許せないこと
有斗は目の前で起きていることが何であるのか理解できずに、ぽかんと大きく口を開いた間抜け面をセルウィリアに晒した。
「・・・・・・へ?」
アエネアスに告白するために気合を入れてこの場まで来ただけに、そこにいたのが想定外の人物だったことに、有斗は完全に混乱したのだ。
「どうなされました、陛下?」
何故、有斗が混乱しているのか分からないセルウィリアは、ニコニコと表面では笑みは絶やさなかったものの、有斗の狼狽振りに大いに疑問を感じたらしく、その理由を問い質そうとする。
「ど、どうしてセルウィリアがここに・・・?」
「どうしてと言われましても・・・陛下が大事な話をしたいから、わたくしにここで待っていて欲しいとおっしゃられたのではないのですか? このような人気の無いところに呼び出されての特別のお話・・・わたくし、少しは期待してもよろしいのですよね?」
セルウィリアはここで今から起きるであろうことに一定の予感があるらしく、うきうきとした表情で有斗を見つめる。
そんなセルウィリアの期待とは裏腹に、有斗はいまだ間抜けな表情で驚きを顔に浮かべたままだ。
「僕が? セルウィリアにここで待つように? いったい誰がそんなことを?」
確かにここで待って欲しいと言ったことは言ったが、その相手はアエネアスにであり、それも有斗が直接、面と向かって言ったのだ。セルウィリアに向けて言ったのではないことは明らかだ。
どこでどんな手違いがあったならば、ここでセルウィリアが待っているというこんな事態が引き起こされるというのだろう。
「・・・え? ・・・そう羽林大将に言われたので、わたくしここに来たのですけれども・・・何か間違いがありましたでしょうか・・・?」
戸惑いも露な顔をして、口に手を当て言ったセルウィリアのその言葉に、ようやく有斗は薄々ながらも裏の事情を察する。
「いや・・・僕が呼び出したのはセルウィリアじゃなく、アエネアスなんだけど・・・」
ここに有斗が来ることを前もって知っているのは、アエネアスと有斗だけである以上、犯人探しは簡単である。どうやらこのハプニングはアエネアスが仕組んだものらしい。
とはいえ、どうしてそんなことを企んだかは有斗には直ぐには思いつかなかった。
だが考えていくうちにひとつの可能性に思い当たる。ひょっとしたらこの間の意趣返し、仕返しといった意味合いがあるのかもしれない、と。
有斗にヒュベルとの見合いを仕組まれたことに腹を立てたアエネアスが、今度はセルウィリアを使って、同じような企みを有斗にしかけたのかもしれない。それならばなんとなく話の辻褄は合う。
だがアエネアスの感情が理解できるからといって、それを許せるかといったら話はまた別の問題である。
真心を持って思いの丈を伝えようと思っていただけに、有斗は己の純心を踏みにじられたような気持ちになったのだ。
そして同時に分かったことがあった。
自分がやられてようやく、有斗は自分がアエネアスにヒュベルと見合いを勧めたことが、どんなにアエネアスを傷つけ、そしてどんなに怒らせたのかを思い知った。
あの時、アエネアスが怒ったのは今の有斗がそうであるように、好きな相手に自分の想いが婉曲にかわされたからだ。
有斗は自分自身ではそれほど気付いていなかったのだが、どうやらアエネアスのことが好きであるらしい。
その方がアエネアスが幸せになるのだからと考えて、さらには納得して計画したのに、ヒュベルとのお見合いが上手くいくかどうかで気を揉んだり、さらにはその企みが失敗したことにがっかりするのではなく、どことなくほっとしたことなどや、アエネアスが自分を好きでいてくれるのではないか、自分がアエネアスを幸せにできるのではないかと考えたときに心の奥深くから湧き上がってきた感情を考慮すると、どうやらそういうことになる。
そして二人きりで特別な話があると男が女を呼び出したのだ。普通の女人より男っぽいアエネアスだって有斗が何をしようとしているかは薄々勘付いていたはずだ。
同じようにアエネアスだって有斗が鈍いといったって、少しくらいは好意を持っていることを理解してもらえていると思っていたはずである。
その好意が伝わっていると思っていた相手が突然、付き合えと言って別の相手を押し付けてくる。
腹が立たないわけがない。
何より、交際を断られるよりも、いや、面と向かって嫌いと言われるよりも精神的にキツイ。直接、相手に自分の気持ちをぶつけるだけ、それらの手法はマシである。このやり方は誠意が無いだけでなく、陰湿で卑怯だ。
そんな手法を最初に取ったのは有斗だ。もちろん有斗にはそんなつもりは毛頭も無かったのだが、アエネアスにとっては有斗の意思がどうあれショックだったことに間違いは無い。それを棚に上げてアエネアスを責めるのはお門違いというものであろう。
だがやはり腹が立つものは腹が立つのである。有斗はこんな手法を使って有斗から告白する機会すら奪ったアエネアスに悲しくなると同時に、やり場の無い怒りを感じた。
しかしそんな有斗よりも遥かに怒りをその場で膨らませていた人物がいた。それは他の誰でもないセルウィリアである。
「・・・羽林大将はわたくしを担いだのですね・・・!!?」
セルウィリアは怒りに体を震わせていた。眉を吊り上げ、顔を真っ赤に歪めて憤怒の表情を形作っていた。
普段端整で他を絶する美しい顔をしているだけに、その落差はあまりにも大きく、強力なインパクトがある。
「セ・・・セルウィリア・・・?」
有斗は先程までの怒りもどこへやらすっかり冷静になり、般若のような面をして、加速度的に怒りを膨らましているセルウィリアに若干引き気味だった。
「陛下のお気持ちがわたくしに無く、ご自身にあることをわたくしに思い知らせる為にこのように嘘をつくなんて・・・! それは、もちろん・・・陛下のお気持ちは陛下のものであって、わたくしごときでは変えられぬ神聖なものであることは存じております。わたくしの思いが届かぬこと・・・それは本当に悲しいけれども、それは受け入れます。ですが百歩譲ってそれは許すとしても、許し難いのはわたくしに思い知らせるために陛下のお気持ちを知りつつ拒否し、それを利用したことです! これは許せません! 陛下のお気持ちを拒否するだけでもそもそも許しがたいことなのに、このような陛下のお気持ちを踏みにじるようなやり方は万死に値します!!いったい御自身を何様だと思っているつもりですか! 許せません!!」
「僕とアエネアスの間に何を想像しているかは知らないけど、セルウィリアの単なる勘違いって可能性もあるんじゃないかな・・・?」
セルウィリアの憤怒を宥める為に、そしてアエネアスがここに自分の代わりにセルウィリアを寄越したという事実が、アエネアスが有斗の真意を見抜いて、それを拒否する意思を表しているのではないと己に信じ込ませる為に、有斗はセルウィリアの想像が間違っているのではないかといった方向に話を持っていこうとした。
だがそんな有斗の甘っちょろい考えなどセルウィリアは木っ端微塵に吹き飛ばす。
「ではいったい何の為に、陛下はアエネアスさんをここに呼び出したと言うのですか!? 先程言いましたよね! 陛下がここに呼び出したのはわたくしではなく、アエネアスさんだって! この耳でしかと聞きましたわよ! こんな時間に、このような場所で、わたくしが想像していることの他に、陛下がアエネアスさんを呼び出す理由がどこにあるというのですか!!」
「えっと・・・その・・・」
上手く誤魔化せない有斗にセルウィリアは詰め寄った。
「さぁ!!!!」
「・・・・・・」
有斗が答えに詰まって口篭ると、それみたことかとばかりにセルウィリアは有斗に勝ち誇った顔を向けた後、周囲一帯に響き渡る声で叫んだ。
「出てきなさい! アエネアスさん!! いるのはわかっているんです!!」
「・・・い、いないかもよ・・・?」
大騒ぎをされると人目につく。相手がアエネアスであろうとセルウィリアであろうと関係なく、こんな時間に女を呼び出したと多くの者に知れ渡っては、王としての沽券に関わる。
というより普通に恥ずかしい。有斗としては怒るにしてもセルウィリアには静かにして欲しいところだ。
それに現実問題として、アエネアスがここにいるとは限らないではないか。
「いいえ! います! 自分が計画した悪巧みが上手くいくかどうか、確認したくないはずがありません! 特にアエネアスさんのような野次馬根性旺盛な方なら尚更、結末がどうなるかをその目で見たいはずです!!」
だがセルウィリアはこの場が見える所にアエネアスが潜んで様子を窺っていると決めて憚らない。
でも確かにセルウィリアの言葉にも一理はある。アエネアスでなくても、上手く運んだかどうかは気になるところである。
どういう意図でこんなことを目論んだかはともかくも、企んだのがあのアエネアスならば、特に己の目でことの成り行きを見守りたいであろう。
と、がさりと傍らの草むらが揺れたかと思うと、見覚えのある紅い服が翻り、聞き覚えのある声が響き渡った。
「あいたたたた・・・」
アエネアスは靴のつま先を押さえて地面に座り込んでいた。
セルウィリアの剣幕に恐れをなしでもしたのか、見つかったら大変とばかりにこっそりと逃げ出そうとしたところ、木の根っこに蹴躓き、足を取られて転げ出たようだった。
「やはりいましたね!!!!」
セルウィリアはその衣装でどうやって、と突っ込みを入れたいほど素早く動き、アエネアスが立ち上がる前に前を塞ぐ形で回りこんだ。
「さぁ! どういうことなのか説明していただきますことよ!!」
「・・・弱ったなぁ・・・」
有斗とセルウィリアを交互に見ながらアエネアスは座り込んだまま居心地も悪そうに後頭部をかく。
「別にお前や有斗にこの間の仕返しをしようだとか、お前に何かを思い知らせようだとか思ってやったわけじゃないんだ。ただ・・・有斗にとってもお前にとっても、この方がいいと思ったからやっただけなんだけどな・・・」
アエネアスはセルウィリアにも有斗にも一切、視線を合わせずにそう言った。
「お前は自分の口で有斗のことが好きだって言ってたじゃないか!? ならばこの展開こそ望んでいたはずじゃないのか? 有斗だってそうだ。いつもその女に鼻の下を伸ばしているじゃないか! 嫌いってわけじゃないんだろ? 中身はともかくも見かけは私だって認めねばならないほどの美貌だし、教養だってある。それにその女はサキノーフ様の血を引く存在、東西朝廷合一の、戦国の終結を民に示すのに王の結婚相手としては格好の相手というわけだ。ならば何の文句があると言うんだ?」
「だから譲ってやるというわけですか? 貴女にとって、わたくしは物乞いのように両手を前に差し出して、哀れみとともに貴女の慈悲を受け取らねばならないような女!? 貴女にとっては陛下は、物のように他人に下賜される程度のどうでもよい存在だったというわけですか!? いったい貴女は自分を何様だと思っているのですか!!」
確かに考えようによってはそういうことにもなりうる。だが、セルウィリアの言ったことなど考えたことも無かったのであろう。アエネアスは驚いた顔でセルウィリアを見上げ反論する。
「まさか! そんなわけがない!! ただ、その方が有斗にとっても、お前にとっても、アメイジアにとってもより良い結末だと思っただけだ。全てが丸く収まる。万々歳じゃないか!」
アエネアスも一歩も引く構えを見せなかった。