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紅旭の虹  作者: 宗篤
第九章 疾駆の章
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勝利の意味は

 有斗は追撃を止めさせると同時に伸びきった戦線の縮小を図り、義兵や諸侯などの軍を前進させ一箇所に集中したほうがいいと考えた。

 潜龍坡を超えてからここまで南へと伸びていた南海道は、南部南域を東西に流れ東の海へと注ぎ込む荒瀬川に接して、急角度で西へと折れ曲がる。

 荒瀬川に沿って二里ほど進んで南部南域から畿内へと抜けるケイティオ街道が交差する地点からに二里ほど離れた地点に敵は布陣しているとの一報を既に手にしている。

 南海道を挟んで周囲を圧するように二つの丘陵が盛り上がっていて、その丘陵地近辺に教団は残存の兵を集結しているとのことだった。

 南は荒瀬川、ケイティオ街道の北は水田が広がり、大軍の展開には不向きな場所である。

 潜龍坡ほどではないが、陣を敷くに適した地であると物見は口々に敵の見識の高さを褒め称えた。

 有斗はケイティオ街道との交差地点近辺に宿営地を確保し、やや扇状に広がりつつも中軍、左翼、右翼の三陣からなる縦深陣形を敷いた。

 これより後ろは水田が多く、王師の大軍勢を展開させるだけの広大なスペースが確保できないし、敵が撤退したときに追撃を行えない。

 かといってこれより前に布陣すると、空間は確保できるものの敵に近すぎる。あまりに近くに布陣し、夜討ち朝駆けの危険を高めたくなかった。

 それに近くに敵がいるだけで、一切攻撃は無くとも兵の気は高ぶる。少しでも兵を休めたいことを考えると、その地点が王師の進出限界点であった。


 有斗は布陣するにあたって、将軍たちを呼び集めて明日、敵とどのように戦うべきかを話し合った。

 こうも狭い場所だと戦闘開始前に部隊の前後を入れ替えて布陣しなおすということは不可能に近い。明日の作戦に沿って兵を(あらかじ)め布陣しておくに越したことは無いからだ。

「敵は南海道を挟んだペラマの丘とソグラフォスの丘を中心に南北に南海道、ケイティオ街道を(やく)し、彼らの聖地であるソラリアへの我らの進出を阻もうという考えのようです」

 物見は口を揃えてそう報告する。幾人かは帰ってこなかった。相当、警戒が厳であるようだ。

「南海道を直進するのが手っ取り早いが、そこは二つの丘に挟まれており、突破はきわめて難しいだろう。二つの丘にはどの面にも少なくとも二段、我々に対する東面には五段に渡って柵が設けられ、ちょっとした砦といったところだ。仮設の物見櫓すら備えられており、高所に陣取っていることもあって、攻略は一筋縄ではいかぬだろう」

 自ら槍を引っ提げて偵察に行ったヒュベルは、その物々しさを強調し、正面から攻撃する危険を説いた。

「いっそのこと大きく迂回して敵の背後に部隊を回し、敵の本拠地と軍との連絡を絶ってしまえばいいのではないでしょうか。荒瀬川を渡って南方より迂回して背後を突くということは可能なのですか?」

 ならばとリュケネは敵の補給線を断って、干上がらせる策を献策する。目的は教団を打ち滅ぼすことではあるが、何も強敵と必ずしも戦って勝つ必要もないし、敵の堅陣を必ずしも破る必要もないのだ。

「荒瀬川は流れは緩やかですが、水量が多く水深も深い。とても軍を渡すことは無理です」

 南部出身のエレクトライはそう言って渡河策に否定的な見解を表す。荒瀬川は幅が広く水量も豊富だが、南部の最南部を流れているため商圏としては大きくないため、商売に従事する船は少ない。せいぜいが漁民の使う小さな船があるだけである。それでは王師全軍どころか一軍ですら渡すのに膨大な時間を消費してしまうだろう。

「では一部の部隊をケイティオ街道へと回して北側から回り込みを図っては? 北から半包囲陣形を形成し、敵を荒瀬川へと押し付け壊滅させるのです」

「ケイティオ街道の北側は水田地帯だ。しかもここ数日の雨で水量も十分にある。重装甲の兵が通れる場所ではない。すると狭いケイティオ街道を細い縦列で西進することになるが、どうしてもペラマの丘の麓を通らねばならず、そこを抜けるときに大きく被害を被ることだろう。半包囲の体勢に持っていくまでに時間がかかりすぎる」

 エテオクロスの言葉にリュケネは押し黙った。

「北へ大きく迂回してはどうだろうか?」

 ステロベは水田を回避してさらに北側から回り込むことを主張した。北側には南側のように別に大きく交通を妨げる川のようなものは無いのである。

 どこまでも水田が続くわけではあるまいし、水田地帯が途切れたところから回り込めばいいというわけだ。

 だが、そのステロベの考えには有斗が反対した。

「近辺の住人の話ではこの辺りにはろくな道が無いらしい。どうやらかなり大回りする必要があるようなんだ。その隙に敵軍にソラリアへと撤退される危険がある。せっかく後一歩というところにまで追い詰めたんだ。敵に立ち直る機会を与えたくない。ここで早期に決着をつけたい」

 有斗の意思がそうであるということは結論は一つということだ。

「力押ししか無いという事ですか・・・」

 随分と骨の折れる戦いになりそうだと将軍たちは気が重くなる。

「敵も楽に勝たしてはくれないということさ」

 確かに厳しい戦いになるだろうが、この一回で真の勝敗をつけることが可能だ。教団の兵を分散させてしまえば、全てを鎮圧するのに長い時間が必要になる。その間に何かまた不測の事態が起きて、混乱が全土に広がらないとも限らない。速戦には速戦の利点があるのである。

「中央突破、もしくは回り込んでの片翼包囲など兵力を一箇所に集中すれば、結局のところ敵にとっては対処がしやすくなるだけだ。もう敵は絶対的な兵力においても王師に負けている。そこで明日は敵に近づくにつれて南北に翼を広げて全戦線で戦いを開始して、敵に圧迫を加えて心理的な余裕を与えずに、敵の備えの弱い、南海道、ケイティオ街道、荒瀬川沿いの地帯のどこかを突破して背後に回り敵を包囲する形を作りたい」

 有斗は左右の翼に多く兵を配し、それを左右に広く展開することによって、鶴翼の陣形で敵陣を大きく飲み込むという基本どおりではあるが、であるからこそ効果的な作戦で敵に挑むことを決した。

 王権がアメイジアで唯一の権力機関であることを証明するために、この戦は避けては通れぬものだ。損害や効率を考えて戦を論じるわけにはいかない。ただ勝利を掴むことだけを考えなければならない。

「それが手堅く、無難でしょうな。(あざ)やかに勝つといった手ではないですが、それが故に大きな穴が無く敵に付け込まれることがないですからな」

 そう言ってガニメデが同意してくれたことが、有斗にとっては心強い材料だった。


 持ち場を決め、移動させる為に自分の部隊に戻ろうとした将軍たちを有斗は呼び止めた。

「もう一つだけ・・・ちょっと皆に聞きたいことがあるんだ」

「何でしょうか?」

 王からの改まっての諮問に、将軍たちは何事であろうかと不審を覚えつつも向き直って姿勢を正した。

「ここに来るまでの道々、戦場の痕を通ってきた。見渡す限りの敵味方の死体の山・・・さぞかし激戦が繰り広げられたのだろうということが理解できる。実にご苦労だったね」

「・・・いえ」

 それは特に改まって王がこのような大事を前にして口にする言葉とは思えなかった。そのような些細なことで王からお褒めの言葉をかけてもらう理由が分からず、将軍たちは曖昧な返答をするしかない。

「その中に傭兵に混じって女の人の遺体が見られた。たぶん傭兵隊につきものの酒保の女の人だとは思うんだけど・・・」

 そう言うと有斗は一拍間をおいて、繭を吊り上げ厳しい顔をして将軍たちに問い(ただ)した。

「あれはどういうことかな? 確かに彼女たちは敵の傭兵隊と行動を共にしていたのだろうけど、非戦闘員を好んで殺す必要はなかったんじゃないかな?」

 敵と行動を共にしている、いわば酒保は軍隊の一部、補助機関みたいなものと言えないわけじゃないし、この世界の時代背景として民間人を殺しちゃいけないなどといった戦時法みたいなものがあるとは思わないけれども、禁止されていないからといってやっても何も問題が無いというわけではない。

 無抵抗の人間を意味も無く惨殺することはこの時代の人から見ても眉を(ひそ)めるに値する行為だ。

 それにこれを許しておけば、これから先、兵士たちが拡大解釈を施す可能性がある。

 一般の人々と教徒とは区別がつきにくい。人混みに紛れて襲撃されては王師といえどもその攻撃を防ぎにくいことは否めない。

 特にこれから先は教団の根拠地だ。いつどこから襲ってくるか分からない。であるから、危険を避けるために王師の近くで怪しい行動を取ったというだけで排除したいと兵は思うはずだ。

 だが疑わしいからといって、むやみやたらと関係ない人間を殺して回れば、教徒だけでなく民からも恨みを買うことになる。

 そして王師の兵の一兵卒の行動であっても、最終的な責任は王である有斗のところに跳ね返ってくるのである。

 それを考えると、ここで釘を刺しておかないと後々酷いことになるかもしれないと有斗が思ったとしてもしかたがないであろう。

 何よりも有斗はそういったことが嫌いだった。

「いえ、別に我らとしても望んで無抵抗な彼女らを殺したわけではなく、武器を持って立ち向かってきたから、仕方なく殺したのです。まさか攻撃してくる者が女だから手控えよなどとは、部下の命を預かる将軍としては命じることはできません」

「それは本当かな?」

「誓って虚言は申しません、陛下」

 ベルビオの言葉に、戦場にいてその光景を眺めていた他の将軍たちも相槌を打つ。

「ごめん、疑ってすまなかった」

 どうやら本当のことらしいと悟った有斗はベルビオに謝意を表した。

「いえいえ、陛下にいらぬ心配かけたようでして、こちらこそすんません」

 有斗は王師が無用な殺害を行ったのではないと知ってほっとした反面、暗い気持ちにさせられた。

 むしろ状況は深刻だった。だとすると死ぬ必要のない者たちが、望んで王師に槍を向けて死んだということである。

 それは明らかに有斗に対する当て付けだった。殺されることになろうとも、有斗が築こうとしている世界を否定するという悲壮な決意の表れだった。


 将軍たちが去って行った後も、一人になって何事かを考え込む有斗にアエネアスは声をかける。

「どうした有斗、何をそんなに考え込んでいる?」

「うん・・・僕が作ろうとしている世界を望んでいない人がアメイジアにはいるんだなと思って・・・その人たちのことを足蹴にしたまま、本当に僕が望む世界をアメイジアに作っていいんだろうかと思ったんだ・・・」

 有斗にしてみれば深刻であるその悩みをアエネアスは鼻で笑って吹き飛ばした。

「全ての人の望みを同時に叶えることなんてできやしない。有斗は王様であるけれども、神様じゃないんだからな」

「それはそうだけどさ・・・」

「他人がどう思うかじゃないだろ。有斗はいったい、どうしたいんだ? まずは話はそこからじゃないかな」

「・・・この世界を平和にしたい。そう思ってるよ」

 有斗はそれこそがこの世界に必要なことだと思うし、何よりそれがセルノアとの・・・皆との約束なのである。

「ならばそれを貫けばいいじゃないか。大丈夫。それが正しいと信じて、こうして王師をはじめとした大勢の者が有斗を支えていることを忘れちゃいけないよ。確かに死んだ彼女たちは有斗の作る世界に反対だったかもしれないけど、それはごく少数の例外中の例外の意見だってことさ」

「そうか・・・そうだね。・・・・・・そうだったね」

 確かにそうだ。朝廷の官吏、王師の兵という王という存在が無ければ不自由する立場の人間だけでなく、多くの民が義兵となって立ち上がってくれた。武器を持って立ち上がるまでの勇気は無くても、教団に積極的に加担しないことで、消極的に有斗を支持している民もいる。

 多数の意見が絶対的に正しいというわけではないけれども、それでも一定の正しさを表す指数にはなるはずだ。

 有斗はそう思って、決意を新たにする。

「勝って終らせる。この永き戦国乱世の世を」

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