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紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
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護衛

 翌朝、有斗は周りが騒がしくなると同時にゆっくりと寝台を離れた。

 昨日の刺客に襲われたという恐怖からか、ぐっすりとは眠れず、頭はまだ(なか)ば眠っていた。

 本当はもっと寝たいのだけど、さすがに王が眠ってばかりで仕事をしないなどという噂が立ったら、ただでさえたいりょうにしょじしているとはおもえない持ち合わせが少ない、有斗の威厳とやらがゼロになってしまう。

 顔を洗おうと、部屋の外の廊下に準備されている、水の入った桶のところに向かった。

「おい」

 そこで投げやりな女の声に呼び止められた。

 まがりなりにも王である自分にこんな呼び方をするのは、まちがいなくアイツだろうと思って有斗が振り返ると、予想どうりの人物が足を肩幅ほどに開き、腕を組んで仁王のように立っていた。

「ああ・・・アエネアス」

「アエネアスさんと呼べ。他人を(うやま)う気持ちとやらは持ち合わせてないのか、このデコスケ野郎が!」

 ・・・他の人は『さん』をつけると、『恐れ多い』とか『もったいない』とか言って、つけないようにと毎回言われるから言ってないだけなのに・・・

 言葉を返すようだがアエネアスの方だって、僕に対して敬う気はさらさらないようじゃないかと有斗は不満に思った。

 有斗を『陛下』はもとより『名前+さん』で・・・いや『名前』ですら呼んでいる記憶がない。

 でも怖いから、有斗は指摘もできやしなかった。

「ん・・・と。アエネアス・・・さん」

「なんだ?」

 え?

 呼び止められたのは有斗のほうなのに、何故か有斗が質問したかのような流れになっていることに有斗は驚いた。

「え・・・? 僕を呼び止めたのはアエネアス・・・さんのほうだよね?」

「おっと、そうだった」

「お前の顔を見るとむかつきが、こう腹の底から湧き上がってきてさ。思わず用件を忘れてしまった」

 ・・・いちいち一言多いんだよな・・・この娘ってば。

「で?」

「私は兄様に今日からお前の警護を仰せつかった。まぁ兄様が一番に信頼できる人物といったら私だからな!」

 よほどアエティウスに認められたことが嬉しかったのか、得意げな顔で腰に手を当てて笑顔を見せた。

「・・・ええええええええ!?」

「何故驚く? 言っておくが私はダルタロス家でも屈指(くっし)の剣術使いだぞ。兄様以外には負けたことがない」

「いや、そうじゃなくってさ。護衛ってことはいつも側に君がいるってことだよね?」

「そうだ」

 冗談じゃない! こんな性格の悪い娘に24時間張り付かれてみろ! 毎日が地獄のようなものじゃないか!

 とは言え昨日のことを考えると、護衛は必要だ。ここは一旦断って、後でアエティウスのところにこっそり行って、別の人を護衛につけてもらおう!

 そうだ、それがいい!

「・・・いや、ありがたいことだけど辞退しとくよ」

 いつも押しの強いアエネアスには押し切られる有斗である。ここはしっかり断っておかないと。

「君だって嫌だろう?」

 だがその言葉はアエネアスの(かん)(さわ)ったらしい。

「『君だって』だと・・・?」

 アエネアスが有斗を否定するのはいいが、有斗がアエネアスを否定するのは許さないという、例の理不尽な思考回路に引っかかったらしい。地獄の奥底から響いてくる悪魔の断末魔のように低い声を出して、アエネアスは有斗を(にら)んだ。

「いやいやいや、君は僕のこと嫌いみたいだから。君の事を思って言ってるんだよ?」

「昨日はあれほど賛成していたではないか。それに兄様は好意で言ってるんだ。それを拒否するのか?」

「いや大丈夫大丈夫。自分で守るから、ね?」

 あごに右手を押し当て、少しの間アエネアスは考えていたようだったが、

「よし」と言うや腰の剣を(さや)ごと有斗に向けて放り投げた。有斗は反射的に手を伸ばした。


 ガシャーン。


 キャッチしそこなった剣が重低音を立てて床に転がる。

「・・・それでよく大丈夫とか言えるな。今、剣を投げたのが刺客だったらどう反応するつもりだったのだ?」

「いや、今のは油断してただけで・・・」

 アエネアスは言い訳する有斗を胡乱(うろん)なものを見る目つきで眺める。

「まぁいい。ちょっと剣を振ってみろ」

 有斗は言われるがままに剣を右手で持ち、鞘から抜いて見せた。

 ・・・けっこう重いんだな。女の子のアエネアスでも軽々と振り回していたから、500グラムくらいなのかと思ってたけど、ゆうに1キロ・・・いやもうちょっとありそうだ。

「どうした早くしろ」

 有斗が剣をしげしげと眺めながら重量考察をしている時間に耐えかねたのか、アエネアスはイライラしていた。

 本当に短気なヤツだな・・・コイツに側にいてもらうのは絶対に拒否しよう。場合によっては王命を出すことも辞さないぞ。

 有斗はそう思いながら、なにげなく片手で剣を振り下ろした。

 だけど1キロを上回る長物を振り下ろすというのは、遠心力も加わって右手首に予想もしない大きな力が加わることだったのだ。

「あっ・・・」

 力に耐えかねた有斗の右手から剣が飛び出す。

 剣は真っ直ぐにアエネアスの顔めがけて時速30キロくらいの速度で飛んでいった。

 これはまずい! 顔にあたっちゃう! そうなれば大変だ。アエネアスだっていちおう女の子だし。

 だがそんな有斗の杞憂をよそに、


 ひょい。


 そんな擬音が似合いそうなくらい、顔を軽く傾けただけでアエネアスは簡単に飛んでくる剣を避けた。

 アエネアスの遥か後方でガランガランと金属が転げまわる音が響いた。

 ふぅと一息ため息をついて、アエネアスは後ろを向いて歩き、その剣を拾いに行く。

 そして剣を持ちあげると、有斗のほうに近づきながらこう言った。

「わざとか?」

「え・・・?」

「わざとかと聞いてるんだ!?」

 アエネアスは剣先でゆっくりと有斗のアゴを持ち上げた。

「な・・・何が?」

「しらばっくれるな! 私に剣を投げつけたことだ!!」

 うっわ~めっちゃ怒ってるよ! 完全に怒りゲージマックスだよ!!

「ま、まさか・・・手が滑っただけだよ」

 その返事にもアエネアスは疑わしげな目で有斗を(にら)む。

「ふん。まぁいい。今度やったらお前を切り刻んでやるからな」

 気をつけます・・・


「ひとつ聞こう」

「なんでしょうか?」

 すっかりビビった有斗は自身が王であることも忘れてアエネアスに敬語を使っていた。

「剣を握ったことは?」

「まったくありません」

「じゃあ槍を握ったことは?」

「それもありません」

「弓は使えるのか?」

「当然使えない」

「・・・・・・武器は何が扱える?」

「いや、武器とか触ったこともないよ」

 しいて言えばカッターナイフとかハサミとかくらいのものだ。ああ、調理実習で包丁を握ったこともあるな。あれも使いようによっては武器になる。それにバットも武器として使えないこともない。

 その返答にアエネアスはついに怒りを爆発させた。

「それで自分で守れるとかよくも大口が叩けたものだ!! それでは私が守っていても守りきれんぞ!!」

 守ってもらわなくても結構なんですけど。

「明日から早朝に起床すること! 剣の鍛錬を始める!」

「いや・・・僕寝たいし・・・」

 夜遅くまで臨時政府立ち上げの処理とかいろいろあって寝る時間も削られているのに・・・このうえ朝まで早起きするなんて無理だ。

「ふざけるな! 己の命と睡眠とどっちが大切だというのだ!!」

「どっちも大切・・・」

 言いかけた有斗だったがアエネアスは一切聴く耳を持たなかった。

「いいか、これは命令だ!!!」

「・・・はい」


 どうやら力関係は完全に『僕<アエネアス』になってしまったようだった。

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