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紅旭の虹  作者: 宗篤
最終章 天帰の章
397/417

見合い劇の幕間

 セルウィリアとアエネアス。

 もはや昔と違って特に互いのことを嫌っているわけではないのであるが、その関係は今もとかくギクシャクしがちだ。

 セルウィリアのほうは白鷹の乱でのアエティウスの死に関しての責任を感じていることもあり、少しアエネアスに遠慮をして避け気味であるし、アエネアスはアエネアスで当初の行きがかりで少しばかり派手にやらかしたことを反省しているのだが、持ち前の性格が邪魔をしてそれを上手く謝って相手に伝えることができずに、これまたセルウィリアに対して遠慮していたりする。

 それが二人の間に微妙に隙間風が吹いている原因なのだ。

 だが何よりも、互いが相手が有斗の傍にいることを内心快く思っていないということもあり、両者の関係はよくて武装中立といったところである。

 緩衝材としての役割を果たしていたアリスディアがいなくなったこともあり、会話も弾むことが無く、自然とお互いを避けるような状態が続いている。

 もちろん有斗が間にいれば両者とも会話をするのに問題は無いのだが、二人きり、もしくはグラウケネとの三人だけになると気まずい雰囲気が流れることから、どうしてもそれに耐え切れずにどちらかが席を外さずにはいられないのだ。

 そうなると執務室におけるアリスディアがこれまで行っていた役割をセルウィリアが務めるようになったことから、どちらかというとアエネアスのほうが有斗の執務室に行かないことの方が多いということになる。

 というわけでアエネアスの最近のお気に入りの居場所はラヴィーニアのいる中書省か、羽林の兵が(たむろ)している例の中庭の一角である。

 セルウィリアは通常、彼女が暮らしている清涼殿や後涼殿のエリアから遠出し、そこへと足を向ける。

『アエネアスもヒュベルならば外見といい、地位といい、人物といい、文句の付けようがないんじゃないかな』との言葉を聞いたセルウィリアは、有斗に申し出て積極的にこの一件に関与することにしたのだった。

 有斗の気が変わってしまわないうちに話を(まと)めておこうという腹である。

 自身の中にある腹黒い考えに気付けば後ろめたい気持ちが無いわけではないけれども、有斗もそれを望み、アエネアスにとってもそれが幸せになるのであるのならば、それでいいではないかと思い直す。それで全てが上手く収まるのだ。

 当初は自身に害意を向けていたダルタロス出身の兵たちが多く屯するその場所は、セルウィリアの普段の行動範囲にはもちろん無かったが、幾度かの探検で内裏内の構造は大まかに把握していたし、西京と東京では場所は大きく離れていても、王の居城として建てられた王城のそもそもの構造はさほど変わらず、西京の頃の記憶を頼りにセルウィリアは迷うことなく目的の場所まで辿り着くことができた。

 さすがに関西と関東とでは気候が違い、庭の植樹までもが同じと言うことは無かったが、それが彼女を惑わせるほどの差異とはならなかった。

 セルウィリアにお付の女官が従い歩く様は本人の美貌、女官の華美な衣装もあって、それは一種、艶やかな行進である。

 自然と人目を惹き、人々のざわめき声が密やかに漏れる。

「あれ、関西の王女様だ。こんなところに来るなんて珍しいですね」

 羽林の兵の言葉にアエネアスがめんどくさそうに後方に首を伸ばすと、そこに言葉通りの顔を見つける。

「おや、こんなところに珍しい顔が来たもんだ。いつも有斗にべったりのお前が」

「そんなに嫌な顔をなさらなくても・・・貴女にとってとても良いお話を持って来たのですよ」

 アエネアスの言葉にも敵意を見せずにセルウィリアはにこやかに笑みを形作るが、「別に嫌な顔などしてないぞ。私がお前を嫌だと思っていると、お前が思っているからそう思うだけじゃないのか?」とアエネアスはにべも無い。

「・・・」

 王として感情を他人に表さないように修練を受けたセルウィリアでも思わず眉を(ひそ)めてしまう。

「で、良い話とは何だ。何か旨いものでも食べさせてくれるのか?」

 良い話と言えばまるでそれしか存在しないかのような口ぶりだった。

 まだまだ色気より食い気といった精神年齢なのであろうか。確か自分よりも年上だったはずだけれどと、セルウィリアはアエネアスをまじまじと見つめる。

「・・・残念ながら違います」

「じゃあ、お前が尼にでもなりに王宮を出て行くとかか? 確かにそれならばいい話と言えないことも無いな」

 アエネアスは握り締めた手を口に当てて真剣に考え込む様子だった。

 つまり、それはアエネアスがセルウィリアの存在を疎ましく思っているということになる。セルウィリアは今度こそ本当に腹を立てた。

「違いますッ・・・! どういうことですか、それは!! わたくしに出て行けと言う事ですか!!」

「冗談だよ。そんな顔をしなくてもいいじゃないか」

 セルウィリアの本気で怒った顔を見て、アエネアスは驚いたふうだった。どうやら悪気無く言った軽い一言であったようだ。

 このように辛辣(しんらつ)な言葉を吐いても、往々にして根底に悪意が無いことはセルウィリアとしても分かってはいるのだが、もう少し言葉を選んで話して欲しいと心から思う。

 アエネアスを罰することも遠ざけることも無く、側近に置いて使い続けるなんて、本当に陛下はお心が広いとセルウィリアは有斗に改めて感心するくらいだった。

「ヒュベル卿から貴女にお話したいことがあるとお手紙を預かってまいりましたのよ」

 話があると言われても心当たりが一切無く、アエネアスはセルウィリアが差し出した手紙をまじまじと見つめる。

「・・・ヒュベル卿から? 話したいことがあるのならば私に直接言って下されればいいのに、わざわざ手紙だなんて・・・」

 アエネアスはヒュベルという男らしい将軍には似合わなく、そんなもったいぶった手法を取ったことに不思議そうな顔だった。

 だが、その本当に珍しいアエネアスの表情と言葉遣いにこそセルウィリアは手応えを感じた。陛下にも使わないような丁寧な言葉遣いだことと、セルウィリアはくすりと小さく笑う。

 アエネアスにヒュベルとの縁談を薦めるにあたっては本当に巧くいくか半信半疑なところが多々あったのだが、確かに陛下のおっしゃるとおりに脈があるのかもしれないとセルウィリアは思い直した。

「直接話すと御本人はおっしゃられたのですけれども、こういうことはしかるべき人を間に挟んでしかるべき手続きを踏むものですからね」

 セルウィリアはそう言うとアエネアスの手にヒュベルからの手紙を押し付け手渡した。

 だがアエネアスは受け取った手紙を裏表ひっくり返しては胡散臭そうなものを見る目で眺める。

 さほど仲が良いとはいえないセルウィリアが間に入ったことと言い、ヒュベルに似つかわしくない手紙という手段と言い、どうやら自分が担がれているのではないかとの結論に達したものらしい。

「安心なさい。正真正銘の本物のヒュベル卿からのお手紙です」

「・・・確かに字はヒュベル卿の直筆っぽいな・・・」

 中身を確認しようと手紙の封をこの場で解こうとするアエネアスの手をセルウィリアは慌てて押し(とど)める。

「人のいるところで見るようなものではございません。後でひっそりじっくりとご覧になるのがよろしいかと」

「・・・なんだ、それ?」

 アエネアスは人前で恋文を晒されるヒュベルの体面を考えて押し止めたセルウィリアの行動がまったく理解できずに、困惑と狼狽の表情を浮かべるだけだった。


 アエネアスは内容が気になるのかその後も幾度かセルウィリアの目を盗んでは読もうとしたのだが、その度にセルウィリアに遮られて失敗し、結局手紙を読んだのは自宅に退いて独りになってからだった。

 それはヒュベルからアエネアスへの宴席へのお誘いだった。それもヒュベル邸に正式に招くという大仰なものだった。

 その後には何故アエネアスを突然宴席に呼ぼうとしたのかを、ヒュベルらしく比喩や回りくどい表現など一切なしの直線的な表現で書かれていた。

 以前からアエネアスのことを好ましく思っていたこと、しかしアエティウスや有斗という存在が傍にあることで諦めていたこと、だが今回思い切って自身の思いを伝えることにしたこと、できれば以降は親密にしていただきたいとの旨が簡潔に、そして情熱的に格調高く謳い上げられていた。

 平たく言えばそれは恋文だった。

 その内容にアエネアスは驚愕し、手紙を取り落とすと奇声をあげ、何事が起きたのかと駆けつけたテルプシコラを真っ赤な顔で部屋から追い出しては、部屋の中をまたうろうろと歩き回っては奇声をあげていた。

 その、いつもにも増して不可思議な主人の行動にはテルプシコラも目を白黒させるだけだった。

 一晩色々と考えた結果、アエネアスは結局招きに応じてヒュベルの館に行くことにした。

 とびきりめかしこんで。


 ヒュベルは自宅の庭にまるで王侯でも訪れるかのような豪華な(しつら)えで宴席をこしらえてアエネアスが来るのを待ち受けていた。

 来るという答えを聞いて、張り切って準備を整えた様子が見えてくるようで、来客であるアエネアスを大いに恐縮させた。

 そんなアエネアスに温顔を向けてヒュベルはアエネアスを客席へと自ら手を引いて(いざな)う。

 将軍にふさわしい立派な官服に身を包み、嫌味のないように着崩したヒュベルの様は、もともと美々しい公達であるだけに見事なものだったし、いつもの羽林の鎧を脱ぎ捨てて、貴族の貴婦人よろしく着飾ったアエネアスも美しかった。

 まるで絵の中から抜け出た妖精のようだとヒュベル宅の使用人たちを見とれさせ、溜息を付かせるのに十分なくらいだった。

「本日は強引なお誘いにもかかわらずに来て頂いて、本当に恐縮です」

「恐縮だなんて、そんな・・・」

 ヒュベルの下へも置かぬもてなし振りにアエネアスは頬を赤く染める。

 普段は有斗の扱いの悪さに周囲から責められるアエネアスではあるが、そういうアエネアスだって有斗をはじめとして周囲の人間から女らしい扱いを受けているとは到底言いがたいのである。

 であるからヒュベルがアエネアスに対して行う、まるで貴族の麗人であるかのような扱いに悪い気はしなかった。

「でも、いつお会いしてもそのように敬語を使われて、王師の他の将軍に接するよりも余所余所しい態度・・・てっきり私は嫌われているのかと思っておりました」

「あ、いえ! まさか! ヒュベル卿のような立派な将軍を嫌いなどとはとんでもない! 嫌って避けていたのではなく、ヒュベル卿のような立派な剣客に私のようなものが対等に話せるものではないと思い、つい敬語になってしまうのです」

「アエネアス殿だって羽林一とも言われる細剣の使い手、立派な剣客ではありませんか。武挙で武榜眼(ぶぼうがん)になられるほどの。しかも元が南部有数の名家の出、それに陛下とも大変お親しい、対等に話せないのはむしろ私の方です。私には高嶺の花かなと諦めておりました」

「高嶺の花だなんて・・・私なんかが」

 本当はダルタロス家の血を引くかも怪しい娼婦の子という自身の出自について、アエネアスは他の誰よりも一番気にしている。

 しかもアエネアスが有斗の側近中の側近となった今では、そのことは宮中で知らぬ者の無い有名な話だ。こっそり陰口を叩く者も多い。

 当然、ヒュベルだってその話を知らないはずは無いのに、それでもこのようにアエネアスを貴賓として扱ってくれる紳士的な態度にアエネアスは感激していた。

 それにヒュベルはアエネアスの態度を見ながら題材を変えて飽きさせない。アエネアスに合わせて会話をしてくれているのだ。

 アエネアスだってまだまだ若い年頃の女の子である。異性にチヤホヤされて悪い気はしない。しかもそれが尊敬するヒュベルのような人物からならば尚更である。

 アエネアスは完全に舞い上がっていた。

 だが次の一言が、その逆上せ上がっていたアエネアスの頭に冷や水をかける形となる。

「ですから陛下からアエネアス殿のことをどう思っているかと聞かれたときは色々な意味で本当に驚きましたよ」

「有斗が?」

 突然、会話の中に有斗のことが出てきてアエネアスは驚く。

「ええ、アエネアス殿のことを持ち出されて、もし私さえ良ければ、間を取り持ちたいとまでおっしゃられて。私もいつまでも独り身というわけにも行きませんが、それでもできるならば理想の女人を得たいと思っていたのです。ですがアエネアス殿ならばこちらとしては何の文句もありません。ですから喜んで今回の話に乗り気になったというわけですよ」

 王主体の見合いとはいえ、このアエネアスとの良縁を自身がどれほど望んでいるかということをヒュベルは伝えたかったのだが、アエネアスはその言葉の中にあるヒュベルの感情よりも、むしろ有斗の関与の方に気を取られているようだった。

「有斗が・・・ヒュベル卿に私を薦めた・・・?」

「ええ。アエネアス殿もそうではなかったのですか?」

「いや、私はセルウィリアから今回の話を持ちかけられて・・・・・・それにしても本当に有斗が!?」

 この一件に王が直々に関わっていることにアエネアスが演技ではなく本気で驚いていることにヒュベルはようやく気が付き、慌ててその場を取り繕う。

「これは失礼した。ひょっとしたら陛下はアエネアス殿を驚かそうと内密に話を運ばれていたのかもしれませんね。今の話は聞かなかったことにしていただきたい」

「有斗が・・・何故・・・!?」

 取り繕うヒュベルの言葉も耳に入らないかのように、アエネアスは激情で顔を真っ赤にしてその場に立ち尽くした。

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