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紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
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青野原の戦い(Ⅳ)

 南部諸侯軍が見守る中、左軍は動きを見せない。中軍、右軍も同様だ。

 だが有斗たちが見守る前に、鎧に身を固めた一人の騎馬武者が、左軍の陣より馬をゆったりと歩かせ出てきた。

「なんだ・・・あれは・・・?」

「使者にしては旗を掲げておらぬが・・・?」

 目的がわからず、皆が首を(ひね)っていると、その男はやがて王師左軍と南部諸候軍とのちょうど中ほどのところで馬を止めた。

「そなたらが兵を進めぬのなら、ひとつ面白い余興をしようじゃないか!」

 大きな声でその男は叫ぶ。

「余興とは何か!?」

 アエネアスが有斗の前に馬を進ませて叫び返した。馬鹿でかく五月蝿(うるさ)いだけだと思っていたアエネアスの声も役に立たないことも無いな、と有斗はひっそりと思った。

「一騎打ちをしようじゃないか!」

 男は手に持った十文字槍を真っ直ぐに有斗たちに向けると挑発した。

「一騎打ちだと!?」

「そうだ、太古の昔は将同士が一騎打ちにて神意を計ったという。兵を進めて戦わぬのなら、それで神意を占ってみてはどうだ!?」

 ゲームやテレビやネットで得た有斗の知識では、華々しい一騎打ちは戦には無くてはならないものの一つだ。だがメリットは一つも無いのか、口々に否定の言を述べる。

「ふん。馬鹿馬鹿しい!」

「ああ、南部の土民はそんなことも知らなかったか? 失敬失敬」

 一斉に怒号を浴びても、それを一切介しないかのように、その男は涼やかに笑い飛ばした。

「知っている! 馬鹿にするな!!」

「・・・ということは、アレか。俺が怖くて出てこないということか? 聞いたところによると南部の賊軍は二万いるそうではないか。二万もいて男は一人もいないのか? 腰抜けは泣きながらさっさと家に帰って、母親にでも慰めてもらういい!!」

「く・・・!」

「そうだな・・・俺が怖いと言うのなら、二人がかりでも、なんなら三人いっぺんに来てもかまわんぞ!?」

「ふざけたことをぬかすな!!」

「まぁ、俺はお前等全部とだって相手をしてやってもいいんだがな!!」

「どこまでも舐めた言葉を吐きおって!」

「どうした! 出てこぬのか!? 何のために南部からモグラのように()い出してきたのだ? 田舎物らしく都見物か? 戦わぬなら剣を置いて俺の靴を舐めろ! 豚のようにな!! 今なら命だけは助けてやる!」

 どっと左軍から一斉に笑い声が上がった。

「~~~~んぅぅぅぅ!!! どこまでも勝手なことをほざきおって!!!!」

 アエネアスは血管がぶちきれそうなほどの怒りで、顔が真っ赤になっていた。あいかわらず短気で獰猛(どうもう)なやつだ。

「アエネアス、落ち着け」

 青龍戟(せいりゅうげき)を手に今すぐにでも駆け出していきそうなアエネアスの手をアエティウスが(つか)む。

「しかし兄様、馬鹿にされて黙っているなどダルタロスの名に恥じることになります!」

 アエネアスがアエティウスに食って掛かっていたその時、大きな獲物を小脇に抱えた一人の騎馬兵が、敵将の呼びかけに答えて、馬を走らせ近づいた。

 あれは確か・・・と有斗は記憶を探ってようやく思い出す。ストルダ伯と一緒にいた屈強な兵士だ。あの大双戟は見覚えがあった。名前を聞かなかったけれども、一騎打ちに応じるくらいだ。さぞや名のある武将であろう。

「お相手つかまつろう」

 と少し距離を取ると、大双戟を突き出し一騎打ちの相手を名乗り出た。

「貴殿の名前は?」

「南部のストラダ伯が配下、タネイアシアと申す」

「我が名はヒュベル。王師左軍の第三旅長を拝命している! いざ参る!」

 その瞬間、二人は相手を目掛けて馬を走らせた。

「ヒュベルだと!」

 敵が名乗ると、アエネアスが身を乗り出して二人の戦いを見ようとした。

 有斗がそのアエネアスの姿をわき見した一瞬で勝負は終っていた。

 有斗が次に見た光景は、馬首をめぐらし元いた位置に戻ろうとしているリュケネと、主を無くして駆け去っていく馬、そして地面に転がった胴を二分されたタネイアシアの死体だった。

 一瞬、静まる両陣営。

 次に爆発したかのような歓声が王師三軍からあがり、南部陣営にはどよめきが広がった。


「ヒュベル・・・」

 そう言った後、アエネアスがじっと馬上の敵将を眺めているので「知ってるのアエネアス?」と訊ねると、「アエネアスと同じ時の武挙(ぶきょ)に出ていた者です。武状元(ぶじょうげん)でした」とアエネアスではなくアエティウスが返事をした。

 武状元・・・つまりは優勝者か。

「ということはアエネアスより強いの?」

 そう言うと、アエネアスは有斗をきつく(にら)む。

「油断していただけだ! もう一度やれば私が勝つ!!」

「・・・だそうだ」

 アエネアスの言葉にアエティウスは肩をそうすくめて答える。

「ちょっと兄様! なんですかその態度は!」

「いいから行くなよ。お前では勝てない」

「そんなことはない! あれから二年経っている! 研鑽(けんさん)した我が技をあいつに叩き込んで、名誉を挽回してみせる!」

 おお・・・汚名挽回とか名誉返上とかみたいな間違った使い方で言わないのか。アエネアス偉いぞ、実に偉い! 褒めてやる。


 突然、ロドピア候が有斗の前に出て跪礼(きれい)する。

「陛下。我が配下で武に優れたものがおります。20斤(12キログラム)の大斧を軽々と操る剛のものです。陛下の許可をいただければ、挑戦させたいと思いますが」

 有斗は判断に迷い、素早くアエティウスと目を合わす。その目はアエネアスの気持ちを沈めるためにも行かしてくれと言っていた。

 そんな理由で行かして大丈夫かと有斗は疑問にも思ったが、先程の敵将軍の凄技を見ても本人が行くと言うからにはよほどの自信があるのだろうと思い直した。

「わかった。許す」

「はっ!」

 ロドピア候の陣所から屈強な大男が出てくる。背はそんなに高いわけでもないが胴回りと胸がとてつもなく分厚い。

 しかもあの二の腕の太さ。そこらの女の子のウエストよりも遥かに太い。有斗なら一秒で負ける自信がある。ていうか夜道で会ったら逃げ出してしまう、そんなかんじ。

 さらにはあの鉄斧・・・なんとか無双とかいうゲームでも持ってるキャラがいないくらい大きく重そうだ。

「我が配下を自慢するようですが、敵に後ろを見せたことのない男です。一度の戦闘で、狩り首を10も20も下げてくる男です。ヒュベルは王師にその人ありと知られた存在ですが、必ずやこの決闘に勝利し、ブルテウスが新しくそう呼ばれることでしょう」

 それほどの猛者ならば勝てるかもしれない、と有斗は思った。


 二将軍は先ほどと同様に、一定の距離を取り、馬上で向かい合う。一騎打ちの作法だ。

「我が名はブルテウスと申す。南部にも将軍の異名は轟いておりますぞ」

 ブルテウスは手を組むと丁寧にヒュベルを拝した。

「光栄だね」

「だがそれも今日まで。私の大斧が見切れますかな?」

 例の20斤の大斧を威嚇(いかく)するように軽々と馬上で振り回してみせた。

 見ているだけで風が吹いてくるような動きだった。

「ほう、是非見せていただきたいものだね」

 ヒュベルの不敵な笑みに、侮辱(ぶじょく)と受け取ったのかブルテウスは怒りで唇を戦慄(わなな)かせた。

「参る!」

 馬の腹を蹴って、双方が交差する。

 優勢になったのはブルテウス。馬上したまま両手で大斧を打ち込むんだ。ヒュベルは十文字槍の中ほどで辛うじてそれを受けきっただけだった。攻撃もできないほどブルテウスの大斧が速かったということか。

 ヒュベルは力を入れて斧を押し返そうとするが、微塵(みじん)も動かない、むしろブルテウスの怪力に徐々に押されていた。

「ふん!」

 ブルテウスは斧の刃を傾けると力を入れたまま()にそって滑らせた。

 それは得物を握っている指を切断して飛ばすという、長物同士の接近戦での戦いではごく普通に使われる技だった。

 だが防御側にとってみれば、行われるまで右か左かどちらを狙われるかわからない上に、敵の力を込めた長物に潰されないように力を入れたまま、滑らせた瞬間だけ、指を切断されないように、片手を開かなければならないという、ちょっとしたコツのいる技だ。有効的な攻撃である。

 これで結構な武者が指の何本かをなくしているとか言う、ぶっそうな技でもある。

「あっ・・・馬鹿! 下をねらうなッ!」

 突然、大声でアエネアスが叫んだ。

 その瞬間だった。ヒュベルは得物の下部を持っていた左手を開き、力を弱めた。

 当然その分だけ、大斧とブルテウスの体が右下にガクンと落ち込む。

 それを身体をひねってかわし、自分の力と槍にかかるブルテウスの力、両方の遠心力で一気に十文字槍を回して、十文字槍の横の刃をピッケルのようにブルテウスの首に叩きつけた。


 戦場は一瞬の後に静寂。


 しじま。


 ゆっくりとブルテウスの体が馬から落ち音を立て崩れ落ちる。

 再び王師の間から歓呼の声が木霊した。

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