそんな状態でよくもまぁ成功したものだと呆れるやら感心するやら半々だった。

 有斗がラヴィーニアと会話している間、ひたすらひとりで古文書の読解を試みていたアエネアスだったが、もとよりそんな作業に向いておらず、ついに()を上げてラヴィーニアに答えを求めて問い(ただ)した。

「で、この違ってる部分は何について説明しているところなんだ? なんだか魂だとか虚だとか実だとか書いてあるが、言い回しや単語が難解で肝心の中身がさっぱりだぞ」

 文字が読めるのに分からないのはアエネアスの頭脳の中身がさっぱりだからじゃないのかとも有斗は思ったが、「確かにそうですね・・・いったい何のことが書かれているのかさっぱりです。要領を得ない書き方ですね」とセルウィリアが言うところを見ると、一般的にみても難解なもののようだ。

「ココからココにかけては魂の肉体からの分離とその結合の方法について書かれている部分です」

「た、魂の分離・・・?」

 魂などというものが本当にあるかという問題はともかくとしてもだ。勝手に違う世界に呼び出すに飽き足らず、本人の許可も取らずに人をばらばらに分割して欲しくない。

 魂というものが何を指しているかは有斗にはまったく分からないが、結合に失敗したら植物人間状態などの大変なことになるのではないかと有斗は思った。

 そんな有斗の内心などお構いなしにラヴィーニアは更にショッキングな事実を平然と告げる。

「召還の儀というのは、違う世界とこちらの世界を繋ぐ秘術、対象の肉体と魂を殺すことなく分離させる秘術、肉体と魂を更に細かく再分化する秘術、その肉体をひとつずつ転移させる秘術、その魂をひとつずつ転移させる秘術、こちらの世界に来た肉体と魂をより合わせて再び結合して元の人間に戻す秘術、これら一連の秘術をひとまとめにして総称しているだけのものなのです」

「肉体の分割!?」

 この世界に呼ばれたときにバラバラに細切れにされて送られたかと思うと、まるで自分が店頭に綺麗に並んだパック詰めの肉類にでもされた気になり、身体が引き裂かれる感覚に襲われて、有斗は身体がむずがゆくなった。

「なにしろ人一人を世界を超えて無理やりに行き来させるのですから、そのままの状態ではいろいろと不都合が発生するのです」というラヴィーニアの説明に納得はできるとはいえ、自分の身体がいったんばらばらにされてからくっつけられたものだと思うと、有斗はその再構成中にどこかに欠陥が生じているのではないかと心配にもなろうというものだ。

 まぁ実際にこうしてここに有斗が現にいるからには問題は無かったのであろうと思う。

 この世界に来てから馬鹿になったとかいう副作用も見当たらない。自画自賛かもしれないが、むしろ賢くなったのではないだろうかとすら思えるほどだ。

 それにその転送手法は今で言うネットのダウンロードのようのようなものなのかもしれない。元の世界にあたるサーバーからパケット単位にして、アメイジアならぬ自分のスマホに情報を送信しているようなものなのかな、などと有斗はプラウザがサイトを読み込んでいる間のことをなんとなく人事のように思い浮かべる。

「この差異がある部分は、召喚した肉体と魂を確実にこの世界に呼びこんだことを確認する為の儀式次第です。陛下に行った召喚の儀はこの部分がごっそりと欠落していました。つまり今の陛下は完全な形でこの世界に召喚されたのではないという可能性があるのではないかとあたしは疑っておりました」

「・・・わかった! 有斗がこんなにもまぬけなのは召喚の儀に失敗してしまったからなんだな! どうりで・・・・・・」

 大いに納得した態で自分を見るアエネアスに有斗は渋い顔で答える。

「ごめん。向こうにいたときとそう変わらないよ・・・」

 それに思考を司る肉体の一部である脳ならばともかくも、魂と思考力の間には何の関係もないだろう。

 そして召喚の儀に失敗して切り離されたのが脳ならば、それが一部であっても、とんでもないことになる。下手をすると呼吸すらできなくなる。

「見たところ陛下のお体に欠損が見られない以上、肉体は完全にこちらの世界に召喚でいきたと考えてもよろしいでしょう。残る可能性は魂が完全にこちら側に呼び出されていないということだけでした。ですが普段の陛下の言動を見る限り、異常は大きく見当たらなかった。ですからあたしもすっかり油断していたというわけです」

 大きくって形容詞が付くのは、小さいものではあるものの実は異常な言動をしていたということかと有斗は少し自分自身に不安になる。

 とはいえそれはあくまで日本とアメイジアでは常識が多々違うことから起きたことであろうと、なんとか心を落ち着かせる。

「つまり、今回僕が倒れたことはひょっとしたら、この召喚の儀が失敗したことが元になっているかもしれないということか?」

「ええ。陛下の症状は古文書の中に類例を見ることができます。魂の一部を切り取るという今現在は失われた魔術で死んだという症例に大変によく似ています。不完全なまま存在する魂が原因で、生命力が欠乏して昏睡し、それを幾度か繰り返した後に最終的には衰弱して死亡するという例です。そこにかかれている症例の経過報告に今の陛下の状態はとてもよく似ている」

「え!!!? し、死ぬだって!!!!?」

 うっかり聞き流すわけにはいかないような深刻な単語が出てきたことに有斗は大きく狼狽した。

 だがそんな有斗を見ても、ラヴィーニアは官僚の事務答弁のように淡々と報告するだけだ。

「ええ。このままならば陛下は衰弱し、いずれ生命力を使い果たして最後には死亡することになるでしょう。魂とは生命力の源。人が生きていくには生命力を必要とします。持って産まれた生命力の他に、人は毎日、魂によって生命力を生み出します。ですが年を取れば魂が生み出す生命力は少なくなる。ですから人は死亡します。それと同じように現在、半分しか魂を持たぬ陛下は生み出す生命力が減っていて、生命力が枯渇しかけているのです。今まではなんとか産まれ持った生命力でしのいでいたものの、いよいよその貯蓄が底をついてきたということでしょう」

 いくら自分の命じゃないからって、そしていくら話しているのがあの鉄面小娘のラヴィーニアだからって、この対応は冷た過ぎやしないだろうか。

 あまりのことにあんぐりと口を開いたまま呆然と放心している有斗に代わってアエネアスがラヴィーニアに尋ねる。

「・・・どうすればいいんだ? 向こうの世界に残った魂とやらをこちらの世界に改めて召還してから有斗と合体させるとかか?」

 有斗と同じく放心状態だったセルウィリアだが、アエネアスのその言葉に我を取り戻すと、珍しくアエネアスと歩調を合わせてラヴィーニアに詰め寄った。

「そ、そうです! なによりも陛下の命をお助けするのが先決です! その方法を模索しなくてはなりません!」

 だがラヴィーニアはその二人の言葉をゆっくりと首を横に振って否定する。

「魔法が研究され、存在していたのはサキノーフ様が来られる前の太古の時代です。この召還の儀のように断片的に伝わっているだけです。そのような魔術はあったとしても伝わってない。今更、研究しようにも、魔術の基礎が断片的に残されている程度・・・そんな大掛かりな魔術、完成するまで何年・・・いや、何十年かかることか・・・全ては無理な相談です」

「そんな・・・」

 だとしたら有斗はこのまま緩やかに確実な死に向かって坂道を転がり落ちていく道しか残されていないというのだろうか。

 絶望的な状況に真っ青な顔をして自分を見つめる有斗に、ラヴィーニアは華麗に腰を曲げて一礼する。

「陛下が助かる方法はただ一つ。元の世界にお戻りになって、魂と肉体を再び一つのものとして結合することだけです。そうすれば陛下は一個の人間として完全な姿となり、天寿を全うすることができることでしょう」

「そうか・・・魂をこちらに呼び出せないのならば、逆に肉体を向こうに返すことで、向こうに残った魂と結合させればよいということか・・・!」

 アエネアスは単純ではあるが、容易に思いつかないその解決法をラヴィーニアが既に用意していたことに対して、ラヴィーニアを大いに見直した目で見る。

「へ? ち、ちょっと待ってよ! 僕は元いた世界に戻れるのか・・・!?」

 助かる可能性があることよりも、有斗は自分が元いた世界に帰れるということに驚いた。そんな説明は受けた記憶がない。

「・・・こちらに呼ぶ術があったのですから、当然こちらから送り出す術があるとは思わなかったのですか?」

 だがラヴィーニアはむしろそのことに思い至らなかった有斗の方がおかしいとばかりに首を(ひね)った。

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