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紅旭の虹  作者: 宗篤
第一章 召喚の章
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召喚の儀

 夕雅有斗はオタク趣味のある他は、特に強力な個性も無い普通の学生であった。

 その日、有斗は机にむかって教科書とノートを開いていた。

 と言っても真面目に勉強しているというわけではない。

 じゃあ、何をしてるのかと言うと

 つまり・・・まぁ・・・ナニをしようとしているわけだ。


 昼間、秋葉に行って、薄くて高い本を二冊ほどゲットした。とうぜん、帰ったらすることはひとつ。芸術鑑賞会だ。


 教科書とノートは、万が一、母親が部屋に入って来た時、薄い本の上にスライドさせ、あくまで勉強をしているというカモフラージュに使うつもりだ。

 だが今になって、よく考えてみると問題点があった。薄い本はそれで隠せるとしてもズボンが半脱ぎというみっともない姿では、カモフラージュになるもクソもない。

 だけど、その時の有斗はそれで誤魔化しとおせると思っていたのである。

 なんて幸せな、そして愚かな人間であったことか。


 その時の有斗が今、目の前にいさえすれば、親が寝るまで我慢しろ、さもなくばすぐにズボンを穿いて中止しろと警告したことだろう。

 そうすれば少なくともあの悲劇を回避できたはずなのだ。

 だが、それは不可能なことだ。

 の○太に匹敵する知性と怠惰を所持しているところの有斗であったが、毎日ふとんを出し入れするために開く部屋の押入れで、一度たりともドラ○もんを発見したことはない。当然、過去に(さかのぼ)れるタイムマシンなどという便利マシーンは所持していない!

 ああ! 今思い出しても、のたうちまわって、死んでしまいたいくらい恥ずかしい!


 それが起きたのは、薄い本がクライマックスを迎える寸前のことだ。

 たしか十五ページの「お兄ちゃんらめえええぇぇぇぇ! そんなの入らないよぅ」のあたりだった・・・・?

 いや、十六ページの「よいではないか、よいではないか! どうせ血は繋がっていないんだから!!」 のところだった・・・かな・・・?

 有斗は当時の曖昧な記憶をひっくり返すが、どうにも確信が持てる結論を導き出すことはできなかった。

 いや・・・そんなことはどうでもいい! 起こった事件にはまったく関係ないことだ。とにかく薄い本がクライマックスを迎えるのとシンクロして、有斗もクライマックスを迎えようとした。

 と、その時、突然視界がグニャリと曲がった。


 最初、有斗はそれは立ち眩みに似ているな、と感じた。でも立ち眩みにしては椅子に座ったまま起きるというのが奇妙なことに思えた。あ、でも、息子のほうが立ってるからありうる事だよな! なんて愚にもつかないことを考えた。

 調子に乗っていたあの時はそうは思わなかったけれども、今から考えると、これまた酷いすべりようである。有斗は自身にギャグセンスがないことは十分承知していたが、それでも絶望して首を括りたくなるほどの滑りようであった。

 ・・・ま、ともかくも、ちょっと激しくやりすぎて立ち(くら)みを起こしてしまっただけと思った有斗は、クラクラする頭を手で押さえた。

 こうして、しばらくすれば治るだろうと(たか)(くく)っていたわけだが、どうも一向に収まる気配が無かった。

 それどころか部屋が揺れているような感覚までも加わってきたのだ。

 いや、これは・・・感覚じゃなく、実際揺れてる!? ひょっとしたら地震? しかも・・・かなり大きい?


 ヤバイ


 有斗は急いで机の下に潜り込もうとした。

 だがおかしい。さっきまで足の下にあったはずの床の感触がもうなかった。

 あ、2階の床が抜けたんだ、と有斗思った。

 床が抜けるほどの地震だったら、助からないだろうな。ふと、そうも思った。

 でも不思議と死の恐怖はなかった。

 そのとき考えていたことは、下半身パンツ、そして薄い本を右手に持った状態の有斗の死体を見た検死官は、死因を地震だと判定してくれるだろうかというどうでもいいことであった。


 無理だろうなぁ・・・


 ・・・


 あと、せめて一回SEXしてから死にたかったなぁ・・・。


 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 座っていたはずの椅子の感覚がない。

 残されたのは体は下に落ちるけど、胸のあたりだけが上に持ち上げられるような感覚。ジェットコースターに乗ったときのアレに似ている。

 有斗はやがて足の裏に地面の感触を感じた。二階から落ちた割には衝撃は驚くほど少なかった。

 ふわりと、そう、積み重ねた布団の上にダイブしたような柔らかな感触だった。

 だが手の先から伝わってくるザラザラとした感触は土の、明らかに地面のそれだった。さらには不思議なことに、一向に天井が崩れ落ちてくる気配がなかった。

 有斗は恐る恐る、そっと目を開いた。


「・・・・・・」

 蒼い髪をした年の頃17歳くらいの少女が目を丸くして有斗を見ていた。

「・・・・・・」

 灰色の髪の厳しい顔をした70を越えてるであろう老人も口をあんぐり空けて有斗を見ていた。

「・・・・・・」

 壮年の茶色の髪をした鎧で身を固めた武人も眉を(ひそ)めて有斗を見ていた。

「・・・・・・」

 黒髪の中年の脂ぎった顔をした男は呆然と有斗を見つめていた。

「・・・・・・」

 藍色の髪の毛を短く切りそろえた少女が何がおかしいのか半笑いで有斗を見ていた。

 不思議な光景が目の前に展開されていた。有斗の周りをぐるりと一周、人が取り囲んでいる。

 そうか!

 有斗はこの事態を地震が起きたからレスキュー隊が出動しているんだな、と結論付けた。

 でも・・・レスキューにしては早すぎないか? それに・・・なんだこの格好・・・和服? 洋服? どちらでもないな・・・それに髪の色が色とりどりだ。赤、青、金、栗、茶、黒。ゲームかアニメのコスプレ? 大体、なんでみんな僕を見つめているんだろう・・・?

 有斗の脳に次々と新たな疑問が浮かび上がる。


「あの・・・僕を助けに来てくれたんだよね・・・?」

 有斗の言葉に一同、顔を見合わせる。一斉にざわめきが沸き起こってその場を支配した。

「まさか・・・呼び出せるとは・・・」

「ここ二百年、成功したことなどなく、単なる年次儀式であるとばかりに・・・!」

「伝わっていた召喚の儀は本物だったのだ!!」

え・・? 何々? なんで驚いてるの? ひょっとして長い間気を失っていて、奇跡の生還とかそういうやつ? 僕は何日も埋まっていたとか?

 一向に掴めぬ現実に混乱を見せる有斗を見ると、やがて一人の少女がおずおずと一歩前に進み出た。

「いいえ」

 少女はかぶりを振った。蒼い、まるでアニメかゲームからでも抜け出してきたような髪が揺れる。

「私たちが助けてもらうために貴方を呼んだのです」


 有斗はびっくりした。

 だってそうだろう? 彼女がそう言うや、一斉にその場にいた全員が地面に伏せて土下座したのだから。

「陛下、お願いいたします」

 青い髪の少女がそう言うと、そこにいた全員が一斉に頭を下げた。

「どうぞ・・・この乱れた世をお救いください」

 (うた)い上げるように一斉に唱和する。

「私たちアメイジアの民をお導きください・・・」


「助けるって・・・何を? それに・・・僕が?」

 混乱に拍車がかかった有斗は思わず情けない声を出す。

 蒼い髪の少女は困ったような表情を見せる。

 失望させちゃったかな、と有斗は申し訳ない気持ちが心の中に浮かび上がる。

 弱った。そんな顔をされると悲しくなる。かといって訳がわからないことを安請け合いもできないし。そもそもタミオミチビクとかヨオスクエだとか何を言ってるんだ・・・?


 いや・・・待てよ・・・

 ひょっとして・・・民を導く・・・か?

 そして・・・”世を”・・・つまり世界を救え、か?


 有斗はやっと、目の前の風変わりな衣装や奇抜な色の髪に納得がいった。


 ははん、これは・・・アレだ。


 夢だ!


 間違いない。


 オ○ニーしてたら地震が起きて、家が崩れたと思ったらこんな場所にいるという、脈絡のないことが現実であるはずがなかった。


 「世界を救え」なんてゲームやラノベの世界にはよくある話。LLラストレジェンド13エピソード5を高校受験そっちのけでクリアしたっけ・・・最後の投げっぱなしエンドには猛烈に腹がたったけど・・・と有斗はゲームに明け暮れた過去を懐かしむ。

 最近してなかったけれども、有斗はその手のゲームが大好きだった。

 だから、たぶん、そういった潜在意識が有斗にこの夢を見せたんだろう、とやっと得心が行った。

 そういえば目の前の美少女は有斗の好みにぴったり一致する。現実なら顔のパーツの一部分くらいは気に入らない場所があるのが当たり前なのに。だが、夢なら納得がいくことだ。

「あの・・・何か私たちが至らぬ点がございましたか・・・?」

 少女は不安げな表情を見せた。それがまた可愛いんだ。

 あああ。これが現実ならどんなに幸せだったことだろう・・・!


 おっといかん。自分のなかで答えを出すのに夢中になって、目の前の事態をすっかり忘れていた。だけど夢だとわかったならもう安心だ。もうズボンを脱ぎかけた変死体になる件で悩む必要もない。目が覚めるまでの小一時間、この幻を楽しもうではないか!

 有斗は明るく前向きに、この夢を満喫することを決意する。

「夢だということは・・・何をしてもいいってことだよな・・・」

「・・・はぁ?」

 不振顔の少女を目の前にして、とりあえず、思いついたことから始めることにした。


 ムギュ


 有斗はおっぱいを両手で鷲掴(わしづか)みにしてみた。手に伝わる柔らな感触。服越しで、なおかつ夢とはいえ、生まれて初めて母親以外で触ったおっぱい。その感触は想像していたものより更に柔らかく、そして甘美な触り心地だった。

 ああ!夢とはいえなんて幸せなんだろう!!

 女の子って柔らかいんだなぁ!


「・・・?」

 女の子は何が起きたのか一瞬把握できなかったのであろう、ビックリした表情で有斗を見た。

「・・・・・・!」

 やがて自分の胸に視線を下ろすと胸を掴んでいるのが有斗の腕だと認識したらしい。

「・・・・・・!」

 そしてゆっくりと再び、有斗を見上げた。


「き・・・」

 少女は肺にある呼気を一滴残らず総動員して、華奢な体からは想像もつかないほどの悲鳴をあげた。

「きゃあああああああああああッ!!」


「痛ッ!」

 当然の反応。胸を掴んでいた有斗の手は、払いのけられた。ジンジン痛む。

 ・・・痛い・・・だと? 最近の夢は痛みがするのか・・・? アニメなんかだと、叩かれて痛みを感じることで現実世界であることを確認するとかだった・・・ような。

 だとすると・・・痛みを感じている今こそが現実・・・?

 でも、目の前の世界が現実だとは有斗にはとても思えない。

「し・・・失礼いたしました!」

 がばっ、と少女はひれ伏すや、まくしたてた。

「いきなり初対面で胸を触られましたもので・・つい反射的にッ・・・そちらの挨拶かも知れませんのに・・・!陛下のお手を払うなどとまさに言語道断!! こちらではそういう風習がないものでして、と、とにかく申し訳ありませんでしたッ!」

 いや、僕の住んでいる世界もそんな風習はないから、と有斗は脳内でツッコミを入れる。

 ていうか・・・たぶんそんな世界はどこにもないんじゃないかな?

 あるのなら、生まれ変われるとしたら、そんな世界に生まれたいものだと有斗は心底願った。そうすれば、毎日おっぱいを好きなだけ揉みまくれるのだけれども。

 もっとも、それも生まれ変わることもあるとしたら、だが。


「ところで」

 恐縮した彼女と凍りついた場の雰囲気に、いくら夢とはいえ、居たたまれないと、(なご)ませる取っ掛かりにでもなればと思い、有斗は努めて明るく話しかけた。

「これは夢だよね?」

 かえってきたのは

「・・・いいえ、現実です」という答えだった。

 なかなかに凝った夢だと有斗は(うな)った。夢の中で夢であることを否定するとは、なかなか新しいパターンであった。有斗の今まで読んだラノベにはないパターンだ。


 その時だった。平伏する一団の中から、小さな影が立ち上がった。影は藍色の髪の毛を短く切りそろえた少女のもの。背の高さや幼い顔つきを見たかぎり、中学生・・・いや、もう少し前くらいの年齢だろうか。少し目つきが悪い。

 有斗のほうをただ見ているだけなんだけど、特徴的な眉もあって有斗を(にら)みつけているようにも見える。

 だけど、うん、まぁ悪くはない、整った顔立ちは、成長すれば美女になる雰囲気を持っている、などと失礼極まりない値踏みをする。この子も有斗のストライクゾーンだった。

 さすがは夢の中、有斗の好きなタイプの子ばかり登場してくると、有斗は変なところに感心をする。

 彼女はしずしずと歩むと、小脇に抱えていた重そうな本を、おもむろに取り出した。座っている有斗の顔の前、斜め上・・・とにかくそういった位置に、両手で少し本を開き持って立った。


 なんだ・・・? 僕に本を見せたい・・・とかかな?


 有斗が疑問を持って本の表題を眺めようとすると・・・


 ゴズッ!!!!!!


「vに尾はういpjv:jlkjfpりcdぁkljd@!?」

 有斗の口から、声にならない悲鳴のような何かが発せられた。

 それはしょうがないであろう。だって彼女の振り下ろした本の、それも角が前頭葉(ぜんとうよう)のあたりを強打したのだから。そりゃあ悲鳴のひとつも出ないほうがおかしい。おかげで有斗の脳は頭蓋骨の中を3往復は反復しただろう。


 だいたい彼女のそれは、本というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄・・・ではないな。紙でできてるし、うん。

 まぁでも、どこぞの狂戦士が振り下ろす鉄塊の何分の一かの威力はあった。

 何しろ、一瞬、五年前に死んだ有斗のじいちゃんの姿が見えたくらいだ。

 小さい子だと思って油断したが、なんて凶暴なガキだと、有斗は睨み付ける。

「痛いですか?」

 なにがおかしいのかそのガキは半笑いで有斗を見下ろしていた。

「痛いのならば、夢でなく現実だということです」

 目の前の目つきの悪いクソガキに教え諭されるのは不愉快だったが、どうやら認めなきゃならないようだ。この激痛は、確かに夢ではない! 

 ていうか痛ェ! もだえ苦しむほど痛いぜ!

「な・・・」

 青い髪の少女は一瞬絶句し、次の瞬間、その少女に向けて詰め寄った。

「陛下になんてことをするのッ!!!」

 それをきっかけとしてあちこちからそのクソガキを糾弾する声が上がる。

「これから王として迎えようとするお方に、あまりにも無礼ではないか!」

「いや、どうも現状を把握されておられぬようなのでな。早めに正気に戻っていただかないと我々も困るだろ?」

 何がおかしいのか、そのクソガキは有斗を見て、クククと鼻で笑った。

「そ、それはそうだけれども・・・」

「とりあえず、どうだろう。王宮にお迎えするというのは」

 藍色の髪の小娘はやけに老成した大人びた口ぶりで、明らかに年上と見える蒼色の髪の少女に言った。

「この方も事情を飲み込めていないようだし」

 そうしたほうがよいと、幾人かが顔を見合わせると賛同の声があがった。

「そ、そうですね」

 青い髪の少女はその言葉に一理があることを認めたようだった。

「とりあえずお話を聞いていただくためにも、陛下、とりあえず王宮に行きませんか?」

「う、うん。ここじゃ落ち着かないし」

 と有斗も彼女の言葉に頷いてみせた。

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