狂想曲(Ⅶ)
「まったくなんなんだ・・・」
関西の王女様に続いて今度はアエネアスまで・・・
なんでこんなに立て続けに僕と結婚するだとかしないだとかいった話が持ち上がるんだ・・・?
しかもアエネアスとセルウィリアねぇ・・・どちらと結婚してもろくな未来予想図が浮かばない。
そりゃあどちらも美人だし、本来なら僕なんかが選べるような相手じゃないことは百も承知だけれども、もし僕に選択権があるのであれば、もっとラノベの正統派ヒロインみたいに性格がよい子がいいなぁ。最近のラノベは他の作品とキャラがかぶらないようにするためか変な属性が付いているヒロインも結構いるけれどもさ。
そんなことを考えている間にも、廊下の奥ではアエネアスによるベルビオたちの説得は続いているようなのか、時折興奮したのか声が大きくなり、「でも」とか「しかし」とか遣りあっている言葉が執務室の中にまで届いてくる。
アエネアスでも説得できないならベルビオらが再び有斗に向かってあの理不尽な要求をしてくることは疑いが無いことだ。
ひょっとしてこの一連の妙な動きはしばらく続くのかなぁ、と有斗は大きく溜息をついた。
思う存分溜息をついて、もうこれ以上つき様がなくなった時だった。有斗の視界に藍色が紛れ込む。
アエネアスらが揉めている方向に顔を向けながら入り口に現れたラヴィーニアの髪の色だった。
入って来たラヴィーニアは自らの方に向けられた有斗の視線に気付き、不思議そうな表情を返した。
「どうなさいました陛下?」
ラヴィーニアは大量の書類を両手で折れないように大事そうに抱えていた。中書から上がってくる起草された詔命であろう。
それをどすんと入り口脇の文机に置き、典侍のグラウケネと文章の引渡しに関しての一連のやりとりを行う。
それが終わるまで待って、ラヴィーニアの手が空いたのを見るや有斗は不満をぶつける。
「いや、なんだかよくわからないけど、関西の旧臣たちが僕に関西の王女と結婚してはどうかとか言ってきたり、ベルビオたちがアエネアスと僕が結婚しなければならないとか言ってきたんだ」
大いに同情してくれることを期待していた有斗だったが、ラヴィーニアは有斗の期待通りの反応を返してくれなかった。
「それは実に都合がよろしい」
などとむしろ向こうの肩を持つかのような言い草だった。
「この状態が都合がいいだって!? どこが? 僕に勧めているのは朝廷の高官や王師の将軍だよ。断ったら角が立つし・・・かと言って、第一その・・・なんていうか周囲に強制されるこんな形で生涯の伴侶を決めるのは理不尽だよ!」
「・・・ようはその二人が気に入らないので絶対に結婚したくないということですか?」
ラヴィーニアは首を捻ると有斗の現在の気持ちをそう表現した。
有斗は慌てて打ち消しに入る。そういった気持ちがゼロだとまでは言いきれないが、だからと言ってそんな一面的な捉え方だけされても困るというのが有斗の偽らざる本心である。どっちも文句のつけようのない美人だし、それに・・・二人の耳に有斗が結婚することを拒否したなどといった話が耳にでも入りにしたら大変なことになりそうだ。
特にアエネアスなどは問答無用で殴りかかってきてもおかしくない。いや、素手ならむしろありがたがるべきレベルの話だ。笑いながら斬りかかってくる可能性すらある。
「いやいや、違う。違うよ! 二人とも素敵な女性だよ! だけど例え結婚するにしてもこんな周囲から強制されるようなやり方は好きじゃないというだけだよ!」
ここでの会話がどちらかの耳に入った時のために有斗は必死の思いで否定しておく。
「陛下」
ラヴィーニアはそんな有斗に揖の礼を行うと説得を試みる。
「いいですか、王と言う立場は万民に命令する力を持つと同時に、万民に果たさなければならない義務と言うものがあります」
「それは言われなくてもわかってるよ。法を施行し、善を評し、悪を罰することだろ。僕が常日頃言っている戦国の世の終結というのもそれらの延長の一つだと思う、だとしたら僕は十分義務を果たしている。ほんとは休みたい日だってあるのに休んだりしてないぞ。一日中、政務を取ってない日を探すのが難しいくらいだ」
だけど、それが今のこの事態とどう結びつくんだ?
「そう。だけれどもその義務の中で陛下の頭の中からひとつ抜け落ちていることがあります」
「それは何?」
「後継者を残すことです。後継者がいなければ王朝はその時点で終わってしまいます。考えてみてください。今、陛下に崩御されたら我々は誰を担いで次の王と崇めればいいのですか? きっとそれぞれの派閥が異なった人物を王に奉じることでしょう。そうなったら再び戦国の世の再臨です。陛下がこれまで築き上げたことも、これからやられるであろう努力も全てが水泡に帰すのですよ。陛下の願い、戦国の世の終焉は長い戦国の世に現れたつかの間の夢にすぎなかった、ということになりかねないのです。それでよろしいのですか?」
「う・・・それはもちろんよくはないけれども・・・」
有斗が成そうとしていることは、アエティウスをはじめ大勢の犠牲の上に成り立っているのだ。
それが全て無駄になったとしたら、有斗は彼らにどう謝ったらいいというのだ。
「そうお思いになるのでしたら、一人といわず何人、いや何十人でもよろしい、気に入った女性がおられたら、遠慮なく後宮に放り込んでさっさと子供を作ってください。それも一人や二人では困ります。六割を超える乳幼児死亡率を考えると、ばんばん孕ましちゃってもらわないと我々は安心できない。なにせ陛下には兄弟姉妹すらおられないのですから」
ラヴィーニアはそう言って、有斗にハーレムを作るようけしかけた。
ハーレムは男の夢である。有斗もハーレムラノベは大好きだ。
だけど現実の女の子は感情を持った一人の人間である。自我もあれば感情もある。衝突した時にラノベのように可愛い嫉妬や軽い喧嘩だけですむはずも無い。どんなどす黒い事件が展開されるか有斗だって想像できるというものだ。それが何人、いや何十人分繰り広げられるとしたら・・・
毎日がド修羅場になることは想像に難くない。
それにばんばん孕ましてくださいとか言われると微妙に萎えるな・・・
義務感から結婚やセックスしなければならないとなると、それはもう何かうれしくないイベントだ。
有斗はなんだかやりきれない気持ちでいっぱいになった。種馬とかって実際はこんな気持ちなのかもしれない。
「ですから遠慮なさることなく、お二人とも後宮にお入れになることをお勧めします」
ないわ~、その選択だけはない、と有斗はラヴィーニアに苦い顔を向ける。完全に『混ぜるな危険』だろ、その二人は。
「ですがそうなると関西の旧臣や南部閥の者は満足するでしょうが、関東の官吏が不満を持つやも知れませんね・・・それは忌避すべき事態では無いでしょうか?」
そこまで黙って話を聞いていたアリスディアが突然口を出す。よく見るとちらちら有斗のほうに目線を送っていた。
そのアリスディアの仕草で、これは有斗を救おうとするアリスディアの助け舟だと気が付いた。
そうか、朝廷全体の派閥の均衡を名目に使えばいいんだ! そうすれば誰とも結婚せずに、この事態を回避することができる!
「そ、そうだね。朝廷全体のバランスを考えると、ここは結婚しないほうがいいんじゃないかな? いまだ僕の支持基盤は危うく脆い。うかつに派閥同士の争いが激化すればアメイジアの統一事業に遅れが出るかもしれないよ?」
これでなんとかなる、と思った有斗の一手をラヴィーニアは簡単にひっくり返した。
「あ、そういえば思い出しましたが、宮廷の官吏の中にも陛下になら愛娘を差し上げても良いと広言する者もおられるとか。この際、それらの者も後宮に入れることで派閥の均衡を図られては? 後宮での寵の争いのほうがまだ救いがありますし、下手に宮中で暗闘して陛下の愛情が自分の押している女から離れやしないかと思えば誰も大きくは動けませんよ。むしろ良いこと尽くめです。幸いなことに後宮の局は全て空いておりますので、何人入れても部屋に困ることはありますまい」
げ!? なんか次々と外堀を埋められていくんですけど!
脳内ではもはや二時間ドラマの一時間三十五分あたりの、崖っぷちで犯行を問い詰められる真犯人に匹敵するほど有斗は追い詰められていた。
逆転の手段がまったく思いつかない。
「けど・・・」
それでも未練がましく抵抗を試みようとするが、言葉が出てこない。
「そうと決まれば吉日を選んでさっそく入内の準備にかからねばなりませんね♪」
勝利の笑みを顔に浮かべるラヴィーニアと絶望の表情を浮かべる有斗を比べ見て、アリスディアは大きく溜息をつくと切り札を出した。
「そうそう中書令様、わたくしの聞いたところによりますと、関西の旧臣や按察使亜相殿などに中書令が接触して、陛下のご婚儀についてお話をなされたと伺っておりますけれども」
へ、それってつまり今回のこの騒ぎの黒幕ってラヴィーニアってことか?
「・・・ラヴィーニア?」
おずおずと有斗は声をかけるが、さっきまでと違ってラヴィーニアは急に眼を伏せて部屋から出て行こうとする。
「さてっと溜まった仕事を片付けに中書省へと戻るとするか」
「ラヴィーニア!」
「あ~中書令って忙しいなぁ」
・・・完全な棒読みだ。おまえか・・・おまえが裏で糸を引いている黒幕なのか!
「なんでこんな宮中に波乱の種を撒くようなことをしたのさ!!」
有斗は大きく怒って見せた。いや、実際怒っていた。
外にカヒという大敵がいるから収まっているものの、宮中には明確に南部、関東、関西のみっつの派閥がある。僕の結婚のことをきっかけに武装中立状態の三者の間で争いが始まるかもしれない。そこをカトレウスなんかに付け入られたら、どうするつもりだったんだよ! 実に策士のラヴィーニアらしくもない!
「だってこうでもしないと奥手の陛下はいつまで経っても結婚なさろうとはなさらないでしょう?」
「だからってこれはあまりにも強引過ぎる。僕はこんなやりかたで結婚する人を決められたくは無い」
こんな時代だ。相手を思いやることはあっても人権って概念が無いことは分かっている。だけど王様というその国で一番偉い人でも人権とか無いのか。
反対の意を表明する有斗にラヴィーニアも不承不承少し譲歩を見せる。
「そうおっしゃるなら誰となら結婚してもよいのかはっきりおっしゃってください。別に陛下がお嫌いな方と無理矢理結婚させることが目的ではないのです。互いに愛し合う間柄の方が双方にとっても望ましい。もし相手が陛下との結婚に難色を示しても、まぁそんなことはまずありえませんが、このラヴィーニアが口先三寸で騙くらかして賛意を取り付けてまいりますから」
・・・騙して結婚させられたと知ったら相手の人は気を悪くするじゃないか・・・
「陛下の後継者のことはいずれ問題になることは避けられないのです。天与の人の陛下とて不死の存在ではないのですから。一刻も早く解決なさることをこのラヴィーニアは願っているだけなのです。多少回りくどいやり方をした非礼は謝りますが」
「回りくどいと言うか・・・大事にしすぎだよ・・・」
こんなに周囲を巻き込まなくても有斗にこっそり進言してくれたほうがどんなによかったかと思わずにはいられない。
そしたら少しは前向きに考えていただろうに。ここまで大事になってしまったら、もはや黒幕のラヴィーニアをどうこうしたところで、この混乱が収まるとは思えない。
だがそれについて有斗にラヴィーニアは一切の弁解を行わなかった。
「今回はあたしは引き下がりますが、よく考えておいていただきたい」と、言うだけだった。
「今回は・・・なの?」
「はい」
と深く一礼するとラヴィーニアは出て行った。
またしばらく経ったらこの話を蒸し返すということなんだろうな、と有斗はいずれ来るその時を思うだけでうんざりとした気分になった。
こうしてようやく騒動がひと段落すると、どっと疲れが押し寄せてくる。アリスディアに愚痴の一つもでるというものだ。
「しかしなんだって、こんな回りくどいやり方をしたんだろう?」
直言極諫のラヴィーニアらしからぬやり方だ。
答えを求めて室内を見回すとアリスディアと目線が合った。
「・・・」
だがアリスディアは俯いて眼を逸らせた。これもアリスディアらしからぬ行動だった。
「アリスディア何か心当たりがあるの?」
有斗は怪訝に思い、問い質す。
「わかりませんか?」
「わからないなぁ・・・」
「陛下に気を使ったのですよ」
「僕に?」
むしろ気を使うのなら、僕の頭越しに動くのではなく、こっそり僕の意向を確認してからにするのが本当じゃないのかな、と有斗は不満に思った。
王である有斗を無視して話を進めるなど、あってはならない事態だと思うんだけど。
それに結婚は王であっても公の面よりも私的な面のほうが強いことだと思うし。
「ラヴィーニアさんが陛下に直言しなかったのは・・・セルノアのことがあったから。本来ならば陛下の側にいるべきなのはセルノアです。彼女を陛下から取り上げた原因を作った自分が、その陛下に別の人物と結婚しろと述べるというのは筋が通らない、陛下も納得してくれないと思ったからでしょう」
「あ・・・」
なるほど・・・確かに、そうだ。
そしてアリスディアの言葉から一つの事実が思い当たって愕然とした。
それはセルノアの死にラヴィーニアが関係しているという事実と、それに基づくラヴィーニアに対する怒りではない。それらはまだわだかまりはあるものの許している。
そうではなく、この降って湧いたような珍騒動に、突然のハーレム状態に浮かれて、有斗がセルノアのことなどすっかり忘れていたことに気付いたのだ。
あれほど好きだったのに。あれほど愛していたのに。
有斗の顔からみるみる血の気が引いていく。それを見てアリスディアは深々と叩頭した。
「申し訳ありません。余計な差し出口を申し上げました。お許しください」
「いや・・・ありがとう」
そう、それは感謝すべきこと。有斗が何よりも大事にしなければいけない記憶なのだから。
「そうだ・・・浮かれている場合じゃない。僕が天与の人になろうとしたきっかけを作ったのはセルノアだ。セルノアのしたことを無駄にしたくなくて、天与の人とやらになってやろうと思ったんだった・・・」
そう、真に優先すべきは何なのか、そして僕がどう行動すべきかは考えるまでも無い。
有斗は決断した。