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紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
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内部分裂

 フォキス伯をほぼ無傷で撃砕(げきさい)したことで事態は大きく好転した。

 先んじて朝廷につくと公言していたブリタニア、プレヴェサの両伯からは、圧力にたまりかねたように使者がやってきて弁明に努める。

 あくまでも朝廷に(にら)まれないために宣言しただけで、王に逆らう意図はなかったと平身低頭に謝辞を述べる。

 残るはマグニフィサ伯だが南部から王都に攻め入る街道からは大きく外れており、無視できる。

「いちおう偵騎は出しますが、おそらくは大丈夫かと」

 これで南部諸候連合軍は王師だけを相手に考えてさえいればいい、とアリアボネは言った。

「そっか、これでいよいよ王師と戦うんだね」

 南部諸侯を平らげるのにどれだけ時間を浪費するかと思っていただけに、予想より早く王都に帰れそうだと思って、有斗はアリアボネに嬉しそうに顔を向けた。

「いつごろかな?」

「もうそろそろ王都を発したという知らせが届くかと思います。二週間以内かと」

「そうなの? 早いね」

「むしろ遅いくらいです。私の目論見ではすでに一軍ないしは二軍と交戦しているはずでした」

 自分の予想と違ったその理由がわからない、とアリアボネは首を(ひね)る。

「どうしてかはわかりませんが、朝廷の動きは遅い。何か大事が起きたのかも」

 それがこちらに優位に働くことであればありがたいのですけど、とアリアボネは付け加えた。


 軍は先の戦で痛んだ武具を取替え、失った矢を補充する。

 行軍の遅い輜重(しちょう)も無事にニザフォス峠を越えた。

 そうやって隊伍を整え、再び行軍する準備に半日が過ぎた。

「朗報です!」

「ん? なになに?」

 出発しようと有斗が|靴を履いている時に、偵騎が急報を持って飛び込んできた。

「敵が内部抗争を始めました!」

 偵騎がもたらした、その知らせにアエティウスは敵の行動の鈍さを納得し、頷いて見せた。

「左府と内府かい? 元々政敵だ。いずれは政争を起こすと思ったが・・・思ったより早かったな」

「だけれどもこれで勝機が増えました。しかも我々には取れる選択肢も増えた。両者を戦わせて残ったほうと戦う、あるいはどちらかと組んだ後に残ったほうを返す刀で倒すという手が使えます」

 アエティウスとアリアボネは突如、舞い込んだ朗報に興奮気味だった。

「いえ、左府と内府ではなく、亜相ブラシオスと他の三人との間に亀裂が入ったとのこと!」

 だが偵騎の口をついて出た言葉は二人の想定とは違ったようだった。

「それは・・・」とアエティウスは絶句し、

「・・・想定外です」

 とアリアボネも羽扇を口に当てて小さいながらも驚きを表していた。


「それでブラシオスは討たれたのか?」

「いいえ。王都から逃げ出し、自身と縁のある王師下軍を掌握した模様。その後、王都を離れ鹿沢城に入場した模様です」

「鹿沢城は南部、関西に対する抑えの城だ。糧秣も武器も豊富に蓄えられている。(こも)られるとやっかいだな」

 アエティウスの言葉にアリアボネは賛意を表すように頷いた。


 王のいない宮廷ほど不安定なものはない。

 まして反乱を起こし、王師四軍を掌握したのは、

 クレイオス  左府(さふ)

 ネストール  亜相(あそう) 羽林(うりん)大将軍(近衛軍の最高指揮官)

 エヴァポス  内府(だいふ)

 ブラシオス  亜相 武部尚書(ぶぶしょうしょ)(国軍の文官最高位)

 の地位も勢力も同じような四人なのである。

 よってこの乱は後世に四師の乱と呼ばれることになるのだが、王を放逐するために一致団結していたその力は、目的を達した以上、早晩、内に向けられ、主導権を巡り対立することになるのは目に見えていた。

 特にクレイオスとエヴァポスは祖父の代からの政敵であった。必ずや反目する。

 よってこの乱を主導したラヴィーニアは四人の薦める高い官職に付くことを断り、もとの中書侍郎に留まって、その四人からあえて距離を置くことで身の保全を図った。

 最初に争いを始めたのはラヴィーニアの想像どうりにクレイオスとエヴァポスだった。

 二人とも空位の相国(しょうこく)()こう、主導権を握ろうとして、朝廷内での多数派工作を始めたのだ。

 当初、ネストールが間に入って、仲を取り持とうとしたが、事態は悪化の一途を辿り、王師同士が相打ちしかねない一触即発の情勢となった。

 戦は近いと臣民が怯える中、やがて意外な事実が判明する。背後でブラシオスが両者を()きつけていたのだ。私が味方に付くから相手を食い殺してしまえ、と。

 両者ともブラシオスが掌握している後軍が味方につくならば、と勇気づけられ、(いさか)いを始めていたのだ。

 両者共倒れを狙ったのであろう。あるいは両者が戦い傷つき、官吏からの信望を大いに失う中、自身の権勢を増してやろうと思ったというところだろうか。

 踊らされていたことに気付くと、一転してクレイオスとエヴァポスは同盟を組み、ブラシオス排除へと動き出した。

 羽林、金吾(きんご)の兵を用いてブラシオスの館を包囲したのだ。

 だがブラシオスは間一髪のところで王城を抜け出し、後軍の駐屯する宿営地に逃げ込むことに成功した。

 後軍にもブラシオスの討伐令が発せられたが、ここでブラシオスが武官の人事考察などを(つかさど)る武部尚書であったことが幸いした。

 実際に後軍を指揮する将軍たちと(ちか)しい存在だったのである。


 後軍はブラシオスを支持し、王都を離れて南へ移動し、鹿沢城を接収した。

 鹿沢城は王都にとって南部や関西の押さえの城である。よってそこには一万の兵士が営するのに十分な広さと食料を十分内包していた。

 しかもブラシオスに親しくしていた者は後軍だけでなく、他の三軍にも大勢いるのだ。今でこそ下軍に同調する動きはないものの、軍を動かせば裏切り者が出るやも知れぬ。そういった思いからクレイオス、ネストール、エヴァポス()迂闊(うかつ)に軍を動かせなくなった。


 とはいえブラシオスにも他の三人全てを相手にする勇気も、後軍以外の三軍を確実に味方につけるだけの器量もなかった。

 かくして戦争とも平和ともつかぬ、いびつな仮初(かりそ)めの安定が王都に訪れていた。

 王が発した檄文が舞い込んできたのはそんな時である。

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