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紅旭の虹  作者: 宗篤
第七章 一統の章
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一路、東へ

 河東に渡った王師の中でまず一番目覚しい働きを見せたのが、河東東部と河東西部、芳野との連絡を断ち切るために、東山道を東へ向かった諸隊である。

 ステロベを主将とするその軍は東山道沿いの諸城を攻略しつつ、河東東部と河東西部とを分けるファルサロへ向かうのが当初の目標であった。共に行動するのは第五軍、第六軍、第七軍、第九軍の王師四軍二万、それに南部諸侯四千、河北諸侯五千、傭兵隊八千の合計三万七千の軍勢である。


 河東に渡った翌三月二十日、さっそくこの軍は進行方向上にまず立ち塞がったクチャニ伯の篭る城を攻略にかかる。翌二十一日には城の正門を打ち破り、いくつかの尖塔を占拠する。後は内壁に囲まれた天守と尖塔だけである。

 だがそこで日が落ちたため、一旦双方矛を収める。

 何も今日中に落とさなければいけないほど急がなければならないというわけではないのだ。ここで悪戯に兵を損じるのも、疲れさせるのも得策とはいえない。先は長いのだ。

 翌日、ステロベは戦の口火を切る前に、念のために降伏を呼びかける使者を派遣する。

 反応は思ったよりも良かった。降伏は拒否したものの、城を明け渡すことには合意する気配を見せる。

 内壁は低く、天守も小さい。しかも援軍は見込めない。この大軍を目の前にして守りきる自信がなかったのであろう。

 細部の条件を煮詰めるために数度使者が往復した。

 結局、クチャニ伯とその部下と家族の命と財産の保障、安全な退去を認める代わりに、王師が無傷で城を接収するということで話はついた。

 二十二日早朝、クチャニ伯は一族郎党を連れ荷物をまとめて東へ、坂東へと落ち延びていった。

 ステロベはさっそくストラダ伯をこの城に篭めて守備してもらう。ここは芳野方面軍、東進軍、河東南西部方面軍それぞれに通じることができる分岐点。各部隊との補給と連絡の為にもこの城砦の奪取は大きな意味を持つことになるであろう。

 要となる土地をさほど抵抗を受けずに占拠することができたということで、有斗のカヒ征伐は幸先の良さを見せた。

 将士たちの心にも幾分の余裕を生み出す効果があった。

 東進軍はその後も快調に四つの諸侯を攻撃し、全ての城を落城させ、諸侯を降伏させるか逃亡させた。

 街道から距離のある城は打ち壊して廃棄し、街道沿いの城は味方の諸侯の兵を篭めて補給基地として使用する。

 ここまで二週間と経っていない。これは異常に速い進軍速度といってよい。

 いかな大軍をもってしても、相手は戦国の世を生き抜いた諸侯自慢の城砦なのだ。全滅する覚悟で篭城すれば一週間やそこらは持ちこたえなければおかしいのである。

 つまり諸侯に全力で阻止する気は見られなかったということだ。ただカトレウスの手前、敵が来たから無条件で両手を上げたのではありませんよといった、免罪符となる言い訳が欲しかっただけなのだ。それがこの快進撃に現れていた。

 だがそんな快進撃に酔いしれるステロベたちの前に立ちはだかったのがマルガット城である。


 マルガット城。カヒの攻撃を三度に渡って跳ね返したツァヴタット伯の虎臥城が河東西部一の城だとすると、このマルガット城がまず間違いなく二番目ということになろう。

 街道を見下ろす丘陵地帯を利用して建てられたこの城は城門は南に一箇所、東面と北面は城から十メートル離れると急坂となって(ふもと)まで落ち窪み、街道から伸びた道が繋がる南面には城のすぐ手前に嫌がらせのようにきつい坂があって、攻城兵器を用意に寄せ付けない。

 さらには外壁の外には全てに空堀が掘られており、しかも例え外壁を突破しても内壁に囲まれた天守は高く、出入り口も二階で通常の攻撃を容易に跳ね返す。

 かといって外壁城門から攻城兵器を入れようにも城門内のスペースを狭くし、コの字型の曲がり角を取り入れることによって、それを防ぐ仕掛けが施されていた。

 まさに鉄壁の城である。

「これは一筋縄ではいきそうにないな」

 丘陵地帯の下部に三万五千の兵を展開させ、将軍たちと諸侯を集めたステロベが開口一番そう言った。

「しかもあの城壁の厚さを見ろ。根敷(ねじき)(基底部)は四間半(約八メートル)はありそうだ」

「地下を掘り進み、洞を崩落させて城壁を崩落させることも難しいということか」

 あれが全て石積みか、それとも表面だけ石を覆っただけの物かで話は少しは変わるが、どちらにせよ難事であることに違いはない。

「そもそも丘の上に立つ城だ。丘陵地帯は地が固い。掘り進むのは容易ではない」

「我々の目的はいち早くファルサロに到達し、河東西部と河東東部との連絡を遮断することだ。長々と時間を使っている余裕はない。もしカトレウスに我々が兵を三つに分けたことを悟られ、その間隙を縫って河東西部に軍を進められたら、その瞬間に我々の戦略は破綻する」

 とはいえ分かれたといっても東進軍と河東南西方面軍は両方とも大兵、だから直ぐにどうこうなるということはないとは思うが、戦略の練り直しが必要なことだけは確かだ。

 つまり時間を浪費する。

 この大軍を何年も支え続けるだけの兵糧があるわけではない王師にとっては、時間を消費することだけは避けたい事態だ。

「多少の犠牲を覚悟で我攻めにするしかないか」

 攻城梯子を作り、四面に兵を配して一斉にかかるには今日はもう時間がないか、とステロベは西に傾きつつある太陽を見てため息をつく。

「念のために降伏を勧めてみてはいかがでしょう?」

 河北の諸侯の一人がステロベに進言する。この大軍、王師のここまでの快進撃、敵としても眼前に()の当たりにして恐怖を感じないわけではないだろう。

「しないよりはマシか。・・・望み薄だがな」

 見るところ城壁の上に(ひるがえ)る旗も、立つ兵も一糸の乱れもない。士気が高い証拠だ。おそらく戦わずして降伏することはないだろう。

 思ったとおり、降伏を勧告した使者は矢を持って追い払われた。

「よし、これで心置きなく皆殺しに出来る」

 と、平和主義者が聞いたら気を失いそうなセリフを吐くと、ベルビオは拳を手のひらに叩きつけて小気味良い音を立てて、得物を手に一兵卒に混じって梯子を担ぎ、城壁目指して駆け出していった。

 王師の将軍の婆娑羅(ばさら)な振る舞いに、諸侯もいきり立ち、手柄を立てるのはこの時とばかりに将も兵士も一斉に城壁に取り付いた。

 篭城衆は数は多くなく、矢もそれほど放てずに牽制もままならない。だが梯子を立てかけ城壁を登った兵には、城壁の上に待ち構えていた城兵が槍を揃えて追い散らし、槍で梯子を叩き返す。

 攻城側は堀と城壁の間の僅かな場所だけが梯子を置ける足場となっていた。それを支える兵たちも不安定な足場に梯子を押されると支えきれずに倒されてしまうのだ。堀の下部から立てかけて城壁の上まで届く長い梯子はそう多くなかったのだ。

 将軍も諸侯も声を打ち枯らして幾度も攻撃を命じるが、城壁の上にたどり着いた兵は一向に現れなかった。

 高所から落ち負傷する兵、その兵の下敷きになり負傷する兵が相次いだ。

 相次ぐ惨敗に味方は気落ちし、兵は怯えて、ますます劣勢の色が濃くなった。

 長時間の戦闘では交代の兵の少ない敵のほうが疲労が溜まりつらいはずなのだが、優勢に士気が(たか)ぶっているのか疲労の色を見せない。

 戦況は悪い。昼過ぎ、苦い顔をするステロベのところにやって来たのはザラルセンだった。

 何かいい方法でも思いついたのかと思えば、ザラルセンは開口一番、

「大将、俺たちはちょっと休ませてもらうぜ」と、とんでもない言葉を吐き出した。

 元は河北の流賊だとは聞いていたが、今は王師の一将軍である。それが味方が苦戦しているのを尻目に、あろうことか攻めることを中止したいとは。

 さすがのステロベもこれには不快を表さざるを得ない。

 これを許せば、今もステロベの命令を聞いて犠牲者を出しながら城を攻めている諸侯たちになんと言い訳すればいいというのだ。

「そう嫌な顔をするなって。理由があるのさ」

「聞こうではないか」

 ぶすっとした顔のままステロベはザラルセンに話を(うなが)す。

「このまま明日の朝からも工夫のない我攻めをするならば、兵を悪戯に失って、俺らはアメイジア中の笑いものになるだけだぞ」

「だが敵とて損耗を強いられている。この攻撃、いつまでも防ぎきることは出来まい」

「そうかもな。だがお前たちは頭が固い。戦争は兵と兵がガチンコでぶつかるだけが能じゃない。まぁ、俺らにまかせとけ。俺らみたいな半端者には半端者なりの戦い方もあるってことさ」

 それは取り様によっては俺が無能だと言っているように聞こえるのだがなと思うステロベの肩をザラルセンは気安く叩いた。

 そんな仲ではないはずなのだが。何しろ挨拶くらいはするが、個人的な話などしたこともない。

「そう言われても許可は出せぬ。具体的な話を聞かないとな」

「そうこなきゃあいけねぇ」

 それを話しさえすれば許可は出す、といったふうに受け取ったザラルセンは苦虫を噛み潰したままのステロベと対照的に嬉しそうに笑った。


 夕日が城壁を染める頃には王師の攻撃も散発的になっていた。退き(がね)が響き渡り、王師はとうとう攻撃を中止する。思ったよりも早い、攻撃がうまくいかず気落ちでもしたのだろうか、と城兵は返って心配になるくらいだった。

「しつこい奴らだったが、ようやくこの城の怖さを思い知ったか」

 兵たちは勝利に気をよくし、会話には笑い声すら混じる。だがそうでない者もいた。

「明日に備えて食わなきゃあなぁ。きっと早朝からまた我攻めで押し寄せてくるだろうよ」

 兵士は少しだけげんなりした声を放った。

「なぁに最初のうちだけさ。我攻めでどうこうならないと分かれば長期戦に切り替えるものさ」

 年長の古株の隊長らしき男がそう言って暗い雰囲気を吹き飛ばす。

 城攻めは速攻で一週間くらいのうちに落とすか、長期戦で落とすかの二択なのである。

 あらゆる手を使い攻めてくる一週間をやりすごせば、後は包囲しての水断ち、穴掘り、兵糧攻めといった戦術に切り替えるものだ。そうなれば攻め手だけでなく守り手も若干楽にはなる。

「そのうちカヒ様の大軍勢が来て、畿内の奴輩を追い払ってくれるだろうよ」

 違いない、と同意の声が上がる。そう、カトレウスさえくれば畿内の軟弱な奴らなど鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で葬り去ってくれるだろう。

 やがて彼らは疲労と満腹感に襲われ、一人、また一人と槍や兜を枕に眠りにつく。


 彼らが目覚めたのは喧騒の中だった。

 朝が来たのかと目を開けても、まだ上空には星が(またた)いていた。想定外の時間に起こされた彼らの頭はまだうまく状況を把握しきれない。

 だが次の瞬間、彼らはその光景に目を疑う。

 空がいきなり昼のように明るくなった。

 それは降り注ぐ流星のせいだった。

 いや、違う。それはまるで流星であるかのように降り注ぐ大量の火矢の嵐だった。

 兵たちが驚き惑う中、矢は次々と城内各所に、もちろん兵士たちにもだが、降り刺さった。

 城内には木造構造物も多い。矢には油をたっぷり含ませた布が巻かれていて、たちまちのうちに火は燃え移り、あちこちで炎上をはじめた。

 逃げ惑うもの、消火を叫ぶもの、大混乱の(ちまた)となった。さらに悲報が彼らを襲う。敵兵が城壁に取り付き続々と上ってくるとの報告だ。

 だが突然の事態に指揮も統率もへったくれもなくなってる彼らにそれを防ごうという頭は働かなかった。

 これは深夜闇夜の中、ザラルセンがしかけた夜討ちである。

「本来はこんなに大規模にはやらん。城の一角で火事を起こし、その隙に城の中からお宝をちょろまかそうって時に使う技だ。その時使う火矢をちょっとだけ増やしたって寸法さ」

「ちょっとと言う数ではないがな」

 何しろザラルセン隊だけで三万本近い火矢を打ち込んだのだ。だが成功してよかったとステロベは胸を撫で下ろす。油も大事な軍事物資である。無駄には出来ない。

「河北じゃよく使われる手ですぜ」

「おうさ! 昔を思い出すなぁ! よくこうやって諸侯の城に忍び込んだもんよ!」

 とザラルセンは自分の作戦が図に当たって鼻高々といったかんじだった。

 外壁の上は瞬く間に王師の兵で占領された。高所を得たザラルセン隊の兵士たちは眼下の敵に、いいように矢をプレゼントする。

 混乱と退勢の中、城兵はそれでも天守に立てこもって抵抗を試みようとしたが、外壁や城内にいた兵が殺到し、天守に通じる梯子や扉を閉めさせなかった。

 天守に敵兵を引き入れては元も子もない、と天守の兵も味方に剣を構え、足で突き飛ばして門を閉めようとする。

 それに対して天守に入ろうとする兵たちも必死だ。刀を抜いて切ってでも中に入ろうとした。

 そんな同士討ち同然のところを王師の兵が襲い掛かる。

 もはやそれを遮るべきものを城兵は一切持たなかった。

 マルガット城は太陽が昇りきらぬうちに陥落した。

 ステロベはこの堅城を得ただけでなく、そこに蓄えられていた大量の食料に喜び、さっそく兵を込めて兵站基地の一つとした。


 四月七日、ステロベはついに当初の目的地、ファルサロに到着する。周囲に敵影はない。

 ファルサロは東山道を眼下に一望できる丘陵地帯である。

 急ぎ王師から傭兵隊に至るまでそれぞれに陣地を割り振り、兵数に応じて茂垣、柵から堀、土塀まで作業を割り振って建築に入る。山林を伐採して得た木材で周囲を囲い、東西三キロ南北二キロの広大な城をわずか一週間で現出させる。見張り台まで備えた、ちょっとした城砦だ。

「我らが布陣したファルサロの前には大きく内陸まで内海が広がり、東山道の際まで海が迫っている。カトレウスが河東南西部に足を踏み入れようと思えば、我らに無防備な横腹を晒す覚悟が無ければならない。もちろん我らはそんなことになったら思う存分横槍を突き入れさせてもらうつもりだがな」

 もちろん海を渡るという選択肢も無いわけではない。だがカヒは水軍を持っていないと聞く。

 大規模な輸送は無理であろうし、何より補給ができないだろう。

 さすがのカトレウスも味方の領内で略奪するわけにもいくまい。

 つまりカトレウスが芳野や河東西部の味方諸侯を救うためには、ファルサロに布陣したステロベたちを撃破しなければならないというわけだ。

 だがそれは容易なことではない。三万を超える兵士が篭る野戦築城した堅陣を破らなければならないのだから。

「後は陛下が河東南西部を鎮撫して合流するのを待つだけだ」

 ステロベは王に報告の使者を、周囲の諸侯の動きを探るために偵騎を、それぞれ出すことにした。

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