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紅旭の虹  作者: 宗篤
最終章 天帰の章
401/417

行き違い

 有斗が微笑作戦を開始して三日、だがその成果はまったくといっていいほど上がっていなかった。

 いや、むしろ以前より避けられてる気すらする。視線を合わそうともしない。

 なんだ・・・キモいとか思われてしまったのか・・・・・・!?

 迂闊(うかつ)なことに有斗はその可能性をまったく考慮していなかった。

 よく考えればそうなのだ。にこやかに笑っているだけで女子の好感度があがるには前提とする条件があったのだ。そう・・・ただしイケメンに限る、というやつだ。そして実に悲しむべきことだが、有斗は美男子ではないと断言できる。

 この作戦はまったくの逆効果だったかと有斗は焦りを募らせる。

 ならば・・・ここは予定を前倒しして告白するしかないであろう。


 有斗は二人きりになる時間を待った。

 周囲に人がいるのも関係なしに告白するほうが男らしくて、アエネアスみたいな相手にはポイントが高いかとも思ったのだが、周囲の人が見ている中では王に恥はかかせられないと余計な気遣いをさせ、結果的に本人の意思を無視して付き合うことを無理強いすることにもなりかねない。

 それで付き合えるのなら、そのまま付き合っちゃえばいいではないかとも思わないでもないのだが、それは人として卑怯な気がする。それに同情で付き合ってもらうのは少し惨めだ。有斗としては避けたい。

 だいたいあのアエネアスのことだ。そんな気遣いを一切せずに一言の下に断ることも考えられる。

 その場合、断るにしても、人前であることなどおかまいなしに、どんな罵声を持って大声で拒絶するかも分からない。

 そうなれば後宮で、いや、朝廷中での物笑いの種だ。ただでさえしばらくは立ち直れそうに無いのに、有斗はしばらく皆に会わせる顔まで無くなることになる。

 一ヶ月くらいは部屋に引き篭もりかねない。だが王として仕事が山積みの有斗に一ヶ月もの間、引き篭もっていることなど許されやしないであろう。

 だから告白するのならば、二人だけの時を作らなければならない。ムードってものもあるだろうし。

 しかしその瞬間がなかなか訪れなかった。

 アエネアスは基本、宿直(とのい)(宮中の夜間警護)をせずに夜は自宅へ戻るから、二人きりになる時間を探すとしたら昼間ということになるのだ。だが昼間は仕事の時間である。アメイジアの統一王朝として動き出したばかりの朝廷には仕事が山積みで、王たるもの寸暇を惜しんで働かねばならない。

 何しろ食べながら書類を片付けたり、官吏の奏上を聞いたりしているくらいだ。

 王に大事な仕事の話をしに来ている官吏からしてみれば、そんな態度で話を聞く王に不満もあるだろうが、そうしないと有斗の寝る時間が確保できないのだから仕方が無い。

 つまり執務室にはアエネアスやグラウケネやセルウィリアだけでなく、ラヴィーニアをはじめとした官吏がとっかえひっかえ出入りしており、入り口で列を成していることもあるのである。

 これでは二人きりになる時間どころか、会話する時間を探すことすら難しかった。

 だが幸いにして有斗は王だ。仕事をする時間は自分の裁量で全て決めることができる。最低、決まった時間を働かねばならないバイトや平社員とは違うのだ。

 そう、王は社長みたいなもの。勤務時間は自由裁量性なのだ。

 そこで有斗はその日、仕事を夕刻の日が傾き始める前に終わらせて、ことを決行しようとしていた。

 もっとも一刻も早く国家の進むべき方針を定めるためにも、施行される新しい法への裁可や、諸々の奏上に対する見解を示して欲しいラヴィーニアをはじめとする朝廷の諸官からは文句や非難めいた視線が向けられた。

 王というのは管理職や社長より自由が利かないのか、それにこちらは休日すら取っていないんだぞと有斗は不満にもなるが、王が(なま)ければその日に救いを求めている民に救いの手が届かないかもしれない。王が(あやま)てば大勢の人間の命に関わる事態にもなる。

 有斗は王とはそれだけ責任のある地位だからだと気を引き締めなおし、今日だけだからと内心で彼らには謝っておくことで、その場を済ますことにする。

「アエネアス。話があるんだけど」

 有斗は仕事の合間、間食(おやつ)の時間にようやくアエネアスに話しかける時間を作り出せた。

「何だ、こんな時に。いっとくがおやつは分けてやら無いぞ。これは私の分だからな」

 アエネアスは籠に入れられ用意されたものから取分けた自分の分の間食を腕で有斗の目から覆い隠す。

「いや・・・そのおやつは本来、全部僕のものだ」

「そんな馬鹿な! これは私の分だ!!」

 当初、有斗の分だけ用意されていた間食だが、有斗の口に入る前にアエネアスが素早く胃袋に入れ無くなってしまうという事件が多発したため、今では人数分用意されている。

 もっともグラウケネや女官は遠慮して有斗が勧めでもしないとなかなか食べないから、もっぱら食べるのは有斗、アエネアス、セルウィリアの三者である。

 とはいえ美容を気にしてセルウィリアが口にする量は多くは無いので、消費する割合的にはアエネアスが六割、有斗が三割、セルウィリアが一割といったところである。明らかに誰かさんが皆の食い分を奪っている構図だ。

 だからその六割のうちの少しくらい有斗に回してくれてもいいのではないか、それでも十分にアエネアスの腹は満たせるだろうにと思うのだが。

 アエネアスは一度自分のものと確保した分は王であろうと渡したくないらしい。犬じゃあるまいに、実に食い意地の張った、意地汚い奴である。

 それに、だ。

「・・・まぁいいや、アエネアスは好きなだけおやつを食べてよ。話はおやつのことなんかじゃないし」

「じゃあ・・・なんだ? こんな時にしなければならない、急を要するような話など他にないぞ?」

 おやつのことだって急を要する話では決してないと思うのだが、アエネアスの中では今現在、急を要することといえばおやつのこと以外ありえないといった風だった。

 確かに急がないとアエネアスのお腹に全て入ってしまいかねないことを考えると、急を要すると言えば急を要するのではあるが、そんなことをわざわざ言うような小さい男と思われているかと思うと憤慨(ふんがい)ものでもある。

 こっちは大事な話を切り出そうとしているのになんだっていうんだ・・・まったく・・・と有斗は気分を大いに害する。

 しかもそんな有斗の気持ちなどおかまいなしに、アエネアスは暢気(のんき)にお菓子をぼりぼりと音を立てながら食する有様だ。

 だがここで怒っては全てが台無しだ。それにアエネアスだってその程度の話だろうと思うくらいに、その手の話をするには執務室は何といっても雰囲気が悪い。

 女官や官吏の出入りの激しいここでは人の耳に嫌でも触れる。このようなところでする話が真面目で、内密で、大切な話だとはアエネアスでは無くても、思いもしないだろう。

「とても大切な話なんだ。アエネアスにも大いに関わりがある。おやつのことだなんて人をからかわないで、ちゃんと聞いて欲しい」

 政治や軍事の場で見せるような、アエネアスにはめったに向けない真剣な有斗の表情に、アエネアスもようやく有斗が重大な決意で自分に話しかけていることに気が付いた。

「・・・分かった。とにかく言ってみて。聞かないとどんな反応をしていいのかもわからないじゃないか」

 アエネアスは姿勢を正して有斗に向き直って話の続きを促すが、有斗は話の続きをしようとはしなかった。

「大事な話なんだ。ここじゃできない」

「そっちから話を振っておいて、それはないぞ。なら何時(いつ)話をするっていうんだ?」

 アエネアスは口を尖らせて抗議の意を表明する。

「今日は執務を早く切り上げる。だからアエネアスも少し家に帰るのを遅らせて待っていて欲しい。夕刻、承香殿向こうの庭園で話そう」

 この前のセルウィリアに引き続いて、また承香殿か、確かに密談をするには悪くない場所ではあるが、それにしても何かと縁があるなと思った。

 だが同時に、そこで話をしようと振った有斗の考えになんとなくではあるが勘付くものがある。

「承香殿の奥にある庭園・・・ね」

「誰にも邪魔が入らない場所で、二人だけでしたい話があるんだ。本当に真剣な話なんだ。頼むよ」

 有斗が両手を合わせてアエネアスを拝んで必死に頼む。

 アメイジアのような王制が敷かれた世界において王から頼み事をされることなど、どんな高官であってもありえないこと。しかも相手は乱世を平定した歴史に残るであろう程の人物である。名誉なことであり、断ることなど普通ならできないこと、ありえないことだ。

 もっとも有斗がアエネアスに王の権威を振りかざしたことは一度としてないし、王の威厳を感じさせたことも数えるほどであるから、アエネアスにとって有り難味はそれほど無かったようではあるが。

「・・・わかった」

 何時にない真剣な有斗の表情に引き込まれたか、アエネアスも表情を引き締め、真面目な顔で返答をした。


 庭園まで一緒に行くつもりだったのだが、アエネアスはおやつを食べると早々に執務室を出て行き、どこかへ行ってしまった。

 がさつな奴だが、それでも有斗の用件を薄々勘付いて気持ちを整えているのかもしれない、もしくは気恥ずかしかったのかもしれないなどと、有斗はそれをいいように捉える。

 アエティウスに対して見せた献身的な態度など、あれでも夢見る少女な一面もある。多少ロマンチストなところがないわけではないので、それもありうる話だった。

 というわけで告白する前に告白するにふさわしいように身形を整える。無駄な努力かもしれないが、しないよりはしたほうがいいだろう。

 といっても持って生まれた顔はどうしようもないので、せいぜいがみっともなくないように髪形を整えたり、着付けがおかしくないか確認する程度だ。元々、着ている服は王が着るだけあって、この世界屈指の美麗で高価な衣装なのだから文句のつけようが無いからだ。

 セルウィリアなどは手放しで似合ってますよなどと言ってくれているとはいえ、この豪華な王服は未だ有斗にしっくりくるといった感じには見られないのが問題だ。子供が着ている七五三の衣装のように、誰かに無理やり着せられた感が半端なくあるのである。

 事情を薄々察してか、物珍しかったからか、鏡の前で奮闘している有斗にグラウケネが近寄ってきて、身だしなみを整える手伝いをしてくれた。

「有難う、グラウケネ」

「いえいえ、お気になさらずに・・・それよりも陛下。羽林大将殿に少々否定的なことを言われても、怯んではいけませんよ。攻勢あるのみです! 外に向かっていつも攻撃しているああいう方は、実は何よりも他人に攻められるのを恐れているから、ああいう行動に走るものなんです! 攻めに・・・つまり押しに弱いんですよ! 百戦錬磨の陛下にこういうことを言うのはなんですけれども、恋も戦と同じく駆け引きなんですから!」

 随分と力が入っているなぁ・・・と当事者の有斗の方が若干引き気味だった。どことなくこの一件を楽しんでいる雰囲気がありありと伝わる。

 有斗の身形(みなり)を整えるのに、いつになく生き生きと、いや、うきうきと楽しそうに張り切るグラウケネを見て、有斗は複雑な気持ちになる。

 有斗にとっては一生の大事であるが、グラウケネにとっては所詮は一つのイベント、人事(ひとごと)ということであろう。

 とはいえ一応は応援してくれているし、有斗としては文句を言うことはできなかった。


 有斗はどうやればアエネアスに自分の告白を受け入れてもらえるかを考える。

 まずはストレートに自分がアエネアスをどれだけ好きかを伝えることであろう。

 いつから好きになったのか、どこを好きになったのか、そしてどうして告白する気になったのかを言ったほうがいいかもしれない。

 何故なら出生の問題があるからか意外と卑屈な考えをするところもあるから、アエネアスの境遇に同情しての同情や、アエティウスとの約束を果たそうという義務感や、側にいる者を失いたくないという恋着から告白しているのではないと伝える必要があるかもしれないと考えたのだ。

 だがそうやって色々とアエネアスの好きなところを考えていると、なんだかとっても恥ずかしくなって、とても口に出して言える自信が無くなってくる。

「いや、駄目だ駄目だ! ここは勇気を出して言うべきところなんだ!!」

 有斗は自分の頭を拳骨でぽかぽかと叩いて、心の中で逃げ出そうと呼びかける自身の小心を追い出そうとする。

 (はた)から見ると実に滑稽(こっけい)で奇妙な光景であったであろう。

 悩みつつも有斗の足は目的地へと刻一刻と近づいていく。

 殿舎を抜け、噴水のある庭園へと到着する。有斗は周囲をざっと見渡すが、アエネアスを見つけられない。少し焦った。

 やがて人影を見つける、安堵する。

 夕日に照らされて定かには見えないが、噴水へ向かう小径の途中にある木立の中に人影が見えたのだ。

 とうとう覚悟を決めなければいけない時が来たようだ。

 ここまで来て逃げ出したら、一生の笑いものだと有斗は勇気を振り絞って木立へと近づいた。

「やっぱり先に来ていたんだ。ごめんね。待たせちゃったね」

 有斗の声を耳にして木陰から出てきた顔を見て、有斗は思わず息を呑む。

「なんですの、陛下。こんな時間にこのような人気のないところに呼び出して、改まってのお話だなんて・・・わたくし、その・・・期待してもよろしいのでしょうか?」

 そこにいたのはアエネアスではなく、少し上気した顔で色っぽく上目遣いで有斗を見つめるセルウィリアだった。

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