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紅旭の虹  作者: 宗篤
第二章 昇竜の章
14/417

兄妹(アエティウスとアエネアス)

 背負う荷物が少なくなったため、昨日よりは順調に旅は進んだ。

 とはいえ、有斗はと言えば、結局グロッキー状態で半分死んではいたのだが・・・

「陛下は出が高貴でいらっしゃるから」とアリスディアは有斗をほめてるんだか、馬鹿にしてるんだかわからないフォローを入れる。

 たぶん高貴な出だから、肉体労働とかに不向きだって言いたいと思うんだけど、・・・先祖をどこまで(さかのぼ)っても、たぶん平民しかいないと思うけどなぁ・・・

 有斗と違ってアリスディアはピンピンしてるのに情けない。

 やがて城壁で囲まれた大きな都市が目に入ってきた。

 最初におもちゃのようだなとすら思えたその城壁は、近づくにつれ圧迫感を感じるほど高く高くなっていった。20メートルとかあるんじゃないのか、これ。

 しかしよく見ると、ところどころ城壁が崩れていた。

 城門には兵士が見張りに立っていたが、有斗等を含めて通行人はなんのチェックもなく入ることが出来た。

 城壁を直さずにいるのに見張りの兵がのほほんとしていられるということは、それだけ平和ってことなんだろうな。

「けど」

 思ったことを口にした。

南京南海府(なんけいなんかいふ)っていうわりに大きくないね・・・商店もそんなにないし」

 南部の中心と言う割には都よりかなり小さい。それにどっちかというとモノウのほうが栄えている気がする。

「ええ・・・大海に乗り出し海の向こうと貿易していたころは、ここは空前の繁栄を享受(きょうじゅ)していたのですが・・・」

「今は違う?」

「はい。海の向こうとの交易は細々ながら続けておりますが、この国は群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の時代です。今は海外貿易よりも国内の商取引がせいいっぱい。しかもこの街は一度大きな戦で完全に破壊されました。それで国内交通の要衝であったモノウに交易都市としての地位をとられてしまったのです」

 でも、とアリスディアは言葉を紡ぐ。

「それでもここはこの国ではいいほうですよ。支配者のダルタロス家は強大で他の諸侯の侵略を寄せ付けません。だからもう10年は戦禍(せんか)を免れています。それに今の当主は賢君で善政をしいていますし」

 確かに街を歩く人達の顔は、ここへ来てから見慣れた、あの失望で(くも)(よど)んだ顔ではなく、どことなく陽気でにこやかに見えた。

「ここには平和があります」

 ぽつりとアリスディアは言った。


 平和か・・・

 ふと思った。

 もし有斗にダルタロス家が助力してくれると言うなら、それは朝廷と戦うと言うことだ。この地も戦場になるかもしれない。

 少なくともここの兵士は戦場に行くことになる。何人かは、いや何百何千人は確実に死ぬだろう。

 いわば有斗は平和な南部に戦争を連れて来て、人を戦場という名の死へ追いやる死神ということになる。

 平和に暮らしているという、この土地の人達を兵乱に巻き込む資格が有斗に果たしてあるのだろうか・・・?


 この街の教会に到着すると、完全にへばっている有斗を一室に残し、ちょっと伝手(つて)を訪ねてきます、とアリスディアはどこかに行ってしまった。

 文字どうりの重荷から、やっと開放された有斗は、壁に全身を(ゆだ)ねて放心していた。

「何も荷物がないって最高だなぁ・・・」

 大きく伸びをして体をほぐすと、有斗は肩まわりの関節が悲鳴をあげた。

 きっと明日は筋肉痛だぞ・・・

 この世界から帰るにしても、王都に行って儀式をしなくちゃいけない。つまりどう考えてもしばらくはこの世界で暮らすことになる。

 筋トレとかしといたほうがいいのかなぁ・・・と有斗はふと考える。

 せめて逃げるための足腰くらいは鍛えといたほうがよさそうな気がしてきた。

 ・・・

 逃げるときのことばかり考えてるのは、王様としてはダメなんだろうなぁ・・・

 なんとかゲリヲンじゃないけど、逃げちゃだめだ。


 ・・・


 でも、セルノアを置いて逃げ出した有斗にはそれを言う資格がない・・・

 有斗は再び思考の迷路に迷い込む。


「よろこんでください!」

 唐突に部屋のドアが開いてアリスディアが勢いよく入ってきた。

 その時の有斗は完璧に油断していた。半分寝てたので、ちょっと驚いてビクッっとしていた。

「・・・あ、ああアリスディアか」

 寝ぼけた目をこする。寝てたのばれないようにしなきゃ。

「陛下の希望を伝えてもらったところ、すぐにでも会いたいとおっしゃっているそうです!」

「あ・・・そう、それはよかった」

「思ったより反応はよさそうですよ! ひょっとしたらご助力いただけるかも!」

 興奮して話すアリスディアが開けた扉の向こう側に、髪の毛も赤、着てるものも朱という目立つ格好をした青年が立っていた。

 ここまで赤いと何かが三倍の速度で動く可能性すら感じさせる。

 きりっとした強い意志を表した細い眉が印象的な顔立ち。美しい青年である。

 彼は「失礼」と言って、アリスディアについて部屋に入ってきた。

 有斗をじろりと一瞥(いちべつ)する。一度も会ったことはないはずなのだが、どこか有斗を見る目が厳しい。

 まさか・・・刺客とかか!?

 いや、でもアリスディアが(さえぎ)らないところを見るに、知ってる人なんだろうから、それはいつもの被害妄想・・・か、などと有斗は首を捻りつつも警戒を解く。

 そしてもう一度、その青年を観察する。

 その無駄のない動きは、ひきしまった細身の軍人であることを思わせる。

 ひょっとして・・・この人がダルタロスとか言う人なのか・・・?

「もしかして、貴方はダルタロス家の・・・?」

「う・・・? うむ、そうだが」

 やっぱり。

 この武人らしい身のこなし。そして少女マンガの世界から抜け出したような濡れた長い眉毛。さすが南部きっての名家の当主、絵に描いたような美々(びび)しい貴族だった。

 立ち上がって握手しようと有斗は右手を差し出す。

「これはわざわざ・・・僕が・・・?」

 が・・・?

 視界と思考が右回転でぐるっと一回、二回と回りだす。

 急に立ち上がったら立ち眩みが・・・

 有斗は後ろにひっくりかえりそうになる。

「・・・え? ・・・・・・わわ!」

「だ、大丈夫ですか!」

 アリスディアが駆け寄るが間に合いそうもない。

 が、その青年が倒れる有斗の腕をとっさに掴み、片手で力強く引き上げた。素晴らしい運動神経と腕力だ。

「大丈夫か?」

「あ・・・ありがと・・・う?」

 引き上げてくれたものの、有斗はまだ平衡感覚を完全に取り戻してはいなかった。

 こんどは前に、自然その青年に向かって倒れこむ形になった。

 いけない、と手を出す。

 青年の胸に当たる。ぼふっという音とともに左手にその音にふさわしい柔らかな感触が伝わる。

 ん・・・なんでこんなにふくらみがあるんだ・・・?

 ・・・これはまるでおっぱいの感触・・・・・・なんで男に!?

 いや、よく見るとこの顔は・・・

 羞恥(しゅうち)で真っ赤になった整った顔、長いまつげ、薄いながらも柔らかそうでピンク色の唇・・・

「え・・・まさか女・・・?」

 有斗がそういうや否や、いや『おん』まで言うや否や、

 目の前の赤い服の女の、硬く握り締めた左(こぶし)が有斗のアゴに『ゴキュル』と嫌な音を立て、めり込んだ。

 軽く記憶がとぶ。

 すばらしいアッパーだぜ。賞賛の言葉を送りたいほどの。喰らったのが有斗でなければ、という話ではあるが。

「き、きっ貴様ァアアアアアアア!!!!」

 後方に倒れこもうとする有斗の体を左手で引き戻すと、憤怒の表情が有斗の目の前に現れた。

「なんてことをしてくれる!? 兄様だって触ったことないのに!!!」

 右の肘が顔に飛んで来るや、次の瞬間、左ヒザが有斗の股間に襲い掛かる。

「・・・・・・!!!!!!」

 声が出せない・・・!

 ・・・それだけはやめて・・・婿に・・・お婿さんに行けなくなっちゃうッ・・・!

「しかも貴様、今『まさか、おん』って言ったな!?」

 悪鬼羅刹(あっきらせつ)のような表情。こめかみに血管が浮き出ていた。やばい・・・! 本気で怒らせてしまったようだ・・・!!

「答えろ! 私を男だと思っていたのか!?」

 ここは素直に答えて怒りを静めなければっ! ・・・僕の命がない!!

「は・・・はい・・・」

「!!!!!!!!!!」

 え!? 素直に答えたらさらに怒りだしたんですけど!! 意味がわからないんですけど!!!

「なぁんだとおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!」

 両手で首を完全に絞められ頭上に持ち上げられた。息が一切出来ない!!

「く・・・苦しい・・・」

「やめてアエネアス!」

 アリスディアがようやく止めに入ってくれた。

「陛下になんてことをするのですか!」

「陛下・・・?」

 アエネアスと呼ばれたこの赤さ満開の女は、アリスディアに怪訝(けげん)な顔を向ける。

 その間も有斗の首は絞めながら、だ。

 誰か助けて下さいっ・・・もうあの世に逝きそうなんです。

「まさか・・・」

 アエネアスは首を絞めたまま、有斗の顔を目の前まで引き寄せ、ジロリと眺めた。

「これが王だと!?」

 そして人の一人や二人殺しそうな目で有斗を(にら)んだ。

「私の胸を触った、どう見ても従者にしか見えないこの変態が!?」

 いや・・・それは事故。不幸な事故なんです!

「私たちが入ってくるまでどうみても寝ていたとしか思えないぞ! そんな危機意識の欠片すら持ってないこのマヌケ面がか!?」

 ひどい言われようだ。そこまで言わなくてもいいじゃないか。

 まぁ当たってはいるんだが。

 そこはこんな状態ででも寝ていられる肝の据わった英傑、とか好意的に見ることもできるんじゃないかな?


 ・・・・・・無理か。無理ですよね。


「私はアエネアス・ダルタロスだ」

 腕を組み体を壁に預けて、有斗をジト目で見つつ彼女はそう言った。

 漫画とアニメ以外で見たのは初めてだったが、この冷たい視線は間違いなくジト目というやつだ。

 現実世界でもジト目ってあったんだな・・・

「アリスとはちょっとした知り合いでな。その関係で兄様に取り持ったのだ。お前の事を聞いて兄様は興味を持ったらしい。是非お話をしたいとのことだ。王を迎えてくるという大役にはめったな者は行かせられない。栄えある名誉な仕事だと思ったので私が立候補したのだが・・・」

「・・・が?」

「今は受けたことを後悔してる」

 あ、そうですか。失望させましたか。すみませんねぇこんな僕で。

 いじける有斗に対して、 はぁと聞こえよがしに大きく溜息をつく。

「命令だから仕方がない。お前を兄様のところに連れて行く」

「さっきから兄様兄様って・・・誰?」

 (いぶか)る有斗に「ダルタロス家の御当主ですよ」とアリスディアは助け舟を出す。

 なるほど。とするとこの娘は妹ということか。

 まずいなぁ・・・この娘の有斗に対する印象は最悪である。兄に告げ口とかされたらどうしよう、と有斗は自らの失態を悔やんだ。

 ダルタロス家の当主がシスコンとかだと困ったことになるかも、と有斗は先行きに不安なものを感じた。


「さぁ、それでは向かいましょうか」

 アリスディアがそう言うと、アエネアスはうなずいた。

「おいボンクラ行くぞ」

「・・・」

「なんだその顔は。文句があるなら連れて行かぬぞ」

 どうやら有斗は抗議の意があることを顔で表していたらしい。

「・・・ありません」

 ああ・・・僕はなんという威厳のない王なんだろう、有斗は自らが情けなくなってきた。

「ええと・・・で、どこへ向かうの?」

 有斗の質問にアエネアスは黙って小高い丘の上にある城を指差した。

「あれ? ひょっとして徒歩?」

 辺りを見回すがなんの乗り物もない。馬も馬車もない。

「そうだ」

 だけど・・・結構遠いな・・・昼間あの重い荷物を担いできた僕にそれだけの体力がのこっているかどうか疑問だ。

 代わりに馬が乗れない醜態(しゅうたい)をさらさないですむ。それはいいことだ。

 よかったような、よくなかったような。

「あれ? 君も歩いて帰るの?」

 当主の妹と言うからには馬に乗れないことは無いはずなのだが・・・

「お前が馬に乗れぬと聴いてな。王が徒歩なのに私が馬上するわけにもいくまい」

 気を使ってくれたんだな・・・ちょっとだけ感謝の気持ちが湧く。

「今はそれを後悔している。馬に乗ってくればよかった。そうすれば一足先に城に帰っていれた。お前の汚らわしい(つら)一時(いっとき)でも見なくてすんだのにな」

「そうですか・・・」

 ・・・これは本格的に嫌われちゃったようだ。

 先行きが思いやられるなぁ。


 城に近づくとアエネアスは裏手のほうを指差した。

「こっちだ」

「正門はこちらじゃなかったかしら?」

 アリスディアがここからでも見える大きな門を指差した。

「そうだが・・・城の裏側から入ってもらう」

「王を裏門から入れる?」

「そうだ」

「ちょっとアエネアス。それは非礼です、抗議します!」

「派手に正門から入られてあらぬ噂が立てられるのは困る。我がダルタロス家が王に肩入れしていると思われるではないか。あくまで私的に知人と会う。それだけだ」

「会ってくれると言う以上、助けていただけるのでは?」

「まだそこまでは踏み込めない。兄様しだいだな」

「・・・そんな!」

「いいじゃないかアリスディア、会ってくれるだけでも」

「・・でも!」

「今の僕には何にもない。こっちは王だから、そっちは無条件に手伝ってくれと言うのは筋が通らないよ?」

「ほう」

 アエネアスはアリスディアに向かって言った有斗のその言葉に感心したらしい。くるりと半回転し有斗を値踏みするような目で観察した。

「意外と謙虚じゃないか王は」

 何故か鼻で笑った。

「それにそのほうがいいと思うぞ。助力しないと決めた時のことを考えたらな。王として来たなら、それなりの格式で出迎えねばならぬ。当然大事になって周囲に知れ渡るだろう。人の口を塞ぐことはできないからな」

「それに何か問題でもあるのですか?」

 言葉は丁重だったが、アリスディアにしては珍しく顔と声から不快のオーラが出ていた。

「この馬鹿を助けると決めたときはいい。だが助けないと決めたときはどうだ? 我がダルタロス家は南部屈指の兵を持っている。だが正面きって王師と戦えるほどではない。王が来たのに捕まえもせずに逃がしたとしたら、ダルタロスはどうなる? 王師がきっと懲罰と称して攻めてくるだろう」

 確かに有斗を保護したとみなせば、今や反有斗の牙城と化した朝廷は王師を出して攻めてくるだろう。

「だがダルタロスとて無駄な争いは避けたい。ということはその場合の解決方法はひとつ」

「ひとつとは?」

 と、訊ねる有斗に、アエネアスは軽い口調でぶっそうなセリフを吐いた。

「首と胴を切断して、お前を王都に届ければいい」

「・・・そんな!?」

「そうしないために馬だけでなく馬車をも取りやめて、裏口から地味に入るのだ。むしろ感謝して欲しいな。うまく行かなくても死体となって門から出なくて済むのだから」

 アエネアスは、にやりと不敵に笑みを浮かべた。


 有斗たちは応接室らしき広間に通される。

 その部屋に入るまでにいくつのドアをくぐり、いくつの廊下と部屋を通ったことだろう。

 なんだかこの城、つくりが全てにおいて大きい・・・

 この部屋も天井まで五メートルはある。フロアもふかふかの真っ赤な絨毯(じゅうたん)が敷き詰められ、端から端まで十メートルはある巨大なテーブルが備えられていた。

 が、それがまったく大きく見えない。

 そのことがこの部屋の大きさを物語ってると言えよう。

 壁際には甲冑や剣がずらりと並べられている。武門の家だとはアリスディアの談。

 馬鹿でかい肖像画もある。横にしたら、たぶん実家の有斗の部屋より大きいだろう。ヒゲ面の厳格そうな武人が鎧兜を着、剣とマントを着用し正面を見ていると言う絵だった。これが当主なのかな、と有斗はしげしげとその絵を観察する。

 まさにこの部屋は、ダルタロスという家が南部屈指の名家であることを示している。こんな大きな絵を描かせることが出来、こんな立派な部屋を飾ることが出来るのだから。

 王宮も立派ではあったが、ここまでではなかった。家具や調度品は僕の目に触れるところは新品を使っていたけど、本来、有斗が立ち入らないような場所はいたんだ品や壊れた品があった。

 そんな想いで肖像画を見上げていると、奥の扉が開き、アエネアス、メイドが数人、そして背の高い上品な青年が入ってくる。

「お初にお目にかかります、陛下。お会いできて光栄の極み」

 その青年は有斗に向かって優雅に頭を下げた。

「私が現在、ダルタロスの当主を務めておりますアエティウス・ダルタロス・セナでございます」

 アエネアスとはあまり似てないけど、またこれも美男子だなぁ・・・

 金髪と合わさって宝塚にでも出てきそうな顔姿。有斗とは大違いだった。

 こっちの貴族とかって皆、美男美女なのだろうか?

 とりたてて美点など無い自分の姿に有斗はなんか悲しくなってきた。

「僕は夕雅有斗。よろしく」

「ユウガ・・・様と読んでよろしいので?」

「こちらふうに言うならば、名がアリト、姓がユウガということになります。アリト様と呼ばれるのがよろしいかと」

 と、アリスディアが横から訂正を入れる。

「ああ、そうか。サキノーフ様のいた世界では確かそうでしたね。失礼いたしました」

 でも・・・見るからに若い。二十歳いっているかどうか・・・

「・・・驚いた」

「何にでございますか?」

「南部屈指の家柄で、武人として高名な方だと聞いていたから・・・そこにある肖像画の人のように、もっと年老いた厳しい人物だとばかり。こんなに若いとは思わなかったよ」

「お褒めに(あずか)ったと思ってよろしいので?」

 有斗の言葉にその青年はいたずらっぽく爽やかに笑う。

「あ、そうか」

 この世界は元いた世界と似ているようで違うということを有斗はすっかり忘れていた。

「といってもこっちだと年齢と外見は一致しないんだったっけ。実は結構なお年とか・・・」

 その言葉にアエネアスが有斗を(にら)みつける。

「失礼なやつだなお前は。兄様は私と3歳しか違わぬ。22歳だ」

「ということは・・・アエネアスはにじゅうご・・・」

 ダンっとテーブルを強く叩く音が響いた。

 うおっ・・・ホントこえぇ・・・

「兄様だと言ってるだろう! 私は19だ!」

「おいおいアエネアス、陛下に向かってなんてことをするんだ」

「いいんです兄様、コイツは私を男扱いした上に破廉恥(はれんち)な行為をしたのですから」

 アエティウスが驚きの表情で僕のほうを見た。

「お前に・・・か? またそれは命知らずな・・・」

 ・・・なるほど、どうやら有斗以外でも彼女に対する認識はこうであるようだった。きっとじゃじゃ馬なんだろう。

「ちょっと兄様、聞き捨てなりません! どういう意味ですかそれは!!」

「いや・・・いろいろと・・・な・・・で? 何をされた・・・?」

 神様、どうか彼女が変な言葉を口に出しませんように、と有斗は祈らずに入られなかった。

「・・・胸を触られました」

 有斗は抗議した。それじゃあ有斗が単なる変態としか思われかねない。

「いやあれはあくまで事故で・・・」

「事故だろうがなんだろうが、私の胸を触った事実は言い逃れできんぞ!」

「胸を触ったのは否定してないよ。ただわざとじゃ・・・」と抗弁する有斗に、「当たり前だ。わざと触ったのなら今頃お前の手首から先を切り落としている」と、口調も態度も一切変化させずに、さらっと恐ろしいことをまた言った。

 怖ええええええぇぇぇぇぇぇマジ怖い!!


「責任をとってもらうか?」

「責任?」

「陛下にお前を嫁に貰ってもらうというのはどうかな?」

 え・・・なんでそうなるの・・・?

 だが有斗が否定の言を口にするよりも早くアエネアスが大きく抗議の声をあげた。

「冗談じゃない!!!」

 有斗だって冗談じゃない。こんな気の強い子に嫁になられたら、どんな目に会うかわかったもんじゃない。もしこの娘が実はデレることがあるツンデレだとしても、あれは二次元だから素晴らしいのであって、三次元だとキツイ。だいたいこの娘はまったくデレがないし。タイプとしては今時流行(はや)らない暴力系ヒロインとかいうやつだろう。

「おい」

「え・・・な、なに・・・?」

「なんで私だけでなく、お前まで不満そうな顔をしているんだ?」

「だって不満だもん」

「なんだと! 私のどこに不満があると言うのだ!!」

「え・・・だって僕のこと嫌いだって感じだったじゃないか」

「当たり前だ! 私がおまえのどこに惚れる理由があるというのだ! この冴えない顔! 貧弱な体! おまけに昼間から変態行為を働くふらちもの! 女に好かれる要素が皆無ではないか!! 私が、というか全世界の女がお前を嫌うのは当然だ! だからこそ、そんな最低な人間が私を否定するような反応を見せるのは心外だ!」

 ・・・そんな理不尽な。しかも散々な言われようだ。

 ・・・苦手だ。このアエネアスって娘は。


 くすくす笑いながらアエティウスは言う。

「申し訳ありません陛下。アエネアスの不調法(ぶちょうほう)、このアエティウスが代わってお詫びします」

「兄様が謝る必要はないっ!!!」

 アエティウスは(いきどお)るアエネアスの頭をポン、と叩いて頭を下げさせた。

 アエネアスもアエティウスには逆らえないようだった。

「・・・むぅ」

 アエネアスは不機嫌な顔で押し黙る。

 そこへメイドがポッドとカップと皿を持ってきて、紅茶を入れて僕らの前に置き、バスケットに入れられたクッキーとケーキの中間みたいな菓子をテーブル中央に置く。

 メイドが退室したのを目で確認すると、アエティウスは表情を変えて、僕に向き直った。

「さて」

 その顔は乱世を生きる当主に相応しい鋭いもの。さっきまでの柔らかな表情とは大違いだ。きっとこっちが本当の顔なのであろう。

「本題はなんでしょうか? 我がダルタロス家を頼ってこられた用件です」

「アリスディアから聞いてなかったんだ?」

「まぁ、察してはおりますがね」

「というと・・・?」

 彼がどういう立場でこの会見に臨んでいるか分からない以上、そうそうに手の内は見せないほうがいいだろう。

 彼が有斗をどう(とら)えているか、それによって会話の中身を変えるべきだ。

 有斗はしばし様子を(うかが)うことにした。

「王は王都から放逐された。反乱が起きたのに、王都ではその後の混乱が見られない。もしこれが一部の不届き者の一時の激情に駆られての行動だったら、普通はポスト争いや論功行賞で多少なりとも揉めるはずなのですが・・・。つまり反乱後の体制作りも含めてよほど綿密に計算されたとしか思えない。王の与党は処刑されたか寝返って、もはや王都にはいないと考えるべきです。となると王は今、徒手空拳である」

 喉が渇いたのか一呼吸置きたかったのか、紅茶を一口飲んだ。

「王が今欲しいのは味方でしょう」

 有斗は驚いた。有斗の思考を読んだかのような的確な指摘だった。

「だが河北は群雄が割拠(かっきょ)して相打つのに忙しい、河東はカヒ家とオーギューガ家が三代前から続く睨み合いだ。王のことなど気に留める余裕はないでしょう。といっても、関西は王としてのあなたの存在自体を認めないでしょうしね」

 アエティウスの現状認識には一点のブレも無い正しい認識だった。さすがは戦国の世を生き抜く諸侯であるといったところか。

「つまり、王が動かせる兵力があるとしたら、ここ南部だけです。南部を(まと)め上げれば、王師に匹敵、いや上回ることも可能です」

 有斗は(うなず)いた。いちいち説明するまでもなく、この男はわかっているのだ。

 有斗が訪ねた目的と、そして現在の状況を十分すぎるくらいに。

 だとしたら有斗に会うことを決めたのにも理由があるはずだ。有斗を手伝ってくれるにしろ、捕らえて首を()ねるにしろ、だ。

「王を助けると、王都に(にら)まれる。つまり今の王を助けるのは火中の栗を拾うようなものです。しかも南部の諸侯は王に馴染みがないうえに、中小の諸侯が多い。誰も先頭切って助けようとする侠気(きょうき)のある者はいないでしょうね。でも誰かが『王を助ける』と言いさえすれば話は別でしょう。中央に対する反感は皆持っていますし、王に勝ち目があると踏めば、諸侯はこぞって勝利の分け前にありつこうと参集してくるでしょう。この策のキモは最初に手をあげる物好きな諸侯を作れるかどうかです。つまり王が有力な南部の諸侯を口説き落とせるか否かに懸かっています」

「さすがです」

 アリスディアとセルノアが考えてくれた策を完全に見抜いてる。

「そして僕が説得したいと思ってるのはダルタロス家。それも見抜いてるのでしょう」

「ええ」

 有斗は己のの心理を正確に把握しているのが(しゃく)だったので、こっちもそちらの手の内は織り込み済みかのごとく振舞ってみたが、それすら見通してるようだ。アエティウスは余裕の笑みだった。

「私が叛徒に組してる場合はどうなさるつもりですか? ここで捕らえられる可能性を考えなかったので?」

「どうもしないよ。というか何も出来ない。南部で僕を助けてくれる可能性を持ってる諸侯はと聞いたら、ダルタロスの名前が辛うじてあがった。もしダルタロスが味方をしないと決めたなら、僕はもう打つ手がない。だからダルタロスがどういう立場であろうとも会うしかなかった。その結果捕まるなり、殺されるならそれは僕の運命だと思うしかないんだ」

「結構です。お覚悟の程は理解しました」

 アエティウスはそわそわ右手を握ったり開いたり落ち着きがなかった。

 顔色は一つも変えていないが、内心ではどうするべきか迷ってるのだろう。

 有斗には嬉しいことだ。迷っているということは味方してくれる可能性がゼロではないのだから。

「ひとつ訊ねてもよろしいですか?」

「どうぞ」

「なぜ貴方は王都に戻りたいのですか? 王としての贅沢(ぜいたく)な暮らしがもう一度したいからですか? それとも反乱を起こした者どもを縛り首にするためですか?」

 有斗はその質問に少しの間、考えると答えた。

「たしかに王の生活は素晴らしかったよ。みな僕を王様としてチヤホヤしてくれる。綺麗な女の人に囲まれて、立派な大臣たちを命令で思うがままあやつる。悪くなかった。それに反乱を起こした連中に腹が立たないかと言われたら、そりゃ立つに決まっていると答えるしかない」

 綺麗な女の人、と言った時にふいにセルノアのことが浮かんだ。そうだ・・・彼女の為にも僕は王として王都に戻らなくては、と有斗はもう一度決意する。

「それに僕を逃がすために犠牲を払った者たちもいる。その人たちに報いてやりたい。その為にも王として王都に戻らないといけないとも思うんだ」

 でも、それは一面。有斗が王に戻りたいと思ったきっかけではあっても、決意させた重要なファクターではない。

「でも違う・・・かな」

 有斗はセルノアと旅したときに見た難民の目を思い出していた。あの人たちの希望をなくし、暗くよどんだ瞳を。

「僕はここに逃げて来るまでいろんな人を見たよ。その多くは絶望の中にいる人たちだった。この戦乱の世界を何とかして欲しい、だが誰も何ともしない、そして自分にも何ともすることができない、そういった表情をしていた。それで僕はやっと気付いたんだ。何故、僕がこの世界に呼ばれたとき皆が僕を(まぶ)しげに見上げていたのか、そして僕が(まつりごと)をして宮廷を混乱させた時、暗く沈んだ顔になったのかを、ね。」

 そしてもう一度セルノアの目を思い出していた。『サキノーフ様と同じ召喚の儀で呼び出された伝説の王』を見る、あの憧憬と尊敬と希望の混ざったあのキラキラした瞳を。

「僕はもう一度、王になりたいんだと思う。一度は失敗したけれど、王になってこの戦乱で明け暮れるこの世界を平和にしたい。皆に希望を与えてあげたい・・・僕に出来るかわからないけれど」

 それは有斗の偽らざる答。


 だが僕はうまく言えただろうか・・・?

 目の前のこの青年の心を少しでも動かすことができただろうか・・・?


 アエティウスはしばらく固まっていた。

「陛下」

 ようやく声を出したとき、アエティウスは小さくククク、と笑い出した。

 アエネアスは驚いた目でアエティウスを見つめる。

「あなたはとんでもない夢想家だ。そうでなければ稀代(きだい)の詐欺師だ」

「ダルタロス卿、それは無礼です。理想が高いのですよ、陛下は」

 アリスディアが小さく抗議の声をあげる。

「これは失礼」

 だがアエティウスはまだ笑い止まらなかった。

「いいでしょう、あなたが夢想家であれ、詐欺師であれ、理想家であれ、私を満足させるに十分すぎるほどの返答はいただきました」

 ようやく笑うことを止めたアエティウスは急に真面目な表情を作る。

「面白い。実に面白い。・・・しかし、そんな答えが返ってくるとは思わなかったな」

 馬鹿にしているのかとも思ったが、よくよく観察すると、アエティウスの表情は何故だか少し嬉しそうだった。

「陛下が夢想家か詐欺師か理想家か・・・それをじっくり傍で見させていただきましょう」

「では・・・!?」

「よろしいでしょう。我がダルタロス家は王に組することにいたします」

 アエティウスが差し出した右手を有斗はしっかりと握り返す。

 そしてアエティウスは腰に差していた剣を(さや)ごと両手で持ち、(ひざまず)いて高々と有斗に捧げた。臣従の誓いだ。

 それを有斗はおごそかに受け取る。


 ようやく、だ。ようやくここから僕が本当の王になる道が始まったのだと有斗は強く感じた。

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