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紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
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ティトヴォ攻防戦(Ⅱ)

 ブラシオスが待ちに待った斥候からの報告が届いたのは鹿沢城を出てから八日目だった。

「報告では敵の斥候と出会った距離は三舎、昼過ぎに遭遇したと申しておりました。それを考えると敵との距離は四舎ないし五舎であるかと思われます」

 リュケネは偵騎からの報告をブラシオスに告げた。

「やっと発見したか」

「はい」

「敵の行軍速度は通常より遅いな。もう三日は早く敵を発見していると思っていたのだが。まあいい、敵を見失ったわけではなかったのだからな」

 場所さえ把握していれば奇襲を受けることはまず無い。それだけで一安心である。

「だが敵は我が方が偵騎を夜通し走らせたことを知らぬ。王は偵騎と出合った事で、我が軍が近いと錯覚するであろう。急いで兵を布陣するに相応しい場所を探すはず。まごついている間に我等は勇躍(ゆうやく)進んで有利な地形を押さえ、戦いの主導権を取ってしまおう」

 そこに再び偵騎の一人が帰ってきた。引き続き敵の本体を探して追わせていた一人だ。

「敵軍の本体を発見したとな? すぐに呼んで参れ!」

 汗だくで息も絶え絶えなその偵騎は呼吸も荒くブラシオスに報告した。

「敵を発見したと言ったな? して数はどれくらいで今どこにいる?」

「数はおよそ・・・五千くらいかと。敵は我等の前で突然南海道を離れ進路を東に変えました。そこには廃墟があり、そこに着くと駐屯する準備をはじめました」

「五千・・・思ったよりも少ない。それに廃墟だと・・・? そんなものあったかな」

「武部尚書様」

 おずおずと一人の幕僚が声をあげた。

「おお・・・確かそなたは南部出身であったな。知っておるか?」

「はい。それはティトヴォと言う街です。百年前に戦火で街の大方を失い、民は東へ移住しました。一度見たことがございます。城壁はあることはあるのですが、かなり崩れておりそれほど防備に役立つとは思えません。それに兵を休ませることのできる民家があるわけでもございません。私には何故そんなところにわざわざ移動したのか不思議です」

「ふぅむ」

 幕僚の言葉にひっかかるものを感じて、(うな)りながらひとしきり考えていたブラシオスだったが、

「わかったぞ!」と、突如大きな声で叫んだ。

「敵は我等を恐れておるのだ! 偵騎と接触しただけで兵を退いたのが何よりもの(あかし)。数の差に恐れをなし、城壁の残る廃墟に篭って我々を迎え撃つに違いない! よし、強襲をかける! これで勝利は疑いなしだ!」

「しかし・・・多少崩れてはいても城壁を利用し防御を固める敵相手に攻めかかるのは難しい戦になるのでは?」

 リュケネが遠慮がちに口を挟んだ。

「容易い戦などあるはずなかろうが。どうした臆病風にでも吹かれたか? それに敵は五千とのこと、我がほうの半分だ。我攻めでも勝てる」

 リュケネ以外の全員が笑い声を上げた。だがリュケネはそれでも食い下がった。

「だからこそおかしいと申し上げたのです。敵はもともと我々朝廷と戦おうとしていたはず。すなわち左軍、中軍、右軍、下軍の合計四万の王師と戦うことを前提に立ち上がったはず。それが下軍一万を目にしただけで怖気づいたというのは理屈に合いません」

「決まっておろう。南部諸侯が思ったより集まらなかったのだ。・・・いや有力諸侯がまだ全て集まっていないと考えたほうがいいかもしれぬ。そうとすれば敵の行軍速度の遅さも納得がいく。他の諸侯の軍が追いつくのを待っているのだろう。それで全てが合致するではないか。時間を費やせば、敵に援軍が来ることも考えられる。ならば我々は速戦を挑むべきだ。兵書も言うではないか、兵は拙速(せっそく)(たっと)ぶと」

 そこまで言うとブラシオスは軽やかに立ち上がり、陣幕を出て兵たちに出陣の準備を知らせる太鼓を叩くように指示した。

 出立の為に営舎を片付け、炊飯に取り掛かれという一番太鼓が響いた。

 兵舎から次々と兵が()いて出て、出陣の支度を整える。

 ブラシオスは必勝の信念も高く兵を東南へと向ける。


 ブラシオスの想像よりもその城壁は形をある程度留めていた。

 崩れてしまった城壁の穴も木を組み合わせて作った柵や逆茂木(さかもぎ)を設置していて、容易に突破できる状況ではなかった。さらに始末の悪いことに城壁の周りには、水こそ無いものの空堀がぐるりと街を取り囲んでいた。

 ブラシオスは少し渋い表情を浮かべた。

 だがこの距離まで接近して分かったことだが、敵の数は更に少ないようである。四千はいそうであったが、下手をすると五千を下回るかもしれない数だ。

 この数なら四方から一斉に攻撃すればそのうちどこかで(ほころ)びが生まれる。二、三日で片がつくだろう。

 機嫌を直したブラシオスは街を包囲し攻撃の準備に取り掛かる。


 一刻半ほどで難なく包囲陣は形成された。

 だが逃げ道を絶たれると兵は必死の抵抗を示すもの。

 だから西側はあえて手薄にし城兵の為に逃げ道を用意した。しかしブラシオスは生易しい将軍ではない。城壁の外に出してしまえばこちらのものだ。その先の林に兵を伏せ、そこで逃げだした兵も殲滅するつもりであった。

 もし万が一、南部の諸侯が王を助けに来たとしても、南海道を通ってくるその援軍は、その林の前を通ることになる。彼等が始末してくれることだろう。

「いいかワシの指示したとおり兵を速やかに動かし、一斉に攻撃に移れ。日暮れまでには突破するのだ」

 本陣に参集した旅長に発破をかけると、一斉に(おう)といらえが響く。

「はしごや攻城櫓などの攻城兵器を作ってから攻めかかるのはいかがでしょう。幸い林や森が近くにあり材料に事欠きませんが」

 あくまでも慎重に事を進めようとするリュケネの提案を、ブラシオスは一顧だにしない。

「いや、いまだ来ぬ諸侯を王に合流させぬことこそ第一に考えるべきことだ。諸侯の兵が王とが別れている今こそ各個撃破の好機、こんな機会はめったに訪れまい。兵が来ぬうちに決着を付けるべきなのだ」


 ブラシオスの本陣より剛強の兵が宙に向かって矢を放った。

 ひゅろろろろろろ、と鏑矢(かぶらや)の出す音が戦場に響き渡る。一瞬の空白の後、突如太鼓と鉦が鳴り響き、王師は四方から朽ちた城壁に向けて走り出した。

 百メートルまでに近づくと城壁の上に陣取った弓兵が一斉に矢を番え放つ。

 矢は半円を描いて飛び、(やじり)の重さでやがて地面に向けて落下する。

 攻め寄せた兵は木でできた盾を頭上に掲げて矢を防ぐ。だが防ぎきれず負傷するものも多い。

 ブラシオスは苦虫を噛み潰したような表情でそれを見ていた。

 常に武芸の鍛錬を事欠かない王師ならともかく、半農半兵の地方豪族の兵に百メートルの距離から狙った位置に矢を放てることができる弓の熟練者はそうはいないはずだ。

だがこの多さはどうだ。ブラシオスが見ている南面だけでも五百、四面合わせれば二千ほどの弓を扱える兵がいるとしか考えられない。

 ブラシオスは驚きを隠せなかった。

 これでは近づくだけで相当の兵を消耗しそうだった。

 だが多少の犠牲は戦争では当たり前だ。王師は傷を負ったものは後退し、次々と新手を繰り出して、遂には空堀まで辿り着く者も現れる。

 城壁の上に陣取った弓兵は素早く短弓に持ち替え、眼下の王師に立て続けに弓を放つ。城壁に手を掛けようとする者には長物の(ほこ)()を持った兵が上から叩き付け空堀に押し戻した。敵が目の前に現れても混乱することなく戦うその様は、極めて戦意が高いと認めざるを得ない。

 しかし一進一退の攻防を制し、城壁を越えた部隊が現れた。南面を担当していた一人であるリュケネの隊だった。

 城壁がなく柵だけの一角に戦力を集中し、急ごしらえの梯子を横に並べ空堀に渡し、板を上に敷いて仮の橋とし、兵力差に物を言わせて柵を打ち破っての突破に成功したのだ。

「リュケネはよくやる」

 早くも壁の向こうに兵を送り込んだリュケネの際立った指揮にブラシオスは舌を巻いた。

 それに対して他の将のふがいなさはどうだ。未だ城壁の上に辿り着くものすら少ないではないか。敵は地方の諸侯の寄せ集めなのだ。精鋭を(うた)われる王師下軍の名に恥じよ。

 ブラシオスは嘆息して天空を見上げた。

 太陽は遥か頭上にあかあかと輝き、汗ばむブラシオスの(ひたい)を照らしていた。早くも戦闘を開始してから一時間は過ぎたようだった。

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