私の世界帰還方法
チュン、チュン…
窓の外から聞こえる鳥の声で目が覚める。
「………」
枕元のにある本に目を落とす。私がこの世界に来たときに一緒に持っていた小説だ。…今まで何百回読み返してきたことだろうか。
ユージアに来てからどれくらい経ったのだろう。…七年くらいか?とにかく、それぐらい長い時が過ぎたのだ。
「リリア様、お目覚めの時間ですよ…ってあら、もうお目覚めになられたのですね」
フレアさんが私の部屋に入って来た。
「おはよう、フレアさん」
「おはようございます。早速、身支度を始めましょうか」
朝ご飯を食べるためにダイニングに向かう途中、ルウちゃんに会った。
「お姉さま、おはようございます!」
「おはよう、ルウちゃん」
ルウちゃんは立派なレディになり、悔しいが私の身長を抜くようになった。そしてレディの教養として『リリアお姉ちゃん』と呼ばれることは無くなってしまった…。
「リリア、おはよう」
「あ、アルトさん。おはようございます」
アルトさんもあの時よりも顔付きが少し大人っぽくなった。エルさんは女装のさせがいが無くなったとか言っていたけど、私はこっちの方が格好良くて好きだな。
「今日のこと、わかってるね」
「…はい」
今日はアルトさん達と悪党団の拠点に向かう予定だ。久しぶりに騎士団らしい仕事である。
「…がんばろうね」
「…はい」
言葉には出さないが、今回の仕事が危険なことはアルトさんとエルさんの言動から薄々感づいている。
それでも無理を言って作戦に同行させてもらった。
…正直言って、私は何がしたいのか分からない。
元の世界のことも気になるが、この世界に留まりたいというのも事実だ。
結果、がむしゃらになっている。
どんなことにも首を突っ込んで、丸く納めて。
本当、私何してるんだろ。
そんなこんなで私とアルトさんは今、騎士団へ向かう馬車の中。
ずっと乗ってきたせいかこの馬車の揺れにも慣れ、酔うことも無くなった。
「………」
「………」
気まずい!!
確かに無理言って来たけど、無言って!無言って!!
大事な事なので二回言いました!!
「リリア」
「は、はいっ!」
「今からでも遅くはない。…待っていてくれないか」
「……待っていたら、全部見逃して、どこかに行っちゃう気がするんです」
「…そうか。気は変わらないんだな」
「はい」
そう言って俯いたアルトさんの顔は、どこか哀しいような感じがした。
「…あの」
「?」
「無理言って、いろいろ迷惑かけて…すみません」
「いいよ。俺はリリアのことが心配なんだ。それを分かってくれればいい」
アルトさんが私の頭を撫でる。
あの協会で初めて会った時のように。
「…はい」
雲に覆われた空。馬車の窓から湿っぽい風が流れる。
「あの、アルトさん」
「なんだ?」
「キス…お願いできますか?」
アルトさんは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「そんなの、言われなくても」
ふっ…と
アルトさんの唇が私の唇が重なる。
唯一現実を忘れられる時間だ。
「リリア」
「はい」
「…好きだ」
「…はい」
そのとき、ぽつりと私の頬に雨粒が触れた。
「雨か?まいったな…」
「確か雨天決行でしたよね?」
「そうなんだよ。だから厄介なんだ」
確かに泥にまみれて戦うのは嫌ですよね。
「あ、建物が見えてきました」
「もうそんな時間か。…行くか」
「はい」…と言いたかった。無理に付いて来た私に言えることではなかった。
悪等団が潜んでいるのは深い森の中。
アルトさんやエルさん達は拠点へ、私を含むその他の騎士たちは森を少し入ったところで待機することになった。
「行ってくる」
私はアルトさんアルトさんの手を握る。
「絶対、帰って来てね」
「ああ」
…そう言ってアルトさんは私に背を向けて、悪に立ち向かったんだ。
たくさんの雨粒が私に打ち付けられる。
えっと…どうしてこうなったんだっけ。
そう、たしか騎士団の人たちが悪等団に押されてて、待機していた人たちも向かうことになって…
…どうして私も付いて行っちゃったんだろ?
戦えないのに。ずっとあそこで待っていたらよかったのに。
……今となっては遅いか。
私はそこで悪等の人たちに会って、後ろから不意打ちくらって…
「…本当、私何してるんだろ」
あの時アルトさん、私の名前を叫んでくれたのに。なんで気付けなかったんだろ。
「リリア!リリア!!」
アルトさんがこちらに駆けつけてきた。どうやら、上手くやったみたい。
「リリア…リリア…ッ」
雨粒とは違う、私の顔にかかっているのはアルトさんの涙?涙声だし、多分そうだよね。
私の手を包む温もりはアルトさんの手?視界がぼやけて上手く見えないけど、きっと、そうだよね。
…そうか
こんな私でも、私のために泣いてくれる人がいるんだ…。
うれしいな……。
「おや?そなたはさっきの…。雲から落ちたようじゃったか、大丈夫じゃったか?」
「…え?」
辺りを見回す。ここは…天界だ。
「ちょっと見ないうちに大人っぽい面構えになったのう。残念じゃが…ワシの好みではなくなってしまったぞい」
「…そう、ですか」
いまいち状況がよく分からないが、今、ここならできる気がする。
「あの!」
「ん、なんじゃ?」
「元の私の世界に帰る道は?」
おじさんは一瞬驚いた後、自分の髭を撫でながら「ほう…」と呟いた。
「あの世界で暮らしても、尚自分の世界に居たいというのか…面白い。ワシが元の世界に送り届けてやろう」
「本当…ですか!?」
やっぱり物は試し、言ってみるもんだね!
「Дζ¶ΠΦ…」
「わっ…!」
おじさんがなにか呪文を唱えると、私も周りに光が纏った。
「帰るがよい『そなたの場所』へ」
目の前が眩しく光り、それからの記憶は無かった…。
ふと気付くと、私は固い地面の上に寝転がっていた。
体を起こし辺りを見回す。そこに広がっていたのは黒いアスファルト、コンクリートでできた塀、屋敷のように広くない二階建ての家々…私の世界の景色だ!!
「あの…」
声のする方向を見ると、一人の男の人が私を心配そうに覗いていた。
「すみません、お怪我はございませんか?」
男の人の後ろに雑に停められたトラックのタイヤが、焦げたゴムの匂いを吐き出していた。
どうやら私のシリアスを入れないと死んじゃう病が発動したようだ…。