狂想曲(Ⅲ)
ラヴィーニアは有斗の執務室を離れると、内裏を出て朝臣が居そうな場所を探してうろついた。
桜は五分咲き。宮中には多くの桜が植えられており、寒さの緩むこの時機には、日一日とつぼみは膨らみ花冠となる。
だがそんな景色に見とれている趣味も時間もラヴィーニアには存在しない。
今日は朝議が中止されたから、各官庁に用がない公卿は既に退去してしまったらしい。なかなかお目当ての人物が見つからない。八省庁へと足を向け、各省にいないかひとつひとつ除きまわる。
と、ようやくその候補者の一人になりそうな人物を見出すことができた。
按察使亜相だ。按察使は地方政治を監督する官である。だが実務は地方に派遣された官吏が行い、中央にいるトップの按察使が行うことは、どこぞの地方で問題が起きるか、王の下問があるとき以外は少ない。であるからこそ亜相と兼務できるのではあるが。
まだ大内裏に残っているとは珍しい。どうやら按察使司にてどこぞの地方の経歴(按察使の副官)か知事と、打ち合わせなり状況報告でも受けていたのであろう。
ラヴィーニアは手を組むと揖の礼を按察使亜相に向けて行う。
按察使亜相はラヴィーニアを認めると、軽く一礼し素早く脇を通り抜けようとした。慌ててラヴィーニアは前に立ち塞がり、その足を止める。
「按察使亜相殿、お聞きしたきことがございます」
「何かね?」
「以前、陛下に行幸を願っておられましたが、具体的な話は決まっておられるのですか?」
「嫌味か? そなたの家に行幸されたことで我が家は後回しにされてしまった。未だ陛下からその話は聞かぬ」
按察使亜相は自身の意向を踏みにじられた不満と、朝廷で長年勤労し続けた自身より、この目の前の小娘ごときが優先されたという屈辱と、いかに中書令が要職とはいえ、どの廷臣よりも真っ先に選ばれたという嫉妬を余すところ無く、その顔に表現して見せた。
もちろん宮中にて鉄面小娘の異名をとるラヴィーニアはそんなことくらいで怯みもしなかったけれども。
「いえ、まだなら構いませぬが」
「用はそれだけかな。私は内府殿より桜の宴に呼ばれておる。あまり遅刻しては失礼にあたるのでな。では失礼」
「いえ、まだ肝心のことを話しておりません。それほどお手間は取らせませんし、按察使亜相殿にも大いに益のある話であるかも知れませんよ」
ラヴィーニアの言葉に按察使亜相は大いに気を惹かれたらしい、今度は身体ごと振り返った。
「もう一度、陛下にお願いいたされてはいかがでしょうか? 按察使亜相殿の館には見ごろの花があるとお聞きいたしますが・・・」
それのどこが私に益のあることだ、と按察使亜相は立ち止まったことを悔やんで、吐き捨てるように答えた。
「あいにく梅はもう盛りは過ぎてしまったよ。我が家には桜は植わっておらぬでな。内府殿の家にでも行かれるがよろしかろう」
「桜は無くとも按察使亜相殿には御自慢の花があるではございませんか。この王都屈指の美花が。目の中に入れても痛くないほど可愛がっておられるとか」
ラヴィーニアの言葉の意味するところは理解できたが、何故今この時に話を進めようとするのかを按察使亜相は計りかねた。
「それは・・・どういうことかね?」
「もしその美しき花が陛下のお眼鏡に適うことになりますれば、按察使亜相殿の未来は大きく開けることとなりましょう」
「いや、しかし・・・! 陛下の側には常にダルタロスの小娘がおるではないか。アレが相手ではないというのか? それに陛下には女人に興味が無いとか言う噂も耳にしておるぞ! そう・・・そもそも女人に興味があるのであれば、何故未だに後宮に一人の女性もおらぬのだ? おかしいではないか!?」
そう、ラヴィーニアと同じく、全ての廷臣が有斗に結婚を薦めなかったのはこの誤解によるところが大きかったのだ。
「どうやら色々な憶測と邪推が重なった結果が、今の陛下の現状であるようなのです。陛下には家族縁者が存在しない。すなわち臣下としては至急後継者を定めて王朝を確固たるものにするべく尽力するものだと誰もが考え付く。だがそれはある程度陛下と距離が近しい者が行う役目だ。当然腹心であったアリアボネや先のダルタロス公あたりが薦めているものだとばかりに思う。そしてその結果として、陛下の横には功臣であるダルタロス家の令嬢が常に居るのだと思い込んでしまったのです。ダルタロス公は陛下にとって命の恩人であるだけでなく、家族とも呼べる存在。さらには五千の兵を擁する大豪族、そして公卿の端にも連なる人物。当然臣下としてはその意向を慮るしかない。羽林中郎将がいる以上、余計な差し出口は身を滅ぼすものとね。だがあたしが確認したところ、二人の間に男女の仲は見られない」
「それが本当ならば・・・確かに私にとって益のある話になりうるかもしれないが・・・しかし陛下にはあまり公然と口に出すのもはばかられるご趣味があるとも噂される。私の娘を見ても食指を動かされるかどうか・・・」
「そうですね。確かに陛下が男にしか興味のない人物だという噂もあった。でもそれは噂でした。これらが絡み合った結果、廷臣の誰もが勘違いしてしまったのです。陛下に結婚を薦めても無駄だ、と。このあたしでさえもそう思い込んでしまった。だが陛下は女に興味が無いわけでもなく、今、特定の女人がいるわけでもない。ならば王朝の永続を考えなければならない臣下の身としては、するべきことは陛下に一刻も早く子を成してもらうことではありませんか?」
「それが本当だとすると・・・まぁ、確かにそうではあるが・・・」
だが按察使亜相としては直ぐにその話を真実と受け入れるというわけにはいかなかった。なにせ話を振ってきたのはラヴィーニアなのだ。どんな陰謀が待ち構えているか分かったもんじゃないというのが本音だった。
「ご身分を考えたら、陛下に相応しい女人はこの世にそうはおりませぬ。按察使亜相殿の御令嬢は才色兼備だと王都でも名高いお方、不足はありますまい。それに陛下は奥ゆかしいお方、自身から臣下に娘を寄越せとはとてもおっしゃらぬでしょう。相手がどんな容姿でどんな性格かわからぬでは、陛下とても二の足を踏むことでしょうしね」
さすがに親から美人ですよなどと褒め言葉を聞いても信用できるはずがない。やはり実物を見たほうが陛下とて心も動くというものだ。
「ですから行幸があったとき、それとなく会わせてみると言うのはいかがでしょうか? もちろん按察使亜相殿の令嬢に結婚のご予定がないのであれば、ですが」
驚きの連続でしばらく活動を停止していた按察使亜相の脳細胞だったが、ようやく全てのパーツが噛みあってラヴィーニアの言わんとすることが全て理解できた。
今なら王の横は空席で、早い者勝ちですよ、といった現実を。
「中書令、よくおっしゃってくれた。確かに陛下に配偶者がおられぬことは天下の一大事。我らが陛下のお心にいらぬご負担をかけまいと思い、躊躇するのは大いなる過ちであった。例え我が家がどうなろうとも、陛下からどんなお叱りをこうむろうとも諫言すべきであった。よくその間違いを気付かせてくれた!」
自身を差し置いて先に行幸された不快など吹き飛ばして、今や命の恩人のようにラヴィーニアの手を押し頂いて、按察使亜相は感謝を捧げていた。
按察使亜相は軽騒な男だ。酒でも入れば今の話しを、さぞ自身が思いついたかのように喋りだすに違いない。
ならばいちいち娘を持つ官吏に粉をかける必要も無くなるというものだ。内府の宴だというからなおさら良いであろう。そこには公卿の連中が雁首揃えているであろうから、その場にいて話を聞いた妙齢の娘を持つ者は、慌てて陛下を自宅に招こうとするに違いない。
とはいえできうる限りの手は惜しみなく打つというのがラヴィーニアの信条だ。これくらいで満足するような女ではなかった。
「さて、と次は関西の連中でも焚きつけてやろうかな」
内府が酒宴に呼ぶ公卿は関東閥だ。その他の派閥もこの際動かして、陛下が身動きの取れぬくらいに外堀を埋めるつもりだった。
それくらいまで追い込まないといつまで経っても世継ぎの誕生など望めない、とラヴィーニアは考えていた。
なにせこれだけ側に美女がいるのにまったく手を出していないなど健全な男子では考えられない事態だった。
その理由を考えるに、おそらく原因は二つ。ひとつはセルノアという典侍の存在。
それほど群を抜いた美人であったという記憶はラヴィーニアには無いのだが、思い出に在るものは時が過ぎれば過ぎるほど実在と懸け離れて光り輝くもの。きっと王の心の中では今もその存在は大きく、キラキラと輝いているのであろうと推察できる。
そして次に王のどちらかというと大人しめの性格によるのであろう。王が一旦口に出せば取り返しが付かないということに怯えているのか、王にはなかなか自身の希望を口にすることを躊躇いがちなところが見られた。これは我意を押し通した結果起きた、四師の乱の後悔がそうさせているのだろう。それはそれで王として正しい姿であるとも言えるが、だがそれでも王なのである。全てのことに遠慮する必要は無い。特に王が配偶者を娶るというのは国家的にも慶事だ。障害は少ない。せいぜいが本人や家族の意思くらいのものだ。
王が望んでいると言ってしまえば相手に拒否権はない。婚約者がいようが王が嫌いであろうが有無を言わずに後宮に入らねばならない。逆らえば私刑だ。
そのことに思い当たり、王が二の足をふんでいる、とラヴィーニアは見た。
それだって解決方法はある。もし誰かが好きなら内意をアリスディア辺りに洩らせばよいのだ。相手や家族の意向を内々に調べてきてくれるはずである。
この二つの要因が重なり、王が女性に対して距離を置き、未だ配偶者がいないという非常事態になっているとラヴィーニアは結論付けた。
国家に対して王は世継ぎを儲け、国に対する義務を果たさなければならない、そう言わなければならない。
それは王に近しい者の役目である。
今現在の王の側近といえば、アエネアス、アリスディア、ラヴィーニアといったところだ。
アエネアスの役目ではないな、とラヴィーニアはまず除外した。何故だかわからないが適任ではない、と理性ではなくて本能で除外したのだ。
かといってアリスディアも適任とはいえなかった。セルノアのことをよく知るアリスディアの口からそんな言葉が出たら、陛下とて気分を害されるであろう。それにセルノアに親しかったアリスディアだ、そんなことを薦めるという事そのものにも反対するかもしれない。
かといって、その女を思い出の中に閉じ込める原因となったラヴィーニアの口から結婚を薦めるというのはもっと最悪だ。逆効果にすらなりかねない。
となればこの事態を解決するには、多少強引なやり方で推し進めるしかない。王に片っ端から女性を近づけて誰か一人を選ばざるを得ないような形にもっていけばよい。
ラヴィーニアは頭の中で推薦者という名の新たな犠牲者の物色を始めた。
翌日、前日にたっぷり休養を取った有斗はいつもより早く目覚めた。また寝坊してアエネアスに寝室に来られては非常に厄介なことになると張り切ったのだ。
なんとかしてアエネアスに有斗の寝室に二度と入らないようにしたいのだが、お前が病気になった時とか刺客に襲われた時はどうするとか、極めて稀な例外を取り上げて言を左右にするばかり。アエネアスには順法精神とかいうやつはないのか、と有斗はぶつぶつ文句を呟いた。もちろん側にアエネアスがいない時の話である。
そしてアエネアスと剣術の稽古をし、朝食を取り、日が昇ると同時に朝会に挑む。
昨日一日お休みしたにもかかわらず、朝議は特に問題も無く終了し、午後の執務に入る。
だがいつもと違って、ここで今日は停滞を余儀なくされた。
いつものように官吏から上奏された書簡を見ていく傍ら、政務に関する陳情や提言を官吏から受け付ける。
河北の街道整備と芳野、越からの侵入を防ぐために東の山岳部に要害を築くという案件の細部を詰め終わった直後だった。
「陛下、もうひとつ今日はお話があるのですが」
「なんだい、按察使亜相?」
「前にお伺いした、我が家への行幸についてですが・・・」
「ああ・・・そういった話になっていたねぇ」
それがきっかけでラヴィーニアの家に行くことになったんだっけ。しかしその後、話が立ち消えになっていたな。
やはり一番最初に有斗が訪問するというところに価値があったのであろうと一人納得していたくらいだった。何故それを再び、今このときに言うのであろうか、と有斗は不思議に思った。
「梅は終わってしまいましたが、新芽も芽吹き、春も酣、この時機の庭も花の頃とはまた違った風情がございます。是非一度お越しください。もし行幸していただけるなら、一生の誉れとなりましょう」
まぁ既にラヴィーニアの家に行幸した以上、別に訪れても何の問題も無いのだが、ここはとりあえず伝家の宝刀を使うことにしておこう。
「前向きに検討しておくよ。昨日のことがあるから直ぐにとはなかなかいかないとは思うけれども」
いちおう昨日の朝議欠席は体調不良ということになっている。それを口実に、とりあえず時間を稼いで先延ばしだ。
「よろしくお願いいたします」
と適当にあしらうことに成功する。
それにしても・・・、と有斗は不思議に思った。行幸を願ってきた公卿は今日これで三人目だった。
「なんだっていうんだ・・・まったく」
ラヴィーニアの家に初めての行幸を行った後は、按察使亜相はじめ公卿たちから誘いを受けることも途端に無くなっていたと言うのに、何故だかわからないが急に再び人気になったらしい。
だけどおっさんどもに人気が出てもなぁ、と有斗は迫り来る女難に気が付きもせずにただ溜息をつくばかりだった。
「女王陛下にはご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」
そう言って仁寿殿でセルウィリアに頭を深々と下げたのは関西の旧臣たちだ。
アリスディアはそれを見て眉間に小さなしわを作った。
後宮に住まうセルウィリアに朝臣が接触することはまず無い。それが関西の人間なら尚更である。
陰謀に巻き込まれるかもしれないと、セルウィリアの身の安全のためにも有斗が厳しく禁じていた。
ところがそこを枉げてお願いいたしたいとアリスディアを通じて公式に謁見を申し出てきたのだ。アリスディアが見張ってればいいんじゃないかな、などと有斗は気楽にOKを出す。
最近のセルウィリアを見る限り、もはや有斗に害意を持っている様子は見られず、この生活にも慣れ親しんでいるように思えた。そろそろ窮屈な生活から開放してあげるべきかも知れないなどと考えていたところだったのだ。
こうして久方ぶりの君臣の対面と相成ったのだ。
だがその第一声が『女王陛下』とあっては温厚なアリスディアといえども眉を顰めざるをえない。
陛下と呼べる人物はこの世で唯一人のはず。それは目の前のこの女性ではないはずなのだ。
「その名前はここでは禁句です・・・玉座にはちゃんとした陛下がおられるのですから」
王女の言葉にアリスディアの存在を思い出したのか、彼らは慌てて場を取り繕う。
「では・・・姫殿下、でよろしいですか・・・」
「はい、なんでしょう」
「実は我ら関西の者一同のたっての願いがあり参上したのであります」
「伺いましょう。と言いましても今のわたくしにできることなど限られておりますけれども・・・」
以前と違い只の客人、持っているものはむしろ目の前の元家臣の方が多いかもしれない身の上なのだ。
「この世界はサキノーフ様より賜いし知識により形作られたものです。サキノーフ様や数々の賢帝の業績を思えば、そのサキノーフ様より連なりし高貴なる血脈がここで玉座から離れて、絶えてしまうことだけは避けなければなりません」
言葉の中に危険な色が含まれていることにアリスディアは警戒を深める。
一応この部屋の横には羽林を潜ませている。だが目の前の者たちとて関西の宮廷で仕えてきた高官、それくらいのことは予測してないはずが無い。
いったい何の目的でサキノーフ様の名と血を持ち出したというのだろう・・・?
「しかし関東のお・・・いえ、陛下の天下はもはや揺るがぬものと思われます。とはいえまだまだ磐石な地盤とは言いかねるでしょう。ここは万民の願いである戦国の世の終結に、関東も関西も区別無く尽力せねばならぬものと心得ます。幸いにして陛下は男性であられ、姫殿下は女性であられます。お二人が力を合わせて国を支えていけばどんなに素晴らしいことか・・・陛下にとっても権力の正当性を確保することに相成りますし、我ら関西の旧臣はじめアメイジアの民にとってもそれは喜ぶべきことであると存知奉ります」
その言葉の意味するところは重大だ。あまりのことに驚き、アリスディアは思わず無関心を装っていた顔を関西の旧臣たちのほうに向けてしまったほどだ。
だが当の本人であるセルウィリアにはいまいち理解ができていない様子だった。
「はぁ・・・」
と、気の抜けた返事をするばかり。
関西の旧臣たちはそれをセルウィリアが気乗りしない証、と受け取った。慌ててフォローに入る。
「もちろん姫殿下がそれを望まないのであれば無理強いはいたしませんが・・・」
「わたくしが? 何をですか?」
彼らはここで、どうやらセルウィリアが先程の言葉の真意をつかみかねていることにやっと気付いた。
「・・・・・・」
顔を見合わせると、おずおずと具体的に話を切り出した。
「女王様・・・いえ、セルウィリア様と陛下の御婚姻のことです。アメイジアの為にはそれが一番いいことだと思うのですが。我らも姫殿下の血が次代の帝に流れていると思えば働きに張り合いもございましょうし、死んだときに先君に合わせる顔があるというものです。またサキノーフ様はじめ歴代の帝もきっとお喜びになられようと思うのです」
セルウィリアは三秒間ほど固まったかと思うと、その意味をようやく悟って真っ赤になって狼狽し始めた。
「わ、わ、わ、わたくしが、へ、陛下とですか!?」
「はい、お嫌でしょうか」
「い、い、い、い、いえ、も、もちろん嫌いなわけではありません! むしろどちらかと言うと好きと言うか、あ、でも恋人のように好きだとか言うのではなくて、好ましいといいますか、嫌いで無いといいますか、気になるといいますか・・・そういった言葉では言い表せられない不思議な気持ちなのです。い、い、いきなり結婚などということはさすがにどうかと思いますけれども、前向きに検討して、その方向で話を進めることには、やぶさかではございませんことよ。いえ、むしろ大歓迎かもしれません。そ、それがアメイジアに生きる全ての民のためになるというなら、王族に生まれついた者の定めとして受け入れなければなりません。そ、そうです、ぎ、義務なのですから! も、もちろん陛下がそれをお望みならばという話になりますが」
その狼狽振りは関西で長年勤めてきた彼らでも見たことが無いセルウィリアの姿だった。
だがその仕草に彼らは自信を深めた。セルウィリアにとって有斗は思いのほか好印象であるようだった。であるならば何の障害も無い。むしろこれで決まったと彼らには思われた。
なにせセルウィリアは崑崙の白百合とも謳われる絶世の美女なのである。性格には少し難があるかも知れないが、教養といい門地といい、男なら拒否する理由が無い。もちろん天与の人として降臨した王には、サキノーフ様に連なるその高貴な血の利用価値も見逃せないところであろう。
「では姫殿下さえよろしければ、我々の口から陛下に奏上することにいたします。よろしいでしょうか?」
「そ、そうですわね。それがいいかもしれませんね。そう、そ、それにわたくしの口から直接言うのは、いささかはしたないというものです。陛下にも幻滅されるやもしれませんしね」
真っ赤になった頬を必死で手で隠しながらセルウィリアは何度も何度も同意を表すために首を縦に振る。
「でも・・・その・・・くれぐれも慎重にお願いいたしますよ」
丁重に頼み込むセルウィリアのその目には期待といったものが含まれているようにアリスディアは思えた。
「はい、お任せください」
何かとんでもない流れになってきた、とアリスディアは何らかの嵐の幕開けが近づいてくることに身震いした。