幸せな手の繋ぎかた
愛する人が相手でもその全てを理解できるとは限らない。
異なる個性が惹かれあって、縁あって関係を結ぶことができているのだから、重なるところだけでなく違うところもまた尊い。
「ふむ……」
二人並んで街中を歩いていると、彼女が急に立ち止まった。
俺は帰路と天気を調べていたスマホから目を移し、彼女の方を見た。
白魚のような手を口元に添えて、目の焦点が合わなくなっている。
何かを思いついてそれについて考え込んでいるのだろう。時々起こる彼女の癖だ。そのタイミングはいまだに解らない。
彼女の思考の全てを、俺は一生理解できることはないだろう。しかし、それを寂しくは思わない。何故なら。
「恋人繋ぎって、改めて考えると難しいと思いませんか?」
不意に現れる好奇心に満ちた上目遣いが、俺にとって何よりも愛おしいからだ。
「難しいっていうのはどういうことだい?」
「単純に、やり方が難しい、と思ったんです」
「そうかな? 互いの指を絡ませるだけのことだと思うけど」
「いいえ。もうちょっと具体的に想像してみてください。……いえ、実際にやってみた方が早そうですね。お手を拝借」
「いくらでもどうぞ、お嬢さん」
芝居がかったお誘いに乗っかる形で、俺は左手を差し出したーー俺は車道側、つまり右側を歩いているので、自然とそうなる。
「手のひらは内側に向けてもらえますか?」
「わかった。こうかな?」
言われた通り広げた手を自分の体側に向け、さらにその状態で彼女に向けて腕ごと手を近づけてみせた。
俺のポーズに満足そうに頷いた後、彼女は言った。
「恋人繋ぎは二人の指を交互に絡ませる繋ぎかたです。では、私の手はあなたの手とどちらから絡ませれば良いと思いますか? 上から? それとも、下から?」
「……。ああ、なるほどな」
何となく彼女の言いたいことがわかってきた。
「例えば、これはどうでしょう?」
彼女の手が俺の手よりも上側から入り込み、その人差し指は俺の人差し指と中指の間に絡まっている。
何というかこう、的確に言い表せる言葉が見つからないのだが。
「違和感があるな」
妙に腕が突っ張ったような感覚がする。
恋人繋ぎは、ともすれば手の位置を意識しがちだが、実際には指や腕の絡めかたをこそ検討しなければならないのか。
今の場合は、指が下で腕が上、とでも言うべきかな。
「両方を揃えないとおかしくなるのか。君は痛くない?」
「平気です。ふふっ、これって実はかなりの大発見じゃありませんか?」
「コロンブスの卵ってやつかな。あれ。でも、それなら今までどうやって繋いでいたんだっけ。こんな違和感があった覚えはないぞ」
「おやおや。百本の足を使った歩きかたを訊かれたムカデが歩けなくなった、みたいなことになっていませんか?」
「そこまでじゃないよ。それに、ムカデの足は百本もない」
だとしたら、恋人繋ぎという高度なことが自然にできていたことになる。
いや、自然であるのが逆に不自然だ。
「ふっふっふ。バレてしまっては仕方ありません。実は私が手を繋ぐたびにさりげなくポジショニングしていたのです」
「な、なんだってー」
ここに来て衝撃の事実が発覚した。
今の今まで全く気が付かなかった!
というのはいささか大袈裟な物言いだとしても。
「いつもありがとうな」
「いいえ。私もいつも楽しませてもらっていますから。さあ、お手をどうぞ」
「これはこれはご丁寧に」
再び繋がれた手には全く違和感がなかった。ほんの少しの高揚感と、二人で体温を共有する心地よさがある。
「どうですか、私の“さりげなさ”は?」
「すごいね。けど、“さりげなさ”というなら、それだけじゃないだろう?」
「……何のことですか?」
「気づかないと思ったかい」
彼女のいつもより少々芝居がかった口調。
それ以前に、脈絡なく始まったこのやり取り。
やり取りの前後で変わった状態ーー今は俺のポケットの中にあるスマホ。
「手を繋ぎたかったなら、初めから直接そう言ってくれれば良いのに」
「たまには搦め手も良いでしょう?」
「“手”だけに?」
「あらお上手」
口元を押さえて所作だけは美しく笑う彼女。
……今に始まったことではない。日常にちょっとしたサプライズを仕掛けてくる彼女の心理は、多分一生理解し切れない。
けれども、解らないこそそんな彼女の振る舞いを愉しめている、とも言える。
「やれやれ」
機嫌良くハミングを奏でる彼女の手を離さぬよう、一層固く柔らかく繋いだ手を握りしめるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
この人たちをほんの2、3年ぶりに書いたつもりが実際は約6年ぶりでビビりました。




