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英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です  作者: 氷雨そら


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雪に閉ざされた楽園 1


 外は吹雪だが、部屋の中は暖かい。

 カナン様は、ベッドに横になっている。

 彼の視力を奪った傷は予想以上に深く、起きていることに驚いたリーベルン先生に叱られ、一週間の安静を言い渡されてしまったのだ。


「問題ないのに……今までだって」

「今までだって何ですか?」


 彼の言葉の続きはこうだろう。

 ――今までだって戦場では、傷を負っても戦い続けていた。


「うわ! じっとしているから! 泣かないでくれ!」

「泣いてません!」


 ――実はちょっと泣いてしまった。


 カナン様は体中傷だらけだった。

 確かに、今回出血していたのは右目の上の傷だけだったけれど……。

 彼が四年もの戦いに身を投じたのは、二十歳のときだった。それ以前から、彼は戦い続けていた。


 ――完璧で冷静な彼が、本当は戦場と死を恐れているなど、周囲の誰一人として思わなかっただろう。

 でも、私はあの夜に知ってしまった……彼は普通の感性を持つ、優しくて臆病な人なのだと。

 大事な人や場所を守るために、気丈に振る舞っていただけなのだと……。


 でもきっと彼はこれからも、大切なものを守るため戦いつづける……そんな気がしている。


「はっぴば〜すで〜♪」


 ちょっとだけ音程が外れた歌が聞こえてくる。

 シェリアがケーキが載った皿を持って、ゆっくりと歩んでくる。

 まだ三歳の彼女が、大きなケーキを運ぶのは難しい。

 けれど彼女は、カナン様が戻ってきた日に行うはずだった誕生会をやり直すにあたり、ケーキを運ぶ役だけは頑なに譲らなかったのだ。


「……」

「……」


 私たちは息を詰めて、ケーキが載ったお皿を見つめている。

 楽しそうなシェリアの歌……その割に妙に静まり返り、緊迫感に包まれた寝室。

 シェリアが無事にテーブルにお皿を置いた。ケーキはお皿の端に寄りながらもかろうじて落ちなかった。


 シェリアの頭の上にいた光の精霊マリルも、心なしか安堵したように見える。


「ふう……」

「はあ……」


 私はようやく呼吸ができた気がした。それは、カナン様にとっても同じことだろう。


「お父さま、お母さまが作ってくれたお誕生日のケーキだよ! シェリーが食べさせてあげるね」

「自分で食べられるが……」

「リーベルンせんせいが、お父さまは動いちゃダメだから見ててって言ったの。シェリーが 食べさせて あげるの!!」

「わかった……誕生日おめでとう、シェリア」

「うん!」

「誕生日プレゼントも……用意できなかったな」


 シェリアはカナン様の口の周りをたっぷり汚しながらケーキを食べさせていたが、ふと手を止めた。


「シェリーね。もうお父さまにプレゼントもらったの」

「え? しかし、一度も……」

「精霊さまにお願いしたんだ〜。お父さまと一緒にお誕生会したいって」

「……っ!」


 カナン様の右目からは、もう涙は流れない。

 その分まで……というくらい左の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。


「泣かないの〜!」

「ああ……俺にとっても君がいることが最高の贈り物だ」

「シェリーがお父さまへの贈り物?」

「……家族が欲しかったから」

「えへへ、良かったねぇ……」


 シェリアがにっこりと笑った。

 カナン様には家族がいない。

 彼の家族は皆、強い力を持つ魔術師だったが……。


 彼が幼い頃、母は亡くなったという。

 そして――彼の父は戦死した。兄は大きすぎる魔力に幼少の頃飲まれてしまった。

 一人残された幼いカナン様は、強い魔力を持つゆえに親族に魔塔へ売られてしまった。

 魔塔がどんな場所なのか私は知らないが……カナン様はその頃のことを語りたがらない。

 それが、彼がそこで被った境遇を表している気がした。


 邪竜を倒して生き残った彼は、この先英雄ともてはやされることになる。

 だが、これからも戦いは続くだろう。

 

「……シェリアには、同じ思いをさせたくない」

「カナン様」

「少なくとも……むぐ」

「はい、あーん」


 シェリアはニコニコしながら、ちょっと大きすぎるケーキの塊をカナン様の口に押し込んだ。


「ふふ、今度はお父さまのお誕生日をお祝いしようねぇ」

「――ああ、それは楽しみだ」


 カナン様は微笑んでいたが……その表情には覚悟が浮かんでいるようにも見えた。

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