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紅旭の虹  作者: 宗篤
第六章 帷幄の章
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狂想曲(Ⅵ)

 アエネアスは必死になって止めようとするが、ベルビオたちはお嬢も素直になればいいのに、などと笑ってアエネアスの言葉を真剣に取り合おうとしない。

 そうなると有斗みたいなヒョロもやしと違って、大柄のベルビオらを止める手段は小柄なアエネアスにはもう無い。まぁ一対一かつ素手という条件でベルビオを一人で止められる人間は、このアメイジアにおそらく一人もいないのではあるが。

 普通なら王師の将軍といえども有斗の執務室に入るには許可を求めてから入るのが礼儀と言うものなのだが、そばに王の部屋に出入り自在のアエネアスがいたことで、羽林の兵も侍女たちもあえて前に立ち塞がろうとはしないかった。なし崩し的に執務室に闖入(ちんにゅう)されてしまう。

 ・・・それは警備面で考えると重大な問題だと思うのだが・・・

「やあベルビオ、久しぶりだね。河北の後、続けて関西にまで遠征してもらって悪かったね。でも猛将として知られるベルビオが帯同したから、敵も腰が引けてて打ち破るのが簡単だったとエテオクロスも言っていたよ。ご苦労様」

 久しぶりに馴染みの顔が戻ってきたことでもあり、有斗は突然の闖入者にも機嫌よく応対した。

 なぜなら有斗の部屋に来るような将軍以外の羽林や王師の連中は、南部以来アエネアスかアエティウスと共に有斗と接してきた連中、つまり全員見知っている顔だ。正直、とても全員の名前は覚えていないが、それでもなんどかは会話したこともある。

「陛下、酷いじゃないですか!」

 だがその有斗に返って来た返答は何故かどこか責めるような口調だった。

「へ?」

「もう忘れたんですかい? 若と最期に約束したじゃないですか!」

「・・・」

 いきなりの強襲に、一瞬戸惑った有斗だったが、アエティウスとの最期の会話のことを言っているんだと気付いて、記憶の片隅から引っ張り出した。

「・・・ダルタロス家のことをよろしくって言ってたね」

 しかしそれでベルビオらが怒るのは筋違いだぞ。

 トリスムンドって子にちゃんとダルタロス家を継がせたし、今度カヒについたことも不問に処した。何の問題もないはず・・・

「そうじゃなくてあったでしょ!? もうひとつ、大事な言葉が!」

「あったかなぁ・・・」

 有斗は心当たりが思いつかずに首を捻る。有斗を(かば)って死ぬというのに、アエティウスは恨み言一つ言わずにダルタロス家の家長として、うろたえるばかりの有斗に後事のことを託していった。

 戦国の世のアメイジアという世界に生を受けたからだと考えても人間として立派な行いだった。

 自分の死を眼前にした時、有斗はあのように立派に振舞えるだろうかと聞かれれば、自信が無いとしか答える言葉を持たない。たぶん無理だろうな、とさえ思う。

 その記憶は今も鮮明に有斗の脳に刻み込まれている。忘れるはずは無い。

 だがベルビオらに怒鳴り込まれるような約束・・・あったっけ?

「しらばっくれても無駄です! 一番最後の若との会話をよく思い出してください!」

 有斗はそう言われて、もう一度しげしげと考え込んだ。


『君が死んだらアエネアスは悲しむよ? だから帰ろう、王都に』

『陛下がいるから・・・大丈夫ですよ・・・』


「あ・・・」

「お嬢のことを若に頼まれやしませんでしたかい?」

「う・・・うん」

 そう、確かにアエティウスと最後に話した言葉はアエネアスのことだった。

 死に近づいていくアエティウスを勇気付ける言葉を探して色々口にした中で、只一つアエネアスの名前にだけ反応したのだ。

 そして死んだらアエネアスが悲しむと言ったら、アエティウスは有斗がいるから大丈夫だといった。

 それは・・・きっとアエネアスのことを頼むという意味だったに違いない。

 そう、アエティウスが死んだらダルタロス家にも居場所が無くなるであろう、一人の少女の居場所を作ってやって欲しいという意味だったに違いない。

「しかし・・・僕はちゃんと約束を果たしていると思うんだけどな・・・」

 アエネアスを阻害したりしていないし、邪険にもしていない。それどころかどちらかというと以前に比べて親しくなっていると思うぞ。それに有斗も以前と違ってきつい言葉もアエネアスだから仕方が無いなぁ、で笑って流せるようになった。それは以前よりも有斗とアエネアスの距離感が近づいたからだと思う。・・・・・・まぁ、諦めの境地に近いものがないとは言えないけれども。

 例え有斗だけではアエネアスの居場所にはなれないとしても、王都なら昔からの親友であるアリスディアといつでも会える、ダルタロス出身でアエティウス、アエネアスと親しい羽林や王師の兵とも一緒に行動している。

 それにラヴィーニアとも思ったよりはうまくやっている様子だし。

 セルウィリアとはまだちょっと距離があるとは感じるけど、それはまぁ・・・仕方が無いことだろう。

 全体として考えるとアエネアスの確固とした居場所がここにはある、と思う。

「果たして無いから言ってるんです!」

 だがベルビオは有斗のその見解を強く否定した。

「え・・・そうかな・・・?」

「若が死んでも陛下がいるから大丈夫って言ったってことは、若が背負っていけない、これからのお嬢の未来を陛下に託したってことなんです!」

 それは有斗と同じ見解だった。だとしたら果たしていると思うんだけどな・・・

 それに有斗はこれからも宮廷にアエネアスの居場所を置き続けるつもりだった。ゆくゆくは羽林大将軍を務めてもらうつもりである。

 羽林のトップは王に近似する栄誉ある職だと言う。ならばきっと喜んでくれるに違いない。

「だからアリスディアともベルビオたちともいつでも会えるという羽林の長を務めてもらっているじゃないか」

 これ以上、王都内で気ままに動くことができる職は無いと思うんだけどな・・・

 アエネアスは表に出さないけれども、羽林中郎将では不満だということだろうか? 結構重要なポストだと思うんだけど・・・

「違います! 若が望んでいたことは朝廷内で高位を得て欲しいとか、そんなことじゃありません! 若の望みはお嬢を自分の手で幸せにすることだった。つまり陛下は若の代わりにお嬢と結婚して、幸せにしなければならないんです!」

「ええええええ!!!!!」

 ベルビオの披露した言説の突然の飛躍に有斗は大いに仰天した。何故そんな結論になるんだ!

 幸せにすることと、結婚しなければならないとが結びつく必要性が見当たらないんだが。

「アエティウスがアエネアスを大事にしていたのは僕も感じていたけど、二人の関係が結婚まで行き着くことだというのはどうかな、と思うけど」

「だってダルタロスという大家の当主があの年になっても妻帯してないなんておかしいでしょうが? 若はもてたんです。その気になればすぐにでも結婚できるくらいもてていたんです。すなわち、望む相手が結婚したくてもできない人物だったからに決まってます。ダルタロスの当主である若なら大概の相手との婚姻は思うがままです。結婚できないなどありえません。お嬢のような極少数を除いてです。つまり若はお嬢が好きだった、その想いを捨てきれなかった、だから結婚していなかった。そう考えると辻褄が合う」

 たしかにアエティウスはアエネアスが好きで、アエネアスもアエティウスが好きだった。

 しかし名門豪族の当主ともなれば、この戦国乱世では好き嫌いだけで結婚できない。しかも二人ともそれを十二分に知っている。アエティウスに代わって有斗がアエネアスと結婚しても何も解決しない。そうじゃなくて、有斗がやるべきことは二人が結婚できるような世界を作ることだと思う。アエティウスとアエネアスには間に合わなかったことだけど、そういう世界を二人とも望んでいただろうから。

 有斗がそれこそがアエティウスに酬いることだと思うんだけどな、などと考えていると、

「なんてことを言うんだ!」

 と、アエネアスが顔を真っ赤にしてベルビオの言葉を打ち消そうとした。

 アエネアスがアエティウスを好きだったことはダルタロス内では公然の秘密であり、アエネアスも皆に知れていることは十分分かっていたけれども、やっぱり面と向かって言われると結構恥ずかしいらしい。顔を真っ赤に首を横に振り振りして、それ以上言うなとばかり全身でアピールしていた。

 だけれどもベルビオはそんなアエネアスのことなど一切お構いなしだった。

「それに陛下は若にお嬢のことを頼まれた以外にも、結婚しなくっちゃならない理由がある。若をお嬢から奪い去ってしまったんですから、その埋め合わせとして自らが率先してお嬢を幸せにする。それが男ってもんですぜ」

「アエティウスをアエネアスから奪ってしまったことは悪かったと思っているけど・・・」

 だけど・・・代わっての結婚は本人が嫌がっている場合だと、幸せになるかといったら違うだろ。むしろ逆効果だ。

 アエネアスはさっきからベルビオを引っ張って部屋から追い出そうとしている。明らかに僕と結婚なんてとんでもないと考えていないとやらない行動だぞ。

 だけどアエネアスのその行動もベルビオは意に介さずに話を進める。

「つまりふたつの理由で陛下は若が果たせなかったお嬢との結婚を果たさなければならない」

「その論理にはちょっと飛躍がありすぎじゃないかな?」

 何より当人同士の気持ちってものを完全に脇に避けられている。

 有斗は反言を言おうとするが、アエネアスがこれ以上話されては困るとばかりに二人の間に割り入った。

「いいから一回出ろ!」

「お嬢、まだ陛下と話し終えていませんよ」

「この件については有斗と私とで話し合う。部外者のお前らは関わるんじゃない!」

 アエネアスはベルビオの身体をぐいぐいと押して、有斗の執務室の外にようやく押し出した。

 そして顔を半分だけ振り返らせ、有斗に向かって念を押すかのように言った。

「いいか、今言ったのは誤解だ、誤解! ちょっとこの馬鹿を説得してくるから、お前は今言われた言葉を忘れろ! 全部! 一言残らずだ!」

 だがアエネアスの否定もベルビオには本気であるとは受け取られなかったようだ。有斗に対して照れているだけと捉えたようだ。

「必ずお嬢と結婚してもらいますからね!」

 廊下の向こうからベルビオの大声が執務室に響き、木霊した。


 ・・・

 どうやらベルビオらの中では、有斗はアエネアスと結婚することは避けられない未来図ということらしい。

 なんだかまた大変なことになってきたぞ、と有斗は肩を落として嘆息した。

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