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紅旭の虹  作者: 宗篤
最終章 天帰の章
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慶事

 アリスディアが去ったと言う悲しいことや、様々なことへの対処に追われる忙しい日々など、辛いことばかり続いた有斗の周囲だったが、ひと段落がついたと同時にそれまでの陰鬱(いんうつ)な空気を吹き払うかのごとく、明るい話題が花開いた。

「結婚したい?」

 珍しくベルビオが有斗の執務室に来て、話したいことがあると告げるものだから、てっきり仕事に関することだと思い、ベルビオにもそろそろ王師将軍としての自覚が出てきたかと感心しただけに、有斗は内容を聞いて拍子抜けすると同時に落胆した。

「はい! そうなんで!」

 だがそんな有斗の落胆を気にもせずに、ベルビオは満面の笑みで立ち尽くして有斗の次の言葉を待っていた。

「それは実にめでたいことだね。でも、なんだってそんな私事を王である僕に・・・」

 そこまで言って有斗は口ごもる。いや、友達や上司に報告するのはそれはそれで当然か・・・と思い直したのだ。

 だが次の瞬間、まてよと有斗は嫌な予感に包まれ考え直す。

 ベルビオのやつ、遠回しに祝儀を強請(ねだ)ってるんじゃなかろうな・・・

 いや、もちろんベルビオとは長い付き合いだし、王と将軍と言う上下関係よりは、有斗の感覚としては友達と言うか身内に近い並列な関係に近い存在である。その結婚ともなれば、もちろん目出度いことで、祝いたい気持ちがないわけではないし、祝儀を渡すことが嫌なわけではない。

 だが肝心のお金を有斗は持っちゃいないのだ。この間、アリスディアに全財産を渡しちゃったから、今は金欠で財布を逆さに振っても一円も出てきやしないのだ。もっともこの世界だから一円ではなく一文も、と言うべきなのかもしれないが。

「ごめん、ベルビオ。お祝いしたい気持ちは山ほどあるんだけどさ、手持ちのお金がなくってさ・・・」

 有斗は申し訳なさそうにベルビオに両手を合わせて情けなくも頼み込んだ。

 しかし、これが天下人の言う言葉とはとても思えないぞ。入社二、三年目のサラリーマンあたりの言いそうなセリフだ。

 歴史に詳しくない有斗だって秀吉が金を諸侯に配りまくったとか言う話は聞いたことがある。ああいう景気のいい話の一つや二つ、自分にもあってもいいんじゃなかろうか、と有斗は不満半分で夢想した。

「・・・? 気にしないでくださいや、別に陛下から祝儀を巻き上げようと思って来たわけじゃありませんですし」

 だが、どうやらそれは有斗の杞憂(きゆう)だったようだ。有斗はほっと一安心する。

「そっか、ならいいや。とにかくもおめでとう!」

「いえいえ、陛下にそう言ってもらえると気が楽ですや」

 ・・・なんで僕に言われたことで気が楽になる・・・?

 今度は別の、そして根本的な疑問が有斗の心の中でむくむくと沸きあがってきた。

 そういうえば先程から結婚の相手について一言もしゃべっていないことが気に掛かる。

 まさか、ベルビオのやつ、あまりにももてないから、同じようにもてない僕と結婚しようなどと言った腹では・・・!?

 結婚というものは普通は男と女がするものではあるが、それは有斗のいた世界、日本での常識だ。外国では同性婚が許されている国もあると有斗も聞いている。

 もちろん、この世界に来てから、そういったペアは見たことがない。

 だが外見の成長が止まってしまうような異常な世界だ。油断は禁物である。そういう非常識なことが許されている可能性も無きにしも(あら)ずなのである。

 嫌だ、絶対に嫌だ!!

 ガチホモじゃないのでベルビオみたいな筋肉だるまと結婚なんかしたくない!

 せめて美男子と・・・そうだなぁ・・・アエティウスとならなんとか・・・いや、アエティウスでも嫌だな。やっぱりどう考えても女の子がいい。絶対にいい!

「あ、あのさ、なんで僕にいきなりそんなことを言うの?」

 有斗は悪寒に体を戦慄(わなな)かせつつも身構え、ベルビオに恐る恐る問いただす。

「だってウラニアは内侍司(ないしのつかさ)の一員なんですから。一応、古代のしきたりでは後宮の女官は全て王のもので、臣下が手を出したら重罪だったそうで・・・今でも臣下が(めと)るときは陛下から下賜されたという形にするのが決まりって聞きましたもんで」

「あ・・・そういうことか」

 有斗はようやく、何故ベルビオが己の結婚について有斗に許可を求めるように言ったのか理解できた。

 相手が後宮の女官だから、形式的とはいえ有斗が許可を出さないといけないということらしい。

 そして心底、一安心する。

 どうやら有斗を力ずくで襲おうとするベルビオの存在に毎夜おびえる心配はなさそうである。

 なにしろベルビオなんかに襲われたら細腕の有斗ではとても抵抗できないだろう。いつ襲われるかと思えば、おちおち寝てもいられない。これで今夜も安心して眠ることができる。どうせ夜這いをかけられるのなら、ベルビオのようなむさくるしい男ではなく、ウェスタみたいなグラマーな女の子のほうが断然ありがたい。

 もっとも手を出した後、巻き起こるであろう各種騒動を考えるとウェスタであっても手を出せないと言うのが、意気地なしの有斗の現実であるのだ。

「しかしウラニアとできてたなんて知らなかったなぁ・・・意外とベルビオも手が早いんだなぁ・・・」

 それとも僕が遅いだけなのか、と有斗は自虐的に考えつつも、主である自分を追い越して早々に結婚を決めてしまったベルビオを羨ましく思った。


 さて、ウラニアというのは古参といってよい女官である。四師の乱の前から有斗に近侍しているのは、もうグラウケネと彼女しかいないというくらいの古参だ。

 もっとも古株ではあるのだが、アリスディア、セルノア、グラウケネと違って才気煥発(さいきかんぱつ)といったところは見られなく、仕事でもちょくちょくミスをしてはアリスディアに怒られているような女官であった。

 よって高位の女官ではない。並み居る女官の中で先輩格であるのに掌侍(ないしのじょう)という尚侍、掌侍に次ぐ内侍司(ないしのつかさ)の三等官、それも権官(正官を課長だとすると課長代理くらいの一段落ちる役職の意)なのだ。

 だが人柄に嫌味なところがなく、上司からも同僚からも部下からも同じように慕われているという、ややもすれば足の引っ張り合いが起こりがちな後宮内では珍しい人物でもあった。

 凡人の有斗としては周囲のずば抜けた才人との人付き合いなどで疲れているときなどは、その適度に抜けているところが却ってありがたく気安く接することができ、そんな意味からも近侍の一人として重宝していた人物である。

 だからセルノアやアリスディアほどでなくとも有斗との心理的な距離は近く、どちらかと言えば結婚して後宮からいなくなると困る存在でもある。

 だがベルビオならば人物として申し分なく、心から二人の結婚を祝ってあげたい気持ちになれる。多少、脳筋なのが心配なところではあるけれども。

「手が早いなんてとんでもない! お嬢やアリスディアさんに頼み込んでいろいろと渡りを付けてもらって、話をすることから始めて、徐々に親しくなっていったんですから。しかも断られても断られても何回も告白して、ようやく色よい返事をもらったんですから!」

 どうやらベルビオは恋の駆け引きも、戦場と同じく攻撃一辺倒のようだ。あの強烈で執拗(しつよう)な攻撃を正面から受け続けることになったウラニアは大変だったことであろう。

 その押しの強さに負けて押し切られたのかもしれないななどと余計な感想を抱くと同時に、しかしアエネアスも他人のこととなるとマメだな、そんなことより自分の心配をすればいいのに、などと有斗はこれまた他人が聞いたら、有斗自身が己の心配をしろと言われそうな余計な心配をもする。

 そんな中、有斗はベルビオと女官というキーワードがどこか記憶の片隅に引っかかるものを感じる。

「そういえば、随分前にベルビオが僕の部屋の警備の役をやりたがるのは、意中の女官がいるとか話が盛り上がったことがあったな・・・あれは確かまだアエティウスがいたころだから、もう五年くらい前の話じゃなかったかな・・・」

「覚えていたんで・・・へへへ、実はその時の女がウラニアってわけです」

「ということはその頃から地道に攻略していったというわけか。意外と手間取ったんだねぇ」

「そうなんでさぁ、やっぱり後宮に入るだけあって別嬪(べっぴん)だし、俺には高嶺の花だったんすよ」

 美人ぞろいの後宮では地味な顔立ちが災いしてまったくといっていいほど目立たないが、そもそも後宮に入れる段階で並みのレベルを凌駕(りょうが)しているのだ。そんなものかもしれないな、と有斗はすっかり感覚が麻痺してしまっていることに気がついた。

「でも、そのころ既にベルビオは羽林の兵だったし、戦場で功も立ててたじゃないか。後には王師の一軍を預かる将軍にもなったんだ。男らしい体形と顔立ちだもの、そんな卑下するほど違うって分けじゃないと思うけどなぁ」

「俺一人ならばともかくも、一家を食わしていくには、やっぱりそれなりに稼ぎが必要ってもんですよ。ようやく伯爵になって俺にも余裕ができたってところで」

「それは言いすぎだ!」

 いくらベルビオが常人よりは食べるといっても、伯爵の身代全てを食い尽くすほど食べるわけじゃない。

 それにベルビオの胃袋は質よりも量さえあれば満足する安上がりな存在なのだ。食費にそこまでお金が必要であるとは思えない。それではこの世界の人間は伯爵にならなければ家族を食べさせていけないということになるではないか。

 だが下級官吏だろうが兵士だろうが商人だろうが農民だろうが立派に皆、この世界で家族を持って生活している。

 それに財産の多少で結婚が決まると言うのならば、王様である有斗が独り身のままで、未だ結婚のけの字も周囲に見当たらないのはどういうわけなのだろう。

 もちろん、自身が一度そういった動きを封じたことが原因であるとは分かっているし、何が何でも結婚したいという分けじゃないけれども、結婚に至らなくても、その前段階の楽しいイベント・・・つまりハーレムラノベなようなイチャコラ展開とかあってもいいんじゃないだろうかとも思うのだ。

 なにしろ有斗は王なのだから。

 それとも王にまでなったというのに、女性がおいそれとは近づいてこない何かが自分にはあるとでもいうのだろうか、と有斗は嫌なことに思い当たっていた。

「陛下、なんで微妙に涙ぐんでんですか?」

「い、いや、いろいろと考えるところがあってね・・・あははははは」

「・・・ま、いいですけど・・・それより、陛下もそろそろ結論を出してくださいよ」

「結論・・・何のこと?」

「お嬢のことですよ」

「アエネアス? アエネアスの何を結論を出すの?」

「陛下との結婚を、です」

「へ!?」

 前もそんなことを言われたことがあったが、ベルビオは二人の間柄を大いに勘違いしていると有斗は思った。

 アエネアスと有斗とは心理的に極めて近しい関係ではあるが、そういった関係にない。第一、アエネアスは今でもアエティウスのことが好きなはずだ。

 そしてアエティウスと有斗では悲しいかな色々と違いすぎるところがありすぎるのだ。

「お嬢も待ってると思うんですよ。お嬢はあれでも奥ゆかしい方だから口に出したりはしませんけどね」

 その認識は大いに間違っている気がする、と有斗は大いに抗議したい気持ちになった。

 アエネアスが奥ゆかしいとするならば世の女性全てが奥ゆかしいと言う結論に達してしまうのだが・・・いくらなんでもそれは身びいきが過ぎるというものだ。

「陛下は王なんだから結婚には政治的な問題が色々と絡んでくることは無学な俺にだってなんとなくは分かります。ですから皇后とか中宮でなくてもいいんです。お嬢だってそこまで望んではいないとは思うんです。二番目や三番目だってかまいやしない」

「そうかなぁ・・・アエネアスが僕と結婚したいかどうかはさておいても、二番目や三番目でいいと思えるとはとても思えないけどなぁ」

 なんとなくだけどアエネアスは独占欲が強いような気がするんだ。

「・・・陛下のお気持ちもあるから、無理にとは言いやしませんが、それならそれでそのことをしっかりと告げてやってくださいや。いつまでも中途半端な状態でおかれたらお嬢が可愛そうだ。お嬢だっていつまでも若くはない。待ってばかりはいられませんぜ」

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