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紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
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挙兵

 翌日、有斗はさっそく反乱鎮圧、王都攻略の為の戦略会議を開くことにした。

 といっても有斗の部屋に有斗、アリスディア、アエティウス、アエネアス、アリアボネが集まっただけなのだけれど。


 有斗が与えられた衣装は王に相応しい、つまり王宮で着ていたような、清潔かつ美麗(びれい)ないいものであったが、同時にダッブダブの動き難いものだった。ご丁寧に王冠代わりになるような宝石のついた冠まで用意してくれている。実に重い。

 これ着なきゃだめなのかなぁ・・・と有斗が不満げにアリスディアに言うと、

『王たる者、威厳が大切なのです。いつまでもその汚い身なりのままでは・・・』

 と、柔らかに拒否された。

 逃亡中に着た服は確かに小汚い。最初はほんっとうに嫌だったけど、旅の途中で慣れた。

 それに町行く人々はみんなつぎの当たったこういった着物を着てるんだし、慣れたら動きやすいからこのままでもよかったんだけどなぁ。

 それに・・・あれはセルノアがあそこまでして有斗の為に手に入れてくれた物である。

 汚さに思わず捨てようとしたアリスディアの手から慌てて取り返さねばならなかった。

 どんなに汚くてもボロくても、捨てるわけにはいかない、セルノアが有斗に残してくれた大事な・・・とても大事なものだ。

 そう思いながらも気持ちを切り替えて、(すそ)を、さあ仕事をやるぞとばかりに、たくしあげて動きやすくし、有斗は皆に問いかける。

「まず何から始めればいいのかな?」

 有斗の疑問にアリアボネの答えは明瞭だった。

「兵を集めることですね」

 確かに。戦うんだから、まずは何よりも兵士が必要だろう。

「触れを出し、ダルタロスの全領土から兵士を集めます。五日間あればできるでしょう」

 アエティウスはそう断言した。

 そっか常に兵士が本拠地に集まっているわけじゃないんだ。領地でそれぞれの仕事でもしているんだろうな。

「どのくらい集められる?」

「ダルタロスは五千の動員力を誇る大貴族だ」

 アエネアスが得意げに胸を張る。

「でも王師一軍は一万。しかも錬度の高い軍です」

「王師は左軍、右軍、中軍、後軍、全部で四軍・・・ということは、単純計算で八倍かぁ・・・」

 アエティウスが有斗の言を受けて追言した。

「留守居の者も残さねばならないのでこちらの兵力は実質四千くらいですがね」

 ということは十倍ということになる。普通に戦ったとしたら、どう考えても負ける差ということだ。


「各諸候に檄文(げきぶん)(つか)わすのはいかがでしょう」

 いいことを思いついたとばかりにアリスディアは両手をパンと音を立て合掌し提案する。

「南部の諸侯を味方につけるために!」

 そっか僕が南部に逃れてきたことも、ダルタロス家が味方することも、南部の諸侯はまだ知らないはずだものな。

 黙ってても諸侯が勝手に集まってくるはずもない。それはいいかもしれない、いや実に良い、と有斗は拍手を送りたくなる。

 有斗が頷くとアリアボネもその考えに賛意を表す。

「いかに敵が悪逆非道で、王に味方することがどれほど正義であるかを訴え、そして最後に利益をちらつかせる。つまり情に訴え、義に訴え、欲に訴える。そうすれば諸候を動かすことができるでしょう」

「・・・でも檄文って実際どんなかんじに書けばいいのかな?思いつかないや」

 当たり前のことだが、産まれてこのかた檄文を書く機会は有斗の普段の生活はもとより、国語の授業にも無かった。そもそも檄文とやらを見たことも無い。

 有斗は困惑して、アエティウスに助けを求めるように視線を動かした。

「アエティウス、どういうことを書いたらいいんだろう? 僕はなんかそういうの苦手で・・・」

「私も苦手さ。生まれがいいもんでね。人を傷つけるような言葉は得意じゃない」

 なるほど敵に回ったやつらを誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)すればいいということか。ということは、だ・・・

「アエネアス・・・さんなら得意そうな気がするけど」

 名前を言う途中でアエネアスから危険な視線を感じ、有斗は思わず『さん』をつけた。

「・・・どういう意味だ?」

 有斗にはそれが氷河の下から聞こえる悪魔の声のように聞こえた。・・・マジ怖い。

「いや人の悪口なら得意そうだな~と」

「なんだと! 南部で私くらい人を(ののし)らないことで有名な美女はいないぞ!」

 上に乗ったコップが『ダン!』と音を立てるくらいアエネアスは机を勢いよく叩いて不満を(あらわ)にした。

 絶対嘘だろ。会ってから何回、有斗を罵ったことか。言われた当人がすでに思い出せないくらい言っている。

 あとドサクサにまぎれて自分で自分のことを美女って言ってやがる。実にあつかましいやつだ。

 それに『罵らないことで有名な美女』とか言うカテゴリーは、ありとあらゆる要素に特化したヒロインを日々作り上げている、現実日本のラノベだろうがエロゲだろうが聞いたことがない。そんなカテゴリーないだろ。

「だめだ。アエネアスは文章を作るのが得意ではないからな」

「ちょっと兄様! それじゃ私が文一つ書けない馬鹿みたいじゃないですか!」

 抗議の声をあげるアエネアスを尻目にアリアボネの肩をぽんと叩く。

「こんなときの為にアリアボネがいる」

「くっ・・・!」

 アエネアスはくやしそうにアリアボネに嫉妬めいた視線を向けた。

「まかせておいてください! 悔しさのあまり憤死しかねない激情的な名文を書いて見せます!」

 アリアボネは胸を叩いて不敵な笑みを浮かべた。

 憤死だと・・・?

 いったいどんな文章を書こうと思っているんだ・・・?


「こういう文面はどうでしょうか?」

 アリアボネが紙に書いて有斗に渡した文面はミミズがのたくったような書体でまったく読めなかった。

 いつものように有斗はアリスディアに渡して声に出して読んでもらう。

 それを見るやアエネアスは、

「お前・・・文字も読めないのか!」とぷっと吹き出すように有斗を笑った。その顔は実に嬉しそうだ。

 なんなんだいったい。ここまでくるとアエネアスは前世で有斗によって両親を殺されたとかいう隠れ設定でもあるとしか思えないほどの酷い扱いである。

 有斗に何の恨みがあると言うのだ。

「この世界の人間じゃないんだから文字くらい読めなくてもいいだろ」

「ええと、読みますね」

 いじける有斗を脇において、アリスディアは朗読し始めた。

「朕、諸臣に招かれ異世界より来たれり。近年乱世にて王威が届く地はこれ少なく畿外には群雄が割拠す。土地は荒れ果て人心荒廃し、此れ誠に危急存亡の(とき)なり。(ちょう)を改革し民に慈悲を施せんと志し新法を制定するも、奸臣は法を私断し利を貪らんとす。無辜(むこ)の良民を牢に獄し、塩を(わたくし)に課税し庶民を苦しめ、賄賂を求め宮廷を腐敗させり。朕良臣を以って悪を捕斬せんと企するも奸臣此れを恐れ官符を用いて王師に命じ朕に反逆す。されど忠臣によって虎口を脱す。今、朕は南部に来たり。忠臣能臣を広く此の地に求む。反逆に加担することなかれ、兵の多寡にこれ躊躇(ちゅうちょ)することなかれ、ただ志を持ってのみ駆け参じよ。朕は必ずや朝を正し、万民を安んじ、諸卿を百官に任じ社稷(しゃしょく)を安んじるであろう」

 ところどころ意味の分からない言葉があるけど大意は理解できた。

「とてもいいと思うよ」

 なるほど相手を悪く言うことで、有斗に味方することこそ正義だと思わせるような文だ。

「ただ・・・」

「ただ?」

「いくらなんでも誇張しすぎじゃないかな?」

 この文面だけ見ると反乱を起こしたやつが一方的に悪く言われている。

 有斗が責任を負うべき新法派の悪事まで彼らに押し付けている。

 彼らは叛乱をおこした。だから叛臣と呼ばれることは覚悟しているだろうけど、ありもしない悪事まで自分たちのせいだと言われるのは心外だろう。

 その瞬間だけ、有斗は彼らに少しばかり同情しそうになった。

 嘘もここまでつくのは、有斗としてはやってはいけない気がしていた。


「いいのですよ。全ての責任を叛臣に押し付ければ押し付けるほど、諸侯は今の宮廷の味方をすることに二の足を踏むことでしょう」

 そのアリスディアの言葉をアエティウスが次のように補足した。

「敵を悪辣(あくらつ)に描けば描くほど味方は増えるのです」

「そうかもしれないけど・・・でも昨日、アリアボネは反乱が起きたのは僕のせいだって言ったじゃないか。それはアリアボネだけでなく諸侯もそう思っているんじゃないかな?非を認めたほうが、みんな味方してくれると思うんだけれども」

「アリアボネ、そんなことまで言ったのか」

 アエティウスは視線をアリアボネに向けた。

「はい。陛下には現状を正しく認識していただくために」

 するとアエティウスは有斗に向き直り、やや厳しい口調で話し出した。

「陛下」

「な・・・何?」

「この内輪うちではそういったことをおっしゃってもかまいません。だけど王たる者、衆人の中でご自身の誤りを認めてはいけません」

「へ? なんで?」

「どうしてもです」

「でも王だって間違うことはあるよ」

 そう有斗のように。だから有斗は叛乱を起こされたわけだし。それに失敗した、間違ったと自ら認めることは、人として大事なことだと思うんだけどな。

「そのとおり。誤りを犯さない王はいない、王だって人間である以上は間違えることもあるでしょう」

 ・・・さっきと真逆のことを言っている。

「え・・・言ってることがよくわからないんだけど?」

 有斗は頭の中が混乱した。

「王は常に正しく誤ることなどない、そうみんなに思われているから臣民は王についていくのです。その権威を無くしたら、王は拠って立つ基盤を失う。それゆえ、王は誤りを改めるも、過ちを認めずと昔より申します。王は誤ったことをしたときは、二度と起こさないように反省して改めればよい。だが決して誤りをしでかしたことは認めてはならないのです。誤りを認めた瞬間、王は王でなくなるのですから」

 なんとなくわかった。ようは王が王である所以は過ちを犯さない存在だと皆が思っているからであり、過ちを犯したらその前提が崩れ王は王で無くなる、だから過ちがあっても認めてはならないということか。

 そういえば似たようなことをセルノアに言われたな・・・綸言(りんげん)汗の如し、だったっけ・・・

「う・・・うん。わかった」


「陛下」

 長く何度も見つめいていたアリスディアだったが、賛意を示した。

「私が思いますに、これに諸候ごとに具体的な恩賞を示せばよろしいかと思います」

 みな、アリアボネの文に文句はないようだった。

「でも少し弱いな・・・」

 文章を口の中でなんどか繰り返していたアエティウスが首を(ひね)った。

「これだと弱い。もう少し叛乱側に悪辣(あくらつ)さがあるとさらにいいですね。例えば後宮の女官と通じたのがばれたので陛下を毒殺しようとしたとか、商人に無実の罪を着せて処刑しその財を横領したとか、自分の罪を告白しようとした者を暗殺したとか。そういう不名誉な罪をもっと捏造(ねつぞう)したほうが同情を誘います」

 ・・・育ちがいいから人を傷つけるような言葉は得意でないとか、よくもまぁその口で言えたものだ。

 そんな文を読んだら怒りのあまり確かに憤死しそうだ。有斗は今度こそ王都の叛臣たちに同情した。


 翌日から南京南海府(なんけいなんかいふ)には南部各地から兵が続々駆けつけてきた。

 一週間経つころにはダルタロスの兵はもとより、他の諸侯の兵も合わせて街は兵馬であふれかえっていた。

 有斗はと言うと諸侯の謁見(えっけん)で忙しい。

 なにせ諸候は有斗のことをしらない。一度も有斗を見たことが無い。戴冠式(たいかんしき)に祝賀の使者を使わした者すらほとんどいない。

 ダルタロスが立ったので来てみたという様子見的な諸侯が多いに違いない。

 王とやらがどの程度の人物かと、諸侯は有斗を値踏みしているに違いないのだ。ここでの謁見でヘマをすれば諸侯は幻滅して有斗を見捨て、自領に戻るに相違ない。


 拝の礼を有斗に向けた、顔に深く(しわ)の刻まれたその中年の男はちらちらと有斗を(のぞ)き見ているようだった。

「初めてお目にかかります。私は南部はカルキディアを治めるガウダと申します」

「カルキディア家は武帝の功臣の家だね」

 男の顔に驚きが広がった。

「陛下にはご存知でしたか」

「武帝に仕えて東征で活躍した話は有名だ。是非、武帝を覇者にした先祖の名に恥じぬ活躍を心から望んでいるよ」

「は!ありがたき幸せ」

 男は感激した面持ちで退室する。


「ふう」

 有斗は疲れのあまりどっと椅子にもたれかかる。

「僕はうまくやれたかな?」

 背後のついたてに隠れているアリアボネに言った。

「まずまずです。ガウダ卿は先祖の功をいつも誇っておられると噂で聞いておりましたので、やはりその話をしたら顔がほころびましたね」

 よかった。その言葉からだけでなく、アリアボネの声色からしても、有斗がうまくやったことは伝わってきた。

「今日の謁見は次で終わりだよね?」

「はい。次の謁見はエレウシス殿ですね。南部四衆のひとつに数えられる名家ロドピアの領主です」

「南部四衆って?」

「ダルタロス、トゥエンク、ロドピア、ハルキティア。いずれも千以上の兵を有する諸侯です。ロドピアはダルタロス程ではなくとも、それでも千二百は動員できる。かの家が参陣してくれたのは僥倖(ぎょうこう)です。様子見をしている中小諸侯によい影響を与えるでしょう」

 なるほど、だとすると褒めるべきところは、その家勢の盛んであることかな。

「じゃあダルタロスに次ぐその兵数を褒めればいいかんじ?」

「それではわずかな兵を率いて参陣してきた小諸候が兵の多寡(たか)で扱いを変えるのかと不満に思います。エレウシス殿は武断の達。南部に侵攻してきたカヒ家を相手に戦い、負けたものの見事に戦ったものよと敵将に褒められたことを何よりも誇りにしています。カヒ家は河東の雄、常勝無敗を謳われる巨大諸候なのですよ。その猛将ぶりを褒めるのがいいかと思われます」

「なるほど」


 しかし王様ってこんななのかなぁ・・・

 側近の名前を覚えるだけでも大変なのに、諸侯の名前や性格、歴史も全部記憶してそれにあわせた話をしなければならない。

 今は緊急時だから、会う前にアリアボネが一回一回こういう風に指導してくれるけど、毎回してくれるわけじゃないだろう。つまりこれを何人、いや何十人分も間違えずに記憶しなきゃいけないってことだよな。

 ・・・・・・

 覚えきれるかなぁ・・・

 しかも相手に気を使って話さなければならない。

 しかもその場にいる人物、いない人物両方にも配慮しながら、だ。

 綺麗な女の人に囲まれて、おいしいものを毎日食べ、気に入らないやつは処刑したりして好き勝手に暮らす・・・そんなイメージだったんだけど。

 なんだろう王様ってまったく面白くない。

 怖い数学の先生に難しい質問を黒板にて解くように指名された時、もしくは英語の先生に指名されて長文を訳す時って、自分の番が当てられそうになったら周りに慌てて聞いたりするよね。緊張だってするし、プレッシャーだってある。

 それが常時24時間続いている感じ。それが王だ。

 しかも学生なら間違ったときは、先生に馬鹿にされたり、怒られるくらいですむけど、王の場合はリアル命を狙われたりする。

 やっぱ学生のほうが気楽でいいなぁ・・・

 有斗はぼんやりとそんなことを考えた。


「これでいくつの諸侯が味方してくれることになった?」

 二人一辺に挨拶したのが同じ氏族なのか、別々の諸侯なのか有斗には判断がつかず、アエティウスに聞いた。

「参集したのは南部24諸侯のうち12ですな」

「半分かぁ・・・少ないね」

 セルノアは南部全てを(まと)め上げれば王師と互角に戦えるかもしれない、と言った。

 すなわち現状ではおそらく勝利はないということになる。

「いや、思ったより多いと申し上げておきましょう」

 アリアボネは有斗の言に訂正を入れた。

「そう?」

「そうです」

「これで数の上では万に近づいたとはいえ、王師は四万を超えます。常識を測れば我々には勝ち目がない。よくもまぁ十二諸候も味方したものです。だけれども救いはあります。朝廷に味方した諸侯もまた少ない」

 そう言うと指を一つずつ折って数える。

「朝廷に付くと公にした諸侯は、フォキス、ブリタニア、プレヴェサ、マグニフィサの四諸侯」

 親指から始まった指折りは薬指で止まった。

「どこも中原に近い小諸侯です。地理的な要因がからんで朝廷についたと思ってよろしい。無視して進軍してもなんら問題ない」

 アリアボネの解説はいつも有斗に理解できるほど簡単で、プラスの面とマイナスの面を必ず言ってくれる。

 たぶん王都にいた頃の有斗に必要だったのは彼女のようなサポート役ではなかったか、と有斗は思う。

 王都にいた頃は新法派は新法の美しい理想概念だけを、旧法派はいままでの法が成し遂げた素晴らしい面だけを、有斗に言うのだった。そして新旧ともに相手の法をことさら悪く言うだけだった。

 いや、まだそれくらいならまだいい。有斗の前にいるほとんどの時間は法律に関係ない相手の人格攻撃などに費やされていたのだ。いわく法を曲げるだの、金に汚いだの、女にだらしないだの、学がないだのと言ったふうに。

 もしあの反乱劇に、有斗が少しだけ弁解を言うことを許してもらえるのなら、次のように言うだろう。

 考えるのに必要な情報がない状態でどう判断すればよかったというのだ?

 でも今は違う。有斗にはアリスディアもアエティウスもアリアボネもいる。彼らは正確に物の本質を掴み、有斗に助言してくれる。

 新法派には利用され、旧法派に反乱を起こされた有斗に人を見る目はないかもしれないけれども、誠実そうに思える。

 ・・・ああ、あとアエネアスもいたか、と有斗は目の前をちらつく赤い頭を見た。まったくの戦力外ではあるけど。


 まぁとにかくだ。そう考えると未来が明るく見えてきた気がする。

「それよりもハルキティアとトゥエンクが態度を明確に表していないことのほうが問題です」

 アリアボネは浮かれる有斗に釘を刺した。

「彼らを味方・・・せめて中立を宣言させないと、我らの兵は常に後方に怯えながら進むことになります。兵の心は後方ばかり気にかけることになります。そんな兵は実践で使い物になりません」

 まだまだ前途多難だな・・・有斗は心の中で溜め息をついた。


 南京での滞在は二週間だけだった。

 ダルタロスの兵馬が全て集まった翌日には、市民の歓呼の声を浴び馬上の人となった。

 有斗がうんうん(うな)りながら諸侯の名前、略歴、性格を覚えて、謁見をしていた間に、アリアボネとアエティウスが全ての手配をしていたらしい。

 大量の食料と武器を運ぶ輜重隊(しちょうたい)も一緒だ。

 だが諸侯が合流し、軍が膨れ上がると、一日の行軍速度は緩やかになった。

 休憩時間が頻繁(ひんぱん)に取られ、座っては談笑する兵たちの姿を多く見かける。

 少しゆっくりすぎないか・・・? 兵士たちの士気も下がるんじゃないかな?

「ゆっくり進むことに何か意味があるの?」

 そこで同じ馬車に同乗しているアリアボネに訊ねてみた。

「狙いは三つ」

 アリアボネは指を一本立てた。

「ひとつは輜重隊を孤立させぬようにするため。輜重(しちょう)の歩みは遅い。輜重には予備の武具や兵糧をたくさん積んでいますからね」

 どうもわからない。輜重にも兵はいるが、そう多いわけではない。

 言うなれば輜重隊は戦場では邪魔なだけではないのか?

 有斗はそう思い、「・・・?輜重隊は後から来させて軍だけ先行したほうがいいんじゃない?」と訊ねた。

「もし我々が輜重と離れたらどうなると思います?」

「後からゆっくりと空いている道をのんびりと来るだけじゃないの?」

 有斗のもっともだと思う返答に、アリアボネは袖で口を覆い笑みを隠す。

「南部にはまだ旗幟(きし)を明らかにしていない諸侯がいることをお忘れなく。兵の少ない輜重を見たらこう思うでしょうね『軍はもう何日も前に通過した、しかもあそこには武具も兵糧もたくさんある。襲撃したら容易く奪えるだろう』と」

 確かに・・・ここは戦国だ。勝った者、奪った者が勝ちだ。輜重を孤立させることは、きっと街中で百万円入ったサイフを落とすのも同然だろう。

「輜重を奪われたら、私たちは枯れ果て、戦う前に死んだも同然です」

 次に人差し指に続いて中指を立てる。

「もうひとつは脅しです」

 アリアボネは楽しそうに有斗に説明を続ける。

 きっと有斗に感じているのは不出来な学生を持った先生の気分なんだろうなぁ・・・

 そんなことを漠然と考えている有斗に「模様見の諸侯に無言の圧力をかけているのです」とアリアボネはすらすらと説明を続ける。

「え・・・そんなことしたら僕らに反発して朝廷側についちゃうんじゃないの? 逆効果なような気がするけど・・・」

 そうなったら困る。敵か味方かわからないのなら、敵にならない分、最後までその立場であっていて欲しい。

 アリアボネは笑って、心配には及ばないと言った。

「諸侯はまだ迷っているのですよ。どちらに味方すればよいものやら、と。そこに我々が大軍を持って現れる。しかもその歩みは遅く、自領をうろうろして出て行こうとしない。焦るでしょうね。ひょっとして我が城を攻めるんじゃないか、とね」

「味方にならない諸候の城に攻め込むの?」

「まさか。城攻めは難しい。幾日かかるやもわかりません。それに瑣末(さまつ)な地方の城一つを落としても戦局を左右することはない、むしろ兵士を失うばかり。やるだけ損です」

 王師と戦う前に、そんな無駄な戦に兵を損じるなど断じて許されないことだろう。

「あくまでプレッシャーをかける。それだけです。旨くすれば我々に加勢してくれるやも。安心してください。大軍を目にしても、まだ朝廷に味方するほど気骨のあるものなどそうはおりますまい」

「なるほど」

 と有斗が頷くと、アリアボネはそれを見て薬指を立てた。三本目だ。

「最後のひとつは王師を待っているのです」

 羽扇で王都のあるほう、北の空を指し示す。

「もう王都にも王が南部にて挙兵したという知らせは届いているでしょう。彼らにしてみれば放っておけない事態、王師を出兵させることでしょう。しかし中原は二年続きの不作、兵糧が不足しております。関西と河北の動向も気がかりですので、四軍全てを派兵し王都を空にすることはありますまい」

 だが王師が既に立ったという知らせは届いていない。王都に近ければ近いほど、王師は多くの兵を繰り出せることと、援軍をより期待できることを考えれば、なるべくこちらの土俵である南部で戦いたい。

「できれば南部にいる間に、一師でも破っておきたいところです」

 その口ぶりからすると彼女の中ではすでに王師全てに勝利するつもりであることを(うかが)わせた。

 兵の質も、そして数においては大いに劣るって言うのに、どこからその確信は来るのだろう。

 有斗は彼女に反して一日一日不安だけがつのるっていうのに。


 『戦いは数だよ、兄貴』という名言もあるではないか。

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