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紅旭の虹  作者: 宗篤
第七章 一統の章
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反乱の兆し

 新カヒ公が誰になるかは七郷に関わる全ての者が注視するところだった。もちろん、遠く芳野の地にいるデウカリオもその一人に漏れなかった。

 いつか七郷にてカヒの再興を考えているデウカリオにとっては、七郷の地にやってくる新たな領主は倒すべき敵だ。

 坂東における七郷の重要性を考えると、七郷そのものを王領にし、坂東全域ににらみを利かせる可能性は低くは無かった。

 その場合、噂に名高い辣腕(らつわん)の中書令あたりに来られてはやりにくくて適わない。あるいは先の科挙で状元になったゴルディアスも名士としての名声があり、避けておきたい相手である。王領にならなくても問題はある。マシニッサ辺りが諸侯として封じられて来たら厄介な相手でもある。先々のことを考えると、組しやすい相手であればあるほど望ましい。それが本音だ。

 だがよりによってテュエストスのような無能をそれに充てられるというのは、それはそれで彼らカヒの遺臣たちを馬鹿にされてるようで我慢がならないのだ。

「なんだと!」

 テュエストスの名前を聞くとデウカリオは立ち上がり、その場で固まった。

 まず怒りがこみ上げ、少し遅れて呆然となった。

 テュエストスが裏切っていたことは知っていたが、彼に組する者は少ない。戦場での活躍も聞こえてこなかった。言ってしまえば、テュエストスのことなどデウカリオ初めカヒの遺臣は憎むどころか、その存在さえ忘れてさえいたと言うのが本当のところだ。

 しかし親を裏切ることでその親の土地を得るなど、いったいどういう腹積もりなのだ。それをほいほいと受けるテュエストスもテュエストスだが、それを考えたうえでさらにはテュエストスのような無能をカヒを治める領主として任命した王も王である。

「親を裏切って得たカヒの地、さぞかし気分がいいことだろうよ! 胸糞が悪い!」

 ひとしきり部屋の物に当り散らすデウカリオにバアルは温度の違う声で(いさ)めようとする。

「だがこれで七郷の地はカヒの血筋を引いた者が再び治めることになりました。多くのカヒの遺臣がテュエストス殿に召抱えられることともなりましょう。カヒの再興は我らが望む形ではありませんが、実質成ったとも言えるのです」

「そのようなもの! どこがカヒの再興と言えるものか! 王による傀儡(かいらい)に過ぎんではないか!」

 確かに心情的にはデウカリオ同様、多くの者がその処置に納得をしていないだろうが、それでも妥協を考える者は出るに違いない。カヒの血を引くテュエストスにカヒの元将士が仕えるのなら、それがカヒの再興であると考える者が。その考えはカトレウスという精神的主柱を失った彼らの心に緩やかかもしれないが、やがて浸透していくことだろう。

 あるいはそれこそが王の真の狙いかと疑いたくなるくらいだ。

「落ち着きなされデウカリオ殿」

「そなたはカヒの家臣でないからそう暢気(のんき)に構えていられるのだ!」

「しかし小身の身で心ならずも別の主君に仕えることは戦国の世では珍しいことではありますまい。それがカヒの血を引く者であるならば、心理的な抵抗も少なくなるではありませんか。彼らだけを責めることはできますまい」

「それはまぁ・・・そうだが」

「これは我々にとってあまり好ましい事態ではありません。だがしかし、今まで七郷では王師の監視もあり、カヒの者同士が接触を図ることすら困難でした。しかしこれからはテュエストス殿の下に付けば行動に疑念を抱かれなくなる。多数が集まってもさほど不自然には思われません。それにテュエストス殿の下ならばカヒの軍勢を大手を振って再建できるという点も見逃せない事態です。テュエストス殿を隠れ(みの)に使えばいいではありませんか。なんならテュエストス殿を抱き込むというのも視野に入れてよいのでは?」

「う~む」

 バアルの言には一理があった。

 もし反乱を起こすとすると、その主体は七郷にいる者たちが担うことになるだろう。デウカリオが今だ所持している四翼は使うことが出来ない。

 なにせ今の彼らにはあまり行動の自由がない。

 王はカトレウスの死後、七郷を手中にしたことでそれ以上の犠牲を嫌い、軍の解散と引き換えにカヒの将士を罰しないようにした。だが王がデウカリオら芳野にいたカヒの別働隊を許したという明確な証は無い。それはあくまでその時七郷にいた将士を対象にしたものだからだ。それにデウカリオらは王の求めに対して武装解除を行っていない。今だ兵力を保持している。

 それでも彼らが朝廷から見逃されているのは、芳野の事はオーギューガに任しているから、オーギューガが彼らのことを決める、その程度の認識で許されているに過ぎない。

 であるから芳野内はともかく、今や王のものとなった河東を大手を振って出歩くわけにはいかないのである。そこにはオーギューガの権威は及ばないのだから。

 それに河東の各諸侯も王にいい顔を見せようとするに違いない。きっと行く手を遮るように立ち塞がって、彼らを七郷へと入れないようにするだろう。

 つまり争い無く七郷へ行こうと思えば、一度越に入り、上州経由で七郷へ行くしかない。つまりテイレシアが首を縦に振らない限り、少数の兵ならともかくもデウカリオが大軍を七郷に送ることは出来ないのだ。

 それに、そのオーギューガの態度も煮え切らない。

 確かにカヒの再興に力を貸すとは言ってくれたが、それは時機を見て王にカヒの再興をお願いするという形を取りたいという意向のようだ。どちらかと言うと王とカヒとの融和を考えていることになる。それでもって戦国の世を終わらせたいということだろう。

 だがそれはバアルにもデウカリオにも望ましい未来というわけではない。

 とはいえ現状、形なりにも軍の形態を留めて存在していられるのはオーギューガの庇護があればこそだ。不満はあれど当ても無く出て行くわけにはいかない。

 なんとか現状を打開する策がないか考えあぐねている、手も足も出ないというのが今のバアルたちの偽らざる現状だった。


 一方、アルイタイメナスらはまだ七郷周縁部の山岳にある山小屋にいた。それも人の目を恐れて、各所にある複数の山小屋の間を転々と移動していた。

 アルイタイメナスを落ち延びさせた者たちも、ここにいる最低限の人数を残し、王の支配を受け入れるふりをして七郷の自宅へと戻らさせた。

 隠れた大勢の人間を支え続けるだけの力すらカヒ残党には今は無い。

 それにその方が却って行動が取りやすかろうとふんだのだ。やはり傍にいてその言動や行動を見極めないと、誰を味方に誘うべきか分からない。

 だからここに残ったのはカヒ残党の首脳部と言っても過言ではない。一族の長老や、二十四翼の将軍など公式には戦死したことになっている名の知れた者たちだった。

「ということはデウカリオ殿の手元にある四翼は使えぬということか」

 アルイタイメナスは顔に落胆の色を(にじ)ませる。今のアルイタイメナスらは王師の監視の目もあり、目立った動きが取れない。引き入れた味方の数は少ない。

 四千もの兵を手にしているデウカリオを当てにできないことは非常に痛いことだった。

「四千の兵を王師や諸侯の目を誤魔化し移動させることは難しいかと。それに芳野から四千の軍の姿が消えれば、そのままではオーギューガは責任問題にも問われかねない。王の手前、確実に敵に回ることになってしまいます。四千の兵を得たが為、万の兵を持つオーギューガを敵に回したとなっては、本末転倒です。避けるべきかと」

「オーギューガは所詮カヒの宿敵である。そうそう我らの思い通りには何事もさせぬであろうよ。しかたがない、我々だけでやるしかない。反乱を成功させカヒの再興の旗を揚げ、広く七郷に味方を集い、その上で彼らと合流することを考えるとしよう」

「御意」

 アルイタイメナスは気を取り直して、苦境のときこそ大将が明るく振舞わねばならぬと温顔を作って彼らに向けた。

「それで兄上のほうはどうなっている? 」

「テュエストスは次々とカヒの旧臣を召抱えているようです」

「すっかり君主気取りというわけだ」

「ですがその中に我らの息のかかった者を送り込むことに成功しました。テュエストスの行動は逐一報告が来ることになっております」

「でかした。引き続き動きを探れ。領内を把握し家臣も増えて、一家の長としての自信がついた頃だろう。それに入府してからだいぶ経つ、何も起きなかったことにそろそろ大丈夫と気も緩む頃だ。我らはあえて動かず、テュエストスを安心させることにしよう。そしていつかその隙を討つ!」

 アルイタイメナスが言葉に力を込め強い決意を示すと、周囲からも同調の声が上がる。

「我々は気を緩めることなく計画に沿って物事を進めていきましょう。また引き続き信頼できる者を見つけ、新たに仲間に引き入れていきたいと思います」

「頼むぞ。ところでテュエストスよりも気にかかるのは朝廷の動きだ。七郷は兄の他に誰が有することになったのだ? また、王師はいつ七郷を後にする?」

「残る七郷の地に未だ他の諸侯が封じられたという話はまだ聞きませんが、王師は撤収の気配を見せています。兵も荷物をまとめていますし、物資を買い込む姿も見られません」

「それは大慶。ますますもって都合が良い」

 七郷に残った王師は二師一万だ。今の彼らにとってはできれば相手にしたくない数である。

「では・・・七郷から王師の姿が消えたときが・・・?」

 その言葉に彼らは顔をアルイタイメナスの方に向ける。

「そうだ。それを合図に挙兵の時となるだろう」

 アルイタイメナスの言葉にそこにいた全員が顔を引き締め(うなづ)いた。


 当初こそ口やかましい老臣の顔を立ててやり、大人しく館で執務を取り人心の掌握に努めていたテュエストスだったが、一月経ち、二月目へと差し掛かり、懸案だった家臣の新規召抱えも無事終わり、また民の反乱や豪族の挙兵が微塵も感じられない現状にとうとう我慢が出来なくなり、気の置けない仲間を誘って鷹狩りに出かけた。

 だが(うまや)から館の門へと向かう道の途中で前を遮られた。テュエストスの家老だった。

「若、どちらへお出かけで?」

「鷹狩りに行くのだ。気分転換だ。たまにはよかろう」

「しかし、まだ入府して二ヶ月。まだまだ領民との間に確固たる絆が結ばれたわけではありませぬ。どんなよからぬ陰謀が企まれてないとは言えますまい。無理な外出は避け、兵のいるこの館におられるほうがよろしいかと」

 家老がテュエストスのことを考えて忠言を言ってくれていることは彼も充分承知している。だがこうも毎日言われ続けると、さすがに少しうんざりする。

「見てみろ。七郷のどこに反乱の兆しが見える? カヒの大軍団は解体され、しかもその多くは俺の部下となる道を選んだ。七郷は平和そのものだ。親父を葬った王師の力に、もはや逆らう気力も持っていないのだ。だからこそ王師も七郷を出て行くのではないか? お前は少し心配のしすぎだよ」

 と言うと、返答も待たずに馬の腹を蹴って館から飛び出していった。

「若!」

 老臣は慌てて走り出した馬の口を掴もうとするが、テュエストスは器用に馬の顔を逸らさせてその手をすり抜けさせる。

 乾いた笑い声を残して、テュエストスら一向は館を出、鷹狩りをしに野へと向かった。

 王師がいなくなったからこそ、軽挙妄動を慎んでいた者どもも動き出すというものではないか。それにまだまだカトレウスの威光が残っているこの七郷で、外をぶらぶら数人の供回りの者だけで遊びに出歩くなどカヒの遺臣たちのいい的にしかならない行為だ。軽率すぎる、と家老は顔を(しか)めた。

 だがこのことが結果的にテュエストスの命を救うことになるのだから、世の中というのは実に分からないものである。

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