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紅旭の虹  作者: 宗篤
最終章 天帰の章
396/417

適格者

 有斗はアエネアスのことをつらつらと考えてみる。

 すぐに暴力を訴えるところは嫌いである。口の悪いところも嫌いだ。最初の頃は側にいることが正直、苦痛だった。

 だが最近は以前に比べて大人になったのか、直ぐに手を出さなくなったし、少しは他人の心情に配慮して言葉を選ぶようにはなったので平気である。

 もっともアエネアスの日常的な暴力に慣れきってしまって、感覚が麻痺しているのかもしれないけど。それこそブラック企業の社員のように。

 とはいえ表裏のない竹の割ったようなカラッとした性格はいいし、誰よりも情に厚いところはとても好きだ。

 この非情な戦国の世でもああいう生き方を選べる女性(ひと)がいるだけで、人間ってのは捨てたもんじゃないとさえ思える。

 ・・・それはさすがに言い過ぎか・・・まぁ、それくらい素晴らしいことだと思うってことだ。

 昔、アエネアスにもいいところは多々あるとアエティウスが言っていたことがある。言われた当時はとても信じられない疑わしい気持ちだったけど、確かに長く付き合えばアエネアスにはアエネアスなりのいいところが沢山あることに有斗も気付いた。

 韮山で敗北し、僅かな人数で逃れたときも自らの身を犠牲にしても有斗を逃がそうとしたし、教団の魔手から幾度も命を救ってくれたように有斗にとっては、まさに命の恩人でもある。

 生死の境を彷徨(さまよ)った有斗を心配し、四日間も傍にいて看病してくれたこともあった。だから好きか嫌いかの二択で言えば好きである。決して嫌いなほうには入らない。

 だがその好きは友達とか家族的な愛の類であって、男性が女性に向ける愛情・・・とは違うと思う。

 なにより・・・有斗はアエネアスがどんなにアエティウスのことを好きだったのかを知っている。

 しかし、このままアエティウスとの思い出の中だけに幸せを感じて、アエネアスが閉じこもったまま一生を終えるようなことはあって欲しくない。

 それも一つの生き方であるとは思うのだが・・・できればもっと別の幸せな生き方を見出して貰いたいと思うのだ。

 それが有斗の独善に過ぎないのかもしれないとしても、そう考えずにはいられない。

 だとすると他の誰でもなく有斗が考えなければならないのかもしれない。アエネアスに別の幸せを与える方法を。

 アエネアスは困っているときや苦しんでいるときに自らそれを口に出来ない、強いようでいて本当は弱い人間であるのだから。

 そしてそんな純真で小心な少女に黙って救いの手を差し伸べるのがアエティウスからアエネアスを託された有斗に与えられた使命なのであろう。


 問題はその手の差し伸べ方である。

 ベルビオなどはどうやらアエネアスが有斗と結婚を望んでいると思っている節があるが、だからと言って、アエネアスの別の幸せとやらが有斗と結びつくことだとは、有斗にしてみればまったく思いもよらないことだった。

 容姿や才能や性格など、持って生まれたものから後天的に獲得したものまで、アエティウスと比べると有斗はあまりにも違いすぎるのだ。

 とてもではないが(かな)いやしない。有斗が勝ってるとしたら天与の人などという眉唾物の伝説によって祭り上げられてしまった王という地位くらいのものだ。

 そんな有斗にアエネアスの心の中からアエティウスへの想いを消してやることなどできはしないだろう。

 アエティウスの想いを一時でも忘れさせるような、そういったアエネアスの理想に(かな)った人物が心当たりにないか探してみる。

「なかなか相応しい人っていないものだなぁ・・・」

 よくもそこまでの悪口を思いつけるななどと、怒りを通り越して感心するくらい有斗の顔について罵詈雑言を言ってくるアエネアスのことだ。おそらく相当な面食いであろう。

 だがアエティウスより美男子は有斗の知る限り、今もその行方を探索中であるバアルくらいしか見当たらない。

 だがアエティウスの死の一因となったバアルをアエネアスが好きになることはないだろう。そもそも主犯の一人として重罪は免れない身だ。それに有斗もいかに美男子であってもアエネアスを託す気にだけはとてもなれない。

 となると心当たりがいなくなる。そもそもアエティウスは美女揃いの後宮の女官が騒ぎ出すほどで、そうそう匹敵する人物すら思い当たらないほどの美男子だったのだ。

 だとすると少しばかり顔面偏差値は落ちるにしても、男らしくて、言動がかっこよくて、アエネアスに相応しい身分の人物で、尚且つ独身で、何よりマスティフ並に獰猛なアエネアスを受け入れる度量と(しつ)けられる器量の持ち主でないといけない。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・なんだか並みの人間では当てはまらないくらいハードルが上がってないか・・・こんなのに当てはまるのは、どこかの聖人しかありえなくないか!?


「陛下、何かお悩みなのでしょうか?」

 有斗が執務室でいつまで経っても仕事を始めようとはせずに、うんうんとただ唸っては何かを考えている姿を見て、セルウィリアが不審に思い声をかけた。

「あ、いや、ちょっとね・・・」

「? ・・・なにか大事なことでしたら、是非ともわたくしにもお聞かせくださいませ。わたくしのようなものにでも話せば解決の糸口が見つかるかも知れませんわ」

 せっかくの美人の王女様からの懇切丁寧な有難いお誘いだったが、さすがにこれは他人の知恵を借りるわけにはいかないことだ。そもそもこれは王女としての知恵を借りるまでのことでもないだろう。

「セルウィリアの知恵を借りなきゃいけないような、国事にかかわることとかじゃないんだ。ちょっとした私的なことでさ。だから大事と言うのではなく・・・なんと言うか微妙なところだから・・・まぁ、一人の人間の人生に関わることだから、大事って言えば大事か・・・」

 セルウィリアに上手く断る言い訳を考えている間にも有斗の思考は内向きに向かっていき、他人に話すために考えているというよりは、自身の考えに結論を下そうといった方向に向かっていった為、いつしかそれはセルウィリアにとっては理解不能な言葉になっていることに有斗は気が付かないほどだった。

「・・・? よく分かりませんが、大変なのですね」

 有斗のそのあやふやで曖昧な説明に、分かったような分からなかったような気持ちになったセルウィリアは、首を大きく傾げながらも愛想笑いを浮かべて有耶無耶(うやむや)気味に納得する。

 だがそんなセルウィリアを一向に気遣う様子も見せずに真剣に有斗は考え込んでいたが、

「あ・・・! いた・・・! いるじゃないか!!」

 と突然、嬉しそうに奇声を上げて立ち上がった。セルウィリアは何が起きたのか把握できずに、新種の珍妙な動物を見るような目つきで思わず有斗を見上げる。

「え! な・・・なんですの!?」

「あ、いや、こっちの話。・・・そうだ、セルウィリア。セルウィリアから見て、ヒュベルってどう思う?」

 有斗から突然、前後の脈絡の無い話題を振られたセルウィリアはその質問の根底にある意図が理解できずに戸惑った。

「ヒュ・・・ヒュベル卿ですか? 王師の将軍の一人の?」

 とりあえずセルウィリアが知っているヒュベルという人物の中で一番、有斗の口の端に上りそうな、その人物のことか確認のために聞いてみた。

「そうそう、そのヒュベル」

「そうですね。驍将(ぎょうしょう)だと思います。剣士としての技量もさることながら、陛下に付き従って幾度の戦いでも後れを取ることもない。部下の先頭を切って戦うことの出来る猛将というだけでなく、配下の者に問題を起こされたことも無い人心掌握の術を心得た得がたい将軍だと思います。もちろん政治の腕前などはまだ未知数と言ったところではありますけれども」

 セルウィリアから返ってきた返事は王としての家臣の評価に過ぎないものだった。これではわざわざセルウィリアに聞いた意味が無いと有斗は質問の仕方を変えてみる。

「そうじゃなくってね・・・女性の視点から男性として彼を見た場合、どう見えるかなって聞きたかったんだ」

「だ・・・男性ですか? そのような視点から見たことはありませんでしたから・・・」

 有斗の口から思いもかけぬ言葉を聴いたことで動転しつつも、有斗の健気なところを見せる。

「そうですね・・・将軍としても優れておりますし、飾らない人柄もあって素敵な男性とは思います。王師の中では・・・いえ、宮中でもなかなかに見当たらない男ぶりで独身ですし、後宮の女官の中でも人気はあるほうですね。そういった方はとかく手癖が悪いものでございますけど、ヒュベル卿は浮いたうわさ一つない身持ちの固いところがあり、そんなところも好感が持てるとは思います」

 セルウィリアは自分の抱いた感想と宮中における評判とを巧みに織り交ぜながらヒュベルについて論評する。その言を聴く限りではセルウィリアをはじめとして後宮の女官の間でも否定的な意見は無さそうだった。

「あ、やっぱりそうなんだ。強くてかっこいい男性を嫌いな女性はいないもんね。しかも性格も悪くないともなれば嫌う道理など無いもんね」

 男だって美人で性格が良い女性を嫌う道理などないもんな、などと有斗は男女立場を反転させて考えてみる。

 とはいえ好きか嫌いかという差と、結婚したいかしたくないかとの差には果てしなく遠い距離があることくらいは有斗とて(わきま)えている。

 だが何はともあれ嫌いでないということが重要だ。そこをクリアしとかないと話にもならないだろう。特にアエネアスみたいに好き嫌いの激しいタイプには。

 それにヒュベルの前では終始猫を被っていて、いつもまるで一端(いっぱし)の淑女みたいな(ツラ)をして澄ましかえっているのだ。それは相手に実際の自分よりもいい面を見せたいと言う感情が働いていると言うことだ。まったく脈が無いわけではあるまい。

 もっともヒュベルはそのことを知っているみたいではある。まぁ、あの程度の擬態で本性を隠し通せていると考えるところがアエネアスの幼稚さであり、可愛いところでもあるからマイナスポイントにはならないであろう。

「だとすると、やっぱりこの線で物事を推し進めていくのが一番の近道かもしれないなぁ」

 手応えを感じ、一人だけ納得する面持ちの有斗に、セルウィリアは不穏なものを感じて問いただす。

「まさか、陛下・・・」

 それは有斗が聞いたことがない、セルウィリアには珍しく、かなり不機嫌さを表面に(あらわ)にした低い声だった。

「まさか陛下、誰かの口車に乗せられてこのわたくしをヒュベル卿に(めあ)わせようとか考えておられるのではないでしょうね・・・! いくら陛下の御言いつけであっても、このようなお話は断固として拒否いたしますわ!!」

 突然、あらぬ方向から思わぬ怒りをぶつけらる形となり、有斗は驚いた顔をセルウィリアに向け弁明する。

「へ・・・? いや、違うよ。アエネアスの伴侶としてはどうかなって、考えたんだけどさ」

「は・・・? アエネアスさんの・・・ですか?」

 思いもよらぬ返答に今度はセルウィリアが困惑する番だった。

「うん・・・駄目かな?」

「駄目・・・というわけではありませんけれども・・・その・・・本当にアエネアスさんとヒュベル卿を結び付けようとなさっているので?」

「うん」

「本当に、陛下ご自身がそうお考えなのですか?」

「うん・・・どこかおかしいかな?」

「い、いえおかしいわけではありませんけれども、そ、その・・・意外、そう、意外ですわ!」

「・・・・・・そうかな?」

 そんなにアエネアスのことを思って行動するのが(はた)から見ると奇異に見えるのだろうか。それなりに・・・というか、かなり親しくしているつもりだけに有斗は不思議に感じる。

 だがそんな有斗の思いなどお構いもせず、セルウィリアは俄然テンションを上げて有斗に協力を申し出た。

「だとしたらわたくしも協力いたします!」

「へ・・・? そ、そう? セルウィリアも手伝ってくれるのなら心強いな」

 何せこういったことにはまったくといっていいほど疎い有斗は、どう動けばいいのか迷っていただけにセルウィリアの申し出はまさに渡りに船であった。

「そうと決まれば、さっそくわたくし色々と動いてみることにいたします!」

「あまり大事にはしないでね。内緒に進めたいから」

「わかっております。お任せあれ」

 セルウィリアは有斗の言葉もそこそこに執務室を意気込んで退室する。

 だがそんな彼女にも()せない点が無いわけではない。

「・・・陛下はアエネアスさんのことを嫌いでない、と思っていたのですけれども・・・」

 それは己の見立て間違えだったのかとセルウィリアは首を捻り捻りして廊下を歩んだ。

 何にしろ競争相手が減るのは彼女にとっても願ったり叶ったりだったのだ。

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