孤独なポケットが甘くなるまで
霧が立ち込める静かな午後の公園に、一人の男が座っていました。
名前を晴之助といいます。彼は古いラジオの修理をして暮らしていましたが、最近はどうしても直せないものがありました。それは、自分自身の心に空いた小さな穴です。晴之助は低く響く良い声で、独り言をこぼしました。
「やれやれ、この世界は少しばかり冷えすぎている。まるで誰かが冷蔵庫の扉を開けっ放しにしたみたいだ」
そこへ、一人の女が通りかかりました。名前をハルヒといいます。彼女は少し猫背で、サイズの合わない大きなコートを着ていました。ハルヒは晴之助の横にぴたりと立ち止まると、じっと彼の横顔を見つめました。
「あの、失礼ですけど。あなた、さっきから心の隙間風がひどいですよ。ヒューヒュー鳴っています」
晴之助は驚いて、長いまつ毛を揺らしました。 「僕の心の音が聞こえるのかい?」 「ええ、少し。防風林を植えるより、甘いもので埋めたほうが早いです」
そう言うと、ハルヒは不器用そうに右手の指を立てました。彼女がパチンと指を鳴らした瞬間です。晴之助が着ていた使い古されたジャケットのポケットが、急にずっしりと重くなりました。
晴之助が慌てて手を入れると、そこから金色の包み紙に包まれた、四角いミルクチョコレートが出てきました。
「な、なんだこれは。手品か?」 「いいえ、魔法です。私の指は、誰かの孤独を見つけると、そこをチョコの重さで埋めたくなるんです」
ハルヒがもう一度パチンと指を鳴らすと、今度は晴之助の胸ポケットから、ウイスキーの香りがする大人のボンボンショコラが溢れ出しました。さらに鳴らすと、ズボンの裾からマーブルチョコがコロコロと転がり出し、晴之助の周りはあっという間にチョコレートの海になりました。
「ちょっと待ちなさい。出しすぎだ。これでは歩くたびに甘い音がしてしまうじゃないか。第一、僕は甘すぎるものは苦手なんだ」
晴之助は困った顔でツッコミを入れましたが、ハルヒはどこか遠くを見るような目で、静かに首を振りました。
「いいんですよ。あなたが少しだけ自分に甘くなれば、世界はもっと優しくなります。そのチョコ、本当はあなたがずっと前に欲しがっていたもののはずです」
晴之助はふと手を止めました。手の中にあったのは、幼い頃に壊してしまった大切な宝物に、少しだけ似ている形のチョコレートでした。
彼はゆっくりと包み紙を剥がし、一粒口に入れました。 口の中で溶けていく甘さは、悲しいくらいに温かく、彼の喉の奥に詰まっていた「寂しい」という言葉を、優しく胃の腑へ流し込んでくれました。
「……悪くない。少しだけ、ラジオが直せそうな気がしてきたよ」
晴之助が微笑むと、ハルヒは満足そうに小さく頷きました。彼女はまたパチンと指を鳴らして、今度は自分のポケットから出したイチゴ味のチョコを、幸せそうに頬張りました。
二人の間には、冬の匂いと、カカオの香りが混ざり合った、不思議で静かな時間が流れていきました。




