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紅旭の虹  作者: 宗篤
第七章 一統の章
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逃れ出た者

 有斗が国府台の館に入ったときには、カヒの生存者は一人とて無く、王師の兵たちが燃え尽きた館の残骸を片付けながら、死体を引き摺り出して並べているところだった。

 燃え残った重要書類やカヒ家の宝物など、今後何らかの役に立ちそうなものがないか探しているのである。

 このどさくさに紛れてついでに財宝をちょろまかす不届きな奴もいるかもしれない。そこは王師といえども前近代の軍事組織である以上、しかたがないことだ。そこでヒュベルが十文字槍を引っさげ仁王立ちして、彼らの行動を逐一観察し、無言の圧力をかける。

 戦場における悪鬼も退くその活躍を知っている兵の中に、ヒュベルに睨まれて平然と悪事を行える者などいるはずもない。見つかったら文字通り真っ二つにされるのだから。

 有斗はその様子を物珍しそうに見ているだけだった。

「ここがカヒの拠点、坂東の心臓か・・・」

 真っ先に目に付いたのは、並べられた死体だった。

 手足の千切れた死体、焼け焦げ炭化した部位、五体満足のもののほうがそこには少なかった。

 さすがに戦場に転がる唯の死体には若干慣れた有斗とはいえ、思わず目線を逸らしてしまいたくなる陰惨な光景だった。

「・・・ひとつ・・・ふたつ・・・やはりおかしい」

 さきほどから死体の様子を調べ、なにやら数を数えていたゴルディアスがそう呟くと、顎に手を当てて考え込む。

 普段戦場に出る必要の無い文官エリートである尚書主事のゴルディアスなのに、死体を平然と見下ろしていた。そのことがこの世界に生きる人間がどんな過酷な世界に生きているか、有斗がどんなに安全な世界に生きていたかを如実に物語っていた。

「何か不審な点があるの?」

 何か問題があるなら直ぐに対処しなければならない。カヒに勝利したといっても、未だここは敵地と言って間違いないのだ。

 大きな問題になる前に手を打ち、災厄(さいやく)は未然に防がなければ。小さな問題を放置したままだと後々になって大問題に成長するかもしれない。

「まず何よりもここにある死体の構成です。大人の、それも壮年の男だけです。ここはカヒの本拠、なのにカトレウスに縁ある女人もいないし、死んだ若い男の死体も、その格好から判断するに下人か兵士、由緒あるカヒ家の公達(きんだち)と思われる死体が見つかりません」

「女人は逃がしたんじゃないかな? 戦うときには足手まといだし、それに・・・ほら・・・女を巻き込んで死んだと言われたら武人の名折れとかいうんじゃなかったっけ・・・?」

 有斗なんかは、女だろうが男だろうか非戦闘民は戦場から離れさせるのが当然だと思うのだが、こちらの常識はそうでないらしいから言葉を選んでそう言ってみる。

「たしかにカヒ家の女性や下女がいないのはそれで理屈が通りますが、カヒの血を引く公達がいないことが気にかかります」

「エピダウロスか七郷内での敗戦時に討ち死にしたとかじゃない? 各軍から結構有名な将軍を討ち取ったとかいう報告が僕にたくさん届いている。その中に含まれているんじゃないかな?」

 二つの大戦での大勝利に軍功帳には書ききれぬほどの軍功が立てられたと言う。有斗の下にも届けられたが、あまりの量の多さにいまだ手をつけかねているのが現状だ。

「降伏した捕虜の話ではカトレウスの出兵中は、四男は館を守って後方を統治していたとの事、少なくとも両方に参戦していないことは確認済みです」

 さすがは科挙の主席、状元になるだけあってゴルディアスに抜かりは無いようだ。既に戦後に備えて、有斗の知らぬ間にいろんな情報を収集していたらしい。

「そうか・・・そうなると変だね」

「それにカトレウスの死んだ長男には一人の幼い男児がおります。少なくともその遺骸だけでもないと計算が合わないことになります。だがここに子供の死体はございません」

 そう言うとゴルディアスはもう一度首を振って、さらに一つ、疑念を口にする。

「それに・・・やはり数が少なすぎると思われます」

 ゴルディアスのその意見に、これだから文官はといった雰囲気でアエネアスが口を挟んだ。

「いくらカヒという大諸侯であっても滅亡するときはこんなものさ。ほとんどの者は命が惜しいから逃げ去ってしまった。これで辻褄は合う」

「いえ、なんといいますか・・・死んでいった人間の構成がおかしいのです。確かにどんな大諸侯でも滅びるときに最後まで行動を共にする者はほんの一握りです」

「じゃあ、おかしくないじゃないか」

「いえ、ですが、それを構成する人間はどちらかと言うと、情で残るものが多い。長年使えた老臣や、多年の恩に報いたいと思う女性や家族が残るはずなのです。若い者はどうしても命が惜しくなって逃げ去りがちです。ですがここにいる死体はどちらかというと若い男ばかりです」

「つまり・・・館が落ちる前に彼らは逃げた・・・と言いたいわけか」

「ええ、おそらくは」

 そう言葉を交わすとアエネアスもゴルディアスもむっつりと押し黙ってしまった。何故ならそれはカヒとの戦いが僅かながらではあるが、完全には終わっていないと言うことを意味するからである。

 有斗は一つだけ心配になってゴルディアスに訊ねる。

「・・・カトレウスが死んだのは間違いないのかな?」

「死体を複数の降人、諸侯に確認してもらいました。間違いないようです。身に着けていた衣服も上等ですし、特徴から背格好、容貌、間違いなくカトレウスかと」

 ゴルディアスの返答に有斗は、それならば何の心配もいらないじゃないかと気を良くした。

「それならいいんじゃないかな。放っておいても害は無いだろう。子供や孫なら大した問題にならないだろうし」

 カトレウスが逃げたのならば、また何か陰謀を企むということも考えられるけど、カヒというこの大家はカトレウスの人間カリスマによって成り立っていた家だ。カトレウスが死にさえすれば、求心力を失い分解するだけだ。もはやこれまでのような王権に対抗しうる巨大な力は所持し得ないだろう。

 だが、その有斗の考えはそこにいた皆の共感を得ることは無かった。

「・・・そのお考えは間違っています」

「え? 本当に?」

「当たり前だ。そやつらが何の為に逃げたと思っているんだ」

「そりゃあ・・・死にたくないからじゃないかな?」

 何と言っても戦国の世は非情だ。敵に捕まったら後顧の憂いを絶つためにも処刑されることを覚悟しなければならない。

 有斗は寛容をもって統治を行いたいと常々公言している。だからカトレウスの子供や孫だからと言う理由だけで処刑をする気はさらさらないのだが、有斗のことを知らない向こうにしてみれば、死にたくなければ逃げるしかないと考えてもおかしくない。

「違う。生き延びていつの日かカヒを再興し復讐を遂げる為だ」

「えええ、執念深いなぁ・・・」

 有斗はもはやアメイジア全土を手に入れた王様なのである。その強大な権力にあくまで楯突こうという彼らの気が知れなかった。

「何を暢気(のんき)に構えているんだ。この場合復讐を遂げると言うことは、すなわち有斗の首を取ってカトレウスの墓前に供えると言うことだぞ。それ以外に奴らが生き延びる術は他に無いしな」

「そんなの極論過ぎるよ!」

「しかたあるまい。王に叛旗を翻すと言うことは誰にとっても許されることなどないと思わせるほど重罪なのだ」

 アエネアスの言葉に有斗は眉を(ひそ)めるしかない。この先ずっと命を狙われる人生なんてまっぴらごめんだ。

 だがその時、有斗は全てを解決する方法を思いついて、思わず口に出してみる。

「じゃあ、僕がその罪を許してやると宣言すれば、彼らも安心して出てきて、平和に暮らせることとなるよね? そうすれば僕がもう命を狙われることは無いということかな?」

 だけどゴルディアスは即座に有斗のその言葉に駄目出しをする。

「それはいけません、陛下」

「どうして?」

「それではまるで陛下が彼らに膝を屈したと受け取られかねません。王の権威が揺るぎかねる事態です。彼らを我々が捕まえた上で、もしくは彼ら自ら名乗り出て王権に屈した上で、大人しく法の裁きを受けて、それを陛下がお許しになると言う形を取ると言うのならともかく、彼らに自由に行動を許している状況下では、陛下は彼らの罪を軽々しく許してはならないのです」

「じゃあどうすればいい?」

「とにかく生死にかかわらず彼らの身柄を確保しましょう。敵は王師とは逆に逃げたと考えられます。東方向、坂東や東北に人をやって彼らの行方を捜します。同時に全土に布告を発し、懸賞金を懸け情報を求めましょう。どこに潜むにしろ人の目に完全に触れないということはありえないのですから」

「わかった。ではそうすることにしよう、細かいことは頼むよ」

 有斗はこの件をゴルディアスに任せることにする。

「御意」


 落ち武者の捜索などよりも有斗には目下もっと重要な案件が存在していた。それは河東の安定である。

 その日から国府台のカヒの館跡は、有斗の臨時の御座所となった。

 王師は四方へ散って、あくまで王に屈しない態度を見せるカヒの敗残兵と戦い、打ち破っていく。それと並行して七郷のカヒの直臣、各地の諸侯に降伏を勧める文章を発して平和裏に解決するよう努力する。

 なにせ七郷だけで三万に上るという大軍団だ。武装解除して解体しておかないと怖くておちおち王都にも戻れない。

 だが連続しての大敗にも関わらず、カヒの臣下も諸侯たちも、己がどれほど力を失ってしまったのかまったく気付いていなかった。あちこちで王に公然と叛旗(はんき)(ひるがえ)す者が次々に現れる。

 王師は各地の険所に立てこもるカヒの残存勢力をあっけなく打ち破り、王に逆らう気配を見せた二、三の諸侯を軽く踏み潰す。

 まだ様子見を続けていた諸侯も王師の破壊力を見せ付けられ、とうとう諦めたのか投降し、乱は収束の気配を見せ始める。

 戦力の損耗よりもカトレウスの死がやはりなんといっても彼らには(こた)えたようだった。

 有斗はカヒの直臣全てを武装解除し、諸侯に改めて備蓄してある武具を供出させた。

 そうやって大量の武器の接収を完了させて、カヒの敗残兵が野山から姿を消し、各地の諸侯も大人しくなったのを見計らって、兵を王都に返すことにした。

 とはいえ手に入れたばかりの坂東、河東の諸侯はまだまだ信用を与えることなどできぬ存在だ。リュケネ、エレクトライの王師二師を国府台に在駐させ、不測の事態に備えることにした。

「リュケネ、また大変な役目を押し付けちゃうことになるけど、他に適任が見当たらない。頼むよ。諸侯もカヒの直臣も一介の民も、とにかく公平で公正に扱って欲しい。何事も最初が肝心だ。ここでしくじると後々尾を引くことになると思うから慎重にね。それからエレクトライ、周辺諸侯の動向には常に気を配って欲しい。まだ彼らは完全には信服していない。だが君も諸侯の一人だから彼らの行動原理は分かると思う。諸侯が変な動きを見せないよう、事前に抑えておいて欲しいんだ」

「はっ!」

 有斗直々の励ましに二人とも感激し気を新たにして、決して期待に背かぬように働こうと、改めて誓った。


 とりあえず、これでまずはこの戦にケリがついたと言えるであろう。

 だがこれで全てのケリがついたかといえばそうではない。これから戦の後片付けが残っている。

 逃亡したカトレウスの子弟の行方を捜さなければならないし、カヒに付いて敵対をした諸侯に罪を問って土地を没収し、軍功帳と相談しながら新たに諸侯を封じなければならない。

 これからまた書類と格闘する忙しい毎日が戻ってくるな、と有斗は今からうんざりした。

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