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紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
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ティトヴォ攻防戦(Ⅲ)

「陛下、南から王師が進入してきたようです」

 伸び上がるように椅子から立ちあがって、南の城壁の様子を見ていたアリアボネが有斗にそう報告した。

「え!? もう?」

 手の裏にびっしりと汗をかきながら、そわそわする気持ちを押し殺して座っていた有斗は、その言葉にびっくりしてアリアボネを見た。

 まぜならまだ一時間くらいしか経ってないからである。

 城壁の無い場所には柵を作り、長い間放置された結果、なかば埋まっていた空堀も、土砂をどけて元に戻しもした。

 三日間使って万全の防備の体制をしいたと思っていたのに、それが一日の、たった一時間の攻防の間に突破されるなんて、有斗には想定外の出来事だったのだ。

 これで・・・本当に勝てるのか?

 有斗の心の中で不安がむくむくと大きくなっていく。

 四方から絶えず聞こえてくる干戈(かんか)の音に、有斗は内心(おび)えていて、背中もびっしり汗で濡れて酷いことになっていた。

「中に入って来られても、大丈夫なの?」

 攻城戦は防衛側が圧倒的に有利なことくらい、戦素人の有斗にも分かる。だからこそ、もう少し長期に渡って、城壁突破を巡っての攻城戦が行われると思っていた有斗は、心配になってかたわらのアリアボネに聞いてみる。

「いや、無理でしょう。所詮(しょせん)は仮ごしらえの防御です。一点を突破されると、そこを中心にほころびは広がるもの。この街に配置した兵は四千しかいません。それも弓に長けた者が多い。ということは逆に近接で刃を交えるのは不得手の者が多い。王師は精鋭で数も多数。全面から進入されるのは時間の問題です」

 アリアボネは有斗の不安をいや増すようなそのセリフを平然と言い切った。

「ええええええええ! そんな!」

「大丈夫です、陛下。まだ主導権は我々のもとにあります」

 アリアボネはにこりと笑った。

「そろそろ始めましょうか。アエティウス殿も見物するだけでは()れておりましょうし」

 アリアボネは羽扇をさっと振って、先ほどから準備にかかっていた兵士たちに急ぐように指示した。


 陣に据えた床几(しょうぎ)に重そうなお尻をどかっと預け、ブラシオスは戦況を見守っていた。

 と、街の中から一本の黒煙がするすると揚がると、蒼天めがけて駆け昇った。

「ほう、もうあんな奥にまで突入した兵がいる」

 さきほどの不機嫌は嘘のように消え、ブラシオスは満足げな笑みを浮かべる。

 さすがは自慢の兵たちだ。もう少し手こずるかと思ったが、案外だったな、などとすっかり高みの見物だ。

 攻城戦が一日でケリがつくことは稀だ。どんなに兵力差があっても二~三日、長ければ何ヶ月経っても落ちないということさえあるのだ。

 とはいえ城壁の崩れた廃墟だ。そこまではかからない。部下たちには今日中に落とせと言ったが、それなりの兵数を持つ南部諸候軍相手ではブラシオスは少なくとも三日はかかるだろうとみていた。

 だが、もう城壁を超えた部隊がいて、内部で戦闘を始めているのだとすれば、落城は間近と考えて間違いはない。文官畑のブラシオスでもそれくらいのことは分かる。

 ブラシオスよりも更に戦闘の素人である王は目の前で起きている戦闘に慌てふためき、全体の指揮を取ることもできなくなっていることだろう。

 四面に配された兵は王の命令が来ずに、それぞれ孤軍で戦うしかなくなる。次々と防御陣は(ほころ)んでいくはずだ。

 さらに一度ついた火は燃え広がり、防御側に混乱をもたらす。攻撃側に優位に働くはずだった。

 だが南面以外でいまだ壁を突破した兵は現れなかった。

 それどころか突入したリュケネの部隊さえ、検討むなしく壁の外に叩き出された。

 しかし不思議なことに壁の中では、いまだもくもくと煙が一筋だけあがっていた。

 いっさい燃え広がることなく。


 ふとブラシアスの心に疑念が生まれた。

 何故燃え広がらないのだ・・・? 消火活動に入ったのなら、あの程度の煙だ、すぐに消し止められる。

 とするならば、何故か敵陣で起こった火事は消えもせず、燃え広がりもせず、一定の大きさで燃え続けていることになる。

 次の瞬間、ブラシオスはあっと小さく叫んだ。

 恐怖で心臓を掴まれる。

「しまった・・・!」

 急いで周囲を確認する。まず正面である北を、次に退路にあたる西を、背後である南を、そして最後に東を見たときに、彼が探していたものを発見した。

 それは土煙。

 いや、森の中から土煙を上げて続々と湧いて出る騎兵を中核とする五千あまりの兵。

 街を我攻めをしたことで、完全に隊列を乱した王師下軍を、無防備な後背から襲おうとするアエティウス率いる南部諸候軍の別働隊だった。

 そう、一定の大きさで揚がる煙とは、すなわち攻撃開始を告げる合図の狼煙(のろし)だったのである。


 南部諸侯連合軍はティトヴォに向かうため街道を離れてすぐ、軍をふたつにわけた。

 一つは諸候軍の中で弓に長けた者と、組み打ちの得意な力自慢の者を中心とする防衛に適した四千の兵、もうひとつは軽歩兵、騎兵を中心とする機動力のある五千の兵。

 馬に乗れる兵は全て後者のほうに入れた。作戦としては城を取り囲んだ王師を背後から奇襲をかけること。兵を隠した森からいかに素早く戦場まで動かせるかが勝負の分かれ目だからだ。


 ティトヴォ東の森の中。兵たちはその時が来るのをじっと待っていた。

「若、まだですかね」

 ベルビオはもはや待ちきれない、とばかりにしきりとそわそわしていた。

 馬も飼い主に似るのだろうか、先程からまったく落ち着きを見せず、首を左右に振ってはいなないていた。

「焦るな。敵が全て壁に取り付いてからが我々の出番だ」

 王師はあざやかに陣を引き、兵を魚の群れのように芸術的に進退させることができる。それに正面からぶつかっては南部諸候軍が勝てる見込みはまったくない。だから敵の陣形をいかに乱して、正面以外から襲い掛かることができるかが勝利の鍵だ。

 王師が堀を越え、壁に取り付いているその瞬間に襲い掛かるしかない。

 そのまま前に行けば後背から騎兵が襲い掛かり、後ろを向けば、壁の上から降ってくる矢の餌食となる。進むも退くもままならないままに王師は敗北するであろう。

 それがアリアボネが立てた作戦であった。

 敵が接近するや、わざと街道から離れた廃街に篭城し、敵軍を恐れ退いたように思わせる。

 立て篭るティトヴォの街は城壁も半ば崩れている。ならばそう難しい攻城戦にはならないと思ってくれることは疑いない。

 さらには軍を二つに別けることで兵数を少なく見せることにもなる。必ずや王師はこの餌に喰いつくだろう。

 それにしてもたいしたものだ。アエティウスはその言葉は作戦を立てたアリアボネにではなく、王に向けられていた。

 四方を敵に囲まれたうえ、崩れた城壁の中に自ら残るとは。

 負ければ逃げ場は無いのだ。確実に死ぬ。負けたときのことを考えると騎馬軍に入るのが常識だろう。

 まぁ王があそこに残ってくれるほうがアエティウスとしてもありがたい。

 あの少年に戦士としての実力を期待することは出来ない。別働隊にいても足手まといになるのがオチだ。

 だが篭城側にいるのであれば話は別だ。

 半分の軍であの廃街に篭り、強力な王師相手に援軍を待ちつつ戦う、というのは心理的に辛い戦いになるはずだ。

 だが、王がともに残っていることは、心理的にプラスの効果が期待できる。

 王がともにいるのだから、必ずや援軍が来ると信じて最後まで奮戦してくれるに違いない。


「若! あれを!」

 ベルビオの指差す空に濃い煙が一筋舞い上がった。

 待ちに待った瞬間だ。アエティウスは剣を(さや)から抜き払うと、天高く掲げる。

「敵は城壁に取り付いて無防備な後背を(さら)している。我等に気付いたとしても容易く迎撃の陣を敷くことはできない! 後ろから槍を入れるだけの簡単な戦だ。首は取り放題だぞ!」

 野太い陽気な笑い声が広がった。

「まさに武勲をあげるのはこの時である! 全軍突撃!!」

 地に伏せ隠されていた軍旗が一斉に蒼天に掲げられる。

 ダルタロス騎兵千五百を中核とする五千の兵がついに戦場目指して動き出したのだ。

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