予想通りの婚約破棄騒動と予想外だった結末
「伯爵令嬢アネット、貴様との婚約破棄する!!」
とあるパーティー会場でのこと。
婚約者である第三王子ジョーンが、私を指さし高らかにそう宣言する。かたわらには婚約者の私を差し置いて、今まで露骨に懇意にしてきた下級貴族の娘。
その瞬間、私が思ったことはただ一つ。
ああ、やはりそうなったか……という一種の諦めのようなものだった。
「どうだ、何か言うことはあるか!?」
「ええ……非常に残念です」
「は、はは!!そうだろうな、貴様はこれから王子に婚約破棄された問題のある女として……」
「いいえ、そうではございません」
私がきっぱりとそう言い切ると、王子は怪訝そうな顔をした。
「これで終わるのは貴方ですよ、ジョーン王子殿下」
「は?何故そうなる」
王子の隣にいる令嬢も「そうよ、王子の方が伯爵令嬢よりも偉いんだから」と抗議の声を上げている。
「確かに、真っ当な王族であれば私が逆らえるはずもございません。ですがジョーン殿下、貴方はそもそも御父上である国王陛下から、全く信頼されてないではありませんか」
「今、父上は関係ないだろう!?」
「大ありですよ。そもそもこの婚約を取り付けたのも、他でもない国王陛下なのですから」
「だとしても、貴様は王族である僕より下だ!!」
ジョーン王子が堂々とそう言い放つと、隣にいる令嬢が「きゃー素敵」と嬉しそうに声を上げた。……なるほど確かに、この二人の頭の軽さはお似合いだ。もし自分自身が巻き込まれてなければ、彼らを応援していたかもしれない。
いや、やっぱり関わり合いたくないわ。
「いいえ、ジョーン殿下……私は貴方の婚約者であると同時に、お目付け役でもあったのですよ。そう言った意味では、今の殿下の行動は私にも非があると言えるかもしれませんね」
「やっと分かったか!?そうだ、お前が悪い!!」
恐らく、言葉の意味を正確に理解できてないであろうジョーン殿下は『非がある』の部分にだけ反応して、さも嬉しそうに私を責めている。
王子は嬉しそうで大変結構だが、正直私はこのやり取りを初めてから、内心で百回くらいは『帰りたい』と思っている。
だが国王陛下から受けた命がある以上、この馬鹿の処理をおこなってからしか、帰ることは許されない。
……さっさと済ませよう。
「それでは私はこの場で婚約破棄を受け入れましょう。そのような万が一があった場合は、そうしても良いと国王陛下から許可を頂いておりますので」
「なんだ、父上も貴様との婚約破棄に賛成だったのではないか!?」
「はい、それと——」
私はそう言いながら、片手を上げて会場にいる衛兵に目配せをする。
「その後はジョーン殿下を拘束して、罪を犯した貴族用の軟禁室へ連行せよとのことです」
「なっ!?」
その瞬間、二人の衛兵がジョーン殿下の両腕をがっしりと拘束し身動きを取れなくした。
「は、放せ!!僕を誰だと思っている!?」
「それを分かってない者は、この場にいませんよ殿下。分かった上でそうしているのです」
「おかしいだろう!?」
いや、一番おかしいのはアンタの頭だろ。などと言い返したいのをぐっと堪えて、私は口を開く。
「殿下、貴方のある程度自由な行動が許されていたのは、この私との婚約と監視があってこそです。今貴方はそれを失ったのですよ」
「はぁ!?おかしいだろう!!」
それしか言えないのか???まぁ、コイツの頭の悪さは今に始まったことではない、もうすぐお役御免だし我慢我慢。
「そもそも貴方は、国王陛下を含めた周囲から再三警告されていたはずです。それを聞かずに行動を改めなかったのはご自身の責任ですよ」
「それでも父上から怒られるのは分かるが、貴様から文句を言われるのは納得がいかない!!」
「ええ、そうですか…………納得いかなくても結構、連れて行って下さい」
「「はっ」」
そうして衛兵がギャーギャー騒ぐ王子を連れて行き、後には王子が侍らせていた下級貴族の令嬢だけが残された。
あ、そうだ、この子のことはどうしようか……やっぱり追加で人を呼び、同じ場所で軟禁して、後々の指示を仰ぐべき……。
「さ、な……」
「え?」
「許さない……!!」
その令嬢はキッと私のことを睨みつけると、そのまま拳を握り締めて私の方に殴りかかってきた。
仮にも貴族令嬢が素手で!?あ、マズい、殴られる……!!
思わず目を閉じて身を固くしたところ、私の目の前から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「こらこら、ダメだぞ~」
「っ!?」
目を開くとそこには、見目よい長身の男性が私を庇うよう立っており、振りかぶった令嬢が彼に拳を留められている姿があった。
「彼女は婚約破棄したら、僕と再婚約する予定なんだから」
そう口にしつつ、彼は私の方を振り向いて「ね!!」と輝かんばかりの笑顔を浮かべる。
「ありがとうございますエリオット王弟殿下……再婚約のお話についてはまた後ほど」
「ああ、確かにこんな状況じゃ色気がないもんね」
そうして王弟殿下はうんうんと頷きつつ、片手で抑えていた例の令嬢を軽く床に転がし「誰か連れていけ」と冷たく命じた。
結果、王子と同じく多少ギャーギャー騒いでいたものの、ご令嬢も見事にパーティー会場から連れ出されたのだった。
「それで大丈夫?怪我はないかい」
「ええ、王弟殿下がかばって下さったお陰です」
「そんな……未来のフィアンセに対して当然だよ」
そう言いながら王弟殿下は、少し照れたように笑う。そこで照れるのは謎なのですが……。
「ああ、でも少し気になったのは、聡明のブリヤン伯爵家の令嬢にしてはやや詰めが甘いんじゃないかってこと……別に責めてはいないからね?」
「申し訳ございません、少し疲れていたようです」
原因は分かっている。もう馬鹿が起こすのではないかと、関係者への根回しをしていたことや、いつも以上に余計なことをしないように、監視に神経をすり減らしていたからだろう。
それももう終わりだと思うと、感動で涙が出そうになるけれど。
「……君には王家の事情で、面倒な役割を押し付けてしまって申し訳ないと思っているよ」
「その話をここでするのは……ちょっと」
話題が話題なので私はやや神経質になり、周りとチラリとみる。今日ここにいる者たちなら余計なことはしないと思うが、それでも情報が漏れないに越したことはない。
「そうだね、君も疲れているといっていたし場所を変えようか。さぁ手を」
「ありがとうございます」
そうして私はエリオット王弟殿下に連れられて、王族用と見える休憩室へとやってきたのだった。
***
「さて、本当に君には今まで大変な役割を押し付けてしまったね。王家の者として本当に感謝してもしきれないよ」
「いえ、王家のお役に立つのは臣下として当然の務めですので」
「君のそういう真面目なところが、僕は大好きだよ」
エリオット王弟殿下は昔から、こういう嘘か本当か、分からない口説き文句を時々口にする。とりあえず私はいつも通り、曖昧に頷いて聞き流す。
「しかしあの馬鹿な甥には、何度も何度も自分の行動を改めるように言い聞かせてきたはずだけど、全く意味がないとは……やはり言い伝え通り呪われていたのかな」
「かもしれませんね」
その言い伝えというのが、私がジョーン王子の婚約者に据えられた理由でもある。
王家の血筋には、偶にどうしようもない馬鹿が生まれるという話がある。諭しても矯正しようとしても無駄で、長く捨て置いておくと必ず問題を起こすという、災いにも等しい存在が生まれてくるというものだ。
原因は不明だが、あまりにも世代を超えて同じ事が繰り返され、問題を起こす当人の壊滅的な頭の悪さから、一種の呪いとして王家では内々に伝えられていたらしい。
今回、騒ぎを起こしたジョーン王子にも早くから、会話の噛み合わなさや身勝手な被害妄想などの良くない兆候が見られ、少しでもその行動を抑えようと対処していた。
歴代の王家もそうしたように、対象者の監視と行動誘導を徹底して、なるべく被害の出づらい環境を整えた上で、彼を問題なく育てられるように努力した。
しかしこのことはあまり公には出来ないため、婚約者やその身内、あとは信頼のおける一部の家臣のみにその事実が伝えられた。
あれでも王家の一員であるから、真っ当に育てたいと思う国王夫妻の気持ちもあったのだろうが……結果はご覧の通りである。
「今回の婚約破棄騒動で、アイツのやらかしは無事に当初設定していたラインを越えた。今後は何処か遠くの地に、療養名目で幽閉ってところかな」
「この度は私のお力が足りず、ジョーン王子を更生させられなかったこと、心よりお詫び申し上げます」
「いやいや、今までも代々どうにもならなかった呪いだし、そもそもアイツと年のそんなに変わらない女の子に色々と任せてたのが、どうかしているんだって」
ジョーン王子は十六歳で、私は十八歳。王子が六歳の時に、八歳で事情を聞いて約十年間面倒を見てきたことになるが——
「そこは周りの助けもありましたから。それに私は先程王弟殿下が仰ったように、聡明のブリヤン伯爵家の一員ですので」
私が婚約者に選ばれた大きな理由は、ブリヤン伯爵家の血筋だからである。
先程から言われてる通り、我が伯爵家は聡明のブリヤンと呼ばれている。宰相や学者を多く排出している家門ということもあるが、我が一族の特徴はか基本冷静で感情的にならないこと。私欲に走らず淡々と己の役割を全うし、問題にも冷静に対処するものが非常に多い。
その評判と賢い人間を多く輩出した実績から、我が家門は古くから聡明のブリヤンと呼ばれ、勤勉と聡明の代表格とされてきた。
私自身もその例に漏れず、同年代の令嬢たちより少し優秀で落ち着いた性格だった。ゆえにジョーン王子の監視役を任されたのである。
「そうだね……君は聡明のブリヤンの名を背負うに相応しい、真面目で優秀な令嬢だ」
「お褒め頂きありがとうございます」
「だからこそ、役割が終わったこれからはドロドロに甘やかしてあげたいんだ」
「え……」
エリオット王弟殿下の予想外の発言に私は戸惑う。
「だってそうでしょう。あんな馬鹿の為に十年も費やしたんだ、君にもご褒美があっても良いはずだけど?」
そう言いながら彼は私の頬にそっと触れる。
「あの王弟殿下、淑女に不用意に触れるのは……」
「こちらだって十年待ったんだ」
「……十年?」
「ああ、まさか気付いてなかったかい」
ニヤリといたずらに笑った彼は、私の手を取り、その甲へキスを落とす。
「十年前、アイツと婚約するために王宮に来たあの日、十一歳の私は君に一目惚れしたんだ」
「ひ、一目惚れ……そんなこと今まで一言も」
「だって初めて言ったからね。しかし常に冷静な君でも動揺することがあるんだね」
そう言われて、私は思わずエリオット王弟殿下から視線を逸らす。
だって、そんなことを言われたら流石に恥ずかしいじゃない……!!
「もちろんその後、君のことを知れば知るほど惹かれていったよ。真面目な努力家で偶に可愛らしい一面もある君が、愛おしくて仕方なかった」
「か、かわ……!?」
「ふふ、そういう所だよ」
私の反応を見て、エリオット王弟殿下は楽し気に笑う。
「でもね、仮にも甥の婚約者である君と、僕が婚約できるはずもない。だからずっと待っていたんだ、君と王家の約束にアレがあると知っていたからね」
「アレというと……」
「もしあの馬鹿と婚約破棄をすることになった場合は、王家が責任を持って条件の良い新しい婚約者を見つけるというアレさ。そこへ無理を言って自分のことをねじ込んだんだから」
確かにそんな条件が存在していた。そしてその新しい婚約相手の候補が、いつの間にかエリオット王弟殿下になっていることにも気付いていた。
何かしらの事情があるのだろうと適当に流していたが、まさか本人がねじ込んでいたなんて……。
「と、言うわけで今後は正式に婚約者になるわけだから、堂々と君への愛を口にさせて貰うね」
「今までも好きだとか何とか言ってませんでしたっけ……」
「だって、今までは君が全然本気にしていなかったからさ」
「当たり前です……!!」
思わず力を込めて叫ぶと、王弟殿下はクスッと笑った。
「それじゃあ、今からはもっと本気で口説くから覚悟してね」
「本気って……」
「もう二度と僕から目が離せないようにしてあげる」
そうしてエリオット王弟殿下は、私の額に軽く口づけをした。
「っっ!!王弟殿下……!!」
うぅ……もしかするとこの人と婚約するのって、ある意味馬鹿王子よりも大変かもしれない。
羞恥心からやや涙目になって彼を睨むと、そんなこと意に介していない様子で王弟殿下はにこやかに告げる。
「真っ赤な顔も可愛いね、私の愛しいアネット」
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