模範解答編
亜が解決した事件は優に百を越え、事件に関係した人数は五百を超える。マスコミは彼こそ正義の体現だと報道するが、彼の事件を快く思わない人間もいる。
高橋もそんな人間の一人だ。不動産会社の社長であった彼女の父は、部下が犯した殺人の風評被害で首を吊った。薊は父の会社を売った金で作った旅館だ。全てはたった一つの願いのための。
「それでは、ここも閉めましょうか」
報道に囲まれ、失態の詰問を受ける亜が見えなくなると、高橋は小木と三好に告げた。
「そうやな」
三好はポケットから焦げたクリップを放り投げて呟いた。コンセントに直接差して停電を起こすために使ったものだ。
「もう必要ないしな」
小木は料理棚の鍵を床に捨てる。料理棚に入っている包丁は彼のものではないし、そもそも彼は料理人ではない。
客室と銘打っているただの客室で、小木はテレビをつけた。映すのは亜の失態を取り上げる報道番組だ。
「やっぱ名探偵でも解けへんみたいやったな」
「そうじゃないと鈴木さんも報われません」
高橋は全員の願いのために文字通りに命を削った共犯者の冥福を祈る。
共犯者。
事件の全貌は極めて単純だ。
三好が停電を引き起こし、鈴木が攫われる振りをしながら退出。その後高橋が亜を自由に動かせないように監視し、小木が予め部屋に隠してあった鈴木を殺害。アリバイやら鍵やら証言やらは、全員が共犯者である今どうとでもなる。
復讐の名を冠する薊にいた、亜を除く全ての人間が共犯者だ。
高橋も鈴木も小木も三好も、亜が事件を過去に解いてしまった事の被害者。父の自殺、恋人の自殺、経営不振による解雇、息子の精神病。理由は無数にあれど、四人の共通項は亜が事件を解決したがゆえの被害者だ。
彼らは結託して一つの解答のない事件を生み出した。全ては亜に恥をかかせ顔に泥を塗るため、復讐のためだ。
四人の復讐は成功した。その証拠がいまのテレビ報道だ。これで亜の評判に傷がついたはすだ。
復讐を成し遂げた彼らは満足げにテレビを見る。誰も一言も喋らなかった。彼らはいま、亜が事件を解決してから初めて、心からの幸福を感じた。
『しばらく探偵業は廃業したいと思います。いまの自分では解けない問題がありましたから』
マイクとカメラの前に立つ亜の言葉は、妙に四人に深く届いた。
以来三年、亜はテレビの前に顔を出していない。彼がいつ探偵として戻ってくるのか、なぜ彼が探偵を止めたのか、彼が本当に事件を解決できなかったのか。
いまとなっては、その真相は知る由もない。