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紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
16/417

庭中対

 有斗は城内に突如として現れた、その風光明媚な風景に目を奪われた。

「へえ・・・城の中にこんな場所があるんだ・・・」

 そこは大きな中庭。南京の城は南向きの高台の段丘を利用した、階段状に作られた宮殿である。

 その五段目と六段目が庭園になっている。特に五段目は広大で小さな森や噴水が設置されている。

 第十一代成帝が寵姫のために作ったというそれは、外から見ると宮城の上に緑があるように見え、さながら空中庭園のようであった。

「たぶん、そっちの日当たりの良いほうにいると思うんだけど・・・」

 アエネアスが指差したのは森の中、木立がそこだけまばらになっているのか、向こう側が透けて空の明るさがにじみ出ていた。指差した方向に向けて有斗たちが木立の小径を歩いていくと、森の中に明るく開けた一角があり、噴水が清らかな水をこんこんとたたえていた。噴水には魚が何匹も泳いでいて、それを狙って一羽の鶴が舞い降りていたが、有斗らを見て警戒し羽音を立てて飛び去っていった。

「あ・・・」

 噴水の向こう側に椅子が置いてある。

 鶴が有斗の目を引き付けていたので、それはまるで鶴が飛び去ると同時に、何者かの奇術で突然その場に出現させられたかのように見えた。

 その椅子に一人の佳人が鎮座していた。

 肌は柔らかな白絹のようになめらかで白く、髪は薄い紫色で風に波打つたびに磨き上げた螺鈿(らでん)のように虹色に光っていた。

 大きな目には睫毛が蒲公英(たんぽぽ)の綿毛のように長く(おお)い、瞳は星のように光が瞬いていた。

 病のせいか、頬は膨らみかけた梅の花のようにほのかに(あか)かった。


 この世界に来て、有斗はセルノアやアリスディアをはじめ、美人を後宮でたくさん見たけれども、そういった美人でもこの人の横に置けば(かす)んでしまうだろう。そう思わせるだけのものをその女人は有していた。

 現実に横にいるアリスディアや、更にはこのアエネアスだって黙っていれば相当美人の部類に入ると思うんだけど、並べてみるとまるで普通のレベルの女の子に見えるほどだ。

 瞬きしていなかったら人形と見間違えたかもしれない。

 あまりの美に有斗は言葉を失った。


 そのひとは緩やかに立ち上がると、ふわりとお辞儀をした。

「お久しぶりアリスディア」

「お久しぶりアリアボネ・・・少しやつれたかしら・・・?」

 この人がアリアボネ・・・名前からして女の人とは思ったけど、こんな可憐な人だったなんて。

 でも、有斗に会いたいというのは何が目的なのだろう?


「それはそうでしょうね。でも幸いなことにまだ生きてる」

「本当に・・・」

 アリスディアはそこで言葉を切って口をつぐんだ。

「で、その横の方は? 紹介してくださらないのかしら?」

 にこやかに笑みを浮かべて、有斗を指示す。

「あ、そうそう。このボンクラが、王を自称している例の変態だ」

「ちょっとアエネアス、その紹介のしかたは・・・」

 アリスディアが抗議するように眉を上げた。ちなみに有斗はもうアエネアスの一言一言に抗議する気力も起きなくなっていることを、ここに追記しておく。それは穴の開いた水桶に水を汲み入れるようなもの。愚の局地なのだ。

「え・・・!」

 アエネアスの言葉にアリアボネは絶句する。

「こ、これは失礼しました。陛下」

 彼女は慌てて立ち上がると、両手の袖を重ねて丁重にお辞儀する。アエネアスの無礼な態度を見てばかりいたためか、格別に丁重な挨拶ででもあるかのように有斗には思えた。

「まさか陛下がこちらまで来られるとは・・・会えるにしても取次ぎの方がまず来られるとばかり」

「しょうがないよねぇ。こんな面してるやつが王なんて、さすがのアリアボネちゃんも見抜けないよねぇ」

「・・・」

 さすがに抗議したかったのか、有斗は思わず顔をアエネアスのほうに振り向けてしまった。

「なんだその顔は。そのマヌケ面のおかげで、ここまで王だと知れずに逃げてこられたんだぞ。その最悪な面に生んでくれた御両親に感謝するんだな」

 うわっ・・・むかつく! ものすごいむかつく!!

 僕のことはまだいい。だが生んでくれた親まで馬鹿にすることはないだろう!

 その生意気なツラを張り倒して、手足を押さえつけて馬乗りになって、いろいろな・・・(いな)! えろえろなお仕置きをしてやりたい!

 ・・・でも口だけでなく腕力でも絶対に敵わないので、何もできない自分が悔しい!

 あと、そんな下品なことを考えてしまう僕自身にちょっとだけ説教したい!

 ここで急に自分で自分に説教を始めると、確実におかしな人に思われるから絶対しないけど。

「え・・・あの・・・本当に陛下なので・・・?」

 アエネアスの有斗に対するあまりもの罵倒加減に、アリアボネは混乱してしまったようだ。

 無理もない。普通、王様ってこんな扱い受けないものだよなぁ・・・

 みんなにもっと周りからチヤホヤされて、ワッショイワッショイしてもらえるよなぁ・・・

「あ・・・うん。本と・・・」、と有斗が言うよりはやく、「大変残念なことだが、本物らしい」とアエネアスは首を縦にふった。

 ・・・残念なことなんだ・・・そうなんだ・・・


「カシューシの御名をいただいております、アリアボネと申します」

 アリアボネは改めて有斗に挨拶をする。

 かわいい・・・かわいいなぁ・・・可憐って言葉がぴったりくる。

「おい、鼻の下が伸びてるぞ」

 アエネアスのつっこみに、有斗は慌てて鼻と口を両手で隠した。

「ふふ」

 アリアボネが可憐に笑う。笑い一つとっても華が咲いたように周りを明るくする。

「異界から来られたと聞いて、サキノーフ様のような厳格で厳しいお方だとばかり想像しておりました」

 みながみな、そう言うってことはサキノーフって人は相当厳格な頑固親父みたいな人だったんだろうなぁ。それを念頭に召喚したのに、出てきたのが僕みたいなモヤシじゃ失望もするかと有斗は思った。

「・・・失望した?」

「いいえ。親しみやすい性格なようで話しやすうございます。それにしても、わざわざ陛下御自ら足をお運びいただけるなんて・・・。はてさて、どんな紹介をしたのやら・・・」

 口元に袖を当てて笑みを浮かべる仕草は一輪の花のようだった。

「それで現れたのが、こんな病持ちの若輩者で陛下こそ失望されたのでは?」

「・・・いや、凄い美人でびっくりした」

「ふふふ、お世辞がお上手ですこと。そう言って、いつも女性を口説いてまわっておられるのですか?」

「いや違う」そう言いかけたが「そうだ!」と有斗の言葉にかぶせるようにアエネアスが大声で断定した。

「え・・・ちがう」

「どうだか。女と見れば見境なく年中発情しているからな、お前は」

 なんたる言い分。有斗を(さか)りのついた猫かなんかと勘違いしているのかと、有斗は思わず眉を(ひそ)めて抗議の意を表した。

「アリスを始終いやらしい目線で見てるではないか」

 え・・・? 気付いてないだけでそんなことをしてるのか・・・?

「ちがうよね!? アリスディア!」

「まぁ・・・たまに・・・よからぬ視線を感じることは多々ありましたが・・・」

「ええぇぇ!!?」

 顔を真っ青にして有斗は絶句した。

 うそ? 気付いてないだけで僕はしょっちゅうエロ目線でアリスディアを見ていたとか!? しかもそれをアリスディアに気付かれてるだって!? 馬鹿! 僕のエロ脳みその馬鹿!!!

「・・・冗談です。陛下」

 目の下あたりを少しピンクに染めて、ウフフと上目使いで有斗をいたずらっぽく見るアリスディア。

 思えば産まれてから、一度たりとも女性からこんな目で見られたことはなかった・・・

 いや、そもそも幼稚園以来、女の子とマトモに会話したことすら数えるごとくだった・・・

 ああ、今の僕はなんて幸せなんだろう・・・!

「それはさておき」

 アエネアスはアリアボネの座った椅子の後ろに回り、両手でそれを押して、彼女を有斗に近づけた。

 ごろごろと何かが転がる音がした。よく見ると椅子に小さな車輪が四つついている。この世界の車椅子ってところか。

「アリアボネの凄いところは外だけじゃなく中身。南部一の博学広才(はくがくこうさい)をうたわれた神才なんだから」

「12年ぶりの科挙(かきょ)榜眼(ぼうがん)を史上最年少で獲得したのですよ」

 アリスディアとアエネアスが代わりばんこにアリアボネを褒め称えた。

「・・・・・・」

 ・・・ような気がした。だって何言ってるかわかんないんだもの。

「ごめん。カキョとかボーガンとかって何?」

「本当に物を知らない頭だな」

 有斗にとってはもっともな質問だと思うのだが、アエネアスは常識を知らないやつだと言った目線で有斗を見る。どうやらこの世界では常識なのだろう。

「陛下、科挙(かきょ)と言うのは官僚登用試験です。その中で特に優秀な上から三人を状元(じょうげん)榜眼(ぼうがん)探花(たんか)と呼びます」

 アリスディアの説明はいつも簡単で明瞭だ。よくわかる。

「つまり・・・試験で2番目に頭がよかったということ?」

「そうです。そして科挙はとても難しい。科挙に受かれば高級官僚になれることも相まって、全国から受験者は来ます。それに受かるまでに10年以上かかることも普通なのですよ」

 なるほど東大でトップ2で合格するみたいなもんか。それは確かに凄いことだと有斗は納得した。

「科挙は普通は3年に一回あります。でも戦乱で12年間開かれてませんでしたから、その時の受験者数と質は科挙始まって以来の高さだったのですよ。その科挙で若くして榜眼になったと言えば、それだけでもアリアボネの凄さがわかるかと思います」

 へぇ・・・まさに才色兼備ってやつだ。

「ちなみに武人の登用試験も存在する。武挙(ぶきょ)だ。私は同じ年に武榜眼(ぶぼうがん)になったんだ」

 アエネアスは自慢げに言った。

 ということは武官で二番目か・・・どうりで強いわけだ。間違っても襲い掛かったりしたら、こっちが大変な目に会うな・・・

「ん・・・? なんだ私を見つめて・・・ははん、わかった。その足りない脳みそでもやっと私の偉大さを、認識したというわけか」

「いや、怖いのであまり近づかないようにしようと固く心に決めたんだ」

「そうか、お前の顔を見ては笑う機会が減るのは残念だがしかたがあるまい。ハハハ」

 ううう、くやし~~~~!!!

 会話の戦いでも、ただよう有斗の負け犬感がハンパなかった。

 いつか・・・いつかアエネアスを倒してやる!

 有斗は勝ち誇るアエネアスの得意げな顔を憎憎しげに睨んだ。


「ところで僕に会いたいってことだけど・・・どうして?」

 アリアボネは有斗の言葉に背筋をしゃんと伸ばし立ち上がって、手を体の前で組んで持ち上げ、礼を示した。

「私を使っていただけませんか?」

「えええええ」

 こんな美しい女の人が、自分を使って欲しい・・・だと?

 使うって・・・え? まさか? 男が女を使うことって、たった一つだよね・・・

 そういうことだよね!? オッケーオッケーですよ! 大歓迎ですよ!!

 有斗は鼻息も荒く首を縦にカクカクと動かした。

「陛下は大志をお持ちだとお聞きしました。この長き戦乱を終らすという(こころざし)を。覇業を完成させるには、兵と将、謀略の師、吏務(りむ)の才が必要です。私、こう見えても軍学を学び、朝廷で官吏として仕えた経験もあります。是非、私に陛下の覇業をお手伝いさせてくださいませ」

 ・・・あれ・・・?

「・・・あ、そういう意味なんだ」

 残念だ・・・本当に残念だ。

「・・・?」

 アリアボネが不思議そうに小首を傾げて、有斗と視線を合わす。

「どういう意味だと思ったか、ちょっと言ってみろよ♪」

 アエネアスがニヤニヤ笑って有斗を肘で小突いた。絶対に有斗の思考を完全に予想してるにちがいない。言ったら確実にパンチかキックが飛んでくるだろうな、と有斗は思った。そんな危険なことは絶対にしないぞ。

 アエネアスを無視してアリアボネに向き合った。

「うんうん、是非こっちからお願いするよ」

 まったく躊躇(ちゅうちょ)することなく、有斗は右手を差し出すが、彼女はその手を一瞬見たあと、何故か手を取らず、申し訳なさそうに有斗を再び見た。

「あの・・・ひょっとして・・・アエネアスが私のことを言ってないのでは・・・?」

 不安げな眼差し。

「私は・・・不治の病なのです・・・労咳(ろうがい)という名の」

 そこで口ごもってしまった。彼女にとって自分が不治の病だという告白は重いものなのだろう。

「それを聞いても私を使っていただけますか・・・?」

 そう言って申し訳なさそうに目を伏せた。

「うん、聞いてるよ」

 有斗は力強く頷いた。

「僕は今、味方が一人でも欲しい。君みたいな美人で、頭も良い人なら大歓迎だよ!」

 思わぬ言葉に感動したアリアボネは目の端を僅かに光らせた。


「ははぁ」

 それを聞いたアエネアスは有斗に対して(さげす)んだ目をしていた。まぁ有斗に対してはいつもしている気がするが。

「美人なら手元に置きたいってか? やだやだ下半身でしか物事を考えられない男ってさ。さいて~い」

 アエネアスの不遜な態度とは違い、有斗の返答にアリアボネは目を丸くして少し驚いたようだった。

「本当によろしいので・・・?」

「何を言ってるんだよ、君から望んだことじゃないか」

 有斗はアリアボネににこにこと笑いかける。

「あ・・・ありがとうございます」

 アリアボネは深々と、本当に深々と頭を下げた。

 有斗はしゃがみこむと、その叩頭するアエネアスの組んだ手を取り、立たせると、心にわだかまっていた疑問をぶつけてみた。

「ひとつ尋ねたいんだ」

「私にわかることでしたら、なんなりとどうぞ」

「僕はこの世界を平和な世にしたいと思う。他人を踏みつけ裏切り利用する、そう生きなければ生きていけないこの世界をもう少しマシなものにしたいんだ。それは可能だと思うかい?」

 アリアボネは首を傾げたあと、笑みを浮かべると

「可能でもあり不可能でもあり、と申し上げましょうか」

「・・・どっち?」

 よくわからない言い方だった。

 それとも、有斗を馬鹿だと思って煙に巻いてるのかとすら疑える物言いだった。

「ふふふ」

 アリアボネは口に袖をあてて笑う。

「陛下にはこのような物言いはご不快の様子。失礼いたしました」

「あ、いや・・・そういうわけじゃ・・・まいったな」

 あれれ・・表情に出てしまったのか。

「本当に陛下はお人がよろしいようで、お顔にすぐに現れますね」

 笑みを隠していた袖を下ろすとアリアボネは真顔になった。

「でもそれでは大志は成就しません。君主が好悪の感情を表せば、佞臣(ねいしん)は陛下の喜ぶことばかり言上し、歓心を買っては表で忠臣を演じ、裏では利益を得ることだけを考えるでしょう。奸臣(かんしん)は陛下を利用して政敵を排除し、政治を私物化しようとするでしょう。どちらも国家を傾ける悪しき存在となります」

「・・・」

「とはいえ陛下はサキノーフ様と同じく召喚の儀で降臨された天与のひと。それだけで君主に必要な正当性を持ち合わせております。例えばダルタロス殿は傑物です。南部一といってもいい。サキノーフ様の時代より続く名家の出、官位、そしてお人柄といい天下に類例を見ない大人物です。でもその人を持ってしても、君主になると言って、素直になれるとお思いですか?」

「なれるんじゃないの?」

「なれません。正確に言えば『自分が君主だ』と僭称(せんしょう)することはできるでしょう」

「それで君主になったんじゃないってこと?」

「ええ。他の諸侯は誰一人認めないでしょうね。皆で寄ってたかって僭称者を叩き潰そうとするでしょう。認めさせるには全ての諸侯を力でねじ伏せるしかありませんが・・・それを可能にする兵力と強固な意志を持つ諸侯はここアメイジアにはひとつとてありません。」

「そんなものなのかな・・・」

「己が君主だと言って、皆が正当性を少しでも感じる存在は、サキノーフ様の血を引く関西の王女様と召喚の儀で呼ばれた陛下、あなただけです。それだけで陛下は諸侯に命令する資格を所持しているのです。だから可能でもあり、と申し上げたのです」

「・・・では不可能でもあると言った理由は?」

「これからどうしようとお思いですか?」

「ダルタロス家が味方してくれる。さらには南部の諸侯に味方を集い、集まった兵で王都に攻め入ろうと思うんだ」

「それは当面の策として正しい見解です。ですが・・・諸侯をどうやって味方につけますか? 王師をどうやって破りますか? 王都を攻略した後、反乱した者への処遇は? そして何よりもこの乱世を終らす方法は?」

 有斗は面食らった。だってそうだろう、有斗の持っている策は有斗が考えたものじゃない、いわゆる借り物だ。セルノアの口ぶりではダルタロスが味方さえすれば反乱は鎮圧できるようであった。であるから有斗はその先のことを考えたことなど一度として無かったのだ。

「え・・・まいったな・・・まったく考えたことなどなかった。そういったことも君主が考えなきゃいけないことなのかな?」

 有斗は素直に頭をかいて降参した。

 その返答にアエネアスは笑いすらしなかった。呆れ果てたといった、いやむしろ哀れんだような表情で口を半笑いに開いて有斗を見ていた。アリアボネはさすがに礼を失すると思ったのか、口を袖で押さえて、かろうじて笑うのを我慢した。

「陛下・・・陛下は本当に正直な方です。けれどももう少し隠すことを覚えたほうがよろしいかもしれませんね」

「・・・」

「つまり陛下にはここからどうすべきかという細かい指針もなければ、平和にするということの本質も掴んでおいででない」

 アリアボネの指摘は辛辣(しんらつ)だった。

「すみません・・・」

「ですから不可能でもあり、と申し上げたのです。でもご安心ください。このアリアボネがおりますれば、陛下を必ず至尊(しそん)の位に復したてまつります」

 アリアボネは薄い胸を大きく張ってみせた。

「その計略を述べていきましょうか」

 ここでのアリアボネの答弁は才知を(きら)めかした素晴らしいものだった。後にこの問答にそって(多少のずれは生じたが)天下が変革していったことから、その重みは後世になればなるほど増し、『庭中対(ていちゅうたい)』と呼ばれ、類稀(たぐいまれ)な存在として歴史に残ることになった。

「陛下、乱世を終らせるというのは、すなわち全ての諸侯を朝廷の管理下に置くことです」

 ・・・当然だ。それは有斗にもわかる。

「諸侯から権を取り上げることになるゆえ、当然反発する諸侯が出ます。それをひとつひとつ討伐するしかありません」

「全諸侯と戦うってこと?」

「しかし諸侯に組んで向かってこられると非情に厄介なことになります。ですから少しずつ併呑して、天下一統の想いを抱いていることを気付かせずに、油断を誘うことが肝要かと」

「組んで一斉に来られると困るってことか・・・」

 アリアボネは有斗の言葉に笑みを浮かべて首肯し、話を続けた。

「まず南部、ここは反中央の気位があり、ダルタロスが味方した今、味方になりこそすれ公然と敵にまわるものは少ないはず。もっとも、中立を保つものが多そうですが。一人でも多くの諸侯を味方にすることだけ考えればよい。ついで中原を平らげます。中原は朝廷の直轄地がほとんどですから、叛臣(はんしん)を倒すだけで全てが終わる。そして次に向かうのは河北。河北は蜂起(ほうき)した賊が跋扈(ばっこ)する化外の地。賊を征討するといえばどこからも不信を抱かれませぬ。おそらく簡単に手に入れられるでしょう」

「全てと戦うにしても順番を考えるって事か・・・」

「こうなれば関東の朝廷は関西と同じだけの力を持ったといってもいいでしょう。その後オーギューガ家かカヒ家のどちらかに肩入れし、一方を滅ぼした後、残るほうを叩き東国を手に入れる。これで天下の半分は手中にしたも同然です。その後は関西に攻め入り天下統一を成し遂げましょう。これがアリアボネがお勧めする天下平定の策です」

「なるほど・・・」


「次に当面の陛下が取るべき指針です」

 アリアボネは教師が生徒に講義するように有斗に説明を続ける。

「南部の諸侯を味方にする方法ですが・・・陛下には君主としての正当性はあります。ありますが、その正当性だけで諸侯が思いどうりに動くなどとは考えてはいけません。陛下に付くということは朝廷に歯向かうということ。王師四軍は精鋭です。南部二十余の諸侯全て味方についても正面から戦ったら勝てないと見るべきです」

「え・・・そんなに強いんだ」

 じゃあ、どうやって勝てばいいんだ?

「ということを当然、皆知っています。つまり諸侯は陛下に勝ち目がないと考える。味方に馳せ参じる者は少ないでしょう。味方にするためには、そういった正常な判断ができないような、諸侯の脳を麻痺させてしまうほどの利をぶら下げてやればいい。爵位や官位を与えるとか、王都攻略後の政治の中枢に参加させるとかの餌を、ね」

「なるほど。兵は多いほうがいいっていうしね」


「次に、王師を破る方法です」

「どうやって破ろうとお思いですか?」

 どうやってって言っても・・・戦争なんて、有斗はシミュレーションゲームくらいでしかやったことがない。

 実際の戦争は○ボタン押したら、部隊が勝手に移動して攻撃してくれる・・・なんてないよなぁ、絶対。

「いや・・・僕、そういうことしたことないし・・・戦場で何をすればいいのかなんて・・・部隊に攻撃しろとか言えばいいのかな?」

「実際の戦場における王の役割は退却、攻撃、部隊の移動などすることは限られております。ですが、ダルタロス殿もおられることですし、そういったことは始めのうちはダルタロス殿にやっていただけばよろしいでしょう」

「はい・・・」

 僕は戦力外なんだな・・・まあやったことないし、僕に全部押し付けられるよりはいいか、と有斗は(なぐさ)める。

「今のままだと南部の兵を集めて、王師とまともにぶつかるとしか考えておられてないようですが・・・?」

「え・・・でも、王都に入るためには王師と戦って勝たないと入れないんじゃないの?」

「そのとおりです。ですが王師四軍全てを一回の戦いで破る必要はないと愚考します。王がなさるべきことは戦場にて軍同士が戦う前にこそあるのですから。王師・・・というより叛徒は一枚岩ではないのです。あくまで陛下を宮中より除くということで寄り集まっただけなのです。利害も政治姿勢も一致しておりません。陛下を追い出したものの、ろくに遇されず、現状に不満な者も多々いるのです。その仲を裂き、敵の中で同士討ちをさせ、味方になるべきものは味方にするような策を施すべきなのです」

 なるほど。でも叛乱を起こした奴らを味方につけるのはちょっと嫌だなぁ。

「また、陛下は新法派と共に政治の改革を行ったものの、政治に混乱をきたして、守旧派に追い出されたと世間では見ているのです。その政治手腕に否定的な見方をする者が多いのです。たとえ王師を破っても、また統治に失敗すると思われたままでは、諸侯も官僚も王の命令など聞かないでしょう、戦国の世は終りません」

 有斗にはその言葉は叛乱を起こしたものよりも、有斗のほうが悪かったと言っている様に聞こえ、少し・・・いや、かなり嫌な気分になる。

「また反乱に組みしたものを全て宮中から追ったなら、朝廷はどうなります? 果たして組織として動けるだけの人数が残っているでしょうか・・・? 戦の後に官僚機構を動かすためにも、敵から離反者を出すためにも、そして王が以前の王と違うことを見せる意味でも旧悪は問わず味方を集ったほうがよろしいかと思います」

「・・・それはできない」

 有斗が感情を抑えに抑えて言ったその言葉をアリアボネはあっさり退けた。

「どうしてですか?」

 その一言でついに有斗は感情を爆発させてしまった。

「僕を逃がすためにセルノアをはじめ多くの者が犠牲になったんだ! ・・・彼らの為にも全て許すことなどできないよ!!」

 最後は怒りがこみ上げてきて、それをアリアボネにぶつけるような形で怒鳴ってしまった。

「落ち着け、アリアボネがそいつらの仇というわけでもないだろうが」

 アエネアスが有斗をたしなめる。

「・・・あ、ゴメン・・・その・・・つい」

「・・・なるほど、陛下を逃がすために犠牲になった(ひと)がおられたのですか。それで許せないのですね」

 そうだ、新法派は皆いい人ばかりだった、その人たちが何の落ち度もなく死んだんだ。彼らを死に追いやった者たちがなんらかの罰を受けなければならない。それが正義と言うものだろう。

「う・・・うん、そうなんだ」


「さてさてこれは異なことを承ります」

 アリアボネは有斗を怒らせたにもかかわらず一切遠慮をしないで、有斗にとって辛いことでもある叛乱の原因に向かって核心を突こうとしていた。

「その人を失った反乱の原因は、何だと陛下はお考えで・・・?」

「決まってる。新しい法によって既得権益を失うことを恐れた守旧派が私利私欲のために起こしたんだ」

「ふむ。一面を言い当ててますね」

「一面?」

 一面じゃない、それが全て。あいつらは薄汚い私欲の塊みたいなやつらなのだ。

「たとえば新法のひとつ、冗官の整理を見てみましょうか」

 アリアボネはその美しい瞳で有斗を真っ直ぐ見ると有斗の見解違いを正しにかかった。

「たしかにいつの時代も冗官による国費の増大は大きな問題となっております。だが廃止された官の多くはいわゆる『旧法派』ばかりです。新法派が多くを占めている官の中にも冗官は多くあります、ですが廃止されなかった。ご存知でしたか?」

「いや、知らない・・・でも、確か新法派の人も官を取り上げられたって聞いたけど?」

 そう、プリクソスが言ってた、可哀想なことだけど仕方がないって。

「そういった人たちは新しく設置された官に移動しております」

 だがそれもあっさりと否定された。

「検地、農地の開墾と改良、塩の専売、これらは新法の中核といってよい。この官職を新法派は独占した。何故だと思いますか?」

「新法でも重要な政策だから信用できる人に任せたかったと言っていたよ」

「ほんに陛下はお人がよろしいです。良いご家庭で育ちなされた」

 少し小馬鹿にしたような笑い方をするアリアボネに有斗は思わずむっとする。

「答えは明瞭。権限があり、利殖が行えるからです」

「りしょく・・・」

「検地は土地の広さと豊かさをはかり年貢を決めます、過小に測り年貢納付を少なくする見返りとして賄賂を取ることが横行しておりました。それだけでなく賄賂を払わないものには過大に税をかけた酷吏(こくり)さえいたといいます。農地の開墾や改良も同じです、賄賂を支払った者に優先的にそれらを行い、支払わないものには行わなわれませんでした。最後に塩の専売ですが・・・」

「それも賄賂がって言うのか?」

「いいえ、それよりもタチが悪かった。たとえば王都の塩の値は規制前の倍はしました。何故だと思います?」

「え・・・そんなはずはないよ、プリクソスの説明では規制前より安くなるって言ってたよ。塩が安くなり民は喜ぶ、そして国も増税することなく一定の財源を得られる方策だと」

「塩自体の価格は確かに安く、一定の値段でしたよ。塩自体はね」

「塩自体・・・?」

 まるで他の物があるかのようないいぐさだった。

「塩政官は塩の販売の他にも流通も管理します。塩政官の検査を受けるたびに、流通許可書に判を押す検査料と称して、塩の価格に上乗せされていました。つまり塩が必要な内地へ行けば行くほど高くなる仕組みです。そしてそれらは国庫に入らず、塩政官個人の懐に入っていたのです。また流通は運送業者が請け負っていましたが、その運送業者は過半が新法派の一族だったのですよ」

「そんな・・・プリクソスらがまさかそんな不正を・・・まさか・・・!」

「元々新法派とひとくくりにいいますが、新法を考え、実践に移そうとしてたのは極少数なのです。もちろん現状を改革しようという高い理想に共鳴して参加した者もおりますが、多くは今の体制下で出世の見込みのない落ちこぼれた官僚などの不満分子が、改革に乗じて良い目にありつこうと集まった烏合の衆と言うのが彼らの真の姿なのです」

 そういえば新法派は最初は二十人くらいの小さなグループだった。それがまたたくまに公卿や中級官僚に広がっていった。・・・有斗はそれを新法の正しさの故だとばかり思っていた・・・

「新法派も旧法派に対抗するには数が必要です。だから多少の汚職も見ぬふりをし、民に、そして国家に害悪を与えるのを黙認した。新法の理念のためでなく、新法の実践のためだけに、いや権力を握るためだけに、です。それが新法派の真の姿」

 そんな・・・そんな馬鹿な!

「新法に反対する意見は宮中にございませんでしたか?」

「最初は大反対だったよ」

「陛下はそれに耳を傾けられましたか?」

「上奏は改革が進むにつれ無くなったよ。新法を実践して、その素晴らしさに納得してくれたんだ」

「最後のほうは陛下にお会いするのも典侍(ないしのすけ)の取次ぎがなければ会えない状態だった、そう私は聞いておりますが」

「あ・・・」

 有斗は思い出した。そうだ、上奏の量と頻度の多さ、そして内容の重複に飽き飽きした有斗は、セルノアに同じような上奏は取り次がなくてもいいと言った。言ってしまった。

 まさか、それが全ての誤りの元だったのか・・・?


「陛下に上奏しようにも典侍が取次ぎをせず、陛下は新法派のものにだけお会いになる。要職は新法派とその一族が占め、朝廷は賄賂と汚職がはびこる伏魔殿(ふくまでん)と化した。新法がもたらしたものは、庶民に高額な塩を売りつけ、農民に賄賂を要求し、新法派以外の官僚から職を奪い、多くの有為(ゆうい)の才を宮廷から去らせ、政治に混乱をきたしただけでした」

 アリアボネは大きく溜息をつく。その表情はかつて旧法派が有斗に対してしていたのとまったく同じ、同じような嘆息だった。彼らも今、目の前にいるアリアボネと同じような感情を有斗に対してしていたということなのか・・・?

「新法は民を救い国を改革するために創られた法でした。ですが法を施行するには朝廷内で多数を占め、王の信頼を勝ち取り、重要な官職を独占する必要がある。それは認めます。だが朝廷内で多数を獲得するためだけに悪の横行を許し、民や国に不便を強いるのは本末転倒です。そしてそれを見抜けず、彼らに重職を与え、管理しなかった陛下の責任はもっと大きい」

 そう言った時のアリアボネの目つきは険しかった。その険しさが有斗に事の大元を悟らせた。そう、今ここでアリアボネが表している(いきどお)りをきっと心ある者たちは感じていたのだろう。それがきっと王に刃を向けるという行動をさせたに違いないのだ。

「なぜ多くの者が反乱に加わり、陛下に剣を向けたかお分かりになりましたか」

「まさか・・・そんな・・・」

 有斗は彼女の話す真実に言葉を詰まらせる。

「この反乱は僕のせいだっていうのか・・・?」

 アリアボネは強くうなずいた。

「戦乱が長引き、ついには王は関西に逃げ出し、河東や河北では群雄が跋扈(ばっこ)し、中原に残った宮廷は権力闘争に明け暮れ、国は荒廃し、民は疲労困憊(ひろうこんぱい)となった」

 そうアメイジアはもはや戦国という名の魔物に食い尽くされる寸前だったのだ、だから・・・

「多くのものは陛下に期待しておられたのです。現世にまったくしがらみがない異界の者ならば、きっと派閥の均衡(きんこう)の上に立ち、悪を罰し、善を賞してくれるだろう・・・と」

 有斗に求められた役割はそれだけに過ぎなかったのだ。深く考えれば素人であってもできる程度のこと。有斗がそれに気付かなかっただけで。

「ところが王は新法派の言い分だけを信じてしまった。彼らに全てを任せたのは陛下の過ちです。官僚は自己の既得権益に手を触れられることを極端に嫌います。そして隙あらば不正を働こうとします。国を動かす働きをしているのだから、これくらいいいだろう、と言ってね。だからこそ王は彼らが怠けないように、不正をしないように監視をしなければいけなかったのです。王が勤勉な官を褒賞し、不正の官を処罰する。そうしていれば新法派とてあそこまで腐敗はしなかった。陛下はそうでなく、新法派を寵遇(ちょうぐう)し、彼らの言うがままに賞罰を行った」

 それが悪かったのですといわんばかりにアリアボネは大きく溜め息をついた。

「当然、新法派はつけあがり、不正のし放題になります。それに旧法派というものはそもそも存在しません。新法そのものに反対するもの、拙速な履行に反対するもの、新法派の個人的なライバルや、新法の一部に反対するものなど、要は新法派にとって邪魔な人々を、旧法派という名前をつけてレッテルを貼り、もっともらしく攻撃しただけなのです」

 有斗は衝撃を受け反論することも出来ず、ただ黙っていた。

 確かにアリアボネの言ったことが本当だとすると、有斗は反乱を起こされてもしかたがないように聞こえる。

 でも心のどこかでは、新法派の皆はいい人だった、そんな不正など働くはずがない、

 既得権益を守ろうと悪い旧法派が抵抗しただけなのだ、

 ・・・だから僕は悪くない、と有斗の中で何かがささやく。


 でもそれは・・・きっと逃げだ。

 アリアボネが新法派に肩入れする理由もないけれど、同時に旧法派の味方をする理由もないのだから。


「反乱者を許さないという陛下のお気持ちはこのアリアボネも痛いほど理解しております。陛下がご自身や新法派に過ちは一切なかった、だからセルノアさんの復讐をしたいだけだと言うのなら、アリアボネは止めはしません。反乱者をいくらでも処刑すればよろしい。でも陛下が抱いたのは戦乱の世界を終らしたい。この世を変革したいという大志ではありませんでしたか?」

 それは確かにそうだけれども・・・

「多くの官僚を無くしてどうやって宮廷を機能させるつもりなのです? 気に入らない者や敵対者を処刑するだけで天下を一統できるとお思いですか? 肉親や大事な人を殺された者達は陛下を恨むでしょうね。憎むでしょうね。陛下が今セルノアさんのことで感じているような気持ちで。憎しみは憎しみを生み、戦乱を助長させるだけです。寛容(かんよう)や慈悲といったものが乱世を終らすには必要だと思いませんか?」

 そうか・・・僕が復讐すれば、今、僕が感じているのと同じ気持ちを僕に向けて抱く者ができ、悲劇は再生産され続ける・・・『誰か』がその憎しみを断ち切らない限りは。その『誰か』に僕がならないといけないとすれば・・・僕は・・・

「大志が凡人には抱けない(こころざし)である所以(ゆえん)は、それが悲しみや怒りや喜びや楽しみといった当たり前に人が持つ感情を超えたところにあるからです。どうか高所大所(こうしょたいしょ)からお考えください」

 アリアボネはそこで口をつぐんで、じっと有斗を凝視した。

 有斗の反応を見ている、そして返答を待っているのだ。

「・・・僕は、また過ちを犯すところだった・・・」

「・・・・・・」

「アリアボネさん」

「・・・え、あ・・・はい」

 王に『さん』付けで呼ばれたことにアリアボネは一瞬戸惑いを見せる。

「僕は君に言われるさっきまで新法派が正しいと無条件に信じていたよ・・・それに理解した今でも反乱を起こした奴等を許せない気持ちでいっぱいだ」

「・・・」

 やはりダメか。この人は王には向かない。感情を優先させる。

 個よりも全体を、感情より理性を優先させねば、王としてやっていくことは限りなく苦行に近いものになるだろう。

 王とは誰よりも権力を持ち、誰よりも嫉妬を受け、そして誰よりも自由がない存在なのだから。

 この人は素直すぎる・・・そして優しすぎるのだ。

 アリスディアはこころの中で溜息をついた。

「でも君の言ったことは理解できる。セルノアがああなったのは僕が悪かったことも。だから・・・許そうと努力してみる・・・許せるかはわからないけれど・・・。だからこんな馬鹿な僕でも、まだ支えてみようという意志が残っているのなら助けて欲しい。僕にはきっと君みたいな賢い人の支えが必要なんだ」


 それはアリアボネの想像を遥かに超えた言葉だった。人は苦言を嫌う。どんな人でもそうだ。

 王なら苦言を言う者の口を塞ぐのは簡単なことだ。だが目の前の少年はそうでない。自身の過ちを悟ることが出来る。そして何より自分の無知を知り、他者に意見を求めることができる。

 この人は何も無い。だから新法派の言うことを全て聞き、とんでもない失敗をしてしまった。でも逆に言うなら正しいことを言う臣に恵まれれば、何も無いからこそ素晴らしい王になれるのではないか。

 私はついに見つけたのかもしれない・・・私がこの世界に生まれたその理由(わけ)を。

「陛下」

 アリアボネは椅子を立つと地面に(ひざまず)き、両手を組み(かか)げて有斗を(おが)んだ。

「過分な褒詞(ほうし)です。陛下。この病身に出来ることならば、命に代えましても陛下の大志を叶える一助(たすけ)になりましょう」


 アエネアスはアリスディアをひじで突いた。

「・・・アリス、言われてるぞ?」

「何をですか?」

「賢い人の支えが必要・・・つまり今助けてくれる人には賢い人がいないってことだろ?」

「あ・・・」

 何故かアリスディアが絶句してしまった。

「ん?」

「お役に立てるほどの頭脳がなくて、ご迷惑をおかけしております、陛下」

 申し訳なさそうに悄然(しょうぜん)と頭を下げるアリスディア。

「あ、いや、そういう意味じゃなくてね! アリスディアは賢いよ! うん」

「ハハハ、今更取り(つくろ)っても無駄だ! こ~れはアリスに嫌われちゃったなぁ♪ 可哀想に!」

 そう言ってばしばしと平手で有斗の背中を叩くアエネアスには、語句に反して、有斗に対する同情の気持ちなど一滴も感じられなかった。

「いいの? ・・・打ち消さないと君も馬鹿ってことになるけど・・・?」

 だから有斗はちょっと意地悪に言ってみた。アエネアスならこう言うだろうという感じで。

「私はいいんだ。だってお前を助ける気などこれっぽっちもないからな! お前を支える連中の数に私は最初から入っていないということだ! すなわち私は馬鹿扱いされているわけではないんだよ! あはははははは!!」

 腰に手をあてて高笑いをするアエネナス。

 その姿は限りなく馬鹿にしか見えなかったが、そのことを口に出すと大変なことになりそうだったので、有斗は賢くも黙っていることにした。

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