妖怪村の年越しパーティー
妖怪村の真ん中には、城がある。
そこには村長が住んでいて、毎年大晦日から新年にかけて各地区の長老や役員を集めて会議をする。今年一年に行ったことやその反省、改善点などを報告し、来年の抱負などを定めるのだ。その後は皆でパーティをして親交を深める。
この城の主である村長の名はサタン。一丁目の魔女マリアの父親である。
「お父様!」
「マリア!」
飛びついてきたマリアを抱きしめて、サタンはその勢いのままくるりと回った。
「元気だったかい、僕のかわいいマリア。ちゃんとおばあ様の言うことを聞いていい子にしていたかな」
「わたしはいつも元気でいい子よ、お父様。お父様こそ不規則な生活していなかった?目の下に隈ができてるわ」
細い親指でサタンの目の下をすると、その目が柔らかく細められた。サタンはマリアを床に下ろすと、肩に積もった雪を払い落とす。そして小さな頭を愛おしそうに撫でた。
「心配してくれてありがとう。でも僕は大丈夫だよ。マリアが来てくれたから今年も元気になった。今年もまた一層かわいらしいドレスだね」
よく見せておくれ。そう言うサタンに応えて、マリアは少し離れてくるりと回った。黒いドレスの裾がふわりと浮いた。
黒いベロアの生地に薄いレースを重ねており、胸元にはかわいらしくフリルがあしらわれている。髪の毛は同じ生地のリボンでカチューシャのようにした。
「うん、よく似合ってる。綺麗だよ。おばあ様もお元気そうで何よりです」
はにかんだ笑顔を浮かべる小さなマリアにキスを落とすと、偉大な魔女へ視線を向けた。礼をしたサタンに年老いた魔女は軽く杖を振って応える。
「久しいな、ルキ。わしもまだまだ元気さ。若い奴らに負けるもんかね。それより、ルー坊の荷物を誰かに運ばせてやってくれないかね」
昔の名で呼ばれて、サタンは苦笑する。この魔女には昔から世話になっているが、いつまでも頭が上がらない。お願いに素直に従って、側にいた者に命令する。その者が飛んでいったのを確認して、魔女は笑った。
「おまえもすっかり村長らしくなったもんだ」
「それは褒められているんですよね」
「さあな」
もう上がらせてもらうよ。にやりと人が悪そうに笑って、大樽に続いて魔女はゆっくりと城の中へ入っていった。サタンは苦笑すると娘に顔を向けた。
「マリアも先に行っていなさい、ここは寒いよ。リック、重かっただろう。いつもありがとう。今年の出来はどうだったかい」
はあい、といい子の返事をしてマリアも城の中に消えていく。
重荷から開放されて、肩を回していた狼男に問いかける。リックはそれに気付いて頭を下げた。頭の上に積もった雪が落ちた。
「お久しぶりです、サタン様。今年も上々の出来です。少し甘めで口当たりが良いので、飲みすぎには気をつけるようお願いします」
「それは楽しみだね」
リックが持ってきたのは魔女の秘伝の果実酒だ。毎年皆が楽しみにしている。
マリアが落としたとんがり帽子を拾い上げ、こちらへ向かってくるリックに微笑む。
「それはそうと、きみも父と呼んでくれて構わないんだよ。リック」
リックが足を止める。居心地が悪そうに視線を下げた。何かに答えを求めるように、マリアの帽子をただ見つめる。
「…まあいい、この話は後にしようか。さあ、暖かい所に行こう。みんな待っている」
歩き出したリックの背に触れた。その温か味のある灰色の毛は、冷え切っていた。
ざわざわと人の話し声が大きなホールに響いている。200人ほどが集まってもまだ余裕がありそうなホールには、年越しパーティ用の食べ物や飲み物が準備されている。楽団のリハーサル中なのだろうか、楽器の音が時折流れていた。
村長や長老、村役人たちの会議が終わる頃、その親族たちは各自の支度を終え、このホールに集まってきていた。
マリアは一人でこの会場へ足を踏み入れた。毎年来ているのだが、いつもこのホールの天井の高さと人の多さに圧倒される。すでに会場は人で溢れていて、従業員たちが客の邪魔にならないように、丁寧な仕草で人混みをすり抜けていた。
(今年は、何か素敵なことがあるかしら)
去年はサウラに追い掛け回されてばかりで散々だった。そもそも、リックがこの会場に来てくれないのが悪い。あの狼男は毎年、誰が誘っても待合室で会が終わるのをずっと待っているのだ。あの偉大な魔女マリアでさえもそれを覆すことが出来なかった。自分も父も、祖母だって家族だと思っているのに。
でも、今年はスコーグス・フルーのミトの助けもあってこの会場に引っ張り出すことが出来る。ミトには感謝をしてもしたりない。
(でもミトさん、それのお礼がわたしと買い物って、それでいいのかしら)
何かそのときにはプレゼントでも一緒に渡そう、と心に決めた。
「マリア、こんなところで何をしているの」
「ミトさん!」
まさに今考えていた人から声をかけられて、マリアは破顔した。その笑顔を受けて、ミトは苦笑する。マリアの手を取って近くの壁際へ移動する。不思議な顔でついていったマリアに、ミトは説明する。
「後ろの方々が入れなくて困っていたわ。何を考えていたの」
思わず振り向くと、確かに入り口からは続々と人が入ってきている。顔を真っ赤にしたマリアにミトは微笑んだ。
「あなたは今日も黒いわね。でも素敵よ、よく似合ってる」
さらに服を褒められて、マリアは嬉しそうに笑った。
「ミトさんの方が綺麗。大人っぽくて羨ましいわ」
ミトは緑の髪を高く結い上げ、そこに白い生花を飾っていた。ドレスは淡い緑で、背の高いミトに合わせて上品なシルエットを描いている。大きく開いた肩が大人っぽさを引き出していた。
マリアに褒められて上品に笑ったミトは、近くのボーイを呼び寄せてカクテルを手に取る。マリアも真似してオレンジの果実が刺さっているグラスを取った。
「もう始まるかしら。中の方に進みましょうか」
歩き出したミトを追って、マリアも壁から背を離した。
まだ人の止まない入り口を振り向いたが、灰色の影は見えなかった。
「愛しのマリア、今日こそ一曲踊ってもらえないだろうか」
差し出された手に、マリアはとても嫌な顔をした。白い手袋の向こうには、いつまでも嫌な思いをさせられているサウラの顔がある。
会議も終わり、パーティが始まっていた。祖母のマリアは父と一緒にのんびりと食事をしている。マリアはとおに食べ終えて、フロアで壁の花となっていた。
そこにやってきたのが、何度断っても懲りないサウラなのだ。
先程まで隣にいたミトは付き合いとかで吸血鬼のシリーと踊りに行ってしまった。シリーはとても紳士的でかっこよく、サウラと兄弟だということが信じられないくらいだ。ミトにその気はないのだろうが、エスコートするシリーとは絵に描いたように似合っていた。周りの女性たちからも羨望の声が聞こえてくる。マリアでも羨ましいくらいだった。
「悪いけれど、遠慮するわ」
踊っている二人に目をやっていたら白い手袋が視界に入った。羨ましがる前に、まずはこれをどうにかしなくてはならない。慣れない恰好のせいか、精神的なもののせいか、頭まで痛くなってきた。
「そう恥ずかしがらなくてもいいんだよ、かわいい人。さあ行こう」
「だから!」
思わず声が大きくなりそうになって、慌てて抑える。あくまで親交を深めるためのパーティだ。騒動を起こすことは父や祖母の名誉に傷がつく。
「今は、気分じゃないの。悪いけれど、他の子を誘って」
息を飲み込み、自分を抑えるために一つ一つゆっくりと言葉を放つ。これでダメなら、つまらなくなるが父や祖母の所に行こう。どうせサウラと一緒にいたら他に声を掛けくれる人もいないだろう。
「僕はね、マリア。君と踊りたいんだ。何度言ったらわかってくれるのかな」
あくまで笑顔で言うサウラに、マリアは苛立ちをため息に乗せた。それを感じ取って、サウラは尚笑う。
「今日もリックは出てこないね。あれはよく分かっている。君や僕とは身分が違うってこと」
「な、に…」
目の前が真っ赤になった。一瞬送れて胃が煮えたかと思うほど怒りが込み上げてきた。拳を握り締めてそれをどうにか抑える。今は爆発させてはいけない。駄目だ、駄目だ駄目だ。
「リックの思いを汲み取ってあげなよ、マリア。君が望んでも彼は出てこない」
サウラの言葉を聞くなと自分に言い聞かせても、手が動かない。いや、動かしたら殴ってしまうから動かせない。俯かせた視線が揺らぐ。自分の足が遠くに見える。床が揺れて、自分が真っ直ぐ立っているかわからない。
何が本当かわからない。誰が正しいのだろう。
(わたしのしていたことは、間違いだったのかしら)
怒りで赤くなった顔が、青くなった。何もかもが揺らいで、倒れそうになって壁に手をつく。その上に白い手袋が重なった。それを視界から追いやりたくて、目を閉じた。
「悪い、遅くなった」
耳に入ってきたのはサウラとは違う、低い声。馴染みのあるその声に目を開いた。
自分の手と重なったそれを視線で辿る。そこにいたのは灰色の髪をした、背の高い一人の男性だった。マリアの見開いた瞳から、雫が一つ転がり落ちた。
「おまえ!」
苛立ったサウラがその人の胸倉に掴みかかる。黒曜の瞳がサウラをただ見下ろすと、サウラはたじろいだ。
「マリアが嫌がっている。いい加減、気持ちをわかってやれ」
「偉そうに…!!」
サウラの額に青筋が浮かぶ。手に力が入って、男の服が引っ張られる。マリアが声を上げようとしたとき、横から手が伸びてきた。
「そこまでよ」
「ミト」
薄緑の手袋が目の前に出されて、サウラがその人の名を呼ぶ。ミトは申し分けそうな顔でマリアに向き直った。
「怖かったでしょう。傍を離れて悪かったわね」
空いている手でマリアの頬を拭う。お化粧が流れてしまうわよ、と微笑んだ。マリアが情けない顔になったのを見て、嬉しそうに髪を撫でる。そうしてから今度はサウラへと視線を向けた。
「あなたはちょっと頭を冷やしなさい。これまでは手を出さないでいたけれど、今回は行き過ぎよ」
「うるさい!」
「うるさいのはあなたの方よ。ここがどこだか忘れたの?」
「今回はお前が悪いよ、サウラ。さあ、お嬢さんに謝りなさい」
男の洋服を掴んでいた手を兄に外され、サウラはその拳を握り締めた。少しの間マリアを見つめ、背を向けて出口へ歩き出した。
声を掛けようとしたマリアに、ミトは肩を掴み首を振る。こんなときでもスラリと伸びた背が消えるまで、4人はその場を動かなかった。
ミトとシリーに促され、マリアはテラスに出た。夜風は冷たいけれど、体の中が透き通っていくようで気持ちが良かった。
カツンと革靴が床を叩く。振り向けば、サウラから引き離してくれた男が湯気の立つカップを持って立っていた。近づいてくる男からカップを受け取ると、シトラスの香りがつんと鼻についた。
「なに、これ」
「ホットオレンジ」
これはホットワイン。男は自分のカップを少し上げて付け加えた。
少し口に含んでみると、確かに甘酸っぱいオレンジジュースだった。喉の奥が温かい。満足でため息をつくと、それは白く霞んだ。
「悪いことしちゃったかしら。いつものことだから、うまくあしらおうと思っていたんだけど」
暗い森の向こうには、村の明かりがちらりと見える。それに笑いかけながら言うと、隣からため息が聞こえた。
「今回はあいつが悪い。サウラだって今頃反省してるだろ。あいつはしつこいが馬鹿じゃないからな」
「うん、そうね」
昔から一緒に過ごしてきた友人だ。変に気に入られているが、優しいところは知っているつもりだった。
「まあ、年が明けたらまたしつこく迫ってくるだろうけどな」
「ああ、そうね…」
でも、一度くらいはデートでも行ってあげるべきかしら。あれこれ呟いていたら、頭を撫でられた。思わず口を尖らせて見上げると、柔らかな光を宿した目が見下ろしていた。
「あ、そうだ」
いつもと違和感を覚えて、目を逸らした。温かいオレンジジュースが効いたのか、顔が熱い気がする。
「どうして人型になってるの?新月はまだ少し先よね、リック」
「ああ、ちょっとサタン様に協力してもらったというか、されたというか」
頭を掻くその仕草は狼男のままだ。それに少し安心して、マリアは軽口を叩く。
「あら、わたしの為でしょう。そんな王子様みたいな恰好をして」
揶揄するような口調で言えば、リックは不貞腐れて「さあな」とでも言うはずだ。それにマリアは笑えばいい。そんないつも通りを頭に浮かべていたマリアは、返ってきた言葉に動揺した。
「ああ、そうだな」
聞き間違いかと思って顔を見ると、笑顔まで浮かんでいる。マリアの頭は真っ白になった。口も開けない。
「約束しただろ、この前。ミトにも見せたし、これで破らずに済んだか?しかし、人間の服は窮屈だな。やっぱり俺には合わない」
マリアが喋らないからか、照れているからか、いつにも増してリックの口数が多い。リックがよく喋るのにも驚いたが、なんだかそれで落ち着いてきた。
自分の思考が戻ってきて、安堵する。自然と口が笑みを浮かべた。
「そんなことないわ、よく似合ってる」
ダークブルーの服は色の薄い髪の毛によく映えている。着慣れていない感はあったが、それでもリックにとても似合っていた。
サウラに言われていたことがずっと頭に残っていたが、もうどうでもよかった。身分なんて関係ない。だって、リックは約束を守って来てくれた。それだけの絆はあるのだから。
「素敵よ、まるで王子様みたい」
微笑むマリアに、リックは視線を逸らせた。
「そうか」
「うん」
もう温くなったオレンジジュースを飲む。甘酸っぱいそれは喉に染みた。
わたしは、わたしのやりたいようにする。それをやめるのは、リックがそれを拒んだ、そのときだろう。
胸まで落ちた甘酸っぱさは、小さな痛みに変わった。
「ああもう、あの狼は私のマリアに触って!」
「まあ、落ち着いてミト。もうひと踊りしようじゃないか」
テラスへの窓から外を覗いていたミトは悔しそうに窓枠を掴んでいる。それをシリーが宥めて手を取る。後ろ髪を引かれつつも緑の女はシリーに手を引かれてホールの中心へ向かった。
その様子を一段高い席から見下ろして、村長は隣の魔女に話しかけた。
「これでまとまりますかねえ」
「さてね、まだまだ時間はかかるだろうよ」
何せお前の娘だ。持ってきた果実酒で口を湿らせ、にやりと笑う。それを聞いてサタンは肩をすくめる。自分もグラスに口をつけると半分ほどあった残りを飲み干した。
「おばあ様には敵いませんね。まったく、僕には村長なんて向いていないのに、押し付けて」
「そんなふうにすぐに弱音を吐くところがまだまだなんさ」
精進するんだね。意地悪そうに魔女が笑う。サタンも苦い笑いを返した。
夜が深まっていく。もうすぐ日が変わる、そのときがやってくる。
何かが変わるわけではない。だが、きっと何かが変わっていく。
新しい年がやってくる。




