表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
33/417

青野原の戦い(Ⅲ)

 既に青野原(あおのがはら)まで一舎。

 とうとうここまで来た。

 速ければ明日に、遅くとも数日内には王師が待つ青野原に入ることだろう。

 今日は昼過ぎには早くも、青野原山系の五色岳口近くで陣営を張った。ここ数日はずっと雨天。雨は今日も降り続いていた。歩哨の兵士たちは濡れており、(かじか)むのか手をしきりにこすり合わせていた。

 アエティウスもアリアボネもしきりに斥候を出しては、伏兵の有無、敵の動向を探るのに必死であった。


 青野原は過去には合計10万の軍がその地で戦ったこともある広大な盆地。王師三軍は北西から南東に向けて走るに街道に沿って平野の中ほどに布陣していた。

 そのままであるなら何も考えずに、五色岳口から青野原に兵を入れても大丈夫だ。

 だが迂闊(うかつ)に兵を入れようものなら、出入り口付近まで移動されて、狭い山道を抜けてきた兵を片っ端から始末されるのは目に見えていた。

 それに五色岳口から青野原まではうねるような山道だ。そこに伏兵を置くという策は敵には魅力的に映るだろう。

 というわけで山々の頂上まで斥候を出して警戒する必要があったからだ。


「我々が青野原に全軍入り陣を敷くまで、王師が指をくわえて見逃してくれるというのは、虫のいい願望かな?」

 真剣な顔で考えていたアエティウスがぼそりと言うと、アリアボネは噴出してしまった。

「こんな時に笑わせないでください!・・・それはそうですよ。まさかそこまで王師はマヌケではないでしょう」

「だがこうは考えられないだろうか? 王師は本当に統一した意図で我々を待ち受けているのか、とね。もし王師の指揮官が一人と言うなら話は別だと思うが、昔から言うじゃないか、二人の良将よりもむしろ一人の凡将を可とす、と。どうやら左府、内府、羽林大将軍三人それぞれ一軍を率いているらしい。あの三人に協調した動きができるだろうか? いや誰かが出した命令を他の二人が了承するだろうか?」

「確かに・・・報告でも右軍と中軍は少しばかり左軍から離れて布陣しているとか・・・ひょっとしたらそこに付け入ることができる隙があるかもしれませんね」

「そう言えば左府と内府はいつも朝議でも喧嘩ばかりしてたよ」

 と、有斗は今更ながらに朝議での左府と内府との(いさか)いを思い出しつつ言った。

「ええ、単なる権勢争いだけでなく、三代に渡って政敵だったのです。いろいろ積もる恨みもありましょう」

「一軍だけ釣りだして罠にかけれないかな、ニザフォスの時みたいに」

 有斗がそう言うと、ほう、とアリアボネとアエティウスは顔を見合わせた。

「どうやら陛下も我々と同じことを考えているようですな」

「具体的な考えは全然思いつかないけどね・・・」

 頭を()いて照れる有斗がそう言うと、アリアボネはにこりと微笑んだ。

「それでいいのですよ。王は大まかな方針を決め、将軍たちが細かいところを詰める。それが王の役目なのですから」

「陛下もそろそろ王としての貫禄(かんろく)がついてきましたね」

「えへへへへへ」

 有斗はアエティウス、アリアボネに褒められて、その時は有頂天になっていたが、後でよくよく考えると、これって今まで王としての貫禄(かんろく)がなかったっていうことである。

 しかも『ついてきた』っていうことは、完全についてるって認めたわけでもないということだ。

 有斗に(ちか)しいアリアボネやアエティウスでもそういう認識だということは、立派な王様への道程はまだまだ長いな・・・、と有斗はそっと嘆息した。


 翌日、エレクトライを先頭に、南部諸候軍は回廊に侵入した。

 エレクトライはティトヴォにおいて北面の敵を蹴散らして、西面の敵を分断した後も更に長駆し、南面にてリュケネ隊の後背を突くという殊勲を立てた南部諸候である。

 その戦いぶりは評判になり、南部の兵からは『神速の』という二つ名で呼ばれるようになった。

 兵にそういった二つ名で呼ばれるほどの将軍は、このような乱世であっても珍しい。


 回廊は長い。1キロ進んでもまだ出口が見えない。

 突然アエティウスが馬を止めた。

「どうしたの? 敵?」

 有斗は馬車から顔を出して訊ねる。そこは両側がきりたった崖で挟まれた地形だった。ここで敵に襲われたら一網打尽である。

「ここに兵を伏せましょう」

 有斗は首を伸ばして両方の崖を交互に見上げる。かなり首を傾けないと上が見えない。

「確かに伏兵をするには適してる地形だね。下から見上げても崖の上がなかなか見えない」

「ええ、囮で敵をここまで引き連れ、ここに配置した弓兵で奇襲をかけ、罠にはまったと知って逃げる敵兵を追撃する。その後、救援に来るであろう王師を次々と回廊に退きこんで、また戦う。これを何度か繰り返せば敵の堅陣も綻び、我々に付け入る隙を与えてくれることと思います。今回はこれでいきましょう」

 今回は、ってことはその次もあるってことか・・・

 さすがのアリアボネとアエティウスも王師三軍相手に今すぐに勝てる策は考え付かなかったんだな。

 無理もない。ティトヴォでも、もしアエティウスが来るのが遅れていたらどうなっていたことか。こっちにも下軍7000が味方になったけど、敵は三万の王師だ。しかも王師と言うのは格があって、王の指揮する軍である中軍が最精鋭、次に左軍、右軍、最後が下軍だという話だ。

 ・・・厳しい戦いになりそうだ。


 ようやく青野原が見える地点に到着した。

 いつでも逃げやすいように兵は騎馬兵中心で、歩兵はリュケネの旅隊だけだ。

 幸い回廊は入り口近くで曲がりくねり、我々が実は少数しかいないということを隠してくれている。

 入り口から出たら、きっと三方から兵が殺到するだろう。これ以上は進めなかった。

 だが有斗たちを目にしても敵陣が動く気配はなかった。

「我々を青野原に引きずり出したいのでしょう。なかなかうまくはいかないな」

 アエティウスも苦い顔をしている。

 敵の陣形を見るところ一番距離が近いのは左軍。とはいえ他の二軍との距離が開いているわけではない。

 有斗らが左軍を釣りだそうと近づいたら、きっと兵を我が軍の後背に回して包囲殲滅を図るであろう。

 有斗らは囮の役割さえ果たせずに敗北を喫するに違いない。

 弱ったことになった。

 しばしのにらみ合いが続いた。


 王師側でも思いは同じだった。

「出てこぬな」

 出てこない南部諸候軍を見て内府はそうつぶやいた。

「出てきませんな」

 左軍の軍監(ぐんかん)も同じようにつぶやいた。

「いっそ我々だけでも攻撃に移っては・・・?」

 眺めていても事態が変わるわけでもあるまいし、と一人の旅長がそう献言する。

 左軍を指揮するは内府。といっても実質の指揮は左軍の将軍たちが行っているのだが。

 とはいえ主将は主将。兵を動かすにも内府の許可がいる。

「さすがに決めた約定を破るわけにも行くまい。どうにかしてあいつ等をこの平原に引っ張りださねばな」

 そういう内府だったがそれを実現する良案を所持しているわけではなかった。

「内府様それならばひとつ提案が」

 旅長の一人が左府に近づき(ひざまず)く。

「ヒュベルか。申してみよ」

 ベルビオほどの巨躯(きょく)ではないが、この世界では珍しい190はあろうかという背丈、鋼のような筋肉美、さらには精悍な(かお)を持つというペルセウスのような美男子だった。

「ここは古代の礼を重視する戦争方法を取られては? 最近ではまず見たことはありませんが、面白い見物になるでしょう。それに敵を挑発すれば、攻撃するために敵軍も平野に出てくるやも知れません」

「ほう?」

 内府はヒュベルの申し出に興味を示した。

「して申してみよ」

 ヒュベルは頭を下げ一礼し話し始めた。

「古来の戦闘では戦争で兵がぶつかり合うまでに、双方の主将による論戦あり、互いに的を用意して、神意を問うために敵の的を打ち落とす矢合わせあり」

 それはサキノーフ様が来るまでのアメイジアの神話に残る戦いの仕方。戦いも神事だと考えていた時代の戦い方であった。

「・・・そして将同士による一騎打ちがあります」

 ヒュベルの言葉にじっと考えていた内府は、ヒュベルがようやく何を言いたいのかわかったらしく、ニヤッと笑みを浮かべると、

「よし面白い。やってみよ。王師一とも言われる、そなたの腕を存分に見せてみるがよい」

 と許可を与えた。

後記


9月19日7時現在、なんとお気に入りに入れてくれた方が200名になりました!ありがとうございます!

一日ユニークで1800人くらいなので、10分の一くらいでしょうか。僕が店先に行って新しいラノベを買う確率は絵買いも含めてそれくらいなので、それを考えるとありえないほどの数字です。ありがたいことです。

絶賛難攻作業中ですが、なんとか週末まで毎日一本は休まずにいけそうです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ