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白い結婚で構わないと言われても、夫が優しいから。

作者: 有梨束
掲載日:2026/03/24

「白い結婚で構わないと思っている」

婚約が決まった時、デリック様がそう言った。

だから、そのような結婚生活になるのだろうと思っていた。


「ターナ、よく眠れたかい?」

「はい、いつも気遣っていただいてありがとうございます」

「妻を気にかけるのは、夫の役得だよ」

そう言って微笑むデリック様は、もうお仕事に行く準備が整っていた。


寝室が別だから、デリック様がいつ起きているのかはわからない。


「お見送りします」

「ありがとう」



ここ数年の水害により、実家の領地復興への協力をしてもらえるということで、伯爵家の後妻として嫁いできたのは、つい先日のこと。

夫は、私より16歳年上の伯爵家ご当主であるデリック様だ。

嫡男のサウル様の方が私は年が近いけれど、婚約者がいらしたのもあってこのような形となった。


16歳の私では、もう大人のデリック様とは釣り合わない。

むしろ結婚相手が見つかって、実家も建て直せて、それでいて夫は優しくて。

これ以上ない良縁だったのだから、もっと望むのは罰当たりというものだ。



「僕は別に、弟か妹が生まれてもいいと思っているけどね」

「…ぶはっ」

「ねえねえ、弟はどう?」

「…話を進めないでください」

「一人っ子だから、兄弟に憧れているんだよねえ」

「サウル様、私の話、聞いていませんね…?」


日中は、伯爵家の仕事を執事長や侍女長から教わっている。

長年、女主人のいなかったこの家のことをデリック様が全てされていたから、少しでも代わりができるように勉強中だ。


同じく日中は家庭教師の授業を受けているご子息のサウル様と、昼食を共にするのが日課になりつつある。


「大体、10年近くも独り身だったんだから、新婚生活を楽しめばいいのにね」

「…それにしては、相手の私が子どもすぎますよ」

「父様は真面目だから、義母殿の負担にならないか心配しているだけだと思うよ?」

「デリック様は、お優しいですからね」

「男としては、意気地なしなだけだと思うけど」

そう口を尖らせるサウル様を見て、苦笑いするしかなかった。


この結婚を進めるにあたり、デリック様はもう嫡男がいるから無理に子どもは作らなくていいと言った。

「家のことは少しずつ覚えてくれたらいいから、息子と仲良くしてくれると嬉しいよ」

私がお願いされたことは、それくらいだ。


「こんな年上のおじさんで申し訳ないねえ」と笑って、そのあとに白い結婚で構わないと言われた。

それを踏まえて、私はここに嫁いできた。

だから、サウル様が欲しがったご兄弟の夢は、叶えてあげられないと思う…。


「今日も、勉強が捗ったんだってね?執事長が褒めていたよ」

「ありがとうございます。でも、まだまだです」

「ははは、ゆっくりでいいんだよ。ターナは頑張り屋さんだねぇ」


デリック様が晩酌される時間が、唯一の夫婦の時間だ。

夫婦といっても、デリック様からしたら、年頃の子どもが1人増えたようなものなんだろうけど…。


適切な距離で、これ以上近づけたことも、近づかれたこともない。

私って、一生女としての役目を果たせないのかしら…。

デリック様が望まない以上、私も望めない。


「どうかしたかい?」

「えっ、いいえ…!」

「遠慮しないでいいからね」


そう言われると、何も言えなくなってしまった。



翌日、私は熱を出して、ベッドから起き上がれなかった。

慣れない環境と疲労だろうと、お医者様に言われた。


「ターナ、大丈夫かい?」

心配そうに私を覗き込むデリック様に、結局私は何もできないままだと情けなくなった。


熱に浮かされているからか、涙腺が緩くて、涙が零れてしまった。


「ターナ、辛いかい?今、侍女を呼んでくるから」

「…なさい」

「ん?どうかしたかい?」

「ごめん、なさいっ…、デリック様に、迷惑かけたくないだけだったのに…、私っ」

「なんだい、何も迷惑なんかじゃないよ。ゆっくり休んだらいいさ」

「…子どもはいらないって言われたから、せめて、女主人としての仕事はしなくちゃって、…なのに、私、全然ダメなんです」


嗚咽しても涙は止まらないし、涙の向こうでは、デリック様が困っているし。

だから、私は子どもなんだ。

これじゃあ、ますますデリック様に心配かけてしまう。


「…そうか、悩ませていたのは私だったんだね」

デリック様は悲しそうに笑うと、私の汗を拭うように頭を撫でた。


はじめて意味もいらずに触れられて、余計に泣いてしまいそうだった。


「…ターナが無理なく過ごせれば、それでいいと思っていたんだ。もう少し大きくなったら、私から手放してあげた方がいいかもとか、あれこれ考えてしまっていたから」

「…私、いらないですか?」

「そうじゃない。こんな年上じゃなくて、もっと年の近い人の方がいいかなとか」

「貴族の結婚なのに、ですか?」

「…ふふ、私より、ターナの方がよっぽど大人だね」


自嘲気味に笑うデリック様は、いつも大人に見えるのに、今日はサウル様よりも少年に見える。

今のデリック様になら、なんでも言える気がした。


「私、デリック様がいいんです。…そのつもりで、嫁いできました」

「ああ」

「私じゃ、ダメですか…?」

「そんなことない」

即答でキッパリそう言われて、えへへと自然と笑みが零れた。


「悪かったね、ターナ。君に無理させていたのは、私みたいだ」

「…ふふ、そんなことありません。デリック様は、いつも優しいです」

「優しいだけじゃ、頼りないのと一緒さ」


デリック様のその言葉に、サウル様の「男としては、意気地なしなだけだと思うけど」という声が聞こえた気がして、また笑ってしまいそうになった。


「…じゃあ、我儘を一つ聞いてくれませんか?」

「なんでも聞くよ」

「今日、一緒にいてください」

私がそう言うと、デリック様は目を丸くしてから、笑ってくれた。


「もちろんだよ」


熱が下がって私が万全の体調になってから、デリック様は「ターナがいいなら、寝室は一緒にしようか」と言った。

正真正銘の夫婦になれたことが、私は一番嬉しかった。


しばらくして、サウル様にも嬉しい報告をすることができた。


「2ヶ月だそうです」

「それは、弟か妹ができるってこと!?」

「はい、まだわかりませんが」

「やったー!ありがとう!」

「こちらこそありがとうございます、そんなに喜んでもらえるとは」

「ぜひ、弟ができるまで頑張ってください」

「えっ、それは、どうでしょうか…」

「いやあ、弟楽しみだなあ!」

「サウル様、私の話、聞いていませんね…?」


「全く、私の妻にあまり負担のかかることを言うんじゃないよ」

そう言って、デリック様はまだ膨らんでいない私のお腹を嬉しそうに撫でるのだった。






お読みくださりありがとうございました!  毎日投稿83日目。

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