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紅旭の虹  作者: 宗篤
第七章 一統の章
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翻弄(Ⅴ)

 敵は王師中で最も東に位置するリュケネたちをまず襲い、次いで北西へと進路を変えザラルセン隊を撃破した。

 ステロベやベルビオが兵を集めて救援に赴いたときには敵は兵を(まと)めて西へと後退していったと言う。

 敵は芳野を東から西へと移動している。王師に襲われた諸侯を助け吸収しつつ、北西奥地へと兵を退き王師を誘い込んでいると見るべきだろう。だがその経路には北西に向かって芳野の攻略を進めているエテオクロス隊が存在する。エテオクロス、ヒュベル、プロイティデス三将軍率いるその軍は王師の最精鋭部隊であると言ってよい。

 有斗はエテオクロスにザラルセン隊が敗北したことを知らせ、次いで念のために警戒を怠らぬようにと厳命した。

 有斗ごとき軍事素人が王師の誇る三将軍に言うべきことではないとは思ったが、念には念を入れたのである。

 また同時に順調に攻略を終えている三隊の距離を近づけ、再び兵力を一本化することにした。これで例えどこかの部隊が襲われても、これまでと違いすぐに援兵を派遣することができる。敵もこれまでのようには行かなくなるはずだ。次の(たいら)に移動するのにそのほうが都合がよかったといった理由もあった。

 とはいえ、それは命じただけ。三軍、いや有斗の本営を入れて四軍が一所(ひとところ)に終結するまでには、しばしの猶予があった。

 敵はその間隙を見逃してはくれなかったのだ。


 有斗は敵に襲われ大きく陣形を崩したステロベたちを一旦後方へ下げ、次いで本営を前に進めて合流し、その場でエテオクロスらと連携を取りつつ、リュケネらの部隊を東方より戻すことで部隊を一元化しようとしたのだ。

 皆が集結するまでの間、有斗はガニメデ相手に、この戦役における、次の一手をどうすべきか話し合っていた。他に対してすることもないし、全員が集結してから、さてどうするかと考えるよりも、ある程度の方針だけでも(あらかじ)め決めておいたほうが、話も進めやすかろうと思ったからだ。

 将軍たちの話や合戦の勲功帳からガニメデが有能な将軍であることは充分理解していた有斗であったが、実際話してみると、確かにその片鱗を(うかが)わせるような論理的に筋道立った話しぶりで、感心することしきりだった。

「今我々がいる荒城平を制圧すれば、我々は中越街道を通り、雪越山脈を抜けて妻科平へと向かうことになります。雪越山脈の下を抜ける檜尾峠は切り立った崖にへばり付く様にして進まなければなりません。大軍の行軍には極めて不向き、何よりも兵站に支障をきたします。ですから我々はこの際、雪越山脈を大きく迂回し、平坦な場所を通って侵攻すべきです」

 ガニメデは有斗と共にずっと本陣にいたはずなのだが、何時の間に調べてきたのか、地元民から周辺地理について詳しく聞きだしてきていた。

 その情報は三方に派遣した各王師から送られてくる報告よりも、より有用で細密だった。

 ガニメデは本陣で過ごさなければならない余った暇な時間を、そういった情報を集めることに使うことに余念が無かったということであろう。

「だとすると軍は妻科平ではなく塩田平へと出ることになる。越へは近づくことになるけど、芳野の西半分がまだ敵の手中にある限りは、そこから越へと進むわけにもいかないだろう。むしろ王師は越からくるオーギューガの軍と挟撃される危険性だってあるんじゃないかな」

「それなら我々の思う壺です。我々の最終目的はオーギューガを屈服させることです。その為には野戦であれ、攻城戦であれ、一度は戦場にて打ち破らなければならないでしょう。もちろん攻城戦よりも野戦のほうが兵数の多い我々には有利です。一旦、越からオーギューガを引っ張り出しさえすれば、一万もの大兵を収容できる施設が芳野にはほとんど無いことを考慮すると、野戦に持ち込むことはさほど難しいことではありますまい。また、塩田平と妻科平の間は、荒城平と妻科平の間と同様に兵の往来が容易くできる状況ではないようです。例えテイレシアが挟撃策を企てようとも、両者の連携は取りにくく、実質機能しないでしょう」

「なるほど。だとすれば、我らは芳野の兵と越の兵とを分断することに成功することになる。その侵攻作戦は極めて有効に機能しそうだ。さっそく皆が集まったら、検討することにしよう」

「はっ!!」

 と、秩序と静寂が支配する王師の陣営地に相応しからぬ時ならぬ人馬のいななきが響き渡る。有斗は思わず顔を上げた。

「・・・なんだろう?」

「喧嘩でしょうかね。すぐに行って抑えてまいります」

 いくら統率の取れた軍隊である王師とは言え、血気盛んな男たちの集団だ。些細なことから喧嘩になり、刃傷沙汰にまで発展することは実はそう珍しいことでもない。しょせん前近代の軍隊なのである。上位の命令を下位の者が絶対に聞き入れるような関係ではないのだ。

「大変だ! 有斗!」

 本営を出て行こうとしたガニメデに、荒い息を弾ませて逆に本営の中に入ろうとしたアエネアスがぶつかった。

「・・・・・・っっっっツ!!」

 金属鎧と金属鎧が衝突する、高くそして鈍い音が響き渡る。

 身長では高いアエネアスであったが、安定性の違いか吹き飛ばされた。短足で腹の出ている重モビルスーツみたいな体型のガニメデは重心が低そうだものな、と有斗は一人納得する。

「・・・これは! 羽林将軍殿、申し訳ない! 怪我はござらぬか!?」

「いや・・・大丈夫ッ・・・こちらこそすまない。急ぐあまりに周囲を確認していなかった」

 なんとアエネアスが珍しく自ら非を認め、痛そうにぶつけた額を押さえながら立ち上がる。

「・・・確かにこれは大変だ」

 非常事態に思わず有斗は、脳に浮かんだことを何の咀嚼(そしゃく)もせずにストレートに口に出した。

「・・・?」

 まだ肝心なことを一言も口に出していないのに、有斗が大層驚いて見せたことをアエネアスは不審がる。

「アエネアスが率先して他人に謝るなんて・・・天地が逆さまになってもありえないと思っていた」

「なんだと!!!」

 怒りと反射で手を振り上げたアエネアスだったが、今は一切ふざけている場合ではないことを思い出し、有斗をぶん殴ることだけは思いとどまる。

「あ、いや、こんなことをしている場合じゃない! 大変だ、有斗! 敵が攻めてきたぞ! 羽林の兵も出して応戦させているが、敵は想像以上に多勢だ! 防衛には第十軍の力が要る! ガニメデ殿、急がれよ!」

 アエネアスの言葉に有斗は今度こそ本当に仰天した。

「え!? 敵だって!? 一体どこの誰が王師に攻めかかって来たというんだい!?」

 三方面に派遣した王師はデウカリオらからの奇襲にあったりはしたものの、正面から王師の前に立ちふさがるものは現れず、攻略自体は順調に進んでいた。

 もちろん後々残しておいては、禍根になりそうなものは、一つ残らず刈り取っている。

その攻略地帯の中心にある有斗の本営に襲いかかれるだけの戦力は周囲には存在しないはずだったのだ。

「敵は前方、つまり北方から攻めかかって来た。その数は四ないし五千、兵数を考えるとリュケネやザラルセンらを手玉に取ったデウカリオやバルカの部隊という事になるとおもう! 大菱旗も赤獅子の旗も確認済みだ!」

「そんな・・・!」

 有斗は絶句する。それは芳野における敵の主力である。まだ全て把握しきれてはいないが、兵数においても本営の兵と大差ない可能性が高い。というよりもおそらく大差が無いからこそ勝機有りと見て襲い掛かってきたであろうと推察されるからだ。

 だが王師全軍と比べるとあまりにも少ない。

「馬鹿な! 敵は王師全軍に比べて一割にも満たない数だ! 確かに本営の兵とはそう大差ないかもしれないが、ステロベたちもリュケネたちも今、現在こちらに向かっている。西方にはエテオクロスたちもいる。つまりこれでは敵は、わざわざ三方を囲まれるために王師の網の中に飛び込んだみたいじゃないか!こんな馬鹿げた作戦を取るなんてどうかしている! 狂っているよ!!」

「たしかに敵は我が軍の只中に飛び込みました。このままでは敵は四方を囲まれ、包囲殲滅されてしまうでしょう。ですが、まだ包囲されたわけではありません。そして今ここには羽林一千と第十軍五千しかいません。敵もほぼ同数です。これなら充分、戦になります。全体の兵数が少ないならば少ないなりの戦い方があります。どうにかして敵の隙を突いて本陣を強襲し、大将の首を取るしかない。敵はそう考えたのでしょう」

「王師が集まる前に本陣を、つまり僕を直接葬ることで戦争に決着をつけようとしているということか」

 有斗が混乱から立ち直り、冷静に現実を把握し出したことにガニメデは一安堵する。

 敵は不意を突いて奇襲し、その当初の混乱を利用し王の御座所まで一気に突き入ろうとしているに違いない。つまり、その一撃を防ぎさえすれば、無理をして急襲した敵の鋭鋒は脆くも崩れ去るということでもある。

 敵はバアルやデウカリオら五千の兵ではない、己の中にある混乱だけなのである。

 兵が同じならば、前もって堅固な陣営地を築いていた王師に圧倒的に利があるのだから。

「ご明察です」

「ならばこんなところで暢気に話し込んでいる場合じゃないぞ! 急ぎ応戦し、敵を食い止めなくては!」

 慌てて自分一人でも飛び出そうとするアエネアスの手甲を掴み、ガニメデは言い聞かせる。

「おちつかれよ羽林将軍殿、私は敵のこの鋭鋒を防ぎきって見せます。それでも名高きカヒの黒色備え、私が敷いた陣形を突破しないとは限りません。陛下に万が一ということがあれば困ります。貴女は急ぎ兵を纏めて王の陣営を十重二十重に固めていただきたい」

「ああ・・・わかった」

「陛下、ご安心を。我がガニメデ隊は既にこういうこともあろうと万全の備えをして布陣しております」

 突然起こった緊急事態にも関わらず、ガニメデはその場にいる誰よりも落ち着いてこの出来事に冷静に対処しようとしていた。

「それでは少しばかり行ってきて、敵を撃退して参ります。陛下は本営にて吉報をお待ちください」

 外見に似合わぬガニメデの広言に有斗もアエネアスも面くらい、思わず顔を見合わせていた。


 デウカリオらが最初に兵を出した目論見は、王師に攻められた芳野の諸侯を救援して、諸侯の心を繋ぎとめておくことだった。もちろん隙あらば敵を奇襲し打撃を与えることも、短期的にも長期的にも悪くは無いことだから行った。

 その過程で思ったより王師は四方に攻略の手を伸ばし、本営にいる兵はそう多くは無いことを掴んだ。

 だがそこで直ぐに王目指してまっすぐ兵を動かすのは考えものだった。警戒も厳しいだろうから、見つからないとも限らない。そうなれば王は三方に派遣した軍隊を呼び戻して包囲しようとするであろう。そうなればまさに袋の(ねずみ)、デウカリオらはわざわざ全滅するためにのこのこでかけたということになりかねない。

 そこでわざと王師の外縁部をなぞるように襲撃して西へ退却し、王師の目を西へと惹きつけたのだ。その後は慎重に慎重を重ね、王師の警戒の目をくぐり抜け南下し、王師の只中である王の本営を今日まで目指したのである。

「よし奇襲は成功したぞ! このまま一気に敵本陣まで突き抜ける!!」

 先鋒の強襲に、王師の外陣は早くも混乱を見せカヒの騎兵隊の突撃に逃げ惑っていた。

「我らの強みは奇襲をかけたことで敵の不意を突けること。敵が混乱している間は我らが有利。だが混乱から立ち直れば、長期戦は陣営地を築き、援軍も期待できる敵が有利です。くれぐれも無理をなさらぬように」

 バアルが立てた作戦ではあるし、充分勝機がある作戦ではあるが敵は王師、舐めるわけには行かない。

 兵力的にもこの優勢は制限時間付きの優勢に過ぎない。万が一最初の一撃に失敗したなら、王の首を諦めきれずにぐずぐずと戦いを続けることだけは避けねばならない。一旦立ち直れば、王師は付け込む隙を与えてはくれないだろうし、救援も駆けつけてバアルたちには帰る道すら閉ざされることになるだろう。

「わかっている。それまでに決着をつけるさ! 者ども続け!!」

 デウカリオはバアルに不敵に笑みを浮かべると、片手を振り下ろすことで、それを全軍攻撃開始の合図とした。

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