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紅旭の虹  作者: 宗篤
第七章 一統の章
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翻弄(Ⅰ)

 五千の兵を手元に加えた有斗は進路を北北西へと変え、芳野へと兵を向ける。

 近づくに従って積極的に偵騎を放ち、敵方の動きを見極めようとしたが、不思議なことに待ち構えていると思われた敵影は今だ見つけられない。

 河東と芳野の境は急峻な山岳地帯、大軍が進軍できる道は僅か三つしかなく、隘路(あいろ)からあふれ出てくる兵を迎え撃つように陣を敷かれては、王師といえども苦戦は必死だ。当然、その無難な防衛策を選択するものと思っていたのだが、だが不思議なことに芳野側の出口に芳野の兵は見当たらないとの報告だった。もちろん敵が巧妙に兵を伏せさせ、王師の侵入を手ぐすね引いて待っているという可能性も捨て切れはしないが。

 まさか王師の威に恐れをなして、諸侯は家に篭って震えていると思い切るまでは自信過剰になれない。そこで有斗は助言を求めてマシニッサを呼び出した。

「マシニッサはこの前の戦いで南部諸侯と共に芳野へ攻め入ったよね? 敵がどのような動きをするか予想できる?」

 有斗は現地を実際の目で見たその知識、敵と槍を交えたその経験から来る助言を期待しただけの、悪気なく聞いた言葉だったが、その言葉は敗軍の将には皮肉にも聞こえるものだ。さすがのマシニッサも少しばかり憮然とした。

 とはいえそれは誰にも覗けないマシニッサの心の奥深くだけ。そんなことで凹んだり、王相手に気分を害したことを表したりするほどマシニッサは子供では無い。

「そうですな・・・敵はあえて有利な地形である芳野の入り口を放棄するからには、我々を引きずり込もうという意図があると思われます。いくら有利な地形と言っても王師の大軍相手に一度の戦に興亡を決するのでは勝利の可能性が低いと踏んだのでしょう。険所に篭って抵抗することで王師を足止めし、軽兵を持って後方を撹乱(かくらん)し、その消耗を待つ。持久戦法に切り替えたと見るべきです。あるいは全軍芳野を撤兵し、越で決戦を行う可能性もあります・・・まぁ、その可能性は低いとは思いますが」

 四つの平に分かれた芳野は大軍の展開に向かない難攻楽守の地、カトレウスだって十年かけて手に入れた土地だ。そこで防戦に徹底されるのならば圧倒的な兵力を誇る王師といえども苦戦は免れない。

 そんな土地を一戦もせずに放棄するのは愚の骨頂だ。もちろん敵将が有斗らを上回るとんでもない戦略を考え付いて実行しているのなら話は別かもしれないけれども、有斗だけならともかくも王師の将軍十人揃って思いもよらない戦略など、さすがにないと信じたい。

「芳野の複雑な地形を利用して奥深く誘い込んだ王師を軽兵をもって奇襲し、あるいは補給を断つことによって軍を疲弊させて撤兵させることを狙っているのでは?」

 エテオクロスの披露した考えは常識的ではあったが、妥当な考えだった。多くの将軍たちも同意を示す。

「そんなところでしょうな。芳野には山を利用した堅固な山城が多い。それを一つ一つ攻略していくのは手間がかかるし、時間もかかる」

「かといって我々がそれを無視して越に向かえば、がら空きになった背後に山から兵が下りてきて往来を塞ぎ、簡単に補給を遮断してしまうだろう」

「では城の抑えに兵を残して本軍は先へ進むというのはどうでしょうか? 真の敵は越にいるテイレシアとオーギューガ、オーギューガさえ屈服させれば、所詮、今回の戦では脇役に過ぎないカヒの兵も芳野の諸侯の兵も、いつまでも王師に抵抗することなど出来ないのではないですか?」

 だがエレクトライ付きの副将が示したその案は諸将の賛同を得ることが出来なかった。

「ばらばらに各所に拠ったままの敵が眼前の抑えの部隊だけを相手と考えてくれて睨みあいを続けてくれるのならそれでもいいだろうがな」

「さよう、私ならしばらくは手出しを控えて油断を誘い、裏で密かに兵を集めて一気に攻めかかる」

「各城に兵を張り付かせている関係上、どうしても一箇所当りの兵力は少なくなるし、視線は眼前の城砦のほうを向きがちだ。背後から一撃をもらえば、陣は脆くも崩れ去るのは容易に目に見える」

 敵を背後に残したまま補給線を構築し、奥地に進んで主敵と決戦するという考えは現実的ではないと将軍たちは次々と指摘した。

「それにここは我らが勝手知らぬ土地の上、住民の協力も得れない敵地、無闇に兵力を分散させると敵に付け込まれ、貴重な戦力を失うことになる。しかもそうなればオーギューガは越で持久戦術を取る。一方、芳野では抑えの兵を撃破した敵が我らの補給線を断つことだろう。我らは進むことも退くことも出来なくなり、枯死を待つより他に取る手立てが無くなる」

「だとすると数でもって一つずつ敵の拠点をつぶしていくしかないわけか・・・」

 有斗は激しい城砦戦の経験が無い。大砲があるわけではないアメイジアでは大型の攻城兵器と人海戦術だけが唯一の方策だ。

 兵の数と質ではおそらく王師が上回るが、敵には地の利がある。油断できない戦いになりそうだ。

 それに攻城戦そのものに特異な戦術などは無い。華麗な戦術などですかっとするような大勝を収めることを考えるのではなく、地道で被害を省みずに消耗戦をするか、包囲して水か兵糧が切れて敵の士気が無くなるのを待つだけである。

 だがそれは有斗がどうこうできる範囲の物事ではない。現場で指揮する将軍たちに頑張ってもらうしかない。

 だとすると・・・有斗の取れる残された手段は敵将の弱点に付け入ることぐらいだ。

「敵将はカヒ四天王最後の一人デウカリオだっけ? 四千のカヒの騎兵もいるとかいう話だったよね、それが芳野での一番の難敵と考えていいってことかな?」

「オーギューガから援兵が送られて来ていない限りはそうなりましょうな」

 普通ならば援兵が送られる前に決着を急ぐのが常道だが、今回は違う。援兵があれば指揮系統も複雑になり、行動に乱れが生じる。

 芳野の諸侯は大きな諸侯はいない。どの城も援兵を駐屯させる場所はないだろう。駐屯地を考えなければならないし、それと連携した動きもとらねばならない。援兵に気を大きくして積極策に転じて、王師に戦闘を挑む気になるかもしれない。有斗にとってはむしろ援兵が来ることで付け込むチャンスができるかもしれなかった。

 とはいえ今だ援兵が送られてくる様子は見られないという。テイレシアは芳野を捨て駒にするつもりなのか、それともそれだけ信頼しているということなのか。

 だが有斗にそれを深く考えるに足るだけの情報は得られてない。

 芳野の複雑な地形と、人口が少なく余所者はいるだけで目立つという特殊条件が、情報収集に困難をきたしていた。

 というわけで援軍の有無という不確定要素はひとまず置いておき、取れるべき対策を少しでも取っておくことだ。

「マシニッサは実際戦ってみて、その将軍をどのような人物であると捉えた?」

 有斗はその将軍の人となりをマシニッサに聞いてみた。実際に戦った経験者に聞くほうが敵の姿を憶測を交えずに話せるはず。より実像に近づくことが出来るだろう。

「デウカリオは猛将と聞いておりましたが、その兵術は思ったよりも手堅い。カトレウスと同じく無理をせずに相手を追い詰めていく地道な戦術を使う将だと思われます」

 マシニッサに合わせるようにリュケネも同じような意見を述べた。

「小カトレウスと呼ばれておりますな。ですが侮ってはなりますまい。元がカトレウスほどの人物であるならば、小型といえども並みの将軍を遥かに上回ります。一軍を預けるに足る将だとも評されています」

「ですがこれもまた噂通り激しい気性の持ち主で、多少猪突猛進のきらいはあります」

 マシニッサがリュケネの言葉にデウカリオの短所をわざわざ付け足した。もちろん有斗の気を惹く為であろう。

「・・・付け入る隙があるかもしれないってこと?」

「ええ。デウカリオは冷静に考えられる状況ではいかなる計略にも引っかからない一流の武将でしょうが、一瞬の判断が求められる戦場では、そうも言っておられますまい。狡知(こうち)をもって(だま)し逆上させれば、デウカリオは誇りだけは人一倍高い男、きっと我慢できずに動き出すはずです。その足元をすくえばいい。デウカリオの戦術もカヒ自慢の強兵も意味を成さない」

「なるほど確かに兵と兵とで真っ向勝負をするだけが戦争ではないな・・・」

 地形でも戦力でもなく、敵将に合った策略を立てるのも悪くない考えに思えた。

 だが弱ったことに、そういったことは人のいい有斗は得意でない。それを得意分野とするのはおそらくラヴィーニアだが、今は王都で直ぐに計略を出せるといった状態に無い。

 マシニッサならば当然、得意そうだが、と有斗は一瞬マシニッサを用いることを検討した。だがいまいち乗り気になれない。利用するのはいいが、マシニッサの場合、その対価が高くつく。

 有斗が逡巡しているのを気乗りしないからと受け取ったか、マシニッサは次の話題に移った。

「ですがそれよりも私が苦戦したのはバアルとかいう関西の将軍です。あの男にはその手は通じない。隙を突こうと奇手を繰り出して翻弄(ほんろう)させようと思っても、その全てをことごとく看破し退けた。結局、最後まで翻弄させられたのはこちらのほうという有様ですよ」

 マシニッサは肩をすくめておどけて見せた。マシニッサにしてみれば芳野では散々バアルにしてやられたのだから、そうやって冗談にでもしてしまわないと口に出せないということなのだろう。

「バルカか・・・確か鼓関(こかん)の守将だった男だな。彼には苦労させられた。幾人もの名のある王師の将軍が討ち取られ、アエティウスですら敗れたほどの男だった」

 そしてアエティウスの命を奪ったあの白鷹の乱を起こした男でもある。関西滅亡後はカヒの下で働き、幾度か槍を交えて王師を苦しめていたという報告は上がってきていた。

 どうやら彼は有斗の前にずっと敵として立ちはだかってきたというわけだ。

 命を奪われそうになった有斗がバアルを恨むとか、その毅然とした貴公子ぶりに有斗が嫉妬することがあっても、逆にバアルに恨まれたり嫉妬されたりする理由がまったく見当たらないと思っている有斗には、何が彼をそこまでさせるのか分からず、バアルは有斗の理解の範疇(はんちゅう)を越える存在だった。

「バルカ卿は敵においておくのはもったいないほどの戦略眼と戦術眼の持ち主、彼の思惑に乗らぬように気をつけるべきですな」

 かつての同僚、そして韮山にてこっぴどく叩かれた一人であるステロベが有斗にそう忠告した。

「つまり?」

「敵の持久戦術に乗ってはならないということです。敵が篭城策を取ったということは、かならずや長期対陣の間に何らかの策を用いようという下心があると見るべきです」

「僕らとしてはどうにかして敵を城から引きずり出し、平野部にて合戦するようにしなければならないということか」

「御意」

 ステロベだけでなく将軍たちは有斗のその意見に賛意を示した。

 だが方針としてそれで行くことは決まったけれども、言葉で言うほどそれは簡単なことじゃない。敵だって平野部では数の多い王師の敵ではないことぐらい心得ているだろう。といっても悩むのは後回しだ。まずは敵が芳野の入り口を塞がなかったことに便乗して、ありがたく芳野へ兵を入れさせてもらおう。

 それが敵の思惑通りだとしても、侵入するのにかかる一手間を省いてくれるというのなら、それに甘えさせていただこうではないか。


 芳野に入った王師は、まずは中越街道を押さえて、移動と王師間の連絡に万全を期した後に宿営地の確保を行う。

 周囲に敵影が見られないことを確認してから周辺の村々に兵を派遣し、民意の把握に努める。

 今回の出兵の意義、王の大義、従う者には王師は決して手を触れぬといったことを書き出した高札を村の広場に掲げた。

 有斗が目にした芳野の光景は想像以上に攻略しにくい地形だった。火山で四つに分けられた(たいら)は、さらに峰で細かく分かたれ、大軍の展開にも移動にも困難を感じさせた。

 木の生い茂った山は兵の移動にも埋伏にも格好の場所となり、王師は常に奇襲を恐れねばならない。

 諸侯に協力した民からの攻撃を受けない為にも、民から諸侯の情報を得る為にも、民の心を獲ることは非情に重要だ。民意を得るのと得ないのとでは雲泥の差が生じることだろう。

 もっとも多くの村は領主の招集に応えて篭城勢の一角となったか、王師を恐れて山の中へ逃げ去ってはいたが。

 無人の野を行く王師はようやく偵騎によって敵が立てこもる城砦の位置を把握する。

 その中からまずは近場の城を選び、軍を三つにわけてエテオクロス、ステロベ、リュケネを主将とし送り出す。この戦闘には、芳野のさらに奥に行くために後背を安全にするといったことの他に、マシニッサら南部諸侯を退けた芳野の諸侯に、本物の王師の力を見せ付けて投降を促がすといった意味合いがあった。

 それにどうせ一度に攻めれる人数には限りがある。地方伯の一城相手に王師全軍を注ぎ込んだと噂されては王師の鼎の軽重を問われかねない。

 もちろん三部隊の間の連絡は密にし、万が一の奇襲に備えた。


 王師が芳野に足を踏み入れたことは、もちろんすぐさま芳野にいるデウカリオの元に届けられる。

 館が騒がしくなったことを嗅ぎ付け、バアルもデウカリオの下にわざわざ足を運んだ。

 機嫌がよかったのだろう、珍しくデウカリオから積極的にバアルに話しかける。

「動いたぞ、バルカ殿」

 そう言って、デウカリオは芳野の地図を指差しながら敵の布陣を話し始めた。

「敵は中越街道を制し、北西へと勢力を伸ばしつつあるようだ」

「──ということは敵は」

「ああ、しかもご丁寧に諸侯の城に兵を三分して派遣したようだ。攻略に使う時間が惜しくなったのかもしれぬがな。まぁ兵を分けてなかったとしても大して意味は無い。芳野には万を超える軍を一箇所に駐留できるような場所が無い。地形上、攻撃に気づいても兵を集めて迎撃することもままならない。だがわざわざ部隊間の距離を開けてくれるとはさらに好都合だ。奇襲に成功すれば、敵が兵を集めるまでの間、攻撃を続けることが出来る。もしかしたら敵を疲弊させるだけでなく、打ち破ることも可能になるやも」

「兵力で圧倒的に劣る我らには、正面から戦うという選択肢は取れませぬ。欲を出すのは禁物ですぞ」

「わかっておるさ。とにかく今回の目的は敵を疲弊させ撤退に追い込むこと。この芳野の地は大軍の優位さを生かせぬ地。敵は王師十軍五万の兵といえども、神出鬼没に兵を進退させ、油断をついては奇襲をし、守りを固めるならば引く。そうやれば勝利は難しくも、敗北せぬことは容易い。また芳野諸侯は粘り強い戦が身上だ。カトレウス様でも一城取っても、二城失うということもあったほどだ」

 此度、その憂き目に会うのは王師と言うことになるだろう。いやはや楽しみなことだ、とデウカリオは意地悪な笑みを浮かべた。

後記


なんかすっごいスランプでなかなか満足な文が書けません (´・ω・`)

ちとしばらくは不定期更新になるかも・・・申し訳ない!

なるべく毎日投降したいと思ってはいるんですが・・・

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