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紅旭の虹  作者: 宗篤
第六章 帷幄の章
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書簡を送る

 有斗はその日のうちにさっそく、四十枚近く、諸侯に送る書簡を書いた。

 といっても本文は中書省の役人が考えた文面を、書の上手い官吏が書いたもので、有斗のしたことと言ったら一番最後に下手糞な字で自分の名前を書いただけだったけれども。

「書いてある内容、ほとんど同じだけどいいの?」

 ざっと見たところ三、四パターンしかないように見受けられる。コピペメール貰ったような気分にならないだろうか? 誠意が無いにも程があるだろう。

「かまいません。どうせ隣の諸侯と見せ合いっことかしませんから。ここで重要なのは、陛下から直々に降誘の手紙を受け取ったという事実です。諸侯が敵対したことを陛下がお怒りになっているわけではなく、何ら罰することなく味方に引き入れたいと考えているということを知らせるのが目的です。向こうが頭を下げてきたのだから、と立場を変えることに対する領民や部下たちへの言い訳が立ちます。諸侯の面子も傷つかずにすみます」

「そんなものかな・・・」

 有斗はその効果に疑問が湧くが、だがやらないよりはやったほうがいいと気を取り直す。まったく効果が無いわけでもないだろうし、手紙だけで乱が終わるなら、兵を動かすよりもずっと楽だし解決が早い。

 今でこそ多くの諸侯が有斗に矛を向けているから、敵対諸侯も強気ではあろうが、少しでも帰順させてしまえば状況は変わる。包囲網に加わる諸侯が減るに連れて、残った諸侯は不安に駆られて兵を収める方法を模索するに違いない。

 有斗がそう考えていると、横からセルウィリアが手紙を覗き込みながら有斗に質問をしてきた。

「陛下、ひとことお聞きしてよろしいでしょうか?」

「なにかな?」

「反乱を起こした関西の諸侯はいかがするおつもりでしょうか? 確かにカヒの野心に乗せられた者や、この乱で一旗上げようと考えた不届き者もおりましょうが、多くは関西の復興を旗印に立ち上がりました。長年仕えてきた関西の王家への懐旧の心、そしてわたくしがもはや関西の再興を望んでおらぬと知らぬ無知から起こした愚行でしかありません。もちろん、その罪は万死に値いたします。ですがそこを()げていただけないものかと思いまして。それは前の主人に対する忠義の心の発露でもあります。前の主人に対して忠ならば、新しき主人に対しても必ずや忠義を尽くしましょう。できますれば陛下のご寛恕(かんじょ)を賜りたく存じます」

 と、橙色の髪を垂らして優雅に頭を下げて頼み込む。

 そこは生粋の王女様、平伏とか拝跪(はいき)とかではなくお辞儀だ。

 でも意外だった。いちおう関西の諸侯のことを気にかけてはいたのか・・・

 なんていうか関東朝臣から見た王女に対するイメージや、白鷹の乱での対応、さらには引き継がれた時の関西朝廷の杜撰(ずさん)さから判断すると、有斗が持っていたセルウィリア像と言うのは、適当に日々をこなすだけの、無気力社員ならぬ無気力王女だったのだ。

 だがどうやらその認識は改めなければならない時が来たようだ。少しは国や民について考えるようになっている。

 自分の国が攻め滅ぼされて、色々考えるところもあったのかもしれないな、などと有斗はちょっと上から目線で考えていた。

「うん、もちろん関西の諸侯にも書状は出す。今、矛を収めるのなら罪には問わないと、ね」

 返答代わりににっこりと笑みを浮かべると、生来の美しさが一段と輝く。笑うと大輪の花が咲くようだ、とか言う表現はまさに彼女のためにあるに違いない。

「でしたらわたくしからも書状を出すというのはいかがでしょうか? そのほうが彼らを説得しやすいと思いますし」

「ああ、それはいい。是非そうすべきですね」

 ラヴィーニアがセルウィリアに大きく賛同した。

 なんだかんだ言って初代皇帝である高祖神帝ことサキノーフ様に対するアメイジアの民の抱いている思いは信仰に近いものがある。その血を引いているセルウィリアの言葉は諸侯に良い影響を与えることが期待できる。

 まして少し前まで関西(かれら)の女王だったのだ、その要請は命令に近いものがあるはずだ。

「では私も書簡をしたためます。誰に出せばよろしいのですか?」

「ああ、ならばあたしが諸侯の名前を書き出しますので、その諸侯の実情にあった文章を考えていただきたい。もちろん代筆する者は中書から呼び寄せます」

 会話に混じれないアエネアスが暇そうに有斗が署名した書簡を眺めていた。

「しかし河東の諸侯にも出すようだが効果はあるのかな?」

 見慣れない名前の宛名に、ああこれは河東諸侯か、と気付いたアエネアスが効果に疑問を投げかけた。

 何せ河東と近畿の間には大河がある。朝廷に味方しようものなら、援軍が川を渡る前にカヒに攻め滅ぼされかねない。それを考えると、事実上、今の勢力範囲のままなら河東諸侯は否が応でもカヒに味方するしかないのだ。

「そこは駄目元。多少揺さぶるくらいの効果はあるはずさ」

「揺さぶってどうする?」

「今度の戦いで大きな敗北をしたカヒは、しばらくは畿内に攻め込めるだけの力は無い。だけれどもこちらも遠く七郷盆地まで大規模な軍を催して遠征する力はとうてい無い。ということは双方睨み合いが続くと考えたほうがいい。だからといって何もしないわけにはいかないし、向こうも何もしないわけではないだろう。こちらが国力を蓄えると同じように、向こうも国力を蓄えるということは幼児でも理解できる理屈さ。ここからしばらくは双方謀略と政治を持って対峙(たいじ)することになるだろう。その為には色々と布石を打っておかないといけないからね」

「謀略と政治ねぇ・・・有斗にとってはあまり得手とはいえないな」

 剣も戦争もあまり得意とは言えないけれど、ともアエネアスは思ったが、さすがにそこまで言っては可愛そうだと思ったらしい。めずらしくそこで口をつぐんでいた。

「・・・悪かったね」

 アリアボネがいたらな、と有斗は溜息が出そうになる。だけれども王たるもの失望や苦しみを外見に出してはだめだ、とぐっと気を取り直す。

「大丈夫ですよ」

 ラヴィーニアはその薄い胸を大きく張った。

「代わりにあたしがおります、陛下。剣の振り方ならともかく、他人を騙し、他人の心に付け込み、他人を利用する術ならば、このラヴィーニア・アルバノ、この世に並ぶものなき人物と自負しております」

「・・・」

 そんなことを力説されても同意していいやら悪いやら。有斗は苦笑いを浮かべながら、眉を(ひそ)めないよう我慢するのが精一杯だった。

「・・・本当にお前って凄いな。たいしたもんだ。真顔でそんな言葉を大言壮語できるだけでも尊敬するよ」

 と、アエネアスは褒め言葉とも嫌味ともどちらにでもとれる言葉を呆れた顔をして呟いた。

 そんな言葉にもラヴィーニアはどこ吹く風だ。

「お褒めに預かりまして、実に光栄至極」と、芝居がかった仕草で大仰に一礼して見せる余裕すらあった。


 有斗が帰還してから三日後、王都近くの駐屯地に続々と王師が帰ってきたとの報告を受けた。

 有斗はさっそくその一部を河北に振り向けることにする。

 休む暇も無くこき使われる将兵には不満もあるだろうが、河北から敵を一掃しておかねばならない。

 いつなんどき背後から王都を襲撃されるかと思うと、大きく兵を動かすことができないからだ。つまり剣を向けた諸侯のほうはしばらくなら放っておけるが、こっちはそうも言ってはおられないということである。

 未だ河北に残っている第十軍を枯死させないためにも、また河北をカヒの支配地域に組み込ませないためにも、一刻も早い解決が求められていた。

 だがそれは必要なかったかもしれない。

 イスティエアの敗報が伝わると、カヒの河北侵攻軍はそれを良い口実として、すぐさま撤収にかかった。

 第十軍兵士の執拗(しつよう)な攻撃にほとほと疲れ果てていたのだ。

 彼らは夜間、暗闇に紛れて襲い掛かり、打撃を与えると直ぐに撤収する。もしくは斥候に出された兵などを狙って攻撃してくる。しばしば迎撃に成功して襲い掛かった部隊に反撃を加えたりもしたのだが、それは多くても十名程度の部隊であり、例え全員討ち取ってもまた別の部隊が襲い来る。敵の本拠地はわからず、いつどこで襲撃があるかも分からない。その心理的な圧迫感は精鋭をもって知られるカヒの兵でも耐え難いものだったようだ。

 二万五千の兵力は牽制に使うには十分すぎる数だったし、王師に対しても五分以上に渡り合えた。

 だが小規模の部隊に分かれて抵抗する敵を殲滅し、河北全土を制圧するには物足りなかった。

 もう少し兵があれば、と言った気持ちであったかもしれない。

 だが無いものをねだって現状が変わるわけではない。

 本隊が敗北したからには長居は無用とばかりに、粛々(しゅくしゅく)と帰還の途についた。

 二万五千という数では、王師全軍と戦って勝てるとまでは、さすがのガイネウスやデウカリオやバアルと言った剛腹な人間にも言い切れなかったからだ。

 それにこうなったからには二万五千もの兵力はカトレウスにとって欠くべからざる戦力であろう。撤退し戦力を温存し、来るべき時に備えるべきだ。

 それに河北侵攻軍が無事に退却できなければ、今以上にカヒの権威は低下する。諸侯も騒ぎ出すに違いない。


 有斗が河北に送った王師はエテオクロス隊、アクトール隊、ステロベ隊、エレクトライ隊、ヒュベル隊、ベルビオ隊、合計約三万である。

 現地にいる第十軍と合流すれば三万五千である。敵との差は一万もある、格段に優位だ。

 とはいえ河北に渡った段階で、既にカヒの撤退は知れ渡っており、意気込んで来た分、いささか拍子抜けした感は否めなかった。

 だが何が起こるか分からないし、カヒについた諸侯へのプレッシャーにもなる。

 エテオクロスはすぐに王都に引き返すのではなく、慶都(けいと)へと足を向けた。


 カヒの撤退を確認してようやく、ガニメデはねぐらにしていた深い森の中から、春を迎えた熊のように這い出てきた。

 各地に散った兵士も次々と慶都に戻ってくる。カヒの兵が来たため逃げ去っていた住人たちも戻ってきていた。

 慶都では既に人で溢れんばかりだった。

「ガニメデ卿、ご無事で何より」

 慶都の政庁ではエテオクロスがガニメデを待ち受けていた。

 ガニメデはしばらく野で暮したせいか着ているものも泥だらけで、只でさえ見栄えのしないその外見は、もはや田を耕した後の農夫そのものだった。

「エテオクロス卿、あのカトレウス相手に見事な勝利、お祝い申し上げますぞ。とはいえ、その歴史的な勝利に私が加われなかったことが残念でなりません」

 ガニメデは心底悔しがっていた。それもしかたがない、戦場での功は見られていないと意味が無い。誰か他に見ている者があってこそ、巷間にも語り継がれる艶やかな物語にもなり、それでこそ恩賞に期待ができるというものだった。

 見えないところで敵の足止めをしているよりも、目の前で槍を振るっているほうが王に与える印象は良いに違いない。天地ほどの差があることだろう。

「何の。あれは陛下の策がぴたりと的中なされたから、我らはその下知に従っただけ」

「ほう」

 ガニメデは驚いた。韮山のことを考えると、王はどう見ても凡将、辛うじて部隊指揮だけは可能といったレベルでしかないと思っていた。その王が歴戦の武人であるカトレウスを破ったと聞いても、すぐには納得できるはずもない。それをエテオクロスの謙遜であろうと思ったとしても仕方が無いであろう。

「・・・それでも陛下の目の前で華々しく戦い、勝利を得たことに違いありますまい。こちらはこの通り僻地で地味な働きです」

 と、ガニメデはがっくりと肩を落とした。

「いやいや我らが後顧の憂い無く戦えたのは何と言ってもガニメデ殿が河北で敵の別働隊を足止めしてくれていたからです。この殊勲は今回の戦でも一、二を争うと言えましょう。きっと陛下も内心ではそう思っているにちがいありません」

「そう思っていただけるとありがたいですが・・・そう上手くは行きますまい」

 いつも王の目の届かないところで戦っている、かなり頑張っていると思うんだがあまり評価されない、貧乏くじばかり引いている気がする、とガニメデはなんだかやりきれなかった。

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