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紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
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三師共闘

 その知らせは迅雷(じんらい)のごとく王都を駆け抜けた。

「ブラシオスが敗れただと? 王師後軍はどうなった?」

「王師はちりじりになって鹿沢城に向かって後退したとのこと。なおブラシオス殿の生死は不明!」

 その声は宮廷の一室で書類整理をしていたラヴィーニアのところまで聞こえてきた。

「一軍とはいえ、王師が敗北するとは・・・さすがは武のダルタロスと褒めておくか。あの馬鹿王を担いで天下取りの野心でも抱いたか?」

 だけれどもまだ王師は残っているのだ。

 今回は運よく一師を破ることが出来たとはいえ、まだまだ王師三軍は健在、何度考え直しても南部諸候軍が勝利する絵は思い浮かばなかった。何が彼らをこの勝ち目のない戦に駆り立てているというのだ・・?

 王の口車に乗せられただけだと考えるのが一般的だが・・・あの王にそれだけの交渉手腕があったというのならば、そもそもラヴィーニアたちに反乱を起こされなどしなかっただろう。それにダルタロス公がそこまで馬鹿だと考えることは、敵を少し甘く見すぎているというものだ。相手は生き馬の目を抜く戦国乱世を生き抜く諸侯の一人なのである。

 にしてもわからない、わからないからこそラヴィーニアは不安になった。

 彼女の想像を超える何かが働いているに違いない。

 それが無謀や無茶に由来するならば、ラヴィーニアとしても何の不安も抱かずに枕を高くして眠れるのだから、ありがたいことだが、彼女の知りうるダルタロスの当主はそれらのことから、もっとも離れたところにいる人物のはずだった。


 昼過ぎ、中書省にて公務を行っていたラヴィーニアのもとに予期せぬ来客が訪れていた。

「ど、どうすればよいのじゃ、このままでは我らは逆賊ぞ」

「きゃつらの勝利を聞きつけて、軍に加わる諸侯や傭兵が後を絶たないとか」

「我々はどうすればいい? このままでは(まず)い、実に(まず)いぞ」

 三人そろってあたしのところに来るとは珍しいこともあるものだ。

 どうやら足に火がついて、ようやく左府、内府、羽林大将たちは、権力争いに茶番を抜かしている場合ではないと悟ったらしい。

 なにしろ武部尚書を追い出すまでは結束していた彼等も、追い出したとたんに、本来の仲の悪さを取り戻し、仲間割れを起こしていたのである。

 ラヴィーニアはというと、馬鹿につける薬はないとばかりに無関心を装い、独尊を決め込んでいた。

 どうせなら、もう少し早く気付いてくれれば有難がったというのがラヴィーニアの本音だ。

 とはいえ一致団結してくれたのはありがたい。そうしてもらわないとラヴィーニアがどんなに策略を練っても勝敗の行方はどうなるかわからない。

 残り三軍全てが、南部諸侯相手にまさかの各個撃破でもされた日には目も当てられない。

「負けはしません。まだ王師には三軍残っています」

 ラヴィーニアは三人の顔を、ちらりと一瞥(いちべつ)した。どいつもこいつも焦っているな。これが国家トップの亜相や大臣だというのだから、この国の人材不足は深刻だと言わざるを得ない。

 まぁ、だからこそラヴィーニアがちょっと舌先三寸を動かしただけで、反乱を起こすことができたともいえるのだが。

「確かに此度(こたび)の勝利で敵は意気が上がっておりましょうし、また、様子見をしていた諸侯の中には王の旗下に()せ参じる者もおりましょう。とはいえ併せても一万五千は超えますまい。それに緒戦烏合の衆、連携もままならぬでしょう。正面から戦えば王師三軍の敵ではございますまい」

「しかし勝利に沸き返る賊は、我らを逆賊と罵り、王の名の元に正義を主張し、味方につくよう諸侯に働きかけていると聞く」

 なんだ、そんなことか。いまさらそんな些細(ささい)なことに(こだわ)るなど愚の骨頂だ。

 王に反乱を起こしたときから我らは既に逆賊なのである。その覚悟もなかったのか、この三人は。

 ラヴィーニアはいまさらながら慌てうろたえる覚悟の無い三人に、心の中で舌打ちした。

「勝ちさえすれば、逆賊の汚名など、なんとでもなります」

 ラヴィーニアは三人に教え聞かす様にゆっくりと言った。

「王と名乗っているあの少年は、もともと召喚の儀という不確実で出鱈目(でたらめ)な術で呼び出された只の人間です。前も言ったとおり、殺してしまえばいい。とにかくこれ以上好き勝手にさせないことです。また各個撃破を恐れるべきですね。三軍全てで槍を揃えて敵を向かい討ちましょう」

「しかし王都を空にするのは不味い。関西の軍や河北の賊が空き巣を狙いよるやもしれぬ」

「物事には優先準備というものがございます。我々の現在の主敵は王と南部諸侯です。これを早いうちに手当てしておかないと致命傷になりかねません。今なら我々の兵が多く有利ですが、討伐に手間取ると敵は兵威を増し、我々を上回るやも・・・それに対して関西や河北の賊は放置しておいても兵力が増える気遣いはありません。それに関西や河北の蛮兵が、王都まで長駆してきたとしても、ここには羽林、金吾、武衛計1万が残っています。王都が容易(たやす)く落ちるわけはございません」

「だが兵糧の問題もある。王師三軍三万人を遠征して食わせるだけの兵糧は王都にはないのでは?」

「そこはあたしに任せていただきたい」

 計数ならば得意だと、ラヴィーニアは薄い胸を張り、自信たっぷりにそう言った。

「わかった中書侍郎がそこまで言うのならそうしよう」

 三人はラヴィーニアの献言に賛意を示すと出陣の支度に向かい散っていった。

 部屋に一人きりになったラヴィーニアは再び想いをめぐらせた。

「しかし、意外としぶといな、王は」

 小娘に惑わされて新法派に付け入られ、愚昧(ぐまい)な政策を打ち出した、どこにでもいるような無能な輩だと思っていた。

 反乱時に王宮内で仕留め損なったとはいえ、この乱世だ。野垂れ死ぬのが関の山だと決め付けたのは私の失策だったか。

 それが南部に逃げ延びてダルタロスを立たせ、軍勢を催し王都に向かってくるとは・・・私はあの男を少し甘く見ていたようだ。反乱後すぐに刺客を送り込むべきであったのだ。


 そしてラヴィーニアは先ほどから感じる違和感に眉を寄せる。

 もう一度現実に(そく)して考え直してみよう。

 ブラシオスは我々と(たもと)を分かった。王師が倒さずとも、いずれは我々が倒さねばならない相手。味方の数には入っていない。だからその兵力が無くなったといっても落ち込むことではない。

 だが王を担いだ南部諸候連合軍は王師一軍にも届かなかったはず。

 確かにダルタロスの兵は昔から強兵で知られているが、実戦から遠ざかって久しい。しかもそれ以外の諸侯の軍などは王師の足元にも及ばぬだろう。

 また王師には武に長けた将軍も多々存在する。ブラシオスだって武部の出、当然兵書だって読んでいる、兵法を知らぬ凡将(ぼんしょう)ではない、兵だって精強だ。簡単には負けぬ。

 どうやって勝利したというのだ? ありえない、何度考えても王師が敗北する絵が思い浮かばない。

 まてよ。・・・南部、ダルタロス・・・

 ラヴィーニアは何かに思い当たったのか目を上げて虚空(こくう)(にら)んだ。

「まさか・・・な」

 ありえない想像に苦笑いをする。

 意外なことに、私は心中ではあいつの頭脳をかなり買っていたらしい。あいつの顔を思い浮かべてしまうとは。

 ラヴィーニアは頭を振って脳裏に浮かんだ一度見たら忘れる者などいない美貌の持ち主を打ち消した。


 ・・・そもそもまだ生きているのかもわからない命だ。もう会うことも無いというのに。

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