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紅旭の虹  作者: 宗篤
第六章 帷幄の章
233/417

有斗、警護の強化を命ず。

 翌日午後、有斗の執務室にアエネアスが入ってくると、さっそく有斗は昨晩の出来事を話した。

「なんだって!? 夜中の有斗の寝室に侵入した者がいた?」

「そうなんだよ! これは警備上の重大な問題だよ!」

 何故か有斗は嬉しそうにそう言った。

 何故なら、それは警備責任者であるアエネアスの責任であるからだ。つまり有斗は正当な理由でもってアエネアスを非難でき、自分が上に立つことができるこの珍しい状況に興奮して、命に係わる出来事にもかかわらず、思わず喜んでしまっていたのだ。

 しかしアエネアスは一向に悪びれる様子も見られず、むしろ平然として有斗をじろりと睨む。

「おかしいな・・・そうであるなら何で有斗が生きているんだ・・・?」

 王の部屋に曲者が侵入する目的はただ一つだ。まさか単なる物取りの為に警護の厳しい王の部屋に侵入を試みる者はいないだろう。王の部屋より宝物庫とかを狙うことだろう。つまり目的は王の首を取ることのはずなのである。しかし王の部屋に侵入するような凄腕の人間が、最初のころよりはマシになったといっても、所詮素人に毛が生えた程度の剣の腕前である有斗の暗殺をしくじるとは思えない。

 アエネアスはその思いから、実に疑わしそうな目つきで有斗を見る。

「それで相手はどうしたんだ。殺したのか?」

「いや、鴻臚館(こうろかん)にいるよ」

 彼女の身柄は河東諸侯に対する宥免(ゆうめん)を担保する保証書のような役割を果たしているのだ。それにどうやら彼女は僕に好意を抱いていることが確認できた数少ない貴重な女の子だ。殺すなんてとんでもない!

 昨日は突然の襲撃に驚き、あの状況に対応できなかったが、何か素敵なイベントが僕を待っているような気さえするぞ! きちんとイベントをこなしてフラグ管理さえ間違えなければ、それはもう素晴らしいイベントが・・・!

 深夜襲撃されたというのに何故か生き生きしている有斗に、再びアエネアスが疑わしいものを見る目つきをする。

鴻臚館(こうろかん)・・・大内裏の一角に? 何故そんなところに隔離しておくんだ・・・? お前を狙ったんだよな?」

 有斗に襲い掛かったか襲い掛からなかったかの二択で言うと襲いかかってきたことは間違いないので、「うん」と、有斗は返答した。

 その言葉にますますわけが分からないと、アエネアスは顔をしかめた。

「まぁいい・・・とにかく犯人に犯行に至った経路などいろいろ聞かねばならない。話はその後だ。呼び出してくれないか?」

「うん。わかった」

 有斗はグラウケネに命じて鴻臚館のウェスタをここへ呼ぶように命じた。


 王直々のお召しということもあって、途中で(とが)められることもなく、ウェスタが駆けつけてくるまでそう時間はかからなかった。

「お召しにより参上いたしました。ウェスタでございます」

「これが侵入者か。やけに堂々としているな・・・」

 王宮に侵入を試みた凄腕と聞いて、想像していた恐ろしげな姿と違い、アエネアスとあまり変わらぬ程度の体格の少女に不審を覚え、上から下まで舐め回すように観察する。

 とその顔を見て何かに思い当たったらしい。ウェスタに驚いた顔を向けて指を突きつけるようにしてその顔を指した。

「お前・・・! たしか河東に渡った時、私や有斗を(だま)して伏兵の場所までおびき寄せたやつじゃないか!!」

「そうですが何か?」

 怒りを見せるアエネアスにも、ウェスタはしれっと平然な顔をして返答する。

「貴様! あの時、この私に愚かにも見破られて失敗したに飽き足らず、また有斗の命を狙おうとは! カヒの犬め!! 許せん! 叩き切ってくれる!」

 (さや)から剣を抜き放ち、切りかかろうとするアエネアスを、有斗が割って入って慌てて止める。

 一応ここは王の執務室で、さらには王の御前のはずなんだが・・・・・・いったい、いつになったらそういうことを気遣いできる一人前のレディになってくれるのだろうか、と有斗はため息をはくばかりだ。

「もうそれは昔の話! 今は改心して僕に忠誠を捧げると言っているんだから、切ったりしちゃだめだよ! それに夜中に僕の部屋に入ってきたといっても、命を狙ってだとかじゃないから安心して!」

「む・・・! 本当か?」

 有斗の言葉にようやく落ち着きを取り戻したアエネアスはウェスタに顔を向け問い(ただ)す。

「誓って真実です」とウェスタは剣を持って詰め寄ったアエネアスにも平然として受け答えする。

 僕を謀殺しようとしたときも表情一つ変えなかったものな・・・たいした根性だと有斗は感心した。

「・・・ならば、何故夜中に忍び込んだりする必要がある? ・・・やはり口ではしおらしいことを言っているが、本当は有斗の首を狙っていたんじゃないのか・・・?」

 しかしまだまだアエネアスの疑いは晴れないらしい。しつこく再度尋ねる。

「女が夜中に男の部屋に忍び込む理由なんて決まっています。夜這いしただけです」

 それに対してウェスタはそのものずばり、ド真ん中の直球を投げ込んだ。

「な・・・!! よ・・・よば・・・夜這いだと!」

 露骨な表現にアエネアスは思わず顔を真っ赤にさせる。あれでも意外と純情なところもあるからな・・・

「別にそこまで驚くほど珍しいことではないでしょう。それに生娘でもあるまいし」

 アエネアスはそのウェスタの言葉にさらに顔を(あか)く染める。

「わ・・・私は生娘だっ!」

 その言葉をウェスタは別の意味に捉えたらしい。

「ああ、なるほど。陛下にお相手にされないということですか・・・なんて可哀想なこと。ダルタロスの紅き薔薇と名高い羽林将軍殿は、陛下の隠れもなき愛人であるとお聞きいたしておりましたが・・・」

 と、ウェスタは鼻で笑うと、哀れんだ目でアエネアスを見上げた。

「う、うるさいっ! 私が相手にしていないんだっ! あと、そのあだ名で私を呼ぶなっ!!」

「ん? ああ『ダルタロスの紅き薔薇』のことですか? 一応、馬鹿っぽいとは気付いていたんだ・・・」

 とウェスタは口の笑みを隠すように拳で口を覆い、ちらりとアエネアスに目線を向ける。

 明らかに馬鹿にしているというか、微妙に挑発してるよね・・・? なんていう恐ろしいことを!

「馬鹿っぽいとか言うな! うるさいっ!」

 ほら・・・やっぱり怒りが増したじゃないか。アエネアスはこういった挑発にすぐに乗っちゃう娘なんだから、むやみやたらに挑発するのはやめて欲しい。

 どんな精神構造の結果かは知らないが、そのとばっちりは何故か大概最終的には有斗のところに降りかかってくることになっているのだから。

 有斗はこれ以上の惨事をくいとめるべく、二人の間に急ぎ割って入る。

「やめやめ! 喧嘩はやめて! 今はそんなことより、どうやって彼女がこの警戒網を抜けて、僕の部屋に侵入したかだよ」

「む・・・!」

 一瞬、アエネアスは不満げな表情を見せるが、有斗の言葉に正しさを見て、渋々といった風情で押し黙った。

 ほっと胸を撫で下ろすと、再び争い状態にならないためにも有斗はウェスタにさっそく質問に入る。

「あの・・・そろそろ本題に入っていいかな?」

「あ、はい」

 有斗に尋ねられて、ウェスタは慌てて姿勢を正す。

「鴻臚館は大内裏の中とはいえ、内裏の外にあたる。間には高い塀が(さえぎ)っていて、警護のものが巡回もしている。如何に夜間とはいえ、そう簡単に僕の部屋まで入り込むことは容易じゃないと思うんだけれども・・・」

「簡単なことです。鴻臚館から屋根裏に上がり、そこから屋根の上に出る。そこからは屋根を伝われば、内裏へと行くことはたやすい」

「だけど豊楽院と内裏の間は離れている。そこはどうしたんだ?」

「鴻臚館は豊楽院にあります。豊楽院の東北の角は内裏の南西の角に接しております。度重なる改修で内裏の南西は張り出して作られております。その間わずか約二間(約三・六メートル)、飛べない距離ではありません。そこを飛びさえすれば後は簡単、ゆっくりと奥へと進むだけです。もちろん発見されることを考えて慎重に行動しなければなりませんが、幸い周囲は暗闇、しかも上からなら警備の者が近づいてくる様子はありありとわかります。その時だけ物音を立てないように気をつければなんということはない。内裏でも同じように屋根瓦の一部をはがして屋根裏に忍び込めば、後は陛下の寝室まで一直線です」

 なるほど納得できる。侵入の手口はおおよそ理解できた。それでも疑問点が残るらしく、アリスディアがさらに問い詰めようとする。

「だけど内裏の屋根裏は釣り天井になっていて、天井板の上に柱は無いところが多いのですよ? 床に体重をかけたら天井板を踏み抜いて落ちてしまうはずではないでしょうか?」

「たしかにそういった部分もありました。ですが屋根の妻を置く棟木と屋根の間には僅かな隙間があります。難所はそこに両手だけでぶら下がって進んだのです。わたしの言葉におかしな点があると思うのなら天井裏を調べてください。埃の有無で真贋がわかりますから」

 と、いとも簡単なことであるかのようにしれっと言い切った。

 結構、というかかなり、少女には重労働のはずなんだが・・・見かけと違って意外とアエネアスと同じ体力系キャラなのか?


 ウェスタがさらに詳しく、どの殿舎を通って有斗の寝所まで移動したかを話している間も、アエネアスはウェスタの一挙手一投足をじっと観察していた。話の内容も大事だけれども、むしろその言葉の真偽を重要視したのだ。

 一応、これまでのところは話しに辻褄もあっているし、表情や仕草に怪しさを感じされるところはなかった。

 と、そこでアエネアスは出入り口付近の女官の中に、セルウィリアがいつの間にか入っていることに気が付くと側に寄る。先ほどまでいなかったのに。

 近づくとセルウィリアは何やらぶつぶつお経のように呟いていた。

「なるほど・・・屋根裏ですか。釣り天井になっているのは殿舎の間の廊下や紫宸殿(ししんでん)などの大きな広間のある殿舎だけのはず・・・今の陛下の部屋は清涼殿(せいりょうでん)とはいえ外れの間、だとしたら後涼殿の私の寝所からはそう遠くなく、苦もなく行ける筈・・・」

「どうしてここに来た? 今日はあの女の件があるから、しばらくは有斗はお前に付き合えないぞ」

 とからかい気味に、つんと澄ました顔のくせに、何故かいつもより真剣な顔で二人の会話を聞き入っているセルウィリアを肘でつついた。

「後学のため・・・」

 と気のない返事が返ってくる。まだセルウィリアは自分の世界に篭っているようだった。

「・・・後学?」

 セルウィリアの言葉に意味が分からず、アエネアスは不思議だといった顔をセルウィリアに向ける。

 そこでようやくセルウィリアはアエネアスが横に来て自分に話しかけていることに気が付いた。

「いえ、いいえ! わたくしとて後宮に住む身、侵入の手口を知っておかないと安心できないだけですわ!」

 セルウィリアは慌てて先の失言を取り消した。

「・・・なんだそれ・・・まぁ、いいか」

 今更、セルウィリアの命を狙うような酔狂な連中がいるとは考えづらいのだが、と不審に思ったのだ。

 まさか、関西復興を企む連中に王宮の構造的欠陥を教える気かと、一瞬だけ少し不安に思ったが、よくよく考えれば今回ウェスタから聞き出すその手段は今後対策が取られることになるのだから、大丈夫だとアエネアスは判断した。

 アエネアスは急速にセルウィリアに抱いていた関心が薄れた。

 一通り話を聞き終わると、次に有斗はアエネアスや金吾大将軍と共に警備の強化にさっそく乗り出すこととする。

「・・・ということはここに警備の者を置いておいたほうがいいな」

 アエネアスは尖塔を指差して、そう提案した。妥当な考えだった。そこからならば内裏の南面全てをカバーできる。

 すると有斗が高さは足りないが、さらに見通しのいい場所があると言って王宮の平面図を指差す。

「いや、こっちはどうだろう? 中庭を散策して思ったんだけれども、いつもこの場所が目に入る。こっちのほうが西面も見張ることが出来るなんじゃないかな?」

「ああ、確かに。それがよろしうございますな」

 考え込んでいた金吾大将軍が同意を示す。

 その後も、細部を詰め、夕刻に近づく前に、ようやく警備の懸案を解決した。

 さっそく羽林府で今晩からの配置に関する指示を部下たちに出しに出て行ったはずのアエネアスが、何故か途中で戻ってきて、有斗に尋ねる。

「最後に聞くけれども、有斗、まさか忍び込んできたのをいいことにウェスタにやましいことはしていないだろうな?」

「してない! してないよ!」

 そう言って半笑いで大きく否定してみせる有斗だったが、何故かアエネアスはジト目で(にら)んだ。

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