結婚式 1
――家に帰ってきてからも、カナン様は難しい表情で机上の書類を見つめていた。
「お父さま、元気ないね? シェリーがいい子いい子してあげる」
「……シェリア」
こんなときに三歳児の天真爛漫さはありがたい。
私は、妙に気を回してしまって声をかけることもできずにいたが……。
シェリアはカナン様の膝の上に立つと彼の頭を撫でた。
「ありがとう……」
「元気出た?」
「ああ、シェリアのおかげだよ」
カナン様はシェリアを抱き上げて下ろすと、黒い封筒を手に立ち上がった。
手元に紫色の魔法陣が浮かぶ。封筒は激しい炎をあげると煙とともに消えた。
それでも、机の上にはまだまだたくさんの封筒や紙が積み上がっているが……。
「カナン様……」
「子どもに心配をかけ、君にまでそんな表情をさせて、何を悩んでいたやら」
悩むくらいいいではないか。彼が抱えているものはあまりに大きい。
「決めた。君たちが一番大事だ」
「あの……?」
「まずは結婚式を挙げよう」
「それが一番にすることなのですか?」
「君たちを守るために、書類上でも家族だったほうが――っ、てその表情、そんなに……嫌……なのか? それもそうか、女神に慈悲を与えられたからといって、俺のような人間がなんて烏滸がましい」
「ち……違います!」
頭脳明晰でときに冷酷な判断を下し王国を守る英雄。
筆頭魔術師である彼は尊敬されていると同時に周囲に恐れられているのだという――本当かしら。
「カナン様と私が結婚するのは、もちろんシェリアを守るためでもあるのですが……」
「――ああ、シェリアは必ず守る」
「大好きで一緒にいたいから、結婚したいのですよ? カナン様は違うのですか」
「……」
カナン様は呆然とした表情を浮かべた。
完全に思考が追いついていないようだ。
「――女神」
「しっかりしてください! 結婚式の日取りを決めて、できる限り早く神殿に認められましょう」
「そうだな」
「……それが終わったら、魔塔に行くのでしょう?」
「……ああ、行かねばならない。魔塔に所属していた者として、責任を取らねば」
カナン様は低い声でそう言った。
魔塔にいたときのことを彼が口にすることはない。
だが、抱えきれないほど多くのことがあったのだろう。
「――でも、君がつらい思いをするかもしれない」
「カナン様……怪我しないでくださいね」
「調査だけだ、俺の心配はいらない。だが、マール公爵令息に呪いをかけたのは、君もよく知っている人物の可能性がある」
「え?」
私には、呪いをかけることができるような知り合いはいないはずだ。
そもそも、魔力が高い知り合いといえば叔父様くらい。
金に目がないとはいえ、彼は子どもを苦しめるようなことは絶対にしないと断言できる。
――だとすれば、一体誰が……。
「確証はないし、詳細はまだ話せない」
「承知いたしました。私にできることはありますか?」
「そうだな――君は今日から忙しくなる」
「え?」
「お父さまもお母さまもいそがしいの? シェリー手伝ってあげる!」
「ありがとう、シェリア」
カナン様はシェリアの頭を撫でると、先ほどまでの深刻な表情が嘘のように朗らかに笑った。
きっと、彼の中で心の整理がついたのだろう。
「陛下が挙式のために中央神殿を使えるよう手配して下さった」
「――そうですか。中央神殿で結婚式を挙げるなんて、贅沢なことですね。それで、いつですか?」
中央神殿はいつも人で溢れているし、挙式するのは一部の高位貴族や王族、豪商くらいであろう。
そうであっても、半年から数年は待つことになると聞いたことがある。
「一週間後」
「はい?」
「陛下の誕生式典のために借り切っていたそうだ」
「……準備というものが」
「すでにアルフレド殿が走り回って下さっている。俺たちも今から準備に走らねば――だが、その前に」
カナン様が、私の前に跪いた。
そして私の手に口付けを落とす。
「――カナン・オルトは、フィアーナ・ジェーンを愛しています。どうか、結婚してください」
「……はい、私もあなたをお慕いしています。どうか末長くおそばに置いてくださいませ」
「やったー!!」
シェリアが両手をあげて喜んでいる。
――待ち望んでいた愛しい人からの求婚だ。
「えっ、本当の本当に?」
「――台無しです」
最高の告白が、最後の言葉で締まらないのも実に彼らしい……。
そんな彼のことが可愛くて好きだ、と思ってしまうのは惚れた欲目というものだろう。




