月下美人
この城での有斗等の住居は城の最深部、庭園に囲まれた主塔の一階の部屋を有斗、アリアボネ、アエティウス、アエネアス、アリスディアで使っていた。
アリアボネの部屋と有斗の部屋とは隣同士だ。
この辺りはダルタロスの兵で守られているが、刺客に先ほど襲われたばかり、有斗の耳は物音に非常に敏感になっていて、ちょっとした物音でビビリまくっていた。
その敏感になった耳に、どこかでコンコンと咳き込む音が聞こえる。
有斗は気になってテラスから庭に出る。咳は隣のアリアボネの部屋から聞こえるようだ。
・・・そういえば結核だったな・・・大丈夫かな、と今更ながらに有斗はアリアボネの体調が気にかかった。
庭は開放的なつくりで、どの部屋からも簡単に出ることが出来るつくりだ。つまり庭伝いに歩いていけばアリアボネの部屋の前に有斗でも行けるということだ。
でも女性の部屋にたいした用事もないのに行くなんて、あつかましいことは有斗には気が引けた。
第一、何を話せばいいのだ?
アエティウスとかなら爽やかに「咳が聞こえたけど大丈夫?」みたいなかんじで話しかけるのだろうけど・・・
・・・
そういうことをすれば、自分もモテルようになったりするのか・・・などと有斗は漠然と思った。
そうだ・・・何事もまずは第一歩だ。それにアリアボネの身体も心配だし・・・王としても可愛い部下の身体を気遣うのも必要なことだ。王と臣下の仲は良いほど良いに決まっている!
うん、勇気を出して、アリアボネの部屋の前まで行ってみよう! フラグを立てるんだ!
月明かりを頼りに、小石が敷き詰められた小道を行くと、アリアボネは椅子を持ち出して庭で座っていた。夜風にあたっていたようだ。
「これは陛下・・・? どうしてここへ?」
「咳が聞こえたから、アリアボネだよね、さっきの咳は?」
「やだ・・・陛下の部屋にまで聞こえていましたか。恥ずかしい・・・」
普段は真面目な事を話して、きりっとした顔ばかりしているアリアボネが、そこらの少女のような言葉づかいで、頬を真っ赤にして恥ずかしがる姿はとても可愛い。アリアボネも年頃の女の子なんだな、と今更ながらに思った。
「そんなことないよ。咳もアリアボネのように可愛らしい咳だったよ」
「もう! 陛下ったら!」
さらに頬を真っ赤にさせるアリアボネの姿は本当に可愛い。このまま有斗の部屋に持って帰りたいくらいだった。
「大丈夫? 結核が悪化したとかではないよね?」
心配になって有斗が訊ねるとアリアボネは慌てて両手を振って否定した。
「夜になるとたまに出るのです。いつものことなのでお気遣いは無用です」
と、否定したので有斗も安堵した。
だが幸せな時間は長くは続かなかった。
「おい。なにをしている?」
有斗の後ろから怒っているような、不機嫌そうな声が聞こえた。
「アエネアスッ!」
「アリアボネの薬を準備しに行く、このわずかの間に!」
アリアボネと話している有斗を見て、何故かアエネアスは憤怒の表情だった。
「なぜお前がここにいるッ!」
有斗の手を取ると素早く後ろ手に回して締め上げる。
「いたいいたいいたい!!! アリアボネの咳が聞こえたから、心配で来ただけだってば!」
関節が完全に極められているッ! 逃げられない!
「大丈夫!? アリアボネ! 変なことされてない!?」
「大丈夫ですよ。それに陛下は紳士です。へんなことなどしていませんよ」
紳士は紳士でも変態紳士かもしれないけどね。でも今日はまだ紳士らしく振舞ってた・・・はず。
「でも、アリアボネ・・・お腹に手を当てているじゃない! まさか・・・もう妊娠してしまったとかか!!?」
そんな瞬間的に妊娠するものなら日本は少子高齢化社会などになっていないわ!
「なわけあるか!」
がっちりと右手首と右ひじを固められながらも有斗は突っ込むべきところは突っ込む。
「でもそういうことをしたいとか考えていたんだろ!」
「そりゃあ、まぁ多少は・・・」
と、うっかり本心を言ってしまった有斗はさらに関節を締め上げられた。
「ギブ! ギブ! しませんから! 思ってもいませんから助けてください! アエネアス様ッ!」
と叫ぶと、ようやくアエネアスは手を離し、有斗を庭へと追い払った。
「とにかくあっちに行った行った。アリアボネには、その汚い指一本たりとも触れさせないよ」
シッシッと手を振って有斗を追い払おうとする。犬じゃないと抗議したい気持ちをぐっと抑えて、有斗は自分の部屋に帰ることにする。
「あ・・・じゃあ、また明日ね」
有斗が手を振ると、アリアボネも小さく手を振った。
「はい。おやすみなさいませ」
「いいから、はやくその汚い顔を私の視界の外に出せ!」
逃げるように立ち去る有斗の後姿にアエネアスは罵声を浴びせた。
本当にアエネアスの理不尽大王ぶりには困ったものだ。