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紅旭の虹  作者: 宗篤
最終章 天帰の章
404/417

奇病

 再び有斗が目を開くと、その身体はふかふかの布団に(くる)まれて寝台の上に横たわっていた。

「気付かれましたか?」

 心配そうに有斗を覗き込む複数の顔が有斗の目に映りこむ。

 アエネアス、セルウィリア、グラウケネや女官たち。隅っこのほうではラヴィーニアの小さな顔までもがあった。

 こんなに大勢の女性に心配して覗き込まれるなんてめったにない経験だぞ、しかも美人ばかりだし、こうしてみると王って言うのもなかなか悪くない職業だな、などと周囲の心配を余所に有斗は皆の顔を一通り眺め回して、有斗はそんな暢気な考えを浮かべた。

 それからようやく、現状を把握しようと考え始める。

「僕はなんでこんなことになっているんだ・・・確か後宮の裏庭で・・・」

 勇気を出してアエネアスに告白しようとしたら、何故かその場にアエネアスの代わりにセルウィリアがいたり、そのセルウィリアとアエネアスが口喧嘩を始めたり、いざアエネアスに告白しようとしたらアエネアスが逃げ出したりして、最後にそれを追いかけようとしたら、突然意識が遠のいた・・・だったかな・・・

「陛下が気分転換に裏庭の散策をなされている最中、突然倒れられたのですよ。本当に突然のことで、お供していたわたくしも羽林将軍もびっくりしました」

 それは明らかな嘘の作り話だから、有斗に説明するというよりは周囲に言い聞かせるためにした話であろう。そしてそういうことで口車を合わせようと有斗に言い聞かせようとしている面があるに違いない。

 さすがにアエネアスに告白しようとしたことは上手くぼかしておいてくれている。

 セルウィリアにとっては有斗がアエネアスに告白しようとしたこと自体があまり認めたくない事実だからか、それとも不特定多数の人間の耳に話が入るこの場で、有斗が恥をかかないようにしてくれたのかは不明だが、どちらにせよ有斗にとって大いに助かることである。

 何故ならば告白が成功したかと問われれば成功してない以上、どちらかと言えば有斗にとって不名誉な話であることには間違いが無いからである。

 しかも長い付き合いである羽林大将に王が振られたなどという他人からしてみれば面白そうな話は、噂好きの女官たちの手にかかれば、どんな尾ひれがついて宮中内に広がるか分かったものではなかった。

「そっか・・・突然、倒れたんだな・・・最近忙しかったし、疲れが溜まっているのかな」

 だとしても少しはそれらしい兆候があってもいいと思うんだけれどもと有斗は首を捻って不思議がる。

 今の有斗に体のどこかが不調だとか、頭がくらくらするだとか、体がだるくて疲れが取れないだとかがあるわけじゃないのだ。

 一日のスケジュールを考えると少しばかり働きすぎだとは思うが、体調が悪くなるほどの過密スケジュールでは無いと思っていただけに意外だった。

「そう言えば最近、朝稽古を行わない日がたびたびあったな。身体を動かさずにいるとなまるものだ。それが悪かったのかもな。うむ、ここは体力をつけるためにも毎朝猛稽古をするべきだろう。朝稽古を今までの二倍やれば、もう二度と倒れたりなどしない。気分も爽快だ!」

 アエネアスが有斗が倒れたことについて余計な考察をし、余計な提案をする。

「・・・いや、そこは大事を取ってしばらくは休むとかいった方向にもっていくものじゃないかな?」

 二倍稽古をやるということは、今より更に早起きしなければならず、結果として睡眠時間を削ることになる。どう考えても倒れる確率を上げるだけの行為だ。

 むしろやらないでその時間を睡眠時間に回すことの方が健康にとっては正しい方法に思える。有斗は否定的な表情を作ってアエネアスに抗議の意を示した。

 とはいえ正直、アエネアスが本気でその提案を行っているかといえばまた別問題だ。

 今のアエネアスは無理にはしゃいでいつものように振舞っている様子が見られる。有耶無耶(うやむや)に終わった有斗の告白のせいで有斗との間に微妙に距離感が生まれてしまったのだ。

 それを周囲の人間に気付かせぬように、そして有斗といることが気まずくならないように、あえて普段と同じように道化を演じているのだ。

 もっともその多少演技めいた仕草が却って気まずさを強調している気がするところではあるが、しばらくはアエネアスとの間は少しギクシャクするのは仕方が無いところか・・・有斗は心の中でそっとため息をついた。


 さすがに一度機を失ってしまったから、もう一度、時と場所を選ばなければいけなくなったし、有斗の体調を気遣って女官は二十四時間体制で張り付くし、有斗もまずは体調の回復を図ることに専念したから、告白は一時お預けとせねばならなかった。

 有斗は様子を見ながら少しずつ普段の生活に戻ろうとする。

 だが話はそれだけでは終わらなかった。

 十日後、再び有斗は意識を失って倒れたのだ。それも午後の執務中という、運動要素の一切見られない、衆人環視の中で突然であった。

 幸い、今度も意識は直ぐに取り戻した。

 だが有斗は今度は先日と違って大いに心理的に打撃(ショック)を受けていた。

 先日倒れたのは睡眠や運動不足の中で逃げるアエネアスを追いかけていたから、それも王服といういかにも動きにくい服装で全力で走ったからだとばかり思っていただけに、机に座って執務を取っていた最中に意識を失ったことは、この現象がそういった激しい運動によって引き起こされたものでないことを示していたからだ。

 明らかに身中に何らかの病を抱えているとしか思えない。

 考えられるのは・・・過労。よく現実社会で残業百時間超で死亡した人の遺族が会社を訴えたなどといったニュースがしばしば流れる。大きな病巣が無くても、過労によって徐々に体は抵抗力を失い、健康が蝕まれているのだ。

 有斗の執務時間を考えると、日本ならば確実に労働基準法違反ものであったから、その考えは十分に説得力を持った一説である。

 だが衝撃を受けたのは有斗だけではない。王は重篤な病に犯されているのではないかと朝廷全体が震撼(しんかん)したのだ。

 すぐさま典薬寮から御典医(ごてんい)が派遣され、有斗の体を調べてまわる。だが御典医は有斗の体になんら異変を発見することができず、青い顔を見合わせてうろたえるだけであった。

 有斗の体は健康体、どこにも異常は見られないというのが彼らが下した結論だった。

 有斗に言わせれば科学も発展していなく、細菌やウィルスも知らず、CTもMRIも無いようなこんな時代の医術じゃ、原因が分からない病気など山ほどあるのではないかと思うのだが、このアメイジアに住んでいる彼らにしてみれば彼らは医学のエリート、その彼らに発見できないということは、すなわち有斗は病気ではないという結論に達したとしても仕方が無いのかもしれない。

 癌だとか風土病なんかの命に関わるほどの重病だったらどうしようと、この若さで死にたくは無い有斗が顔を青ざめさせ、セルウィリアや女官たちが打ち沈み、廷臣たちが狼狽し右往左往する中、有斗はまたしても昏倒する。

 朝廷だけでなく王都が、いやアメイジアが混乱し、大きな不安に包まれた。

 だが奇跡のような出来事が起きた。その原因と解決方法に光を照らして指し示した救世主のような人物が突如として現れたのだ。

 その人物とは中書令、ラヴィーニア・アルバノである。


 ある日の午後、もうすっかり元気になったからと寝床から出ようとするのをセルウィリアや女官たちに押さえつけられ、することもなく寝台でごろごろしているだけの有斗のところにラヴィーニアがやって来た。

 王の判断を必要とする緊急事態が起きたのだろうか、それとも溜まっている仕事について愚痴と文句を言われるのかと有斗は身構えた。

「陛下はこれまでもこのようなことがございましたか?」

 だがラヴィーニアは有斗の枕元に椅子を置いて座ると、まるでかかりつけの医者であるかのように問診を始めたのだ。

「・・いや、この間が初めてだ。今回で二度目だよ」

「ではそれ以前に立ちくらみなどが起きる事はございませんでしたか?」

「・・・その程度だったらたまにあったよ」

 夜遅くまで長時間の執務を行った時とか、長期の遠征に出た時とかに寝る前や食事後などの気を抜いたときに軽くくらっとすることならばこれまでも何回かあった。

「それはこの世界に来られる前からあった症状でしたか?」

「いや、にほ・・・向こうではそんなことはなかったよ。アメイジアに来てからだよ、こんなことは。多分、王は激務だし、緊張することも多いからじゃないかと思うんだけどさ」

 なんだ持病だったのかと安心して受け流されて、手の施しようが無いくらいに病気が悪化でもしたら洒落にならない。あくまで有斗の身体に元からあった持病ではなく、イレギュラーな異常な状態であるということを強調した。

「でしょうとも・・・で、あるならば陛下がお倒れになった原因は分かりました。実に単純なことです」

「え!? 本当!?」

 有斗はまるでご飯を貰った飼い犬のように大きく喜びを表した。

「まぁ中書令はいったい何を根拠に陛下の病について分かったなどと軽々しくおっしゃるのですか」

 ラヴィーニアの言葉にセルウィリアは両手を腰に当てて不服そうに頬を膨らませた。

 まるで世話女房のように毎日、甲斐甲斐しく世話をしているだけに、その自分でも分からない有斗の病の源を、ただ来てちょっと話しただけのラヴィーニアに判明されたことが(しゃく)なのだ。

 それに有斗の身体を詳しく調べたわけでもない、そもそも医者ですらないラヴィーニアが、御典医もさじを投げ出したこの有斗の奇病の原因をいち早く、しかもたった二言三言会話しただけで判別できたなどということには疑問があった。

「その可能性は前から考えてはいたんだ。ただ、陛下にその兆候が見られなかったために頭の隅に放置しておいたのです」

「・・・前から気付いていた・・・だって?」

 毎日顔を合わせるグラウケネやセルウィリア、なによりも本人である有斗が倒れるまで気付かなかったことに、同じく毎日顔を合わせているとはいえ、仕事が忙しく僅かな時間しか接していないラヴィーニアが気付いていたというのだろうか、有斗もまた疑問に思った。

 いくら明敏で知られるラヴィーニアであっても、それは嘘くさい。そこまで万能な人間など神様以外、この世にはいないだろう。

「これを見ていただきたい」

 そんな皆からの懐疑の視線に応えたように、ラヴィーニアは(たもと)から古びた書簡を二つ取り出すと、有斗にも見えるように布団の上に並べて広げた。

 書簡には文字だけでなく、何やら図やら記号やらが描かれている。どうやら日頃見慣れている公文書ではないようだ。

 興味を持ったアエネアスやセルウィリア、女官たちも横から覗きこむ。

「なるほど・・・わかった」

 皆が解読に時間をかける中、有斗はその二つの書簡をざっと斜め読みをするだけでそう言い放った。

「わかったのか!?」

 古びてかすれた文字、普段使わないなんらかの専門用語、独特の記号や絵などに理解する前に読むだけでも苦戦していたアエネアスが驚愕の声をあげた。

「よく見てよ。書かれている文字は草書じゃないか。読めないよ。これは僕が見て理解できないことが分かったんだ。ラヴィーニアに何が書いてあるのか解説してもらうしかない」

「・・・」

「・・・・・・」

 アエネアスだけでなく女官もセルウィリアも(あわ)れんだ表情をして無言で有斗を注視する。

 なんだよ、その頭の弱い子を見るような目は!

 有斗は正直に本当のことをありのままに言っただけなのに、このような扱いを受けるなんて、大いに抗議したい気分だった。

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